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86話 怒涛の御大とその息子

 さすがバセット家の御大だ。

 翌朝リュシアンに呼ばれて来たオスカー・バセットはブランクを感じさせない怒涛の勢いを見せた。


 指導要請を了承すると国王自らの現状説明をまず現場を見ますと切り上げさせ、宮内相室に向かった。

 数ヶ月に一度「母上の顔を見に来た」と帰ってくるエミールに、数日前にたまたまその混乱ぶりを詳しく聞いていたのが幸いした部分もある。


 彼らはいつまでも追い付かない作業に専念し、周りが何を言おうと「先にやらないといけない仕事がある」だの「忙しすぎてその暇がない」などと言い訳し、ちっとも重い腰を上げようとしないのだと溜息をついていた。



 入るなり言う「国王陛下の御命令により指導に来たオスカー・バセットだ。まずその過ぎ去った何ヶ月も前から空白の帳簿を埋めるだけの作業を止めてもらおうか」


 皆、驚いて顔を上げたがマルタンはもちろんのこと補佐達もオスカーが何者であるかを知っていた。周りからは散々「オスカーのいた頃は」と引き合いに出されていたし。



 さあ、仕事を始めるぞ。

 ちょうど12月の月初めだから11月末までの帳簿は一括形式で付けることとする。それより現場を円滑に回すのを優先させるのだ。


 まずは滞っている支払いを。

 補佐に請求書を全部集めさせると集計してそれぞれに支払いの遅れ分を加味して5%増しで支払うよう言いつける。


 支払いが滞ってるせいで発注しても物が届かなくなってきている。

 そんなの王室の大恥だ。



 物がなくガラガラの上に皆が探し物をして右に左に動かし空き箱はそのまま放置、何がどこにあるのかすっかり荒れ果てて分からなくなってしまった食糧保管庫と各備品保管庫に過不足なく物を揃えるためには先に棚卸しが必要だ。そっちは応援要請を入れて頭を下げてでも他部所にやってもらう。

 平行して各部署に必要な物を申請させて足らないものを補充していくぞ。その際は常時いる物とそうでない物の区別をチェックしてリストを作っていけ。保管庫担当はお前だ。



 式典担当者、外国からの来賓を迎える準備は?まだ何もって?ギリギリ過ぎるぞ。

 ジョワイユーズ宮殿に行って清掃はクラス1で、同時に庭園と広場、王立美術館と博物館もクラス1で急がせろ。客室の用意や晩餐会のメニュー作りの指示も。生花は入り口正面は我が国と相手国の国旗の色にすると決まっている。

 事前情報が外務相から来ているはずだぞ。どれどれ。

 ケネス王国の国旗は紫に近い青と白を基調とする。しかし白い花は単体ではどこにも使うなと言っておけ、彼の国では葬儀に使う色で相応しくないとある。それ以外の段取りは外務相と連携を取りながら進めるように。


 それに1月1日の建国祭の準備はどうした?前年の資料の確認をして問題が無ければ宰相に・・・え、ずっと資料を作って無かったとな。マジか、じゃあ私が何とかするからまずはそっちに集中してくれ。どおりで年々貧相になっていたのはそのせいか。


 分からないまま放置せず何でも質問するように!!毎日進捗の報告を!



