73話 ニコラとソフィーの婚約式
それがまさかの言葉そのままの王族の皆様だった。
ソフィーが隣で息を呑む。
リュシアン国王を真ん中にパトリシア王妃とフィリップ王太子が左右にとそれぞれ正装で並んだ。
そこに、リュシアンは感慨深い心持ちで立っていた。
王太子から国王に戴冠する時、ジョゼフィーヌを参謀にブリジットを外務相に任命したいという強い希望を持っていた。
女性とか男性とか関係なく、2人が有能だったからだ。
しかしジョゼフィーヌは地元に帰って領地を経営する為に勉強してきたのだと言って固辞した。国王の命令として引き止めることも出来ただろう、しかし彼女の両親は亡くなっていて跡取りは他にいなかったからそういう事情も考慮して諦めた。
宮殿で参謀として出入りをするのであれば、パトリシアと親しくしていても違和感はなく親交を断ち切ることもせずに済んだのだが、本当に残念だった。
ブリジットだって、秀才というだけでなく如才無く、また立ち振る舞いも優雅で美しく外務相という職務にピッタリな人材だった。まさかのモルガンに土壇場で引っさらわれるとは思わなかった。
伝染病で赤ん坊が育たず人口が減り続けるなか、一人でも多くの子を産み育てよと言っていたのだ。子の誕生を立場上喜ばないわけにはいかなかった。
どうしても欲しかった2人が、どちらも手の内から放れ思うようにならなかった。その2人の子供たちが婚約しようというのだから運命的なものを感じるではないか。
しかもリリアンの兄であり、宰相モルガンの娘でもある。
こんなに自分にとっていわくのある2人の婚約式に関わらないわけにはいかないのだ。
そんな国王陛下の御前に立ったニコラの目の端にふと見慣れないものが映った。ソフィの方を見るとちょうど視界に入るのだ。
あとからトテトテと入って来て、ごそごそと座って何やらしている。
つい先日絵を描いて貰う為にオジェ邸に呼んだばかりの萌え絵画家マイア・カバネルのように見える。
何故かイーゼルやら大量の紙やら画材やらを持ち込んで宣誓台を横から見ることができる絶好のポイントに座り、鼻息荒く興奮した様子でスタンバった。
あのとっ散らかった感じ。
彼女はあそこに居て大丈夫なのか?この厳かな謁見室で違和感しかないのだが。
「それではこれからニコラ・ベルニエとソフィー・オジェの婚約式を執り行う。両者、宣誓台の前へ」
恐れ多くも国王陛下自らが進行役を買って出ていた。
「はい」
「婚約はお互いが将来婚姻すると約束することだ。これは2人の合意の上成り立つ。
見届け人の前で誠実に答えよ。ニコラ・ベルニエ お前はソフィー・オジェと結婚する意思があるか」
「はい、あります」
「ソフィー・オジェはニコラ・ベルニエと結婚する意思はあるか」
「はいっ、あります!」
「よろしい、ならばここで婚姻の予約契約が結ばれたものとする。見届け人もいいな」
「はい」
「ではそこの申請書にサインを入れろ」
「はい」
申請書には『婚約式による婚約は予約結婚の契約であり法的に保護される』とあり契約の内容と法的責任についてリスト状に記されているが、同時に複数の者と婚約する事は出来ないとか、片方の意志だけでこれを無効にする事は出来ないなどごく当たり前の事ばかりだ。
その下に婚約する2人のサインを入れる場所があった。
ニコラとソフィーはそれぞれサインして元の位置に下がった。
次にニコラ側の見届け人がサインをする番だ。
見届け人のサイン欄はフィリップが見たことがないくらい沢山用意されていた。見届け人は各1人いればいいのに10行もありちょっと笑ってしまう。
フィリップ・プレヴォ
リリアン・ベルニエ
クレマン・ベルニエ
ジョゼフィーヌ・ベルニエ
クレマンよりリリアンの方が上だった。
