96話 白亜の家
以前、ニコ兄様が冬に本邸に戻らなかった年に後から建国祭の街は賑やかで楽しいんだよと教えてくれたことがあった。
当日は建国の時の逸話を題材にした演劇が屋外演劇場で3日連続で上演されるのをメインイベントに街はより活気づく。
サーカス団が来たり、あちこちに私設楽団や大道芸人が出没して賑やかで、彼らは即興で見物客のリクエストにも応えてくれるらしい。
そんなの見たことがない。お祭りの賑やかな街の中ってどんなだろう?
私は出かけるといってもジョワイユーズ宮殿との往復くらいだし、お祭りはもちろん街にもずっと行ってみたいと思っていたけれど今回の建国祭は王都にいても見て歩くことは出来そうにない。
その新年1月1日に行われる建国祭に王族方とバルコニーに並び立つことになったから。
年末も各地から商人や大道芸人が早くから集まって来ていて建国祭の前から既に浮き足だった雰囲気になるそうでリュシー父様にいくら祭の警備を増やしても人が多すぎて危険だからとその前後3日間は逆に外出を禁じられている。
だけどそれを少し残念だとフィル様に話したら一足先に街に連れて行ってくださるっておっしゃった!
ちゃんと外出理由もある。
新年早々に結婚するエマ達へのプレゼントを選ぶって。
(ふふっ、エマとエミール様が思い合ってることはもう前から周りは皆んな気づいていたけれど、こんなに早く結婚することになるなんてことは予想もしなかった。
2人ともウキウキとして見ているこちらまで幸せになるの!エマ、いいな、いいな〜!)
クラリスに髪を梳かしてもらいながらリリアンもウキウキと何を贈ろうかなと考える。
アニエスが靴を2つ持って来て尋ねた。
「クラリスの言う色の靴を持ってまいりました。リリアン様のお靴はどちらに致しましょう?」
「そうね、ガタガタの石畳の上を歩くようなことがあるかもしれないからヒールは細くない方がいいわね、歩きやすいこちらにしましょう」とエマ。
「はい」
コレットが来て言う。
「王太子殿下がお迎えにお見えです」
「まだサイドを上げて王太子殿下の瞳の色のリボンをつけようと思ったのですけど、リリアン様どう致しましょう?」とクラリス。
「コレット、フィル様とエミール様には入っていただいて下さい。クラリス、リボンは付けてちょうだいね。その間はお話をして待っていただくから」
「はい、畏まりました」
侍女が増えてお出かけの支度もまるで王妃か王太子妃にするように寄って集って賑やかになっている。
そして今日のお出かけは侍女は誰か1人付いていれば良さそうなものだけど、皆を引き連れて行くことになっている。なんか皆んなで一緒にお出かけ出来るなんて楽しい〜!!リリアンはご機嫌だ。
「リリィ、今日はいつもとちょっと違う感じだね」
「はい、フィル様。今日のドレスと髪型はクラリスの見立てなんですよ、いかがですか?」
「うん、今日も可愛いよ」
それではいつもと変わらないのではないかとクラリスはちょっとガッカリした。
「今日はいつもよりちょっとお姉さんになった感じだね、品のある出で立ちだ。
いつだってリリィは最高に可愛い」
ちゃんと違いを分かって貰えた!良かった!クラリスはホッとした。
今日のお出かけの装いはエマからクラリスが良いと思うコーディネイトにしてみてと言われていた。エマはリリアンを小さい頃から知っているのでその可愛らしさを引き立てようと可愛い系に仕上げることが多いのだが、クラリスはリリアンの綺麗さに注目して王太子婚約者候補らしく清廉で冴えた感じに仕上げた。
殿下はニコニコとしている。気に入っていただけたようだ。
へぇ、侍女によって随分雰囲気が変わるものだな。今日のリリィはいつもより大人っぽく見える。
入ってすぐ、少し年齢が上がった時のことを想像してちょっとドキンとした。あ〜、早くリリィが本当の大人にならないかな〜!なんて事を考えていたらリリアンが思案気な顔をする。
「お姉さんの品がありますか。では今日はお姉さんらしくフィル様のお膝に座らせていただいてはいけませんね。馬車では1人で座らねば・・・」
何?それはいかん!
