91話 救国の姫
フィリップがリリアンが見える所まで戻った時、ケネス王国の2人が立ち上がりリリアンの前に立つのが見えた。
あいつ等、リリィに何をするつもりだ!
リリィの元に走る。
パメラとジローは剣の柄がいつでも取れるように構えてリリアンの横に立つ。
しかしリリアンを守る為に間に割って入るようなことまではしなかった。ここまでの経緯から彼等がリリアンを襲うとは考えられなかったからだ。もちろん何か怪しい動きがあれば躊躇はしない。
他の護衛も彼らを取り囲む位置に立っている。不審な動きがあればすぐに拘束してやると。
今日のアイルサ王女達は有り得ない事に自国の護衛を連れず、あくまで敵意はなく穏便に話したいという気持ちを態度で表し、更に戦争に巻き込むつもりはないという意志を暗に伝えようとしていた。
そもそもこの宮殿に入る時に武器の携帯は禁じてもいる。
アイルサ王女とキースは両肘を両手で持ち・・・これは武器を持っておらず襲う意思がない事を表していて・・・そのまま頭を下げ手を上げて額に付け・・・これは感謝の心を表し・・・片脚ずつゆっくり両膝を床に付けた・・・これは自国の王に対してさえ滅多することのない最上の敬意を表した礼の仕方だった。彼らはしばらくこの体勢を崩さなかった。
フィリップがリリアンの元に着いてジローがその場を譲った時も、目もくれず顔を上げてリリアンに言った。フィリップは事の成り行きを見守ることにした。
「リリアン様、我が救国の姫よ。きっとあなたは我が国の救世主となるでしょう。
私たちは明日に希望が持てました。そして勇気が湧いてきました。この度、事が成せた暁には、私たちが出来る限り何でもあなた様のお望みを叶えます。どうか長きに渡り可愛がって下さいませ」
リリアンは一瞬困ってしまい、どうしようかと思ったが彼らは感謝の意を示してくれていて、望みを叶えたいと言ってくれている。それならば望みは決まっている。
この望みを口にして、成せなかった場合にはゴダールはどうなってしまうのか、完全に人質だ。
しかし、彼らに成果を持って帰らせさえすればゴダールは帰ってくる。
習った事を頭の中でおさらいする。
この国の食料自給率は130%。
プリュヴォの国土はケネスの7倍位あって、人口は20倍位いるらしい。
計算方法は全く分からないけど数字から見る感じは多分、なんとなく、いえきっとケネスに食料を供給するだけの余裕はあると思う。
絶対に交渉に成功して貰う!
「私の望みはあなた方の言うゴダー・バセット、私共の言うゴダール・バセットを、医療の成果を携えて我が国に安全に帰国させていただくことです。早々に。
あなた方の希望が成せる事を心から願っています」
「必ず成功させ、必ず彼を凱旋帰国させると約束します。私の首をかけて」
「同じく私も約束致します、この首をかけて」
彼らの国民性だろうか、とんでもないものをかけられた。それはちょっと遠慮したい。
リリアンはドン引きしたのをおくびにも出さず、とりあえずニッコリと笑って頷いた。
そこへようやくエミールが来た、向こうにはオスカーがあたふたと入って来るのが見える。
リリアンはオスカーが着くのを待ってからパメラと3人を並ばせた。
「アイルサ王女様、キース様、彼等がゴダール・バセットの家族です、父オスカー・バセット、弟エミールと妹パメラ。以後お見知りおきを」
リリアンは自ら頭を下げ、それから3人に向き直る。
「そしてオスカー、エミール、パメラよ。あなた方の息子であり兄であるゴダール・バセットは、現在ケネス王国で医療を学んでいると分かりました。ケネス王国の城に住まい丁重な扱いを受けております彼等に心から礼を言って下さい」
「医療を!?」「ケネス王国に?」
オスカーもエミールも驚き過ぎて礼を言えと言われているのにそれ以降の言葉が続かない。
「私たちはゴダーにケール語を教え、代わりにこの国の事を教えてもらいそして言葉を習いました。
彼は城に馴染み元気にしています。そして我が国最高峰の治療師たちに医療を学んでいるところです」
「そうですか、我が息子ゴダールを可愛がっていただき、誠にありがとうございます」毅然とした態度でありながらもオスカーは涙を流した。
そうやって感動の時を過ごそうとしている所へマルタン宮内相が今日の席次表がどこかへ消えたと言って来た。
放置すると準備が遅れるだけだ。オスカーはやれやれ仕方がないなと辞去しようとしたところにフィリップが言った。
「マルタン、席次は変更だ。今夜の晩餐会は白の間に円卓でセッティングしろ。アイルサ王女、キース、それに私とリリアン、モルガン、ゴダール家の4名、参加メンバーは以上だ」
「では妻も?」
「衣装はほどほどで決めて早く来るようにしてくれよ」
「ありがとうございます。すぐに準備に取り掛かります」
オスカーとエミールはそちらの手配に向かおうとケネス王国の2人に挨拶して辞そうとするとアイルサ王女の方から声を掛けられた。
「ではまた後ほど、彼の話を致しましょう」
ゴダーの家族よ。
ここに来て、何人も「バセット」という名を紹介されていたのでプリュヴォに多い名前なのだな、と思っていたくらいで、まさかそれが全員身内とはね・・・!
