表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

90/261

90話 検討会議の裏で

 リュシアンは検討会議をするからちょっと来いとフィリップを呼んだ。彼が来た時そこには既にモルガンとエミールがいた。


 今日はパトリシアは熱を出して王宮の私室で寝ている。連日の接待と緊張感ある交渉の攻防の横にいて気疲れが過ぎたのだろう。

 ケネス側に王妃がダウンしたと知られたくないので、今日は元々フィリップにリリアンを伴わせる予定だったのを良い事にホスト役を2人に譲って自分は引っ込む事にした。


 そしてその間に、今後の対応を内々で話し合いたいと考えジョワイユーズ宮殿に来てこの一室に集合をかけたのだ。


 色々な貢物を用意して、早くから準備を重ねた上で来たのは彼らがとても困っているからだということは分かる、そして軍事的支援と食料供給の助けを求めていることも。


 しかし、こちらにはリスクしかない。


 この度の訪問に対して労う為に色々な催し物はした。それから何かちょっと持たせて返す物は必要だろう。


 だが、それ以上の事となると話は別だ。

 何のメリットもないのに危ない橋は渡れない、要求を飲むわけにいかないのだ。


 それに昔、ジョゼフィーヌは言っていた「大きな変化は破滅を呼ぶ」と。




 その頃リリアンは皆が来るまで会話を続けるという作戦に出ていた。


 ゴダールの身柄を盾にとって交渉が始まるとゴダールを見殺しにすることになるか、意に沿わない要求を飲まざるを得なくなるかのどちらかだ。

 相手に余計な動きやあれこれ悪い知恵を働かせる暇を与えない為に話題をどんどん変えて行く。


 これは母ジョゼイフィーヌが使う手法に似ていた。父クレマンがグズグズ言った時に煙に巻いて上手く自分の思う方へ誘導する。母はそうやって父を操縦するのだ。

 リリアンはこの作戦をいつもそばで聞いていた為に自然に思いついた。



「医療と言えば、ケネス王国はどのくらい進んでいらっしゃるのでしょう?例えば出生率はどのくらいありますか」


「出生率ですか、そうですね60%近くあります」


「それは随分高いですね!我が国は貴族が40%、庶民で30%です。べべ病という流行病が最も流行った年には8%にまでなりました。その出生率の高さは何ゆえとお考えでしょうか」


「我々は衛生と母子の栄養が重要だと考えていますね。以前と比べてこれらが変わったことで出生率が上がったと捉えています。

 食糧が他国から入るようになってから人口も増えました。

 ですから食糧が確保出来ない今、出生率も人口も下がり始めている可能性はあります。

 そうそう、ゴダーも出生率を上げたいのだと言っていましたが、彼が我が国に来て驚いていたのは母乳育児でしたよ。

 こちらでは早々に母乳をやるのを止めてしまうとか」


 母乳の話にまで話が広がるとロクサンヌ夫人に習ってなくてリリアンは全く分からないからお手上げだ。

 話題を変える。


「そうなのですね、そこが違うのですか、勉強になります。

 そう言えばこちらの会場のロビーにケネス王国からの贈り物が展示されていましたが、あの特産だという四角い石は何に使う物なのですか?」


「あれはペイヴストンです。我が国土の半分を覆う実に固く摩耗しにくい岩を切削してあの形にしたものです。

 我々の城は600年前から100年をかけて建てられたものですが、今だにその時の岩の切り出された跡が角が丸まらず鋭角に残っています。

 本当にあの岩を利用する技術を持った我が祖先を誇りに思います。その加工は城の防衛に関係するので今でも限られた石工しか知らない方法で成されているのです。

 ゴダーはその岩を削ってつけた城の道に馬車や荷馬車、はては戦車といった重い車が激しく往来しているのに、未だに掘れて轍跡がついていないとひどく感心しておりました。また濡れても滑らぬことが素晴らしいと。

 我々には当たり前の事でしたが、とても珍しい特性のようで濡れると却ってグリップ力が上がるのです。ですから戦車が坂道を上がるときは水をまく事もあります。

 彼がこれを石畳なるものに活用できるのではないかと言うので切り出して持って来たのです」


「まあそれは実に素晴らしい物だと思います!