父という立場より、伯爵という爵位より、王太子の婚約者候補の方が位が高いのだ。
続いてソフィー側の見届け人が順番にサインする。
モルガン・オジェ
ブリジット・オジェ
マルタン・オジェ
アルベルク・オジェ
ジェローム・デュラン
オデット・デュラン
そして最後に承認のサインが入れられた。
リュシアン・プレヴォ
パトリシア・プレヴォ
大きく大胆な筆跡のリュシアンに流麗なパトリシアの字が並ぶ。
パトリシアの承認サインまでが入った婚約申請書は超レアだ。
今の所、この世にこれ1枚しかない。
なんて豪華な顔ぶれだろう。
しかも彼らはニコラとソフィーの婚約を心から喜んでこの場に集まってくれているのだ。
皆からの祝福を受けて胸が熱くなる。
「本日はどうもありがとうございました。一生ソフィーを慈しみ愛し抜くことを皆様の前で誓います」
ニコラは挨拶をして締めようとした。
「おい、まあ待て」
婚約式ですべき事は全て終わったと思っていたニコラをリュシアンが止めた。
「リリアンの出番がまだあるのだ」
ニコラ側の見届け人達の後ろに控えていたパトリシアの侍女からリリアンにリング・ピローが渡された。
リリアン用のクッションかというような大きさの可愛いそれは、フリルで縁取られふっかふかに盛り上がっていてプリュヴォ国では誰もが知る幸せの赤いリボンで婚約指輪が2つ結ばれていた。
どうやら先ほどまだ指輪は出来てないと言われたのは、今こうしてサプライズで登場させる為だったようだ。
リリアンはしずしずとリング・ピローを運んで来てリュシアンに掲げた。リュシアンは片方のリボンを解き指輪を取るとニコラを呼び小さい方の指輪を渡した。
お前がソフィーにはめよという事だ。
ニコラはソフィーの指をとり、出来上がったばかりのピカピカと磨かれて輝くソフィーにとってはNの字の指輪を痛くないよう優しくはめてやった。
リュシアンはもう片方のリボンを解き、ソフィーを呼ぶと大きい方の指輪を渡した。
恭しく受け取ったソフィーはニコラの大きな手をとり、お揃いだから同じ形なのだけどニコラにとってはSの字のデザインの指輪をその節のあるごつごつとした指に少々手間取りながらはめた。
ニコラを見上げるソフィーの目はうるうると潤んでいて吸引力が半端ない!
堪らずニコラはソフィーの両頬を両手で挟むと熱いくちづけをした。
その指には今はめた指輪が輝く。
指輪交換で拍手をしていた見届け人たちは国王陛下の御前でと呆気にとられてその手を止めた。
リリアンは元の列に戻っていたが「きゃっ」と小さく声を上げてクレマンの足に縋って顔を隠して恥ずかしがった。兄の口づけは少々激しすぎる。
マルタンも「おわっ」と意味不明の声を上げていた。
フィリップはニコラらしいと笑っている。
「ニコラよ気が早いわ、これはまだ結婚式ではないんだぞ」
そうリュシアンが呆れ混じりに言って笑ったので、皆も笑った。
真っ赤になっていたけれど、ソフィーも嬉しそうに笑っていた。
こうしてニコラとソフィーの一生忘れられないであろう史上最高の婚約式は厳かというより和気あいあいと進行し、終わった。
ニコラにとって唯一悲劇だったのは、その一部始終を萌え絵画家マイア・カバネルが見ていたことだ。翌日、セントラル広場の例の店で売られることになるのだ。もちろんあのキスシーンが描かれない訳がない。
しかし、それは1度きりの事になった。
これを最後にF&Nファンショップは出店されなくなる。
だってマイア・カバネルはもうすぐ王家お抱え画家になるのだから。
あれ、ニコラとソフィー回なのに
最後マイアが主役の座をさらってしまった?
_φ( ̄▽ ̄ ;)
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