95話 その気になれば電光石火
あの夜、エマに結婚を申し込んだエミールは部屋まで送って「おやすみ、良い夢を」と言って紳士的にその場を去った。
本音を言えばちょっとは部屋に入りたかったけど・・・。
ドキドキ、フワフワする夢見心地の手を繋いで歩く、いつもと違う雰囲気の夜の廊下、横を見ればエミールがいて目が合えば微笑み返してくれる。
自分の部屋に着いてもエマはまだその手を離したくなかった。
本音を言えば部屋にちょっと入って欲しかったけど・・・。
気持ちを確認し合ったばかりの2人は本当はまだもっと話もしたかったし、離れがたかった。
でも・・・、
しかし・・・、
エマの隣がパメラの部屋というのが強力な抑止力になったのは、言うまでもない。
何が嬉しくて恋人との逢瀬を妹に聞かせにゃならん。
王宮の部屋は安全の為に敢えてあまり防音が成されていない。大きな声で話さない限りは丸聞こえということはないが、ちょっと秘密にしたい時は声が漏れてないかは気になる。
ちなみにエミールの部屋だって両隣に他人がいるから条件は同じだ、それがパメラでないだけで。
早く結婚して新居にでも住まなければ、やっぱりここではエマとプライベートな時間を持つことは出来ない。とエミールは思った。
翌日、さっそくエミールは行動を開始した。
エマとの結婚に先立って、リリアン付きの侍女の募集をする。
王宮に出入りしリリアンの侍女となるにはしっかりとした後見人か身元が良いことが必要だ。
エマとも上手くやれるようにエマと歳の近い方が良い、それにそんなに教育に時間をかけられないからと経験者であることと条件をつけて募集をかけると、その条件にピッタリと合う3人がすぐに決まった。
以前なかなか決まらなかったのは宮内相業務が停滞していたからというのはその通りなのだが、今回はオスカーが出仕して宮内相が円滑に回りだしたからというより、別のルートで見つかったのだ。
募集をかけた当日にニコラと共に訪れていたソフィーが侍女を探すのだと聞いて、宰相家でブリジットが使っている侍女のクラリスが双子でいつか姉妹で一緒に働きたいと言っていたと教えてくれた。
もう1人のアニエスも地方の由緒ある貴族家のタウンハウスに居てソフィーとも面識があるという。
王都内で別々の家に奉公に出ていた2人は使いからその旨を聞くと大喜びで来たいと言った。
エミールの方からも書簡を送り、ブリジットはもちろんアニエスの奉公先も自分の育てた若い侍女のキャリアアップを喜んでどうぞどうぞと送り出してくれた。
そしてそれを聞いていたパメラが「私がほとんど帰らないから家に侍女が余ってる。コレットもウチを辞めてこっちに転職したらいい」と、バセット家で自分付きだった侍女に声をかけるとやっぱり大喜びで来たいと言った。
こうしてリリアンの侍女に新しくクラリス、アニエスの双子姉妹とコレットの3人が決まった。
あっさりと、たぶん最高と思われるメンバーが揃った。
以前、侍女の募集をかけた時に決まらなくて却って良かった。
コレットとパメラは気心が知れているし、クラリス達もソフィーと気心が知れているから初めて王宮で仕事に就くことになっても気持ちに余裕があるのだろう節度ある態度で控えるところは控え、必要なことはすぐ済ます。
お陰でちゃんと仕事はしてもどこか和気藹々とした空気があってリリアンも楽しげで居心地が良さそうだ。
ケネス王国の王女達が引き上げたと聞いて、久しぶりにソフィーと様子を見に来たニコラは7人もの女性に囲まれることになって逆に居心地悪がっていた。
話し相手として座っているのはリリアンとソフィーだけで、パメラはドア横、エマと新入り3人は壁を背にして立っているだけなのだが。
「うわ〜、すっかり女の園だ居心地悪りい。俺も刺繍でもしようかしら?」
「いやだわ、ニコ兄様がその大きな体で小さな針を持ってる姿を想像させないでくださいよ、笑っちゃいますから」
「そう言うが俺もボタン付けくらい出来るんだぞ。組み合ったときにボタンが取れたりするだろ?遠征に行った時は誰もつけてくれないから自分でやるんだ。
