69話 ブリジット夫人のアドバイス
ブリジットにはニコラとソフィーにどうしても先に伝えておきたいことがあった。
ソフィーの話を聞いていると、どうやらニコラはまだ婚約の許しを得る為にモルガンを前にして「お嬢さんを僕に下さい」を実行するつもりでいるみたいだった。
だけど、もうその段階は両家の手紙のやり取りで終えている。モルガンはニコラがモルガン在宅の日を聞いてきたのはその日に婚約式をするのだと解釈している。
ほんの少しの気持ちの行き違い。
こういう小さなことは後々に響いてくるものだから最初が肝心なのよね。
「ニコラ様ご承知かしら?日曜に来ていただいたら婚約式をすることになるのを。
元々モルガンから婚約の申し込みをしてベルニエ伯爵からも受けると返事を頂いていて、もう両家から婚約の承諾はおりているのだから改めてあなたから申し込みをする必要はないのよ」
「そうだったんですか、お嬢さんを下さいって宰相に頭を下げに来るつもりでした」
そう言えばそうだった。両親に婚約の日取りを決めろと言われていたんだった。ゴタゴタしている間に何故かまたソフィーの父にそう挨拶せねばならないような気になっていた。
親同士の手紙のやり取りで決まってしまったからどうも宰相家側から結婚を求められているという現実味が無かったのだろう。
それにやっぱり愛する人は自分の力で手に入れたいと考えていたから。
「一応、行き違いがあるといけないから説明しておくわね。
その婚約式っていうのはね、見届け人立会いの元にお互いがその意思を持って婚約申請書にサインするの。申請書はこちらで用意しておくわ。
見届け人は成人で両者の縁者か親しい者で彼らも見届けた証にサインをするのよ。ソフィーの見届け人はモルガンが、ニコラ様は殿下にお願いしてはどうかしら。殿下は立太子なさっているから。
そしてこれを陛下に提出し、全貴族に告知された時をもって晴れて婚約者となるのよ。告知されないなんて事がたまにあるけど余程の問題を起こさない限り心配することはないわ」
「殿下は同席の必要がありますか、後からサインを貰いに行ってもいいのかな」
「同席が望ましいとされていますけど後からでも大丈夫。でもその時はソフィーと2人揃ってサインを貰いに行かないといけないわ。その意志を確認しないとサインを入れてはならないことになっているから」
「なるほど、殿下に聞いてみます」
「そうね殿下にこちらに来ていただくのは畏れ多いけれど、むしろ喜んでいらしてくださるかもしれないし。殿下の意向を確認していたら間違いがないわね」
「秋頃になるかと思っていたけど、日曜日か・・・」
「あっという間ね。どうしてもこの夏中にしなければならないとモルガンは考えているから、うっかりモルガンに秋になんて言ったら大変なことになりそうで心配だったのよ。先に伝えることが出来て私もホッとしたわ」
「お母様、どうして秋だと大変なことになるの?」とソフィーは不思議そうだ。
結婚するのは学園卒業後だから婚約が秋になっても何も問題は無さそうに思える。
「そうね、実はすでにあなた達の交際は他の貴族や庶民にまで広く知れ渡ってしまって特に劇場で何があったかをモルガンはある程度知っているのよ。
貴族の規律がある以上、あなた達が婚約関係にあるのかないのかが重要な事になってくるわ。
だから夏休暇が終わって新学期が始まった時にあなた達がせめて婚約はしていなかったら外聞が悪かったのよ」
「ええ?」
若い者たちの中では古臭い教えだと思われがちなあの規律は貴族社会の中で今も重要だったようだ。
しかも何もかも彼女の親にバレバレだったなんて!!
それも父親まで、しかもそれがモルガン宰相とは!
