93話 オカルト好きな人たち
今後の一連のケネス王国とプリュヴォ国の取引は『経済連携協定』として、これを締結した。
アイルサ王女とキースは大仕事を見事にやり遂げたのだ。
しかし既に滞在期間は予定より延長されていて1日も早い帰国を優先する彼等は王都観光さえする時間は無いようだ。
リリアンとフィリップは何か今回の記念に贈り物をしたかったが荷物になるような物は選べないので何にするか困っていた。
船に積載できる最大重量は決まっていて、それを超えると転覆する危険が高まるという。少しでも多くの食料を積み、少しでも余裕も持たせるために余分だと思われる荷物は手当たり次第下ろしていると聞くといよいよ何が良いのか途方に暮れる。
彼等の手放すという荷物はあまりにも沢山あるので、リュシー父様はオークションにかけてケネス王国博物館の建築費用や維持費の一部に当てようかとおっしゃっていた。
「パーティー用にお持ちになったドレスやジュエリーさえも残されるおつもりだとおっしゃられていました。困りましたねどうしましょう?フィル様、贈り物の良い案はございますか」
「うん、それで僕もさっきアイルサ王女に趣味を聞いてみたんだ、2人とも大のオカルト好きなんだと言っていたよ」
「オカルト?何ですかそれは」
「人知を超えた超自然的で神秘的な現象・・・と言えば聞こえはいいけどね。
キースは特に古い伝説、魔女や妖精の伝承や、ヴァイキングに伝わる不思議な話が好きで蒐集しているらしい。他にも通常では考えられないような事が起こる怪奇現象を調べたり、幽霊が出るとか、魔術だの呪術だのといった事を調べるのも好きで、親の跡をついで外交員になっていなければそっちの専門家になりたかったと言っていたよ」
「怪奇現象に魔術?それはちょっと贈り物にするのは難しそうです」
「そしてアイルサ王女の方は特におまじないグッズを収集するのが好きなんだって」
「それが共通のご趣味とは、お2人ともなんとも個性的なご趣味ですね・・・」
「それがね、彼らが言うにはケネスでは割とポピュラーな趣味で普通らしい。
その昔、ケネスには妖精がいたと言われているからそういう不思議な物に心惹かれる民族なんだって」
「なるほど。そういうことなのですね。
あ、そう言えば私、不思議な物を持っていますね。フィル様、あれを差し上げたらどうでしょう」
「ん?何かあったっけ」
「あの、ニコ兄様の水がいくらでも出るボトルですよ。私の飲む物はエマが用意してくれるから使った事がなくて棚に上げたままになってます。あれは不思議な物の部類に入るような気がします」
「確かに。ニコラが持って来た時はそんな物かとすんなり受け入れたけど、改めて考えると普通では考えられない現象だね」
「はい、それに水の補給も気にする事なく重くもなくて旅の道中に随分と助けられたのだとニコ兄様が言っていましたから、きっとお持ちになっても邪魔にはならないですよね?」
「ああ、そうだね。風がないと進まないというのだから航海が長引いて飲む水がなかったら皆死んでしまう。そんな時はあのボトルは彼らにとっては命綱になるから役には立てど邪魔になるはずがないな。これから旅をする彼らにはピッタリだ」
リリアン達はとても満ち足りた生活をしているので、それがあの新鮮な水がいくらでも湧き出るという超貴重で超便利なトゥリアイネンの湧き出る泉のボトル版、ニコラの言うところの『聖なる泉の聖なる水』であっても全く執着することがなかった。
リリアンはそもそもこれを仕舞いっぱなしにしていたのだし。
フィリップも今までリリアンにそれを飲みたいとも出してくれとも所望したこともなく、もし仮にそれを飲みたくなってもニコラも持ってる位の心持ちだ。
リリアンの20歳で終わるとされた銀の民の運命はもう心配することはないとニコラは言っていたから、聖なる水が無くてもこちらは問題はない。
フィリップとリリアンはそのボトルを持ってアイルサ王女とキースが使っている客室を訪ねた。
2人はにこやかに部屋の中に招き入れてくれたが、何かちょっと言えないような物が天井からぶら下がっていたり、玉だの、石だの、人形だの、木の枝を燃やした跡だの、・・・まあ、色々と不思議な物が置いてあり不気味だった。
これ退去する時に現状復帰できるのか?