結構上手いぞ!めっちゃ頑丈に縫い付けるから俺のはボタンが飛ぶ前に布の方が破れるくらいだし」
「そうなんですか、取れたままにはしないのですね」と意外なマメさをリリアンが驚く。
「取れたままにしてたらその内裸になるだろ。辺境の合宿は当たりが激しいからな」
「へぇ、辺境の合宿は面白そうだ」とパメラが興味を見せる。
「当たりが激しいのはともかく、あそこは標高が高いから空気が薄くて少し動いただけでも息が苦しいんだ。
仮に行くことがあれば最悪死ぬから身体を慣らしてからだぞ、すぐにいつも通りに動こうとするなよ」
「そうなんですか、標高の高い所って行ったことがないけど、そんなに違うんですか」
「ああ、俺は銀の民の血を受けてるから他の人より順応が早いと言われてるけど、それでもこっちから行くとやっぱり最初はキツイな。帰りは楽だけど。
ああそうだ、お前の彼氏に聞いてみたらいいじゃないか合宿に参加してたから知ってるぞ」
「ちょ、彼氏とか、何言ってるんすか、仕事中ですから止めて下さい。むせる!」
「お前、その仕事中に自分からこっちの話に入ってきといてよく言うよ。あはは、パメラが照れてやがる」と楽しげにニコラは笑った。
聞いた話ではパメラが面白いことになっているようだった。
「ずいぶん楽しそうだな」
「あっ、フィル様!エミール様も、いらっしゃいまし」とリリアンはパッとフィリップに駆け寄る。
リリアンを抱き上げながらフィリップがソフィーに言う。
「ニコラがハーレムを喜んでいるが放って置いていいのか」
「はい、だいじょっ、きゃっ」
ニコラは隣に座るソフィーを簡単に引き寄せ、おもちゃを取られたくない子供のように腕に囲って口を尖らせた。
「喜んでないだろ」
「ソフィー嬢はニコラにずっと片想いしていたという割にはいつもつれない事を言いますね。本当は大して好きじゃないのかな。
もしかしてニコラを煽ってるんですか?それはかなりの上級テクですね」
エミールが意地悪なツッコミを入れる。
「そういうつもりでは」
「エマ、ソフィー嬢の真似はやめて下さいね。私は煽られてもニコラのように人前でイチャイチャ出来ない小心者ですから」
「はい、気をつけます」と素直なエマ。
「おいエマ、エミールはそう言って皆の前で自分とエマが恋人だぞと惚気ているんだ。
小心者だなんてふざけているんだから本気にとるなよ。これはエミール流の腹黒ギャグだ。
ニコラとソフィーを揶揄った上で、煽られなくてもイチャイチャするぞという宣言だからな」とフィリップが素直すぎるエマを見かねて声をかける。
「あ、そうですか。失礼しました」
「腹黒だったんだ・・・」とコレットが1人納得している。誰か訂正してやれ!と思いつつニコラもスルー。
「いえいえ、エマのそういうところがいいんです。
私用ですがエマ、私たちの新居が決まりましたよ、宮殿横に父が宮内相だった頃に使っていた別邸があって、そこに住んでもいいと許可を得ました。入居する前に少し手を入れますが今度お休みを合わせて見に行きましょうね」
「宮殿横!?」エマがびっくりしている。
「もう家まで決まったのか早いな!前回来た時に付き合うことになったと言ってたんだからまだそんなに経ってないのに。それで年明けに結婚か。すげえ、電光石火の早業流石だわ」と感心するニコラ。
エマはそもそもベルニエ家の使用人なのでニコラが翌日来た時にエミールと結婚すると直接伝えていたし、ベルニエ本邸と母親の所には手紙で報告してあった。結婚式はプロポーズからちょうど1ヶ月後の1月7日に行うことに決まっている。
「ああ、あの屋敷か。あそこに住むのは相当なステイタスだよ。王都一、いやこの国で1番の一等地じゃないかな。場所だけでなく建物も立派だよ」とパメラ。
「ああ、宮殿の敷地に隣接するあの地区の邸宅はプリュヴォ初代王の頃から先祖代々国の重要ポストにいるか、王家傍系の血統を持つ家系だからな」とフィリップ。
「ええーっ、そんな超絶凄い家に!?私は住んではいけないのでは・・・」エマがブルガクになる。
「エマが住んでくれなかったら、私は誰と住めばいいんですか。馬鹿なことを言ってないで一緒に部屋割りや入れる家具を決めましょうね」