 私の故郷では道路は水はけが良く乾いているのですが、王都では乾くと砂ぼこり、雨が降ると水たまりが出来てぬかるみます。轍の対策に道に石畳を敷いているのですが、それが無いところでは馬車が横転するほど深い轍が雨の日は半日も立たず出来るのです。

 しかしその石畳も摩耗が激しく直ぐに丸石になってしまいます。そして中央は窪んで水が溜まり、濡れたら滑り、人や馬車の車輪も滑りますが、馬が脚を挫く事が多いのです。そんな風に危険だからと私は雨の日と雨の後は外に出る事を禁じられているほどです。学園に来期から通うのに休んでばかりでは卒業出来ません。そんな石があるのならせめて馬車が通る所にだけでも敷きたいものですね」


「なるほど、こちらの国ではアレが確かに役に立ちそうですね」

 アイルサ王女が頷く。


「それに地盤が緩いのなら施工方法も考える必要がある、我が国の沼地のように下に杭を打つとか、ペイヴストンの形や大きさをどうするか、とにかくズレないように隙間なくピッチリと並べなくてはならないでしょうね」


 静かにアイルサ王女の横に座ってメモを取っていたキースが初めて口を開いた。



「ええ、もしソレを石畳として使えるならちょうど王都から国中に伸びる大街道をつける計画もありますから道がぬかるみやすい地方の馬車道や坂道などに大量に必要になるでしょうね」とリリアン。


「なるほど、なるほど」とキースはメモを取る。


「後でどれほどの物か何か実演していただければ分かりやすいですね。我が国の石畳とどう違うのか」


「なるほど、なるほど、非常にいい案です」



 話が調度まとまった感じになった、えっと、他の話題は・・・。


「他にも我が国では運河の建設も計画中なのですが、ケネス王国には運河はありますか?」


「我が国にはありません。しかし、今まで長きに渡り友好国だったバッカーデブリース国はまさに運河大国です。

 私も訪れたことがありますが特に都は川幅が広くそれでいて蜘蛛の巣のごとく縦横無尽に走っているのが圧巻で・・・実に美しい運河の街です。

 その全貌は土地が平坦ですので城のてっぺんからしか見ることが出来ません。

 4、5ヶ月前に全員引き上げさせましたが我が国からの駐在員が多く住んでいました。

 お互いに色々な事を教えあい助けあって来た間柄でしたから、運河についても詳しい者がおりますよ。

 バッカーデブリースの都は運河しかないと言っても過言ではないくらいですから駐在員の1人がとても興味を持って研究家並みに研究していたのをきっかけに、運河局には駐在員が常時数名特別入局していたくらいです。それこそ護岸用の石は滑らず摩耗しにくいアレを使っていましたから。彼らならば何かお役に立てる事がありそうですね」


 とアイルサ王女が言えば、キースが後を継ぐ。


「バッカーデブリースは都が海に面しておりましたが、こちらは内陸。王都の河は深く掘った所に作って容量に余裕を持たせた方がいいでしょうね。河の深さや幅、曲がる角度そういった事についても降水量などから割り出す計算式があります。もちろん地域性を考えてアレンジは必要でしょうが。そして荷下ろしをする港にはあの石を使えば滑らず安全だ」


「まあ、それは是非お話を伺いたいですね。

 それにもし実際に来てご指導いただけたなら、どんなに安全で役に立つ良い運河が出来ることでしょう!」


「実際に指導ですか、おお!本当に!!せっかく得た彼らの知識も今となっては我が国にはいらぬ知恵ですが、こちらには必要だ。

 なるほど、なるほど。指導員の派遣、それは素晴らしい案ですね!!」


「はい」


 またリリアンは一生懸命に他の話題を探す。

 踊りや音楽の感想は既に伝えてあるし、そろそろ話題の種が尽きてきた、皆んな、誰か、早く来てくれないかなー!?



