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64話 受け売りで大貢献

 フィリップは夏休みといいながらも例の災害対策を検討しなければならないので今日も丸1日執務の予定だ。リリアンは宮殿内に図書室があるというのでどんな本があるのか見に行くことにした。


 途中、廊下でマルタンに会った。


「マルタン宮内相様、おはようございます」とリリアンは挨拶した。


「おはようございますリリアン様。よくご存知ですね私が宮内相に就任したのを」


「はい、リュシー父様・・・えっと国王陛下から聞きました」


「本当はリリアン様が王宮で過ごされる準備は私のところの部署がする仕事だったんだけど、あんまり忙しくて父の手も借りていたくらいでどこか他の部署にやって貰うよう頼んでて、色々とご不便をかけたかもしれません。それにご挨拶にも行かず」


「いいえ、大丈夫ですよ」


「他の部門の者達は挨拶に行きましたか」


「いいえ」


「あー、それも私が段取りする仕事なのか!?本当に不手際ばかりで。

 各宮殿内でのこと全てが円滑に進むようにする仕事で、催し物や使用人についての采配、建物の修理や掃除に到るまで全部網羅して計画的に進めないといけないんですけど、これまでの者がその場しのぎにいい加減な仕事をしていたのでまずは仕事の内容を精査しているところなんです」


「とっても大変そうですね」


「そうなんです。外からヘルプによく入っていたんですがその時はここまでいい加減だとは気が付きませんでしたよ」


 今日も護衛として従っているパメラはマルタンの言うことが面白くない。


 4年前までそれは父がしていた仕事だったから前の者がいい加減だと言われたら、父も同類みたいに聞こえるじゃないか。


 まあ、突然父が辞めることになったことと、兄のゴダールが後を継ぐようにと言われたのに数ヶ月で音を上げて「勉強してくる!」と海外へ逃げたのがそもそもマルタンが困ってる発端なんだろうが。


 ほんの少し前なら喧嘩っ早さが前に出て気に入らないとマルタンに掴みかかっていただろう、でも律した。


 溜息をついてパメラは言った。


「それで、宮内相には補佐が何人いるのですか?どうせ指示を待ってボーッとしているだけなんでしょう。

補佐は5人、それぞれの専門分野を作るのですよ。

宮殿内の行事、宮殿や王家の持つ不動産美術品を含む維持清掃建築補修、各部所との連携調整と人事、食関係、出入り業者の対応と在庫管理というふうにね。そんな内容がバラバラの仕事を宮内相自らが全部首を突っ込んでいては何も進まなくて当然ではないですか。

 それら5系統の仕事が円滑に進むように相互の連携のバランスをとるのがあなたの仕事です。チェックとフォロー、責任は全てあなたにありますから。でも宮殿内経理や王立騎士団関係が分離されたので以前よりラクになってるはずですよ」



「え、え?誰?何?お前、まさかパメラ?」


 その尊大な態度、よく見ると顔がエミールと似ているような。



「ご名答、つまらない作業に熱中している間に情報に疎くなられたようですね。私は今リリアン様の専属護衛です、女性初のね。リリアン様は図書室に向かってるところだ。そろそろ解放してもらいましょうか」


「あっはい、どうぞ。でも後で今言ったこともう一回教えて」


「私は忙しいんだ手を煩わすな。せっかく精査したならその仕事を5つに分ければいいだろうが」


「パメラ〜、昔一緒に遊んだ仲じゃないか。よくお馬さんごっこして乗せてあげたよね!夜、部屋に行くからっ!ね!」


 最初に乗ったパメラの馬はゴダールではなくマルタンである可能性も出てきた。

 でもこっちは覚えていないのだから、そんな事は知ったことではない。


「断る!ではリリアン様、行きましょう」


「はい」と言いながらマルタンを振り返ると、こちらというかパメラに向かって「よろしく〜」と笑顔で手を振っていた。

 彼らは本当に何日も手探り状態で困っていたのだろう。




「パメラ様は優秀だと国王陛下がおっしゃっていましたけど、本当に優秀でいらっしゃいますね」


「いいえ、実は全部受け売りですよ。

 自分の部屋や母といるとお淑やかにしろと煩いから、いつも父の部屋に逃げ込んで勉強などしてました。

 その時に父が兄にそう教えていたことがあって子供心になるほどと思って聞いていたから頭のどこかに残っていたんでしょうね」


「そうだったのですか。でも幼馴染っていいですね、マルタン様が子犬のように懐いていらっしゃったわ」とリリアンが言うのでパメラも笑った。確かに子犬のように尻尾を振っていたように見えた。


