76話 国王陛下はルールブック
もうすぐ夏休みも終わる。
フィリップは寮生活を続けるか王宮から通うか迷っていた。リリィと四六時中一緒にいたいのは山々なんだがお互いの為に自分の欲求だけを優先させるわけにはいかない。
フィリップも新学期が始まれば学業を優先させなければならないし王太子として決裁を求められる仕事も内容的に責任のあるものが増えてきた。公私の区別がつかないようでは示しがつかない。
それにリリアンも来季から学園に正規より4年も早く通うことになるのだから入学に向けての勉強や準備があるのに足を引っ張るわけにはいかない。
苦渋の決断で寮生活を続けることにした。
週末と休日は王宮に帰る。
帰って執務をする、つまりフィリップの生活は今までと同じだ。
「そうか、寮生活を続けるか」
フィリップが今後の事についてそう言うとリュシアンは了承しながらも、少し残念そうだ。
リュシアンはフィリップの恋を密かに支援する応援隊だ。
なんて言えば聞こえはいいが、全くこの国王様は何でも思いついた事を即実行する自由人だからしょっちゅう暗躍している。
先日はフィリップとリリアンが間の部屋を使った形跡があるとの報告を受けると、では盛り上げてやろうとリリアンに大量の可愛いネグリジェを贈ったばかり。もちろんそのデザインの選定は言わずもがなパトリシア担当だ。
だからこの2人にかかれば指輪を贈ると小耳に挟めば指輪ケースとネグリジェのデザインを合わせるなんてことは朝飯前だ。
それどころか女嫌いだったフィリップが年頃になるとそろそろ生理現象的に女性に興味を持つのではないか?などと言って、図書室のフィリップが利用しそうな馬術や剣術のコーナーの対面辺りに恋愛指南本(R18系含む)や恋愛小説(同)をそっと密かに、でもどっさり備えてみたりする悪い大人なのだ。
でもふざけている訳ではなく大真面目だ。
この国は貴族階級を始め、ほぼ全てが世襲制なので子孫を残すこと、それも優れた配偶者を得て優れた子孫を残す事が何よりも重要なのだから当たり前の考え方で、それが国の中心である王太子であれば国の命運を賭けた最重要事項だからだ。
長く女嫌いだった跡取りを気遣いながらも相当心配したものだが、現在はフィリップの恋の相手さえ同じ屋根の下にいるのだ。応援隊は活き活きと活動邁進中だ。
という訳で、現在はいずれ王太子妃になるリリアン(まだ決定ではないがリュシアンはそう思っている)の為に学園のカリキュラムの見直し作業を急がせている。
卒業に必要な必須科目やその単位、それぞれの単位の習得をどう評価するのか。
今までは高等部は試験の出来に重きを置いていたが、初等部は今後貴族として生きていく為に必要な課程なので全入全卒だ。だから授業に出席した事に重きを置き試験の出来が悪くても単位を出していた。
初等部は緩いのだ。
女生徒について言えば刺繍の授業がやたらと入っていてその殆どをお喋りに費やしていたり、マナーの時間も一人ひとりが順番にやってみるから内容が薄く時間ばかりかかっていた。
貴族だから交流が大事だし、そんなにガツガツしなくてもゆったり楽しくすればいいという考えだったからだが全く勿体無い事だ。
これでは時間ばかりかかりリリアンがなかなか卒業出来ないではないか。
ひいてはフィリップとなかなか結婚できないし、孫の顔を見るなどどれほど先になることか。
「ならば刺繍とマナーは必須から外すか、もしくは授業時間をグッと減らして試験で合格すれば単位が取れることにするかだな。他に削れるものはないか」
リュシアンと来季のカリキュラムを話し合っていたモルガン宰相とエミールは必須科目の一覧に目を通す。
フィリップやシリルは現役の学園生なのでここには呼んでいないし、文科相も無理だの難しいだの挙句にもっと時間を増やしたいだのと言い出しかねないので呼んでない。
ここで決定して命令を下すだけだ。
だって、リュシアンが国王で全ての決定権を持っているのだから。