悪趣味とも言えるこの異様な部屋に足を踏み入れる時、リリアンは「本当に、これは普通なのですか?」とフィリップにしがみついてしまった程でよくこんな物を大量に持ち込むのをマルタンとジョワイユーズ宮殿の守衛は許したものだと思った。
まあでも、ここはお化け屋敷だと思えば大丈夫だ。
そのボトルを差し出して説明すると、2人は興味を見せてコップを持ってきて注いでみた。すると部屋にあるだけのコップ全てが一杯になってもまだボトルの水は尽きず、中を覗くとみるみる水が満ちてくる。冷んやりとした水は新鮮な感じがして確かに美味しそうだ。
「ほお!これは凄い、こんな本物の『不思議な物』は初めて手にした」
「きゃあ!素敵、素敵!!もうこれを手に入れられただけで遠路はるばる来た甲斐があるというものだわ!!
これは家宝にするっ!ね、キース?これ以上の宝は無いわ、これを私達のものに出来るなんて本当に幸せ!うれし〜い!凄い、凄い」
「ああ、アイラ良かったな!これは門外不出にしよう。で、これの名は?どこで手に入れた物なんだ?」
「うーん、僕たちもよく知らないんだ。リリィの兄が氷の山で手に入れた物だ。トゥリアイネンの美味しい水とか、聖なる泉の聖なる水を閉じ込めた聖なるボトルの聖なる水だとか言っていた。若返りと元気になる効能があると」
「素晴らしい、氷の山!トゥリアイネン!その名もまた神秘的な響きだ!聖なる水、いいよ凄く!いい!最高だ!!」キースはメモを取りながらも興奮した様子で心底感動している。
「あっ!そう言えば今になって思い出したがニコラに他の人にバラすなと言われたんだった・・・。リリィ、うっかりしてたね」
「そうなのですか?私はそれを聞いていませんから門外不出にしていただけるのなら大丈夫じゃないでしょうか」
「えっ、呪いにかかるのですか?それは本格的ですね!バラした相手は呪われるのですか!」と逆にわくわくしたようにフィリップに聞いてくるキース。
「いや、私も聞いたけど特に呪われた感じはないからベラベラ言って回らなければ大丈夫じゃないか、分からないけど」
「絶対に他人に言わないと約束します。これは私たちの家宝にして秘宝にしますから!」
「そうしてくれると助かる。
このボトルをこんなに喜んで貰えて良かったね、リリィ」
「はい、喜んでいただけて良かったです。どうぞ私たちの出会いの記念にして下さい。そしてまたいつか会えることを期待し、願っています」
「あっそうだ!お礼に愛用の我が国のおまじないグッズを2人に贈るわね!」
そう言ってアイルサ王女が枕元から取ってきたものは『ウサギの置物』だった。
2羽のウサギが壺を持っていて、片方のお腹がすごく膨れているのはたぶん妊娠を表している。
「愛が成就すると言われている枕元に置くお守りです。
夜、寝る前にこの壺に花を挿しておくのです。
愛して欲しければ1輪の花を。
愛して欲しくなければ花を挿してなりません。
相手が恋人であれば愛を得て、
夫婦であれば子を得ると言われています
そもそもウサギは多産なので安産になるとも」
「まあ!」とリリアンは驚いている。この置物にそんな力が!?
フィリップはアイルサ王女の説明を聞きながら思った。
(愛を得るって!?
ベッドに入る前にそんな意思表示をしたらこれがお守りかどうか関係なく愛を得るのは当たり前だろう。
それって只の昔から伝わる『Yes,No枕』のウサギの置物版では?
ホントにお前らリリィになんて物を持たせるんだ全く!)
と内心ではけしからんと憤慨したものの・・・でもまあリリィに説明するのがアレなので大人しく頂戴しておいた。
「それからこれも。我が国の象徴とも言える物です」
それは『海賊の羅針盤』なる置物だった。
アクセサリーや護符など色々な物にマークとして入れることもあるのだとか。
実はケネス王国の前身は海賊で、北の国での争いに敗れて流れ着き一部は陸に上がって国を開き、一部は小島をアジトとして海賊を続けたということらしい。
後に現在の隣国との争いで海の主導権を握る為に海軍として雇い入れたのもルーツが同じだったから出来た事なのだ。
「これは道に迷わない・・・つまり人生においての選択を迷った時、正しい方に進めるというお守りです」
「なるほど。私たちはいつも大切な選択を迫られる立場にいるから有難いお守りだね」
「はい。でもこれを頂いてしまって大丈夫なのですか?アイルサ王女様たちは遠くまで帰らねばならないのに」
「大丈夫です、これを羅針盤として航行するわけではありませんし、キースも持っていますし、船の部屋にも置いてあります。あ、ウサギのお守りも船にもありますからどうぞどうぞお気になさらず。あと馬車で移動時用のミニサイズ吊り下げタイプもありますから」
どれだけ持ってんだ・・・。
更に彼らは何か欲しいものはないかと聞くと、これなら荷物にならないからと「リリアンの姿絵」並びに「リリアンの御髪」を所望した。
「銀の髪を持つ者は我が国にはいないものね珍しいわ」までは良い、「瞳も珍しい色だけどちょっと取り出す訳にいかないから諦めるよう」はいったい何!?
