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85話 許すこと

 フィリップとニコラが向かい合って剣を構え、遣り合っているとエミールが来た。


「お呼びですか」


「ああ、エミールこっちへ」


 手を止めてリリアンが持つタオルを受け取ると汗をぬぐいながら奥の椅子に座る。



 ニコラは休憩もせず、パメラに「来い」と挑発的に手招きして煽っている。




「宮内相の混乱への対応で検討して欲しいことがあるんだ。皆が納得するような説得力のある文書を作ってくれ」


「はい、検討内容は」


「オスカー・バセットをマルタンと補佐達の指導役につける」


「っ!」エミールは驚き息をのんだ。


 そんな事、許されるのか?



「殿下、罪名は付かなかったものの、失態を犯した上で辞職した者を後に宮殿に入れた例は過去にありません。いえ、唯一入場させたルナールがその事件の発端です」



 飲んでいた水を置くとフィリップは棒立ちのままのエミールに言い放つ。


「その事件の当事者、罪を問う根幹である私がオスカーが必要だと言ってるのだ。何とかしろ」


「・・・」


 エミールは口を一文字にしている。


 自分の父親だ、もちろん

 何とかする為の方策がないかと頭を巡らせるが・・・。



 確かに他に成り手のいない宮内相はやっぱりマルタンに引き続きやってもらうしかないと思う。


 宮殿内のこと、人間関係、あらゆる事が絡み合うから全体を知る者じゃないとポッと出の者は使えないというところがミソだ。

 そのくせ仕事の内容は他所の部署同士の調整や求人窓口、在庫管理など雑用のような細々したものばかりで仕事量が多い割に実績が見えにくい。庭園や宮殿内は美しく保って当たり前、人も道具も食べ物もなんでも当たり前にある状態を保つことが仕事だから。

 華のある仕事は式典、祭り、パーティの開催だがそれも裏方のような扱いだ。表舞台は国王や宰相が立つ場所なのだ。

 だから各相の中で一番人気がなくてやりたいと手をあげる者がいない。かくいう私だってそうだ。


 確かに父上はそんな仕事を誇りを持ってやっていた。細かな事によく気がつき気が利くと評価も高かった。


 しかし、いくら過去に評価されていたとしても次期国王である王太子殿下を危険な目に合わせた事実は覆らない。命が奪われていてもおかしくないような状況だったんだ、だから到底許されるはずがない。


 しかもそれだけでは済まず国家の危機とも言える事態を招いた。殿下の苦しみは長く続いたのだ。


 やはり父を使うのは無理としか思えない。




「だがこれは、お前の父親とモルガンの息子が絡んでいるから慎重に言葉を選べ。

 ・・・しかし、多分だが口に出して言わないだけで心のどこかでは皆そうすればいいと思ってると思うぞ。オスカーがいればと。『納得した』と言わせるような文言が並んでさえいればアッサリ通るんじゃないかと思うんだ」


 基本は国王が良いと言えば出来るのだが、リュシアンも皆が納得しないような事は簡単に許しはしないのだ。


「そうでしょうか」


「建て前に縛られて本音が言えないだけだ。

 オスカーは制止したけどルナールは無理に入った、それを守衛も中に配備していた騎士団も止められなかった本当はそうなんだろ?誰かが被らなければならない罪を彼が1人で被ったと父からはそう聞いている。

 ただモルガンはルナールと女が入場したとの知らせが無かったことは失態として覆せないから仕方がなかったと言っていたがこの4年、夫人共々肩身の狭い思いをしたんだ、私はもう禊は済んだと考える」


「殿下!

 ありがとうございます」


 エミールは頭をしばらく下げていた。


 フィリップは父を事実上許すと言ってくれているのだ。そして汚名返上のチャンスをくれると。




 殿下には当時もお前を責めるつもりはないから気にするなとおっしゃってはいただいたけど・・・。


 あれから家族は息をひそめて生活していた。

 最近こそ私は国王陛下と王太子殿下の力添えがあり自由に動けるようになったものの、母はまだ喪にでも服したかのように過ごしている。



「ほら、行け」


「はい、ありがとうございます」ともう一度言って、早足で出て行った。




 パメラはそれに目をくれて隙を見せ、ニコラにしこたま突かれた。



 指導という名目でやっていたので隙を見せたのは見逃せない。一応利き手側じゃない左肩を手加減して軽く狙ったつもりだが、それでも本職の騎士とはいえ女性の柔肌には強すぎた。


