88話 天界へひとっ飛び
2人きりの医務室で、エミールはエマに付き添って一晩を明かすつもりでベッドの横に椅子を持って来て座った。
暖炉に火が回り、だんだん部屋は暖まってきた。
「エミール様・・・私だって、私だってお慕いしています。・・・あの子達よりぜったい・・・うう、うぇっ、ヒック・・・ヒック・・・」
身体を丸く縮め、両手で顔を覆ってまだ泣きじゃくっている。
本人がここにいるとはきっと思ってないんだろうなぁ。
そう思うと顔がほころぶ。
「本当にあなたって人は・・・。
こんなになるほど気持ちを溜め込んで、それでこんな風に心の内を吐露するなんて。
あなたこそ、ズルい人ですよ。
でも、
最高にうれしい。
エマ、私もあなたのことが好きですよ。
なんて言っても
聞いてもないし、覚えてないんでしょうね」
それから1時間ほど経った頃にフィリップが顔を見せた。
「エマの体調が悪くて付き添ってるって聞いたけど、大丈夫か?」
「ええ、多分。さっき寝ついたところです」
「うわ、酒くさっ!飲みすぎか?」
「いや、突っ伏した時に誰かがこぼしたビールが袖についたようですね。パメラがエマはシードルを飲んでいたけど量はそんなに飲んでなかったはずだと言っていたので。
多分、空きっ腹にペースが早かったのと精神状態が不安定で悪酔いしたんじゃないかな」
「エマはお前に醜態を見せてばかりだな、本人が今の状態を知ったら何て言うだろうな」
「そうですね、まず青くなるでしょうね」
「真面目だからな」
「ええ・・・」
エミールは座ったままエマを見守っていたが、フィリッップを見上げて言った。
「殿下、
以前言ってた話は春まで待つのは止めました。
エマが起きたらプロポーズします。
タイミングは自分でいいように作れば良い。年明けに式を挙げた方が彼女の後ろ盾にもなれるし」
「ああ、そうしろ。
医務室のプロポーズか。
まあ、頑張れよ。
リリアンの支度は母上の侍女にもう頼んだし、明日は休んでもいいから2人とも・・・じゃあ、おやすみ」
「はい、私は出るつもりですがエマは休ませます。
お心遣い有難うございます。おやすみなさいませ」
エマは目を覚ました。
ここ何処?消毒のような匂いがして白い壁と天井、ベッドに寝かされて・・・いつか案内されて来た、医務室かな?
頭が重たくボーッとして目が腫れぼったい。
泣きながら寝てしまった時のような、・・・ちょっと頭痛もする。
右手を頭に上げようとすると温かな手で、手を握られていた。誰だろうと顔を向けると・・・エミール様?
まさか、そんなはずないわよね。
えっと、昨夜はパメラと護衛隊の人たちと飲んでいたはずだから・・・私の希望で目が曇ってエミール様がいるように見えるだけ。
空いてる方の手で目を擦ろうとして動いたら掛けてあった布団を引っ張って、椅子に座ったままベッドに上体を持たせかけて寝ていたその人を起こしてしまった。
「ん、あ、エマ起きた?どう体調は」
「え?エミール様?本物?いえ、えっと体調は〜そうですね、とても良好です」
にっこりとエマは営業スマイルを見せた。
「エマ?本当は頭が痛いのでしょう?顔が浮腫んで目も腫れてる。タオルを絞ってくるから少し冷やしますか?」
「・・・はい、あ、自分で出来ます」
うわ〜、私どんな顔してるんだろ?
恥ずかしい!!と布団を顔に引き寄せて隠しつつ起きようとした。
「エーマ、昨夜酔っ払ってたからここで寝かせて介抱したんだ。まだ本調子になってないと思うから横になっててくれるかな?」
優しいけど、ちょっと強引な圧をかけてくるエミール様なんて珍しい。
布団から目を出して見上げる。エミールはエマが起き上がらず横になったままなのを確認すると頷いてタオルを取りに行った。
ん?
今、私のことエマって呼び捨てにしてなかった?
ん?
なんで?いつから?
