66話 呪縛からの解放
リュシー父様から先ほど「ニコラから王宮に上がるとの先触れがあった」と伝言が届いたのでリリアンはエマとパメラと一緒に応接室に来ていた。
「じゃあ、パメラ様は馬術、剣術に体術もなさっているのですね」
「はい。母は嫌な顔をしていましたが父は私のやりたいようにサポートしてくれましたから。兄たちの為と言いながら武道室を作り指導者を呼んでくれてました。
兄たちは宮殿に上がっていたから私専用でしたね」
「すごい!指導者について本格的に習っているなんて」
「ええ、だから暴れん坊に武器を持たせるなと父は親戚中に非難されていましたね」
エマが呆れて口を挟む。
「暴れん坊って女性に対して言うことではありませんよね。皆ひどいことを」
パメラは片方の口角を上げて微笑む。
「他に言いようが無かったのだから仕方がない。
それらを習っていたお陰で多少発散も出来て他人に当たることも減ったが根は変わらなかったのだから。
でも騎士になったら手加減なしで訓練も積めるので鬱憤も溜まらなくなりましたよ。今は思う存分やれて後ろ指刺されず報酬も貰え、強くなればなるほど褒められる、ここはまさに理想の場所です」
「パメラ様は根っから騎士になるのが合っていたのですね!」
「リリアン様、その様を付けるのはそろそろ止めて貰えませんか。エマはエマと呼んでいるのに私はいつまで経ってもパメラと呼んで貰えないのですね」
「えっ!」
「常に一緒にいるのは変わらないのに私だけ他人行儀じゃありませんか」
「そうですか、えっとパメラ?」
「はい」
「えっと、パメラ、私も辺境独自のものだけど体術を習っているので、今度対戦してください。といっても手加減有りで」
「もちろんよろこんで」
「やった!最近体が動かせてなかったからすっかり鈍ってしまったかも。少し慣らしておかないと」
「リリアン様、最初に案内された時に専用の遊戯室がありましたよね、ダンスの練習やボードゲームなどで使うと説明を受けましたけど、あそこでリリアン拳の型なら出来そうですよ。今度エミール様に使っていいか聞いておきましょうか」
「ええ、お願い」
「もちろん使えばいいよ、あの部屋はリリィ専用なんだから」と開け放たれたドアからフィリップが入って来た。
「フィル兄様!ありがとうございます。今日はもう執務は終わられたのですか」とリリアンはフィリップに駆け寄った。
リリアンがフィリップの元に行き、その両手をとった時、後ろからニコラが現れた。
「あっ!
お兄様!!
お兄様!お帰りなさいまし!」
「ただいま、リリアン。ここの生活に少しは慣れたかい」
リリアンはフィリップの元をスッと離れ、ニコラに駆け寄った。
ニコラはリリアンにボトルを持たせると高く抱き上げた。
こんな風にリリアンを抱き上げるのは何ヶ月ぶりだろう。駆け寄ってきたリリアンの可愛らしさ愛しさに以前のように抱き上げた。無意識だった。
「まだ軽いもんだな」
「えへへ、この間大きくなったばかりですもの、そんなにすぐに大きくなりませんよお兄様」
「それにしてもここは天井高いな!少々リリアンを高く放り上げても頭を打つ心配はなさそうだ」
「エマ、ちょっとこのボトル持っていてね!
