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97話 壺の中

「ねえパメラ、この間のもしかすると在りかが分かったかもしれないんだけど。今、ピンときた」


 年末最後の休日はお互いの休みが合わせられた。

 その前日の夜、パメラはレーニエの部屋に来てベッドの上でくつろいでいるところだ。


 レーニエがレザー製アームガードの手入れをしていたのを片付けながらそう言ったので、パメラは見ていた『騎士団装備品・防具カタログ』から顔を上げて聞いた。


「急に何のこと?」


「エミールが探していた壺さ」


「探していたの壺だったんだ」



 エミールとエマの新居をリリアン達が訪れた時、馬車を囲むように4名を残してあとの護衛達は家の外周りや家の中を危ないものや怪しいものがないか探索するのにまず散った。


 その時、エミールは「これくらいの大きさの」と手で示しながら「わざわざ探さなくていいけど油紙と粘土で目貼りしたような壺がもし目についたら知らせてくれ」と言った。


 最初はどこかに置き忘れたから見つけろと言っているのかと思ったけど、違うな、ソレは目貼りされているんだ、頻繁に蓋を開け閉めしない。きっと古い物だと推理した。



「あの時、宝探しみたいで面白そうだったから絶対に見つけてやろうと思ったんだけど、家も外周りもリフォームしたばかりでそれらしい物は何も無かったんだよね」


「で?」


「土に埋めてあるんだよきっと。素人が埋めるなら納屋の裏とかが有りがちだ。

 それと踏み石は古いまま残したようだった。そっちも怪しくて、一つだけ違う種類の石が埋まってた所があったんだよね」


「ふーん、石が目印でそこに埋めてあると?探偵さん。

 踏み石の下に大事な物を埋めるかな、みんながその上を歩くんだよ?」


「石から外れた所は逆に上を歩かないからわざと踏まずに超えるように考えたかもね」


「そう言われると掘り起こしてみたくなってきた。気になるから無いことを確かめたい」


「確かめたいのはそっち?」


「うん。じゃあさ、明日はあの屋敷に行って掘ってみようよ、兄上が探している物なんだからOK出るでしょ」


「いいね、そうしよう。

 それなら明日は君のそのやりたい事に付き合ってあげるから、今夜は私のやりたい事に付き合って貰うね。パメラ」


「ん」


 レニがふざけて面白いことを言っている。


 どっちもレニのやりたい事のような気がするけど?って言ってやろうかと思ったけど、それは私も同じだから、まあいいか。





 翌朝、兄上に言うと午前中に家具が沢山届けられる事になっていて自分も居るから調度いいと喜んで許可してれた。

 騎士団の倉庫からショベルを借りて行く。


 背中にショベル背負って並んで馬に乗る私達を救援活動に出ていると勘違いしたのか門を出たところで女性達に「騎士様〜、頑張ってくださ〜い」と手を振られた。騎士服でもないし返事に困ったけど、レニは「ありがと〜」と手を振り返していた。


 あやつ慣れてやがる。




 荷入れで忙しそうだから既に来ていた兄上に声だけかけてさっそく裏に回る。


「踏み石とやらはどこかな〜?この別邸は父が忙しい時期に泊まる所ってイメージで私は来たこと無かったんだよね」



 2人でその踏み石のところでしゃがんで、どこをどう掘るか作戦を練っていると兄上が来た。


「そこ掘る気?それ大昔に建ってた家の基礎石が残ってるんだと思うよ。向こうにも同じのがあるから」



「うわ、絶対ここ違う。レニの推理酷い。掘る前で良かった〜!!」


「あ〜あ、せっかく準備して来たのにね。一応もう一箇所の怪しい所も見とく?」とレニ。


「うん!行こう行こう、無かったらレニは探偵廃業ね!」



 3人は納屋裏に回った。前回来た時は草やツタが蔓延っていたとレニは言っていたが、今は雑草はきれいに取ってあり、あからさまに怪しい所が一箇所あった。


「ちょっ、あれ何?モコっと土が盛り上がった所に隣の塀の破片をわざわざ持って来て積んであるよ。あそこに埋めてるとしたら見つけてくれと言ってるようなものじゃん!隠す気ゼロ!」とパメラが笑い出した。



「いや逆に掘っちゃダメだろ、あれはお墓じゃないかな?可愛がってたペットとかの」とレーニエ。


「いーや、兄上らしい隠し方だ。あそこに違いない掘ってみてくれるかな?」とエミール。



 どうやらエミールの探している壺とやらは長兄ゴダールが隠したものらしい。


 ショベルを入れるとすぐに陶器の底らしき物が見えた。しかしそこからは結構深く掘らないといけなかった。


 横に立ってエミールがゴダールの思い出話をしている。


 ちょっと兄上〜!!私達それ聞いてる余裕は無いんですけど!