「いやいや、そこまででは・・・リリィの気品は抱っこしても膝に乗っても、それくらいで落ちたりしないから大丈夫だから。馬車はガタガタするからいつも通りで行こうね!ね?」
そう言ってフィリップはリリアンの横に来てその手をとった。
「はい」と微笑むリリアン。
(あら、王太子殿下がリリアン様を膝に乗せたくて必死になっているわ)とクラリスとアニエスは思った。
(うっはー!お互いの心を計る、このまどろっこしいやりとり!お互いにもう告白しちゃえばいいじゃん!!じれじれしちゃう)そう心の中で叫ぶコレット。
そう思いつつも新侍女トリオはこのまどろっこしいピュアピュアな2人のやりとりに心が浄化されて透明になりそうだった。
(うん、分かる〜)byエマ
「そうだリリィ、街に出る前にエミールが新居を見せてくれるって」
「わあ、それは楽しみですねフィル様!ねえ、エマはもう行ってみたの?」
「いいえ、まだです。まだどんな家なのかも見ていません」
「なら楽しみにするがいい、オスカーが使っていた時とは外装も内装も変えてピカピカになったらしいぞ」
「ピカピカとまでは・・・色を塗り替えただけです」とエミールはちょっと困っている。
「では行こうか」
「はい」
腕を組まず手を繋いで歩きだす。
その光景をまだ見慣れていない彼女等の目には、麗しい金の王太子殿下フィリップと裾をヒラヒラとさせながら軽い足取りで歩く妖精のような銀の婚約者候補リリアンはそこだけ神聖な空気を醸し出しているように見えた。
(何それ、可愛い〜っ!!年の離れた妖精兄妹かっ!)
パメラが出がけに今日は護衛として付いてくるレーニエにコソッと言った。
「レニ、今から行く家、兄上が1年くらい住んだ後は私たちが住めばいいって。どうする?気に入ったらそうする?」
「そうなんだ、私たちもいつまでも王宮で別々に仮住まいという訳にもいかないから一緒に住むのは賛成だね。でも一年も先まで待てるかな?」
元パメラの侍女のコレットは2人が何か話していたので聴き耳を立てたが会話の内容はよく聞こえなかった。うーん残念!
新居になる屋敷は宮殿のすぐ横で通勤に便利と聞いていたが、まず宮殿の正門を出るまでに馬車でそこそこ時間がかかるから歩いて通勤というわけにはいかないようだ。
真っ白な壁に等間隔に窓が並び、灰色の屋根、中央の飛び出した玄関ポーチの両側の黒いランプシェードがアクセントになっている。
2階建てでドッシリと構えた横長の四角いシンプルな形。王宮に出入りする者の目には止まるがこの先は行き止まりになっているから人通りはそう無いし周囲の建物はそれぞれ敷地が広く意外に閑静だ。
エミールが言うには屋敷の裏手にある馬や馬車を収容する建物までも洒落た作りなんだとか。
「どうぞ、まだ家具らしい家具は入れていませんがご自由にご覧になって下さい」とエミール。
エマはあまりに凄すぎて玄関に入るなり固まっている。
(ここの女主人に私が?)
と思いつつも広くて掃除が大変そう!などと使用人目線になっていたが、元々この屋敷で使われていた使用人が続投してくれる予定でリフォームをしている今、彼等は休暇中だ。
内装は壁も床も天井も真っ白で、手すりなどは黒だ。おっしゃれ〜!!