エミールが濡れタオルを持って戻ってきた。それを受け取って目に当てる。冷たくて気持ちがいい。部屋が暖かいから余計気持ちがいい。
「エマ、体調が本調子じゃない時に悪いけど、大切な話をします。いいですか?」
「え、は、はい」
寝たままだったエマは居住まいを正そうと気をつけてゆっくりと起き上がりベッドの上でエミールの方を向いて座った。
こんな所で改めてする話だ。まず良いことではないだろう、きっと飲みすぎた事を怒られるか、もう飲むなって言われるか・・・。
「単刀直入に言います。エマ、私と結婚して下さい。あなたを愛しています」
「え、そんな、ダメです」
思いもかけないことを言われ、間髪入れずに断った。
「なぜ?あなたは私が好きでしょう?何か問題があるなら一緒に解決しましょう」
「だって、エミール様は私には勿体ないお方です」
「そんな理由ですか?ちっとも勿体なくないですよ、逆にあなたの方が私には勿体無いくらいですけど、私はエマと一緒になりたいんです」
「でもエミール様は私には勿体無い本当に素晴らしい方ですから。性格は優しく穏やかで、物腰は洗練されて格好よく、気配りが出来て気取らず偉ぶらずいつも控えめでいて怖気ず賢く機転がきいて、王族方にはもちろん宮殿中の皆様からの信頼厚く、勤勉で打てば響くような・・・」
「ちょっと待って、それどれだけ続くんですか私のことを買い被り過ぎてて恥ずかしいんですけど」
それでもエマは止まらない。
「そもそもエミール様は、9歳から王宮にて王太子様と勉強に執務にと励まれて、宮殿内のことで知らぬことはなく、王太子様がご不在の折にはその執務を肩代わりし、学園に行かれている今はほとんどエミール様がなさっているのが現状です。国王様と王太子様のお仕事を引き受けられるのはエミール様しかいらっしゃらない、それほどの方なのですから・・・」
「エマ〜、ストップ!それトップシークレットだから。
大体、その事は我々4人以外には秘匿されている情報だよ。一体誰が漏らしたって、もう殿下しかいないよね」
「申し訳ありません、誰にも言うなと言われてたのに本人にはいいかと思って」
「いやあのね、その事を殿下に打ち明けられてるっていうだけで、どれだけエマが信頼されているかってことなんだよ。身内の王妃殿下でさえ知らされていない情報を教えられるほど。
だから自分のことを勿体ないなんて思わないで欲しい」
「でも私はただの侍女ですから」
「私だってエマに愛を乞うただのエミールという男だ。
エマはただの侍女じゃない、王太子妃になるお方の侍女で将来の侍女頭になろうかという方であり、いつも一生懸命で努力家で心優しく気遣いが出来て控えめで、明るく、いじらしいほどに可愛い、私に愛を乞われるエマだ。どうかハイと返事を」
「エミール様、ですけど」
「まだダメ?昨夜はあんなに言ってくれたのに?」
「え?私なにを・・・」
「誰かのものにならないで、お慕い申し上げておりますと。
私の事を好きです、愛してますと言ってくれたじゃないですか(一部都合によりちょっと意訳しました)」
「あ・・・」確かにそんなことを思ってたし、言った気がする。
エマは自分の本当の心の内がエミールに知れてしまってると分かって真っ赤になり、とうとう観念した。
「はい、確かに私はエミール様をお慕い申し上げております。でも本当に私のような者でいいのですか?他にも若くて可愛い方や賢い方、上流の素晴らしい方々がいっぱいあなたの事を」
「ああ、そこですか。あなたが気にしているのは。
さっきも言ったように私はあなただから結婚したい。父の活躍で手の平を返したように私に興味を持った人達は眼中にありません。
私はそれ以前からあなたと決めていたのですから。一緒になるなら、同じ事に共感し、共に歩める人がいい。
私達なら色んな事を同じ目線で見て語り合えると思いませんか、王太子の従者と王太子妃の侍女が夫婦なんて最高じゃありませんか。
あなたが主人の為に心から仕えているのを知っています。同じ価値観を持つあなただから惹かれるのです。
エマもだから私がいいと思ってくれてるんじゃないですか?参謀になったからでも、宮内相指導係の息子だからでもないですよね?」
「もちろんです。エミール様だから好きなのです」
「だったら、いいですよね?結婚してくれますよね?」
「はい、本当に私でいいのか・・・。あ、いいと言ってくださってるんですよね。
・・・エミール様、ふつつか者ですがよろしくお願いします」
「ああ、ようやっと頷いてくれた。エマ、心から愛してます」とエミールはエマを引き寄せ抱きしめた。
ギュッと抱きしめられるってこんな感じなのか・・・。
この非現実的な白い空間のせいかもしれないが現実感がない。フワフワ、フワフワ、酔っ払って見ている都合の良い夢の中なのだろうかと疑いたくなっても仕方がない。
それとも、
知らない内に死んじゃって天国に来てしまったのかしら?
昨夜まで心は暗く悲しく落ち込んで暗黒の世界にいるようだった。それが今朝はまるで白い翼が生えて明るく眩しい天界にまで一気に飛んで来たみたいなの。
エミール様の腕の中は温かく、そして優しい。まるで一緒に光に包まれているような気分。
「エマ、今はまだ夜です。立てそうですか?歩けるなら部屋まで送りますよ」
まだ夜だった。
「たぶん歩けると思います。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「いいえ、いいですよ。
今日は休みにしてありますから午前中はゆっくり寝てください。昼休憩時間になったら私が昼食を持って部屋に行きますから、すっきりした頭で今後のことについて話し合いましょう」
「はい」
「それともまだここに一緒に居ますか?でも、ファーストキスはここより別の場所がいいですよね?」
「ふぁっ!?
あ、かっ帰ります!」
「ええ、そうしましょう」
エミールはその慌てぶりを見て、楽しげに笑った。
ベットから降りて、寝て皺になった服を簡単に整えてる間に暖炉の火を始末していたエミールはボソリとこぼした。
「ふう、目が覚めたら急に難攻不落になるからいっそもう一回お酒を飲ませ言質を取った事にしてここで既成事実を作ろうかとさえ頭をよぎりましたよ」
「え?」
「いえ、こっちの話。
では行きましょうか、エマ」
「はい、エミール様」
2人は顔を見合わせてちょっと照れたように微笑むと手に手を取って医務室を出た。
エマは酔っ払ってしまいましたが
結果オーライということにしときますか
_φ( ̄▽ ̄ )
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