「兄は冬眠前のリスのようにアチコチに物を隠しては後で見つけて喜ぶという習性があってね。

 紙幣を自分の部屋の書棚にある本に挟んでおいては、いつかまた忘れた頃にその本を読もうと手にすると思わぬところに紙幣があるのが見つかって、それが得した気持ちになると言うんだ。

 そう私に言うくらいだから先に私が見つけて無くなる危険があるってことにはどうも気づかないらしくてね。

 やってることの訳が分からないだろう?

 普通、挟んだことを忘れたりしないと思うが本当にあの人は頭が良いんだろうか?

 未だにあの習性の意味が理解できない。

 その壺も外国に行く前に抱えて歩いていたのを見ていたから、どこかに隠したんだろうと思っていたんだ。それを急にあの時思い出して、つい皆に声をかけてしまった。

 結果、個人的な興味のためにレーニエにまでこんな事までさせて悪かったね」


「いや、いいよ。面白かったから」


「ふぅ、疲れた。これ穴から出すの大変だよ、上下逆さになってるから手がかりにする所が下過ぎて。

 私は本邸の書庫で本に挟まれた紙幣を見つけて父上に届けたら拾得者報労金だよと半分くれたから、戻ってその辺りの本を手当たり次第めくってあと20枚見つけてまた半分貰ったよ。あれゴダ兄のだったんだ」


「パメラはちゃんと届けてエライ子だったね」「うん」


「・・・」←紙幣を勝手に貰った人。



 結局、壺はレーニエが1人で上げてくれた。流石だ。


 しかし4年も土の中にあったからせっかくの目張りはボロボロになっていて役に立っていなかったし、少し見ただけでも水が浸みて中の物もとても良好な状態とは言い難かった。


 しかし、そのまま室内に持って入って中を確認することにした。



 3人は息をひそめるようにして、運び込まれたばかりの新しいテーブルの上に布を敷き1つ1つ出しては並べていった。


 壺の口辺りに詰められた物は何なのか、固まってホロホロと崩れるような有様だ。

 それを取り除くと次々と用途が分からないような器具が出てくる。蓋のある小瓶には何かが入ったままになっていて、すり鉢や匙なども汚れていたし、板状の何か、小鍋、天秤、長い柄の先の小さいナイフ・・・。


 壺の底、逆さになっていたせいで土の中では一番上にあった本はイラストが多く入っている医療の指南書のようだった。湿ってヨレヨレでページがくっついたところもありその価値が分からなければ触るのが躊躇われる汚さだ。


 しかし、これはこの国から失われたはずの物。とても貴重な医学書だ。



 そのページを気をつけて捲ってみれば、いくつかの似た症状から病気を特定する為にみるべき特徴と薬の作り方が記されているようで難しげな文章と図のそこここが赤いインクで囲われていたり下線が引かれ、それが滲んでいた。



 それを見たレーニエは震えた。涙がこみ上げてきそうだった。



「これは・・・、


 これで・・・、


 レティシアを・・・薬は自分で作っていたのか?」



 ゴダール!お前は!



 あの、振り向いてもくれないつれない妹の為に。

 振られても尚、深い愛情を持ち、あの子の為に薬を作り続けていたのか。


 見返りを求めぬ無償の愛で。




 パメラはレーニエに寄り添い、レーニエはパメラを抱きしめた。



「ゴダールという男はなんていい奴なんだ。レティシアの今があるのはゴダールのお陰だ」




 その様子を黙って見ていたエミールが徐に説明し始める。


「これらの道具は実は隣の廃墟になった屋敷の中で小さい頃に遊んでいた私と兄が見つけた物なんだ。

 私は興味を持たなかったが兄はとても興味を持って読み耽っていた。

 この度、隣の家を手に入れる為に王室に残る記録を調べたら先先代の国王の弟が住んだ屋敷だった。それ以上のことは分からないがもしかしたら侍医を住まわせていたのかもしれない」



「そうなのか、では元々医療に興味があったんだね。

 だったらゴダールは妹が好きで治って欲しくて必死で薬を作り続けていたというよりも、この本を参考に医療を施すつもりでやっていたのかもしれないな。伝染する病気ではないし、ちょうどいた都合の良い患者だったのかもしれない。

 そりゃそうか、外国にまで勉強に行きたいと思うほどだもんな」



「んん」とエミールはそれは同意出来ないという意味の咳払いして続けた。


「惚れ薬は効かなかったとか、この国初の医者になったら流石にレティシアも僕に惚れるだろう・・・と呟いていたのを聞いたことがあるな。後者は割と最近というか家を出る直前だな」



「ええ、怖いよ」流石にパメラも引いている。


「嘘だろ?あいつ、どれだけしつこいんだ」とレーニエ。



 レーニエは思い直した。


 先ほどまでの感動はどこへ行ったのか・・・感動は遥か彼方に飛んでいってしまった。



「惚れ薬まで試すとは恋人たちの敵だ!