「そんな贅沢過ぎてこわい・・・」
「まあ早めに慣れて下さい。とりあえず最初はそこに住むつもりですから」
「え、兄上、最初はってどういうこと?ずっと住まないの?」
「あそこに住むのは目立つだろ、エマはこの通りの奥ゆかしい性格だし、私も目立つのは好まない。
あそこは威容を誇りたい者の家だ。私の立場であそこに住むと嫌味じゃないか。
実はあの一つ奥に前からいいなと思っていた物件があって、そこに住みたいんだ。陛下にお願いしてもう既にそこを手に入れたんだけど、ちょっと古くて庭は荒れているし建物も崩れてるところもあるからとてもすぐには住めなくてね」
「は?一等地に家2軒持つって1軒は何、ダミー?」パメラが頭を捻る。
「いや、仮住まいにしばらく使わせて貰うけど、私達が奥の家に引っ越したらお前らがそこに住めばいいだろう。お前ら2人とも騎士で時間が不規則だし、ここから近いから通勤もラクだよ」
「ちょっ、気が早いっ、というか、なんで私がレニと・・・ゲホッ、ゲホゲホ。むせるから止めて」ちょっと取り乱すパメラ。
皆がパメラの様子を見て笑う中、リリアンは思っていた。
いいな、いいなー!
エマとエマール様は年明けに結婚して夫婦になる。
2人ともすごく幸せそう!
いいな、いいな。
パメラはレーニエとラブラブだもの。
柄にもなく照れるパメラが可愛いすぎる。
いいな、いいな、ソフィー様とニコ兄様は婚約してていつも仲良しだし。
フィル様のお相手が居ないのだけが救いだわ。
でもフィル様がその気になればすぐに良い人が出来るに決まってる。今はご卒業までの束の間の自由を楽しんでいらっしゃるだけだもの。
フィル様だけはずっとお一人でいて欲しい!
そんなの無理な願いだけど・・・。フィル様の結婚は国策でもあるって習ったんだもん独身ではいられないお立場だって。
あ〜あ、そうなるとやっぱり私だけ1人か〜!
私はまだ子供だから恋人はいなくても当たり前だけど、皆んなが羨ましいな。
「いいな〜!皆んなラブラブで」と羨ましげにリリアンがつぶやいた。
「おま言う?」とニコラは間髪入れずツッコんだ。
既にその年齢で国中の者が憧れる王太子殿下の寵愛を一身に受け、王宮に住まうお前が言うのかと。
皆はニコラに激しく同意し頷いた。
なんならエミールとエマは、フィリップとリリアンが毎晩一つのベッドで寝ていることも知っているし。
ほぼ嫁じゃん。
しかしオマユーの意味が分からなかったので、リリアンには皆の気持ちは伝わっていなかった。
「リリィ、リリィにはまだラブラブは早いから、もうちょっとしてからね?」とフィリップは膝にいるリリアンの頭をよしよしと撫でた。
「はい、フィル様。
私にも皆んなみたいにいつかはきっと王子様が現れます・・・よね?」
そう言いながらフィリップの腕の中でリリアンは眉を下げる。
(それがフィル様じゃないことが悲しい・・・ハァ〜、お母様は希望を持てと言うけれど皆がどんどん結婚して行くのに年齢的にも私だけ取り残されるだけじゃないかな。それに違う誰かなんて、好きになれるかな?)
「僕のお姫様はまだ王子様を探しているらしい。
リリィ、早く見つかるといいね。早く見つけてくれること祈ってるよ」
(やっぱり他の人を好きになるなんてムリ、フィル様じゃなきゃ好きにならないもん!)
「はい、がんばります」
両思いなのに片想いのリリアン。
ここにまた新たな決意を固めるのだった。
今はまだ、これでいい。いや、逆にこれがいいんだ。
これからゆっくり、じっくり、たっぷり時間をかけて、どれだけ愛されているのか教えてあげるから楽しみにしててね、僕の可愛いお姫様。
リリアンが大人に成長するのはまだまだ先のこと。実際のところ皆がカップルで結婚だの何だのとイチャイチャする中そう思ってないとやってられないフィリップだった。
お妃教育では
オマユーの意味を教えてくれません
_φ( ̄▽ ̄ )
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