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74話 マイアの楽園

 マイア・カバネルは一応貴族だけれど、両親は領地経営が絶望的に下手過ぎて、小さい領地は隣の領主の助けを借りてなんとかその日その日を凌いでいるがもう虫の息だ。その内に隣の領地に吸収されるか国に取り上げられるんじゃないかと思う。


 だからと言って一人娘のマイアがその窮地を何とか出来る訳がない。だって絵を描く事とそれを売る事以外は何も出来ない出来損ないなのだから・・・。



 物心ついた時にはもう絵を描くのが好きだった。


 母の部屋に沢山絵が飾ってあった。

 まだ子供だった頃から結婚直前までの、全部がリュシアン王子が主題の絵だ。


 父が母の趣味だから仕方がないと許す程、母は熱烈なリュシアンファンで彼の絵のコレクターだった。母が言うには当時は誰もがリュシアン王子に憧れて絵を買ったものだから一部屋の壁全部使って飾っている上に保管庫の棚にもギッシリあるくらいは当たり前で決して珍しくはなかったのだとか。

 マイアの名も母はリュシエンヌにしたかったのに流石に恐れ多い(=そこまでするか)と父に反対され諦めたらしい、それが今も残念で仕方がないとよく聞かされたものだ。



 ちなみにパトリシアも隣国の王女時代に手にしたこのプリュヴォの王子リュシアンの絵に憧れて一目見たいとプリュヴォに留学して来たのだが、この事実はジョゼフィーヌにしか知られていない。



 母のコレクションはマイアにとっても宝だ。もっと見たい、もっと欲しい、だけどそれらを描いた画家ロマン・デラルーはもう居ないので新作が出る事はない。仕方がないのでそれらを模写している内にマイアの腕は更に磨かれた。


 だけどやっぱり個性って出るものだ。

 どんなに正確に模写してもどことなくそれはマイアの描く絵になる。


 ロマンは男性の画家でリュシアンの凛々しさや雄々しさ、リーダーとして相応しい様を力強く描くのを得意としていたが、マイアは女性目線で表情を描くのに卓越した表現力を持っていた。リアルで写実的な絵に真骨頂が特に現れる。

 リュシアン本人を目にしたことがないのでロマンの絵を元に想像で描いていたのだが。



 マイアが王立貴族学園に入学して1年後、超絶麗しく可愛い上に優雅で格好良いフィリップ王太子が入学してきた。前で挨拶するフィリップにマイアは当然夢中になった。それからは遠目から見ては目に焼き付け絵にする。


 フィリップが女性に見せる表情はいつも固く冷たかったけれど仲間といる時は笑顔も見せる。しかし遠い。


 男女分離された学園で学年も違えばその笑顔でさえ遠くから数度垣間見たことがあるだけで貧乏貴族で描くことしか能がないマイアは初等部まで15歳でもう卒業だ。


 フィリップの秘められた優しい表情、そこは夢見る乙女の無限の想像力で補って描いていた。




 それが、今、目の前に!!!



 本物は想像を遥かに超えていて、


 ・・・尊い!




「リリィ、眠くなってしまったの?」


「はい、でも、まだだいじょうぶ・・・」


「そんなに目を擦ったら赤くなってしまうよ」


「はい・・・」



 2人は今しか描けない絵にしようとどんなポーズにするか話し合おうとしたが、そうするまでもなく一致した。

 絵にして未来に残すならフィリップがソファに座りリリアンを横向きに膝に乗せ、両手で腰を囲うように抱いてお話するいつものポーズしかお互いの候補になかったから。

 フィリップはリリアンが自分と同じくこうして過ごす時間を貴重だと思ってくれていると知れて嬉しかった。



 これなら絵を描く間、何時間でも同じポーズでいられると言ったけど、午前中フィリップが執務をしている間にリリアンはパメラに乗馬を習っていて、初めて誰の助けもなしに単独でラポムに乗って常歩や頑張って速歩までこなしていたので疲れていた上にここの静かで穏やかな空気に眠気がきてしまった。

 パメラがフィリップよりスパルタだったのは言うまでもないが。



 フィリップはリリアンの髪を優しく撫でてから、そっと頭を自分の胸にもたせかけて腕が落ちないように腕ごと抱き直した。


「起きておくのは諦めて少し寝たらいい」


 リリアンは頷き大人しく目を閉じると間を空けずスゥスゥと眠りに落ちた。身も心も安心しきっている様子だ。

 マイアに絵を描かせているフィリップはどこまでも優しくやわらかで慈愛に満ちた表情をリリアンに向けている。


「おやすみ」

 そう言ってフィリップはリリアンの頭に頬ずりしてそこにキスをする。



 顔を上げるとマイアが見ている事に気がついて


「これは描いちゃダメ、いつも寝てしまってからキスをしていることがバレてしまう」と笑ってまたリリアンに目を戻した。




 はうぁ、至高!神の領域!