「エマ、明るくてとっても素敵よ。ここは何の部屋にするの?」
「え?えーっとどうしましょう?こんな広い部屋・・・もしもの時の為の予備に空き部屋?」
「そう?玄関から一番近い部屋を空き部屋に?ここは応接室にすると良さそうだけど」
「なるほど。でもここにお客さん来られる事がありますでしょうか」
「あるでしょう、エミール様のご家族や、エマのお母さんとか私の両親とかも来ることもあるんじゃない?」
「なるほどそうですね・・・」
「兄上、これでは先に進まない。
エマは控えめ過ぎて貧乏性だから、エマに決めさせたら玄関を入った所にベッドを入れてそこだけで生活することになりかねないよ。
私たちが使う時は未使用スペースがある方が綺麗でいいけどこれだけの家を有効に使わないのは勿体無いから先に家具を入れてしまおう、そうすればエマもこの家での生活がイメージできるでしょ。この家で慣れて次の家はエマの気にいるようにコーディネイトすることにしたらどう?」とパメラ。
「うーん。そうだな、エマと決めようと思ったけどこの調子では全部予備の空き部屋になりそうだ。
エマ、遠慮せず伸び伸びと決めてくれていいんだよ。ここはエマの家になるんだから」
「すいません、せっかくエミール様が私のために色々と考えてくださっているのに。それはちゃんと伝わっていますから・・・」
エマの家は代々の弱小貴族で着るものはもちろん食べるものにも困り贅沢は敵だった。
とうとう父親が出て行き、使用人は解雇し、母子2人だけになっても借金が嵩み続け遂に見通しが立たないと領地経営の全て、それこそ借金の返済までもベルニエに委託して使用人として転がりこんだという経緯があり、貴族と言えど生活にゆとりがない少女時代を送っていた。
仮に母親がもし亡くなりでもしたら2代に渡って他領に領地経営を委託することは出来ず、国王に変換される事になっている。そうなってもエマ自身は貴族の肩書きを無くすことはないが後がなかった。
だけどエミールと結婚することで、その立場は盤石なものになる。
恋い慕っているはずのエミールに求婚された時に自信がなく、とっさに断ってしまったのもこの辺りの生い立ちに負い目があったのかもしれない。
「よし、じゃあここを応接室としてテーブルとソファセット、キャビネットなども、それらは私がエマへの結婚祝いに贈ろう。好きなのを選んだらいい。
エミールは私の執務室の誂えが随分と気に入っていただろう、もし良ければ一式贈ろうか」とフィリップ。
「殿下、本当ですか?王太子執務室の?・・・憧れでしたから感激です」
蓄えはあったがこの家と隣の家のリフォームで相当な物入りで、だけどエマには十分にしてやりたかったから当面は自分の書斎は諦めるつもりだったエミールは望外の申し出に感激する。しかもそれは自力では手に入れる事が出来ない代物だ。
そもそも今日はフィリップの方から家を見て祝いを考えたいと訪問を希望したのだ。その心算があった。
「じゃあ、そうしよう。完全に同じだと家に帰った気がしないだろうから色味くらいは変えるか?それとも机の形を変えてL字にでもするか?」
「・・・いいえ、あの色がいいです。同じのがいいです。だったら部屋の壁や床の色も合わせようかな」
嬉しそうに部屋内装をやり直すと言い出した。余程憧れていたようだ。
「では私はバスルームとキッチンの辺りを面倒見るから、お前達が良さそうな物を選んでやって。使い勝手を考えて良い物を選ぶんだよ」とパメラ。侍女たちに経済的負担を負わせずに一緒にお祝いを贈ろうと持ちかける。
「はい!」3人は声を揃えて返事をし喜んだ。
さっそく見てみましょうとキッチンに相談しに向かった。
「こっちは使用人部屋ね」「わあ、大きな石窯まであるわ!素敵〜」などと声がしてきゃいきゃい楽しそうだ。
リリアンも遅れをとってはいられない。
「ではでは、私はどこにしましょう。フィル様私にも何か出来そうな所がありますか?」
リリアンは来季から学園に通うようになるし、その準備などで使いたい事もあるだろうと今月からお小遣いを貰うことになったがそれは相当な額だった。