彼らを見送りながらアイルサ王女は面白くなってクスクスと笑った。それは心に余裕が出て来た証だった。
「ではどうぞ元の席にお座り下さい、既に休憩時間が終わり次の催しの者たちが舞台の袖で私たちの座るのを待っています」とフィリップは促し自らも座った。
この様子ではどうやら父の所へ行って席を外している間に交渉の見通しが立つ材料をケネスは手に入れたようだ。
そしてリリィはゴダールを無事に帰国させる手立てを打ったと思われる。
しかし、王太子である私がその話をここで蒸し返して尋ねると何らかの交渉が始まってしまう可能性があるから、そうする訳にはいかない。明日の会談で話し合うべき内容に触れてしまう。
しかし、このまま前を向いて無言で座っているのも居心地が悪く何か変だ。
「そう言えば、今回は新婚旅行と伺っていますがどちらかに観光はされましたか」
「そうしたかったのですが限られた日程ですから実は港から真っ直ぐ来ました。我が国から見るとちょうど真反対になる位置一箇所しか外国からの大きな船が入れる港が無いとゴダーに聞きましたが、本当ですか?これほど広い国なのに」
「ええ、そうです。防衛上の理由で他の港は入れないように閉じています。ケネス王国に近い西側の海岸線は遠浅ですし何より複雑に城壁を張り巡らしています。これは元々はプリュヴォ国になる以前の領主達が作った物ですが今も現役です。ケネス王国に最も近い北西地点には山のような形の城塞がありいつも海を見張っています。全ては海賊対策です」
「あー・・・海賊。もしかして青紫地に黄色のバッテンの旗印とか?」
「ええ、そのような旗を掲げていると聞いています。最近ではほぼ見ることはないと報告を受けていますが、稀に現れることがあり油断は出来ませんから」
「海賊の旗のバッテンはナイフを持った白い手がクロスしたものであったはずですよ。今は彼らはもう海賊ではありません、その旗は我が国の海軍です。黄色のバッテンに白の縁取りがあれば海上警察ですが、そっちはそれほど南下することはありませんから。最近ですと多分、キエナズー王国とやり合って深追いしたところを見られたのでしょうね。キエナズーとフリトンを追い払うことはしても他国を襲うことはありません」
「・・・マジですか、我々は西の海岸線に莫大な防衛費を使ってますよ」
「60年分の防衛費を無駄にしましたね」
「うわ〜、そんなに?」フィリップは頭を抱えた。
そちらの海岸線はリュシアンが封鎖するまでもなく大昔から海賊対策で閉じられたままなのだ。60年も前の国王から綿々と知らずにいたことが露見した。
「そちらが閉鎖されているから我が国は近寄れずプリュヴォ国の存在を知らずにいたのです。案外近いんですけどね。なんだかすごく面白い・・うふふ、ふふ、・・・あはは」
アイルサ王女とキースは肩をふるわせて笑いを堪えるも耐えきれず声をたてて笑った。案外笑い上戸のようだ。リリアンもフィリップが頭を抱え、彼らがそれを笑う様子がまたおかしくて笑いが堪えきれなかった。
「ふふふ」
「もう皆んなしてひどく笑うね。国王は国を守る必要がある。海賊かどうかを確かめる術がなかったんだから止めどきが分からなくても仕方がない」
「それでは今後は西海岸に大港を開いて下さい。そうすれば色々な物を輸送しやすくなる。安近短で60年分の防衛費の元を取りましょう」
「安近短とは?」
「コストが安く済んで、距離が短く済み、日程も短くなる。すぐに元が取れますよ」
「ほおお・・・なるほど、プリュヴォ語が堪能過ぎる。それが母国語の私でさえ知らない言葉を操りますね」
「ゴダーのお陰ですよ。彼はケール語ばかり使っていると母国語を忘れてしまいそうだと私たちとはプリュヴォ語しか使ってくれないのですから」
「そうなんだ」
「ええ、彼は辞書も編纂しています。一般用語と医療用語の。自分用のメモの完成度が高過ぎて辞書に転用できるレベルなので辞書を作ることにしたという・・・。彼は何をしても本当に優れた男です」
「さすがオスカーの息子でエミールの兄だね」
「はい、そしてパメラの兄です」
「皆、優秀な家系なのですね、さすがです。
しかしその城塞や城壁は後学の為に見てみたいものです。これほどまでに外からの侵入を拒み続けているのは凄いことですから。私たちは新婚旅行中ですからせめてそこくらいは足を伸ばして見たいものですけど」
「我が国の防衛に関するものはお見せできませんし、西を開放するのはまだ先の話になるでしょうから今は無理ですね。この度はあちらからお帰り下さい」と言ってフィリップは南東方向に向かってどうぞとして見せた。
「フィル様、その防衛費を今後は幾らか西への街道整備に回したら西部にも行きやすくなりますね。