 これは想像の範囲を超えているわ!



 昇天する前に描き遺さねば。


 口を開けたまま見とれていたマイアは鼻から血がつたって落ちたことさえ気がつかず手を動かす作業に戻る。猛烈に全てを描き残したい衝動に駆られて創作意欲がとめどなく溢れてくる。



 絵を描くモデルが心に壁を作らず自然体でいてくれると、絵もそれを反映して素晴らしい出来になるものだ。


 フィリップがリリアンを抱いたまま「見ていい?」とこちら側に来た時はガチガチに超緊張した。


 この日には作品はまだ完成しないが下絵の段階でも分かる。

 2人が仲睦まじく楽しそうにお喋りをしているいつもの風景が見事に再現されている。明るい日差しが入る部屋で至福の時を過ごしている様子が。



「素晴らしい絵になりそうだね」


「はいぃぃ!」


 緊張し過ぎてビクッとして声も裏返ってしまった。

 あの王太子様からお褒めの言葉を頂いてしまった!



「私の友人のニコラ・ベルニエ が婚約するんだ。明日なんだけど出来たら婚約式の様子を絵に残してやって欲しいんだが」


「はい、喜んで」





 一昨日、そのニコラ様の婚約者のソフィー嬢に招かれて2人の絵を描いたばかりだ。


 そっちは納期を1ヶ月もらっているのでササっと下絵だけ描いて帰り、木炭でササっといくつかとって貰ったポーズを萌え絵にして昨日セントラル広場に店を出した。これがマイアの収入源で生活費と創作費になるのだ。


 言ってはなんだが王太子一辺倒だったマイアがニコラも描くようになったのは客の要望で売れるからだ。

 ロマン・デラルーの模写のお陰で男らしい男を描くのは得意だ。

 それでも7対3で心を込めて描く王太子様の絵の方が人気だが。



 この度は本物を見て描いたんだしと、有り得ないくらいにボッて過去最高額で並べてみたのに秒で10枚完売。

 当分画材を買うのに困らないだろう。


 そういう訳でニコラ様には恩があるので王太子様直々のお願いが無くたって断るはずがない。



 更に言えば今ここに居て王太子様の絵を描かせて貰っているのも、ソフィー嬢にアトリエの場所を教えたことから宰相の使いを通じて王太子殿下の絵を描くようにと声を掛けられたからだ。


「はい、喜んで」


 この言葉で人生が一変することになった。





 フィリップは翌日の準備の為にその日はフィリップとリリアンの絵を描くのを中断させた。


 婚約式の絵を描くのに必要な物とマイアの衣装は用意するし、今日からでもフィリップの絵とニコラの絵が仕上がるまで宮殿にあるアトリエを使ったらいい、すぐ使える状態だし足らない物は揃えるし寝泊まりも食事も用意出来るからとフィリップに提案され、従者だという人にアトリエに案内して貰った。



 思いもかけない事にそこはマイアの尊敬する心の大師匠である画家ロマン・デラルーが使っていたアトリエだった。



 沢山の素描が当時のまま。習作を重ねた様子が有り有りと残され画材は何を使っていたのか、どんな所に心を留めていたのかその息づかいまで感じられそうで震えがくるし泣けてくる。


 お抱え画家だったロマン・デラルーに敬意を表してリュシアンとパトリシアはアトリエをそのままの状態で維持させていた。勿論いずれ現れるであろう次の画家の為でもあった。ロマン・デラルーは伝説の画家だったから。




 ここで最高の作品を描きたい!王太子様を最高の絵で残したい!


 フィリップとリリアンの絵をマイアは普段よりずっと丹念に筆を入れ、時間をかけ、寝る間も惜しみ精魂込めて描き上げマイア・カバネル史上最高の作品に仕上げた。


 この作品を認められリュシアンから王家お抱え画家に取り立てられるのだ。



 もう画材を買うお金の心配も、親が領地を手放すかもとか、そんなことになったら罪に問われるか貴族の称号を剥奪されるかもと恐ることもない。

 国王が画家マイア・カバネルのパトロンになるのだから。


 フィリップとリリアン、リュシアンとパトリシアというマイアが最も心惹かれる最高級のモデルの絵をロマン・デラルーのアトリエを引き継いで思う存分描いていいのだ。



 ここには欲しかった物が全てがある。いや、欲しかった以上のものが!


 ここは、まさにマイアの楽園だ。

たぶん絵を描くことに特化しすぎて

髪はボサボサタイプだと思います

_φ( ̄▽ ̄; )



いつも読んでくださいまして、どうもありがとうございます!


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