その上、婚約者候補になった時、王宮にその身柄を預かる事になった時と、毎月の必要経費にとリリアンと実家には金銭感覚に疎い子供のリリアンでも流石に知れば慄きそうな程の額が支払われている。しかしこちらはまだリリアンには明かされていない。
「ああ、まずリリィの思う物を選んでごらん大丈夫だから」
「はい、ありがとうございます」
「リリアン様、では先に一通り部屋を見て周りましょうか」とパメラが促した。
2階の窓から外を見ると、まだ外を見張る護衛達が敷地内の建物の外周りを探索して安全を確認していた。塀が壊れていたのをついでに補修してるっぽい。
レーニエは今日は側付きではないのでそちらの担当だ。
「パメラ、レーニエ様に入っていただかなくていいの?」とリリアン。
「レーニエ様ではなくレーニエですね」と一度パメラが訂正を入れる。
先日の初めての公務の時に婚約者らしく振る舞う為に皆を呼び捨てにしたせいでそれ以降、様を付けて呼ばれるのを「私はこれからも名を敬称無しで呼んで貰いたい、私の何がお気に召さないのでしょう?」などと悲しそうな顔で拒否するのが流行ってしまい、それが演技と分かっていても、もう様付けで呼びにくくなってきた。パメラからの入れ知恵だろうか。
エミールや護衛隊達もしかりで、もうリリアンが様付けで呼んでも咎められないのはソフィーくらいだ。
「はい、リリアン様。彼には他にすべき事がありますから。
それに兄上に探し物も頼まれていたようですから今日は中に入る時間は無いと思われます。また必要があれば別の機会に来ることが出来るでしょう」
レーニエとパメラの関係を騎士団や護衛隊の皆は好意的に受け止めてくれて休みもなるべく合うように優遇してくれるが、それは2人が節度ある態度で仕事をしていればこそだ。
皆が甘い顔をするのを良い事にいつでもイチャイチャして許されるというものではない。さっきはせっかくこの家に来るので、事前情報をレーニエに教えたくて私用の会話をしてしまったが、だからこそ今は仕事に集中だ。
部屋を全部見て周り、2階の部屋の1つをエマの部屋に決めた。
「決めたわ、エマの部屋の家具は私が揃える。エマ、そうしても良い?
ドレッサーと姿見とあとは何がいるかしら?」
「リリアン様、申し訳ないです。そんなにしていただくわけには・・・」
「私がエマの為にしたいの、大好きなエマが結婚するんだもの世界で一番幸せになって欲しいわ」
「リリアン様・・・そんな風におっしゃっていただけて感激しております。
王太子殿下、パメラ、コレット、クラリス、アニエス・・・皆んな本当にどうもありがとう。エミール様と一緒になれるのですから、私、必ず幸せになります。うっ、うっ」
エマは幸せすぎて涙がしばらく止まらなかった。リリアンはそんなエマを抱きしめた。ぎゅーっ!!
結局、リリアン達はそのあと訪れた街では家具の店とインテリアとキッチン雑貨の店にしか行く時間がなくなかったが楽しくてとても満足な1日になった。
エマの喜んでいる顔が見れたから。
それにフィル様が今度はリリアンの入学のお祝いを贈りたいから、改めて街を案内するよと約束してくれた。先の約束があるって嬉しい。
フィリップは1日のほとんどをリリアンと手を繋いでいるか、膝に乗せているかでとにかく離さなかった。
それを見ていた新侍女トリオ。
女嫌いの、女性をまったく寄せ付けず近寄ろうものなら氷のように冷たく尖った視線で睨み据えていた王太子殿下のこの変わりよう。
さすが我らが主人、リリアン様。
今日のお出かけで彼女達からの尊敬と、忠誠心が一層増した。
(殿下はリリアン様に将来間違いなく尻に敷かれるわね。だって今でもリアル座布団だもの、やだウケる!)
などと口に出す事はないものの、そうコレットが考えたのは不敬かもしれないが仕方がないことだった。
元パメラの侍女のコレットが心の中で何を考えていようと、口と態度に出さなければ不敬だと咎められることはないのですよ
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