 ゴダールが戻って来たらレティシアとシリルにはよく気をつけるように言っておこう」


「え、妹さんの婚約者ってシリル?シリル・マルモッタン?」


「そう。シリルは従兄弟なんだ」


「世の中せっま!」


「そりゃそうさ貴族の世界は狭い。

 貴族は貴族としか結婚しないし学園で顔を合わすし皆んなどこかで繋がっているよ。王都住まいは特にね」


「でも私はレーニエも妹さんも知らなかったよ」


「縦横の繋がりが希薄なのは王太子殿下の学年からだ。それまでは年齢を問わず大人は大人、子供は子供で交流が盛んだったんだよ。だからゴダールも学年が違う妹を知っているんだ」


「あんにゃろ、またあいつのせいか!そもそもあいつのお陰でレニのこと忘れてしまっていたんだ。

 母上が殿下をゲットしろと物心ついた時にはもう煩くて『パメラは産まれてすぐから殿下が好きだった』とか記憶の改ざんまでされたんだ」


「パメラ、それ不敬だから」とレーニエとエミールは声を揃えて言った。


「いーや、明日こそ会ったら文句を言ってやる!その割に全然ときめかないからおかしいと思ってたんだ」


「それ悪いのは殿下じゃなくて改ざんした母上だろ」とエミール。


 まだ文句を言おうと口を開きかけたパメラだが。


「全ては必然だよ、それらがあってこそ今こうして一緒にいられるんだから。

 パメラ、やっぱりもう一緒に暮そう?せっかくこうして再び出会えたのだから今を大切にしたい」


「うん」


「じゃあ、どこかいいアパルトマンを探すね、いい?」


「うん」



(おお、レーニエがまだ鼻息が荒かったパメラを一瞬で黙らせ大人しくさせた。年の功というかなんというか、すごいスキルだな!)


 エミールは心の中で拍手を送った。いつも手に負えず振り回されている妹の相手が出来るのはレーニエしかいないと。

 流石は将来は王立騎士団総長になるだろうと言われていた男だ。



 そう思いつつも、近々結婚する自分達より親密で仲の良い2人に感じるそこはかとない敗北感。


 エマとは未だ医務室から部屋まで手を繋いで歩いただけで、フィリップには年上風を吹かせてつい余裕ありげに振舞って色々言ってしまうが実際はエミールの方が奥手なのは誰にも知られたくない事実だ。



 あ、そうそうこの機会にレーニエに言っておこうか。


「レーニエ、専属護衛隊は一番の花形職業ではあるが騎士団内での出世は遠のく。殿下が今年の剣闘大会で優勝した者を入れると申されたからだが私の方からそろそろ戻して貰うように進言しようか?」


「いや、それには及ばない殿下とは話がついている。未来の王と王妃の側で学ぶことも多いし、それよりリリアン様がご入学され公の場に出る機会も増えるこれからが最も我々にとって重要な時。護衛隊から外れるなんて考えてないよ」


「そうか、何かあったら声を掛けてくれ、力を貸せることがあれば力になろう」


「ああ、有難う。逆にまたこんな事があったら声を掛けてくれ。宝探しは浪漫があって面白かったから」


「見つかったのはボロボロのゴミのようなお宝だったけどね。

 今後医療が外国からもたらされると決まった今は価値が下がったかもしれないが、ちょっと前ならこの滲んだ文字を解読する為の専属チームを立ち上げるところだよ。しかし我が国の資産であることは変わらない陛下に進ずる必要はあるだろう。

 兄上が戻ってきたらこの本の内容を解説してもらおうと思う。随分読み込んでいたから」


「もちろん戻って来るのは歓迎なんだけど、ゴダ兄がケネス王国で惚れ薬を完成させてなきゃいいね。なんかあそこ呪いとか普通にありそうだし」


「そうだな、帰って来たらまず持ち物検査だな。父上にもよく言っておこう」


「頼むよ、妹の未来がかかってる」



 もうすぐ帰ってくるかもしれないゴダールの帰りが待ち遠しいような、ちょっと面倒なような複雑な気分に・・・いや、顔を見れば嬉しいに違いないのだ。


 ちょっと頭が良すぎるのか独特だが、彼は一本気な愛すべき男なのだから。


レーニエとパメラは気が合うのです

せっかくのお休みに穴掘りを楽しんでしまうカップルは彼等くらいだと思いますよ

_φ( ̄▽ ̄ )


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