怖い、それ本当に記念に置いとくだけなのか?いったいそれを持って帰ってどんなまじないに使うつもりなんだ・・・。
絶対に大切にする!という言葉に却って悪寒を感じ、渡したら彼らの部屋の祭壇にでも祀られて、そのつもりはなくても変な呪いを受けそうなので、フィリップは未来の王太子妃に関するものを国外に出すことは出来ないなどと無理矢理な理由をつけて丁重に断ったのだった。
同じ頃、精霊達はまだあの大宴会披露宴の真っ最中だった。
永遠の命を持つ彼らは人間とは時間の感覚が違うのだ。例え宴会が始まって人間の感覚で4ヶ月経っていようと彼らにとってはさっきの事。
今はウペアマーによる抱腹絶倒の宴会芸が終わったところだ。
次の演者のしだれ柳としだれ桜の精霊がペアでとっておきの宴会芸、並んで頭をぐるぐる回して長い枝を振り回す彼ら曰くダブル渦巻きなるものを披露すると控えている。
それも早く見たいがウペアマーの腹芸のあまりのバカバカしさに笑いすぎてまだ腹痛いからちょっと休憩が必要だ。
そんな中、湧き出るボトルがニコラとリリアン以外の人の手に渡った事を、それの創造主である氷の女神リヤは気がついた。
元々は他人の手に渡った時はすぐに水を湧き出させるのを止めて、ただのボトルに戻すつもりでいたのだが、オカルト好きの夫婦なんて面白いから放っておくことにした。
今、とっても幸せでとても寛容な気分になってるせいもあるけれど、彼らなら怪奇現象だと他の人を巻き込んで騒ぎにすることはないだろう。
また、宮殿の馬房で草を食んでいた湧き出る泉トゥリアイネンの精霊であるラポムも持ち主が変わった事に気がついた。
ラポムはその水が湧く所にはいつでも転移することが出来る。
(精霊は人間と関わりを持たないから誰が持とうが関係ないけど、いつか急に姿を現したらすっごく驚いて面白いことになりそうだな!このオカルト好きな2人なら、とんでもなく歓迎してくれると思うよ。
関わりを持たないからホント、関係ないんだけど、想像しただけで楽しそうだ!くすくす、絶対に面白いことになるに決まってる!)
そうしてアイルサ王女とキースは本人達の気づかぬところで許されて、只のボトルに成り果てた物を持ち帰り家宝として有り難がるという愚行をせずに済んだ。
アイルサ王女が自分たちの愛を成就させたお守りだとご利益を信じている『愛を得る安産と多産のお守りであるウサギの置物』はリリアンの手に渡ったが、それよりもっと強力な本当の効能を持つ『トゥリアイネンの湧き出る泉の水ボトル若さと元気の効能付き』を持って帰ったのだから、アイルサ王女とキースは子沢山になるに違いない。
アレは愛する人が目の前にいる状態で飲んだ時に発動する仕掛けになっている。
愛が深ければ深いほど効き目が強い。
でも今は効果を抑えてあるし、そもそもフーゴのリヤに対する愛の深さは特別だから。
リヤを歓喜させた、いつかのフーゴのように半死になる事はたぶんないはずだ。
そうそう、あの時はただフーゴをちょっと喜ばせようとして深く考えずに条件設定したらとんでもない事になったのよね、全くあの時は激しいわ冷めないわで最終的にはフーゴに命の危機を感じて焦ったわ。
それにしても、フーゴってば私のことをどれだけ深く愛してくれているのよ、もう。
リヤはフーゴの肩に頭をもたせかけ、あの時の事を思い出してふふっと笑う。
「リヤ、どうしたの?」
そう問う声はあの頃のまま。
ケネスの王女夫妻は
ちょっと個性が強かった
そして突然のリヤ登場
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