運河もそちらまで伸ばせば王都が終着だった水を海に開放することも出来ますし災害対策にもなり輸送も楽になります。
今は西部は人口が少なくほとんど人の行き来がないから遠く感じるものの地図で見ると城塞都市までの距離はベルニエへ行くほどもありません。街道がついて西に大港が開港すればきっと大きく発展させる事が出来るでしょうね。
あっ!王都から運河や街道整備を進めるより先に西に港が開いた方が良いです。下流に水を流すルートを確保しながら材料を運び込めるし・・・。
何より北西の城塞都市は見るのも美しい素晴らしく雄壮な佇まいだと習いました。運河で観光にも行けるかしら?いつか私も見てみたいです。」
リリアンの頭の中ではどんどん大港、運河、街道の整備が現実味を帯びてきて、最早やらない手はないような気になっている。
フィリップはリリアンを褒めて同意もしてやりたいが、その内容が内容だけにここでは肯定も否定も・・・とにかくリリアンにコメントを返す事も頷く事も出来ないので苦肉の策で頭を撫でる。
「流石、救国の姫。海側から工事を進めて王都まで道より先に運河をつければ荷物を一度に大量に運べる。重量のある物や大きな物が運び易い。そうなれば最高に輸送が便利になる。まず内陸の工事がスピードアップすること間違いなしですよ」
「ちょっと待て。私のお姫様を姫と軽々しく呼んで貰ったら困る。改めてもらおうか」
「フィリップはどうやらかなり嫉妬深く婚約者に対しての執着心が強いようだねアイラ。
では救国の乙女ではどうですか?この方が7歳という年齢に合っていて民衆にもウケそうだ。うん、そうしよう乙女はいいね」
「あの、キース様民衆にウケそうとは?」
「まあ交渉が成功したらですが、もちろん我が国に帰って、この度の我が国の危機を救った英雄、救国の乙女リリアン様の話を皆にするのですよ」
「ええ・・・それは勘弁して下さい間違った情報を植え付けるのは。真の英雄は間違いなくゴダール様です」
単身、プリュヴォに医療をもたらす為に知らない世界に飛び込んで信用を得た。
そして彼らにプリュヴォの存在を教え、たくさんの交渉の材料を提供していたのだからケネス王国を救った本当の英雄はゴダールだ。
そしてプリュヴォ国を救ったのもまたゴダールだ。
廃れていた医療を持ち帰り国内医療の発展に貢献し、西部交通網、輸送網を大きく発展させるきっかけを作り外交の道を拓いたのだから。
リリアンはそう言ったが、ゴダールは姫でも乙女でもないから話にならないと言われた。どうやらこの顛末を後世に残る話にして伝えたいという思惑があるようだ。
「あなた様の功績は外せません。いくら元々交渉の材料を持っていたとしても我々はその使い所に気づけずにいたのですから。
それにゴダーを我が国の英雄にしたら、もう国から出せなくなりますよ」
「ああ、そうですか・・・では、はい」
リリアンは折れるしかなかった。
フィリップは隣に座るリリアンを抱き上げて膝に乗せ、顔を覗き込むようにして問うた。
いつもより豪華でボリュームを持たせたドレスのスカートがフワフワと踊る。
「ねえリリィ、僕たちの新婚旅行はその城塞都市にしようか。もちろんそこだけでなく国を一周してもいいし、大港から最初に出港する船で外国に行ってみるのもいいね、ケネスも見たい?リリィは他に何処へ行きたいかな?」
どうやらアイリサ王女とキースに散々笑われた意趣返しのつもりらしい。私達が先にあなた方の行きたいという所に行かせてもらいますよと。
しかし同時に次期国王と次期王妃が、ケネス王国と国交を持ちますよという意思表示でもあった。今回の交渉の行方についてはともかく。
「えっ?えっ?新婚旅行?えっ?そんなフィル様、おたわむれを」
テンパるリリアン。
「救国の乙女は、王太子に新婚旅行と言われてもそのつもりがなく困り果てる・・・と」
「こらこら、何を書いてる。それは取り消しなさい。リリィは照れてるだけだから」
「そうでしょうか?まあその時は是非ケネス王国においで下さい、我が国をあげて盛大に歓迎致しますから」
「ええ、お2人のお越しを心より歓迎致します」
アイルサ王女とキースはにこやかに、でも真面目に言った。
沢山の取引材料を手に入れた。
次期国王夫妻になる2人や参謀を含むバセット家とは晩餐会でも交流を更に深められる。彼等と懇意になることで味方も出来る。
ようやく本当の意味で場は温まった。
後は明日の会談で国王陛下を説得し必ず食糧安定供給への道を切り拓く!
アイルサ王女達と
仲良くなれそうですね
_φ( ̄▽ ̄ )
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