ではお兄様、もっと高く上げて下さい、手が天井に届くかやってみますから」と両手を上げる。
「届くわけないだろう」と言いながら手を脇から腰に持ち替えてMAX高く上げてやる。
「わあ、高い!背が高くなったらこんな景色なんですね!お兄様!」
「あはは、いくらなんでもリリィはそこまで高くはならないだろう」とニコラは楽しそうに笑っている。
「お兄様、お兄様がそんな風にお笑いになるの、久しぶりに見る気がします」とリリアンが嬉しそうに言った。
エマも「ええ、本当に」と笑っている。
確かにそうだ、なんだか久しぶりに心の底から楽しくて笑った気がする。リリアンとの兄妹の触れ合いで心が満たされてくる。
水を取りに行って良かった!リリアンに降りかかる災いをこれで断ち切ってやることが出来る。心は喜びで一杯だ。
フィリップはリリアンが自然体で甘えるニコラのことを(これがリアル兄妹の触れ合いか)と羨ましくなったけれど、でもそこは自分の目指すところではないと考え直す。恋人同士と兄妹は違うから恥じらいがあって当然、甘えて貰うのは仲が深まってその先だ。なんてね。
「リリィ、その水を持って帰るためにニコラは長旅をして来たんだ。さっそく飲んでみたらどうだい?」
「はい!」
エマにボトルの水をコップに注いでもらう。
「ニコラ、これはどのくらい飲めばいいんだい」
「特に聞いてない。私が飲んだ時は知らないまま食事中に飲まされていたからコップ1、2杯かな」
リリアンはごくごくと飲み始めた。
何だろう?ここ2、3ヶ月ひどく波立ってモヤモヤするようなイライラするような感じがしていた心が急に静かに凪いでいくような。
リリアンに対する絶対的な執着心が消えていく・・・。
もちろん妹として可愛く愛おしく思っているのは間違いないが。
ニコラは心が自分の知らない別の何かから解放されるような不思議な感覚を味わっていた。
「お前もこの水を飲んでいたのか」
「ああ、8歳の時に。それを飲んでいなけりゃあと4年の命だったんだ」
「何?」「え?」「ちょっ」「お兄様?」
またやってしまった。
自分の心の動きに気を取られていらないことを漏らしてしまったかも。
ニコラは皆に静まれと両手で制した。
「あ〜、昔の銀の民の寿命は20歳までだったらしい。俺たち兄妹は先祖返りを起こしていて20歳で死ぬ運命だったんだけどその水を飲めば普通の人と同じくらい生きられるようになるんだ。俺が取りに行っていたのは、そういう聖なる泉の聖なる水だ」とリリアンに説明する。
「リリィ!良かった!!良かった、これで死なずに済む良かった」
聞くやいなやフィリップは感極まってリリアンをガバッと抱きしめ動かない。
もう嬉しくて泣いてしまいそうだ。
ニコラは以前、銀の民は短命だったが今は普通になったと言っていたけれど、改めて父上に銀の民は短命だと言われて気になって、すごく心配していた。
「フィル兄様・・・」リリアンはそんなフィリップの様子に戸惑いつつも為すがままになっている。
ニコラはそんな2人を見てもやはり心は平生を保っている。リリアンをそんなに想ってくれてと感謝の気持ちは起これどリリアンを盗られた気もしないし辛くもない。
・・・従兄弟たちも今、同じ感覚を味わって要るのだろうか。
まさかと思うが、どうやら自分も銀の民の習性で氷の乙女であるリリアンに執着していたようだ。
兄という立場だから妹が可愛いからこその強い兄妹愛だと思っていたが、本当のところはニコラにとってもあの従兄弟たちが女王と崇めるようにリリアンは絶対的な存在だったのだ。
それはまるで呪いのように本能に刻まれたもの。
今回も何が何でもと使命感にかられてリリアンの為に水を求めて氷の山に向かった。
10歳でリリアンが生まれて常に抱いて面倒を見て、その傍を離れるのが嫌で王都に行くのを嫌がってベルニエ本邸に居座った。学園に通う為に王都に行くのさえリリアンの近況を毎日送るという条件付きで渋々向かったのだ。
我儘を普段言わないニコラなので両親も大目に見てくれたが今思うと異常なまでの執着心だったかもしれない。
リリアンの相手が殿下だったからこそ受け入れられたんだ。
ああ、俺までマジかよ。かなり衝撃的な事実だ。
それにしても水を一杯飲んだくらいでキャンセル出来るとはね、
氷の女王エルミールの力・・・マジぱねぇな!
だけど最愛の人、ソフィーに対する愛情もリリアンへの喪失感からの反動だとか絶対に言わないで欲しい。
本当に俺はソフィーを愛しているはず!
自分まで銀の民の枷をこれほど負っていたとはあまりにも衝撃だったのでちょっと心配になって、早く会って確かめたくなったニコラだった。
ホペアネンの本能は氷の乙女を乞い求める
血の繋がったニコラも抗えない拘束力が今解けた
氷の乙女の存在意義を書き換える
それがエルミールのやりたかったことのド本命だった
_φ( ̄ー ̄ )
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