「この『貴族のあり方』と『貴族のための法律』は重複する内容が結構ありますからまとめて1つの科目にしてはどうでしょう」とモルガン。
「なるほど、良い案だ。まだ他に削れるものは無いか」
「闇雲に削っていくよりまず、日程的にリリアン様がより多く必須科目を網羅していけるよう仮にスケジュールを組んでみましょうか。それを叩き台にして何年後の卒業を目指すかで調整してみましょう。
初等部は削り所がありますが高等部は何を専攻するかですが元々詰まってますから触るのは難しそうですね」とエミール。
「よし、では組んでみてくれ」
あらかじめ用意してあったマス目を書いた紙に1、2年生に現行で必要な単位分だけ作った色カードを重要な物から置いて埋めていく。マナーと刺繍のカードが沢山積まれたまま残されている。
それを見ながら「マナーと刺繍の授業、どんだけ多いんだ」とモルガン。
「マナーは貴族には最も重要なものですから必須にはしますが授業数は少し減らして出席より実技試験合格を基準としますか、リリアン様は宮殿で進学前にマナーを学ばれるし内容も一般の貴族とは異なり王妃向けになりますから授業を受ける必要は無いでしょう。
刺繍も女性には必要な教養ですから必須を外すわけにはいきません。最初に基礎だけ講義を受ければ後は課題提出でハンカチにでも刺繍してもらえばいいでしょうかね。
王妃教育に被る部分は全部、試験優先でいきますか」
「試験は今までより難易度を上げておいて救済方法として授業全部出席したら追加点を貰えるなど、他の貴族達が全然授業に出なくなるなどの問題が起こらないようにしたらどうでしょう。学園で自堕落な人間を育てる訳にはいかないので」
「よし、良い案だ。それで行こう」
この3人にかかれば難しいカリキュラムの大変更もバッサリバサバサ切り刻み、サクサク進む。
発令した後で何度も途中で調整を入れるとリリアンの都合の良いように調整して貰いながら楽に学業を修めたズルくてダメな未来の王妃という烙印を押されかねない。
こういう事は一度でズバッと初めて、その先陣を切る優秀な未来の王妃という印象を抱かせないといけないのだ。
繊細かつ大胆に!
リュシアンにとっては、なかなか楽しい作業だった。やりたい放題だ。
「ところで陛下、リリアン様は通常より4年早く入学されますから普通に進級しても建国100周年でのご成婚は叶いますね。そのままでも1年前に卒業を迎えられる計算ですよ」
作業が高等部のカリキュラムにまで進みそうなので先に陛下に確認するエミール。
「ええ、せっかくここまで短縮させたのにか!?」
やっぱり気づいてなかったか。
「でも、御成婚に向けての準備もありますから初等部4年を2年で進学していただいて、高等部は3年そのままで行きましょうか。それなら婚約式も1年前に出来ますし準備に余裕ができますね」とモルガンが涼しい顔でフォローする。
「うむ」
「ついでに高等部も授業出席より試験合格を重要視するようにしておきます。もし早めにご懐妊なさってもご希望があるなら後から試験で卒業していただけるように」
「いいな!よし、そうしよう」
「でしたら調度良い具合に表も埋まりましたよ。これで文科相に下ろしましょう」
「よし、では終了!」
優秀な彼らはこの作業を半日でやってのけた。
他の者達にやらせたら半年経っても無理だっただろう。
「3日は掛かるかと思ったが簡単だったな、今夜は旨い酒が飲めるぞ〜!ちょうど北方からクセはあるが強いイイのが手に入ったんだ!」
「魚介系と合うらしいですよ」「それはいいですね!」とご機嫌で部屋を出て行った。
後はそう、文科相ディブリーが頑張ればいいだけだ。
リリアン進学の準備は着々と進んでいる。
進学の準備をやり切ってスッキリ!
3人はね!!
_φ( ̄▽ ̄ )
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