 補佐達にそれぞれ指示を出し仕事を教えて行く。

 やるべきことが見えてきて、急に彼らの顔は生き生きとしてきた。


 お前は実務をするな付いて学べと言われてオスカーの横に立っているだけのマルタンがアワワとなっている間にどんどん片付けられて行く。


「はあ、すごい」


「感心してる場合か、お前の仕事だぞ。

 その呑気な性格は子供の頃から変わらんなー、全く!一旦騒ぎが治まったら一から鍛え直してやる!しかし長居をするつもりはないから性根を入れて本気で付いて来い。

 本当は財務監査の時期だが仕方がない後回しだ、次は王立騎士団に行くぞ」


「はーい」


 オスカー・バセットは風を切るように歩いて行った。マルタンは小走りで付いていく。




 王妃殿下が外商やデザイナー等を呼んでドレスやアクセサリーを作るときによく使うふかふかの絨毯が敷かれた広いサロンが宮殿の一階にある。


 そこからの帰りがけにリリアン、パメラ、エマ、それに4名の護衛達はオスカーとマルタンが早足で騎士団本部に向かうのを見かけて足を止めて見送った。


「あそこに行くのはオスカー様ですね、先ほど聞いた話ではその働きぶりを『嵐の中もオスカー様が通ると空は晴れ小鳥が囀り虹が出る』と形容されているそうですよ。すごい方ですね」


「父上が家に篭ってる間に頭が鈍って使い物にならなかったらと心配していたがどうやら何とかなってるようだな」


「流石、パメラとエミール様のお父様ですね。凄いわ!」


「身に余るお言葉です。リリアン様この度の事は母が大層喜んでおりまして、本当にありがとうございました」


「まあ、お母様が!それは良かったですね」


「はい」



 屋敷に置いて来たパメラの侍女は今は母に付いているが、その様子を手紙を寄越して来ていた。



『お喜び下さいませお嬢様、奥様がすっかり元気を取り戻し以前のように明るくよくお話になられます。最新流行のドレスも作らねばとおっしゃられて外にも出かけられるようになりました』


 社交好きな母上は父の失態でその負い目から社交に出られなくなり、すっかり気が塞いで老け込んだようになっていた。


 パメラにとってもそれはいつも気がかりで。この度の件で一番救われたのは母上かもしれない。


 いや、父が汚名返上し間違いなくバセット家全員が救われた。



「そう言えば、急に兄上に釣書が届き始めたらしいですよ、どうしますエマ?」


「え”?どうってどうもしませんけど。・・・実に喜ばしいことです」と言いつつエマの眉間が寄っていく。




 元々エミール自身に問題はなく、狂犬パメラと失態オスカーが激しく足を引っ張っていたのだから。


 パメラがリリアンの専属護衛になり、その働きぶりから少しずつ風向きが変わって来ていた所での華々しい父オスカーの登場だ。

 まるで英雄の様に悪化しきった状態をみるみる改善し、全宮殿関係者がその活躍ぶりを知ることになった。


 それで、


 一気に火が付いた。




 先程、リリアン達が王妃パトリシアのサロンに居たのは、初めての公務で外国からのお客様との交流をすることになりエマと一緒に当日の衣装の試着とヘアスタイルなどを決めるためだった。


 王家秘蔵の宝石類を並べ、侍女達に着付け方や髪型などについて教えてもらっていたエマは途中お茶を入れるというので2人の若い見習い侍女とお湯を貰いに厨房へ向かったが、道中の彼女たちはエミールの話で盛り上がっていた。



「ねえねえ、私先程エミール様が来られた時に目があって微笑まれたような気がします。先日父に送って貰った釣書を見ていただけたのかもしれないわ!」



(ええ、釣書送ったの!?)


 後ろを着いて歩いていたエマはパッと顔を上げ彼女たちの横顔を見た。


(いや、エミール様はいつだって微笑みをたたえてらっしゃるでしょ。それにさっきは私にも微笑んで下さったわよ)


 心の中で反論する。



「まあ、あなたも?私も送って貰ったわ。姉が春にエミール様からの申し入れを断ったことを後悔してやっぱりOKするって言い出したけど父に頼んで今回は私に譲って貰ったの。姉と私は顔が似てるからきっとエミール様の好みの顔なんだと思うのよね、私が一番チャンスがあると思わない?」


「断られた人の妹って逆に・・・ね。

 まあでもエミール様って素敵よねっ!いつも穏やかでそれでいて仕事が出来るなんてさぁ、王族の方々からの信頼も厚いし。私エミール様の妻になったらせっかく王妃殿下付きの侍女見習いになったけど即刻辞めてエミール様の為に内助の功を発揮するわ」