 後で聞いたらひどい痣になっていて、しばらく手が握れないほどの痛みになったという。

 しかし翌朝エマに「ほら見てこれ、師匠から身に沁みるご指導を受けた跡!」と言って見せるほど、その負傷を喜んでいたらしいが。



「こら、対戦中に余所見をするな。何があったとしてもだ」


「師匠、申し訳ありませんでした。もう1本ご指導よろしくお願いします!」


「もう今日はやめとけ、また相手してやるから。ちゃんと手当しとけよ」


「はい、ありがとうございました」と礼を言い、そのままフィリップの元に行くと「父の事、ありがとうございました」と直角以上に腰を折り頭を深く下げた。


 ソフィーも横に来て頭を下げた。兄マルタンの為にありがとうございますと。




 これが上手くいけば、全てが丸く収まるのだから良い決断だったと思う。



 王位に就くもの、いや王族は一度咎めた者を安易に許すことは出来ない。周りから人が良いと思われると足元を見られ付け込まれる隙を作るからだ。常に確固たる信念を持って事に当たらなければならないのだ。


 しかし一方で、時に温情を見せて求心力を養う事も必要だ。

 甘いと思われないような皆が納得する、感心するような温情でなくてはならない。


 今回はそれに該当するだろう。


 王宮だけに留まらず全ての王族の所有する宮殿や所有地内の混乱を鎮め、他部所の罪まで被って責任をとった者を許し、皆が助かるのだ。


 実際には本音はとっくに許している。なのに安易に許してはいけないのだという王族の教えに囚われすぎていたと思う。


 このことに気づけたのはリリィの『皆を助けたい、皆を笑顔にしたい』というシンプルな思いのお陰だ。



 僕のお姫様は可愛いだけじゃない。


 こうして大事な事に気づかせてくれる。





 もうひとしきり遊んで執務室に戻った。


 エミールに言いつけた文書作りを手伝うためだ。



 めっちゃ机にかじり付くようにしてすごい勢いで文字を書いていたエミールは顔を上げて言った。


「宮内相がどれだけ機能していないかを列挙する必要はないですよね?」


「ないな、それやったらマルタンの重臣生命即死だろ」


「はい」


 マルタンには悪いが重臣生命即死がツボったらしく、エミールがグーにした手で口を押さえ肩をふるわせ笑う。


 エミールはなぜかマルタンが喜劇俳優ばりに胸を押さえて大袈裟に倒れピクピクするところを想像してしまった。その姿が似合いすぎてジワジワくる。

 多分、こんなことが可笑しいのはエミールの心が今、弾んでいるせいなのだろう。



「どれ、ちょっと見せて」


「結局、色々書くと蛇足になってしまうようで『後任の教育をせずに辞めた為に業務に支障を来している。今更ながら指導に当たらせる』これに尽きるでしょうか。

 それに『殿下がその必要性を主張する』っていうのも入れたいですね」


 色々書いてあるもののほとんどが横線で消されている。


「うーん、確かにそうだな。色々並べるのも今更な内容ばかりになるな。これでとりあえずモルガンを呼んで父上の所へ行こうか」


「はい、ではこれを清書しますね」


「ああ頼む」


 うん、シンプルなのが結局一番訴える力があるんだ。


 なんだか考えるにつけ皆を説得するのは簡単な気がしてきた。




 国王の執務室にてリュシアンは唸った。


「うーん、オスカーか。確かにやつなら上手くやってくれるだろう。

 しかし従者兼参謀の辞職した親で宰相の息子を助けるとなると中枢にいる者の身内には甘いということになりかねない。それにオスカーを許すというのも問題だしなぁ、結果的に今は解決し問題が無くなったが重大な過失だからな」


「身内にはではなく、たまたま当事者の立場がそうであっただけです。

 父上、先の問題は私は許します。それより宮内相を1日も早く軌道に乗せる方が重要と考えます」


「温情と利をとるか、お前がそう言うならそっちの線を押していくか。上手く行けばお前も高い評価を受けるだろう、これがどんな評価を受けるかは全てオスカーの指導力にかかっているがな。まずはオスカーを呼べ」


「はい!」とエミールは出て行った。



「ちょ待て、ああ行ってしまった。

 エミールは行動が早すぎる、まだ言うことがあったのに。まったくオスカーによく似てよく動くやつだ」


 リュシアンは嬉しそうに目を細めた。どうやらオスカーを呼び戻すのは内心では嬉しいようだ。



「フィリップ、近々リリアンを公務デビューさせるぞ!」



 なんと王太子の婚約者候補でありながら、まだ花祭でその姿を現しただけの深窓の箱入り令嬢リリアンは、学園デビューの前に公務デビューすることになった!


エミールもパメラも

父が許される事は

相当うれしいのだと思うな

_φ( ̄▽ ̄ )


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