 アイルサ王女とキースは顔を見合わせて頷きあった。


 これだけ多くプリュヴォに提供できる材料があればきっと話を上手くまとめることが出来る。もちろん、もう軍事支援の要求は撤回する事に決めている。

 決裂しかないと思われた交渉は一転しお互いに大きな利のある取引きになりそうで勇気と希望が湧いてきた。





 フィリップは王の控えの間に足止めされていた。

 しかし今回の事案について交渉を進める権利を持たされていない。リュシアンは全権は自分にあると宣言している。


 それならば、一刻も早く先ほどの席に戻りたい。リリアンをケネス王国の2人の所に1人残して来たことがとても気になって仕方がない。それもあって父が断る理由についてグダグダ並べているのを聞く時間が勿体無く思えた。


 それに他国とは言え国民が飢え、それを救う為に決死の思いで来た人の手を聞く耳も持たずに払うとはどうなのか。


 父は若い頃に良好な関係だった隣国リナシスに攻め入られた事を今も心の傷として持っていて、戦争を嫌い、そして隣国や友好国という存在を否定し続けている。

 その気持ちは理解したいと思うが、だからと言って今、ケネス王国を見捨てるのとそれを同列に考えていいものか・・・。



「父上、私は今日はホストをする事になっております、客人の手前あまり長い間席を空けるのは好ましくないので戻ります。しかし、明日の最後の会談はせめて公明正大に行って下さい。国民が飢え今後の見通しも立たず彼らも必死です。話も碌に聞かず帰しては我が国の誇りは語れません」


「うーん・・・、しかしそうすると・・・まあいい、お前はもう行け」


 いつも竹を割ったような性格のリュシアンがこのように足踏みするのは本当に普段では考えられない。


 自国を守るためには手を出さない方がいいのは間違いないと思うが・・・人道的な事を考えると助けるべきだろう。

 しかし、一度きりで終わらないのだ、彼らはそもそも食料の生産量が上がらない土地柄なのだからずっと続く関係になってしまう。いつかそれが困る事態を引き起こしはしないかと気がかりになるのだ・・・。

 対して我が国は豊かで全てが自給自足できて不足がない、他国を頼る必要が何も無いのだから。


「では、席に戻りますので失礼します」と部屋を出て足早にリリアンの元に戻る。



 その途中でレーニエがようやく見つけてホッとした顔でフィリップに走り寄った。


「殿下、探しておりました。リリアン様の元に至急お戻り下さい、ケネス王国でのゴダール様の安否が確認出来ました。そしてエミール様とオスカー様の所在をご存知でしたら教えて下さい、彼らも連れて来るようリリアン様の命を受けました」


「何、ゴダールが!すぐ戻る。

 エミールはこの先の『王の控えの間』だ、父上といる。オスカーはケネスの楽団の楽屋口でおかしな動きがないか見張ると言っていた、しかし彼がそこを抜けても問題はない」


「ありがとうございます、2人は直ぐに向かわせます」


 レーニエはサイモンにオスカーを迎えに行かせ、自分は王の控えの間に向かった。


 王の間は、より家格の高い自分が行った方が良いという判断だ。

 今日、陛下がジョワイユーズ宮殿に居られるとは聞いてなかったから、こことは思わずめちゃめちゃエミールを探して走り回った。


 それにレーニエは学生時代ゴダールと級友でそれなりに知っていたから、この朗報を早く家族に知らせてやりたかった。


王妃教育が役に立った

_φ( ̄▽ ̄ )


この作品を読んでくださいましてありがとうございます


ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです

とても励みになります

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