「私も!私も!するする〜!」



(私もってエミール様は何人の妻をめとるのよ。内助の功って!初等部出たばかりなんてまだ子供じゃないの)



「なんか大人の魅力あるよねー」


「そうそう大人の余裕を感じるわよね、あ〜きっと優しく甘やかして下さるんだろうな〜!君は何もしなくていいよ、綺麗にだけしてくれていればいいんだ、なーんてね!うふふ」


「参謀の奥様なんて、社交界の華よね!あ〜、いつもお美しい参謀夫人って新作ドレスを皆が羨むの!」


 さっき言ってた内助の功はどこへ行ってしまったのか・・・。


 現在20歳のエミールは右も左も分からぬ頃からこの家族と離れ王宮に1人上がり、国王や王太子を下から支え続けて来たのだ。15歳の小娘からすれば、いつでも穏やかで親切で言えば何でも迅速に解決してくれる彼は頼れる大人の男だろう。まだ半分子供気分の彼女たちが甘えたくなるのは分かる。


 だけど、それなら彼は誰に安らぎを求めればいいの?



 2人のエミール談義はとどまるところを知らない。


 学園卒業後すぐに王妃の侍女見習いに付けるのは、その特別な扱いに見合った上級貴族や高位高官の娘であるということで花嫁修行を兼ねたハク付けにすぎない。彼女たちはより優良な結婚相手を探しに来ているのだ。


 若くてキラキラした表情で喋る彼女達はそうは言っても可愛らしく魅力的だ。彼女達と歩きながら、エマの表情は知らず浮かないものになっていった。


 しかし王妃殿下のサロンに戻ってからは気持ちを切り替えて仕事に励んだ。




 エミールが先ほど王妃のサロンを訪れたのはリリアンが身につけるアクセサリーは新しい物をフィリップが用意すると伝える為だった。

 デザイン画を受け取ったパトリシアは長さを半分にまで抑えるようにと注文を出してエミールを返した。リリアンのドレスの首回りは身長的にも年齢的にもそんなに広く開いてないからバランスが悪いと。



 リリアン達が自分達の部屋に戻る途中で今度はエミールが修正したデザイン画をまた王妃に見せに行くのに行きあった。


 が、その手前でエミールは別の誰かに捕まった。



「ハンカチを落としましたよ」


「まあ、どうもありがとうございますバセット参謀様」


「いいえ、どうぞお気をつけて」


「あ、あの参謀様っ、私、歴史文化相室に在籍しておりますビジュー・オークレアと申しまして・・・」


「ええ、存じ上げておりますが」


「あの、私、その、いいチケットを持っておりまして、評判の歌劇の・・・」


「そうですか、それは良かったですね。では王妃殿下の元へ急ぎますので私はこれで失礼します」




(ああ、エミール様がまた逆ナンにあっている・・・。

 リリアン様の護衛達から聞いた話によると最近エミール様はハンカチ拾いばかりさせられているとか。わざと落とすハンカチなんて、そんなのわざわざ拾ってあげなくてもよくない?)



 すぐそこでエミールが宮殿一の才女と誉れ高い女性と話をしている。呼び止められて会話する様子はわかってもエマには話の内容までは聞こえそうで聞こえない。


 どちらにしてもエマはただそれを眉を寄せ見ている事しか出来ないのだ。




 エマの辛そうな様子を気にかけて一緒に移動していた護衛隊のレーニエが声をかける。



「エマ、お辛そうですが大丈夫ですか、体調がお悪いのでは?」


「いいえ、大丈夫です。ありがとうレーニエ」とエマは心配をかけないようにレーニエに笑顔を返した。



 んん?これは!?


 その様子をなんか、ややこしくて面白そうな事になったぞ〜と、喜色を浮かべたパメラが横目で見ていた。


オスカーってば

有能過ぎっ!

_φ( ̄▽ ̄ )


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