ニコラとソフィーは驚いて青くなるやら赤面するやら困ってしまった。
恥ずかしいというか、やらかしてしまったというか。
宰相は娘に手を出されて相当怒っているだろうなぁ、そう言えば朝、謁見室で目が合った時どうだったっけ怒っていたような顔だった気がしないでもない。
ニコラは劇場であの時『最後の一線を超えず我慢できた自分偉い、褒めてやりたい』と自己評価したが、今は『我慢できなかった俺、ダメなヤツ』に変わった。もう一度あのデートをやり直せたら、・・・また同じことになりそうではあるが。
「オホホ、ニコラ様そんなに気にしなくてもいいわよ、もうすぐ婚約式をするのだし。
それに、モルガンも言ってはなんだけど同じ穴の狢なんだから」
「え?と言うと?」
「ええ、私達は国王陛下と王妃殿下がご結婚なさった同じ年に結婚したんだけど、第一子は3歳違いよ。何故かって言うと私達はマルタンが1歳の時に結婚したの。一応表向きには戦後の後始末で忙しい中、国王陛下を差し置いて先にするわけにはいかないと式を待った事にしているけど先に子供が出来てしまって結婚式が間に合わなかったのよ」
当時は周囲、特に親には結婚を大反対されていた上に、ちょうど妊娠から出産の時期は国が始まって以来最悪の流行病と言われたほとんどの乳幼児が死んでしまったべべ病が国全体に広がって最も状態が悪く収束の目処が立っていない時だった。
だからお腹の子が生きながらえる可能性は低く、結婚するかどうかは最終的にその子が生きるかどうかで決めるいわば賭けだったのだけど、そのことは流石にマルタンに言えない。
「確かに歴史の授業の時に僕の歳と計算が合わないと思った・・・」とマルタンが唖然としている。のんびり屋のマルタンはその時にどうしてか調べて疑問を解決しようという気は起こらなかったらしい。
「学生だった頃、私は首席だったから当時まだ王太子だったリュシアン様が国王になられる時に合わせて私を女性初の外務相にしたいとおっしゃって下さっていたのにモルガンが私と結婚したいからと阻止してしまったの。
彼はわざと子供を作ろうとしたのではなかった結果的にそうなったと言っていたけど。モルガンじゃなくて他の人がやったことなら許されなかったわ。リュシアン様の政策の目玉ともいえるものだったんだもの。
リュシアン様と子供の頃からコンビでやってきた宰相候補だったから最終的には許して下さったけれど」
同じ穴の狢どころじゃない、大変な失態じゃないか。
「あの、夫人は」後悔を?
「そうね、当時の本音を言えば彼に好意を持っていたけれど外務相の仕事の方がしたかった。だから子供が出来なければ結婚は断って仕事にのめり込んでいたでしょうね。私の両親もそれを望んでいたし。
だけど、今は宰相夫人と母親と2つの仕事をしていると思ってるわ。宰相夫人って込み入った折衝は出来ないけれど外国から賓客が来られた時は接待に同席して交流するし歓迎パーティーの主催や観光案内もするのよ。子供達のいる人生は有意義で貴重だわ、もちろん可愛いし。
多分、両方出来るからお得だったのよ」
両親は一人娘の私が国の中枢で女性初の外務相になることを家名を高めると喜んでいた。独身で通し、どこかから優秀な養子を貰えば良いと。だから妊娠が分かった時は、家と娘の未来を潰したとどれほど怒ったことか。まあ、今も変わらず怒っているけれど。
リュシアン様が結婚を選択したものの夢破れて気落ちした私を思いやって宰相夫人という立場を利用して、外交に関わらせて下さっているから少しは外務相の真似事が出来ている。結果として面倒な準備や根回しはお任せして華やかな舞台に立たせてもらっているのだからもう感謝しかない。
「私、お母様の娘に生まれることが出来て良かったわ」とソフィー。
「私からもお二人の選択に感謝します」とニコラ。2人が結ばれていなかったらソフィーはここに居ない。
「ええ、ちなみにあなた達はデートでボックス席のチケットを偶然手に入れたけど、モルガンは学生だったのに自分でボックス席を用意して友人だった私を良い出し物があると観劇に誘ったから私の親に計画的な犯行だったと疑われて結婚を大反対されたの、そのせいで未だに双方の関係が上手く行ってないのよ。
モルガンは逆ギレして歩み寄ろうとしないものだから余計にね。
こういう事は最初が肝心なのよ」
「なるほど」
「少し暴露し過ぎてしまったわね」
ブリジット夫人は恥ずかしそうだったけれど続けて言った。
「でもなぜ我が家の人様に聞かせるには恥ずかしい事まで話をしたかって言うとモルガンにあなたを責めるような事を言わせたくなかったの。あの人、まだ何か言ってやろうと企んでいるのだから。
でもあなたが全部知ってるって分かったらもうこれで何も言えないでしょう、ねえ?」
ブリジット夫人がこちらに味方してくれているとなると百人力だ。
婚約式は大船に乗った気で迎えられそうだとホッとしてソフィーと顔を見合わせて微笑み合う。
「私はもちろんあなた達2人が仲良く幸せであってくれたらそれだけでいいのよ。
でも、1つだけ欲張って希望を言わせて貰えるなら子供は沢山産んで欲しいわ。オジェ家と私の実家のデュラン家に養子が貰えるくらい。だってニコラ様の身体能力とソフィーの頭脳を持つ子なんて最高じゃない?」
最初こそ控えめに言ったけど後半は本音中の本音のようだ。ブリジット夫人の本気の圧がビシバシ伝わってくる。
「ニコラ様、期待しているからよろしくね!」
「は、はい」
さすがのニコラもタジタジだった。
ブリジット夫人は
大人しい人かと思ってました
意外にもグイグイ来た
_φ( ̄▽ ̄; )
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