 幼馴染というほど親しくはしてなかったけれど、彼らはすんなりと狂犬と誰もに畏れられ遠巻きにされるパメラを受け入れてくれた。


 そうだ、就任するとき尖ってばかりではいけないと自ら肝に命じたんだった。

 自分の苛立ちよりリリアン様を第一に考えなければいけなかったのに、また高圧的な態度に出てしまったと密かに反省した。




 図書室に行ってみると、フィリップとシリルが机の上に沢山の本を積み重ねて調べ物をしながらあーでもないこーでもないと話し合っていた。


 邪魔にならないように声はかけずに司書に聞くと、見取り図でどこにどんな本があるのか教えてくれた。その説明を聞いているとフィリップが声をかけてきた。


「リリィ、本を読みに来たんだね。こちらへおいでシリルを紹介しておこう」


「はい」


「シリル、私の婚約者候補のリリアンだ。王宮に住んでいるから会うことも多いだろうよろしく頼む」


「はい。リリアン様はじめてお目に掛かりますシリル・マルモッタンです。この夏から宰相補佐のインターンシップに参加する事なりました。今は王太子殿下と同じ災害対策プロジェクトに参加していますのでお会いする機会も多いかと思います、どうぞよろしくおねがいします」


「シリル様、こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」



 ふぅ、とフィリップが伸びをして息をついて言った。


「シリル、朝からずっと休みなしだったからちょっと一息入れようか。リリィ、図書室の窓辺に読書をしながら休めるスペースがあるんだ、紅茶を持ってこさせるから一緒に休憩しよう」


「はい」


 場所を移してシリルも一緒に3人でお茶を飲む。

 パメラは邪魔にならないところで立ったまま周囲に気を配りながら見守ってくれている。



 シリルが持ってきてテーブルに置いた綴りを見ると、ある地域の小麦の生産量の推移をまとめたものだった。

 休憩と言いながらも問題が頭から離れないようだ。


「この記録を残すようになって20年間一度も水害にあって生産量が落ちたという形跡はないですね。近隣の聞き込みでも水害の記憶があるという者は皆無だったし、相当長い年月災害が起こっていないと考えた方がいいでしょう。なのに何故今回あの程度の雨で大規模な水害が発生したのだろう・・・」


「ああ、聞く限りあの地域は豪雨って訳でも長雨でもなかったな。

 私が調べている麦の貯蔵倉庫の浸水問題についてはやはり河の蛇行している方向に水が溢れるようだから嵩上げより場所を変える方向でいくことにするよ。それが対岸でいいのかどうかだな。」


 貯蔵倉庫と粉挽きに使う水車は同じ場所にあるので自然と貯蔵倉庫は河に隣接した場所になる。河がカーブを描く内側に移設したなら被害の危険度を下がられるかもしれない。



「そうですね、また水害が起こる可能性があるなら安全な場所にある方が被害を減らせますからね」と言ってシリルはまた自分の思考に沈んだのか黙り込んだ。



 黙って聞いていたリリアンは河の工事は水害が起こらないよう気をつけてとジョゼフィーヌが他の領主に協力をお願いする時の説明で再三言っていたのを思い出した。


「あの、母が川は下流に行くほど水が増えると言っていました。上流で何かあったのかもしれません」


「そうか、あの場所の雨量より上流の雨量も調べなければならなかったか」


「それなんですが、もしかすると河の水が増えたのは氷街道の運河を作ってることと関係はないでしょうか。

 母が侯爵様に説明していた時、運河を作る工事は全体のことを気にかけなければならない、特にアングラードは王都に近いから下手したら王都が水浸しになるって言ってました。

 川幅が狭い所は流れが早くなるので広げたり、分岐させたり、急なカーブがあるところは土手を高くするか水が流れ込んでも良いような受け止める池を作るとか、とにかく流れる量を調整する必要があるそうです。

 辺境領から王都は遠いからどこかの工事が上手くいってなくて溢れてしまったのかも・・・」


「そうか、今までなくて変わった事といったら運河か。木を見て森を見ずだったな。

 確かにそれを聞くと上流で河の流れが変わって水量が増えた可能性があるね」


「殿下、何のことです?」とシリル。


 確かに氷街道と運河については公になっていないので関係している領地の領主でなければ知らないことだった。


「リリアンの母親が中心になって辺境から王都に広い道と大きな河を通す大事業を興しているんだ。メインは辺境からの氷の運搬だが人と物流を盛んにする狙いがある」


「そんなこと全く知りませんでしたよ」


「私たちも今年の5月に初めてその話を聞いたのだが、辺境からベルニエ領まではかなり工事が進んでいるらしい。

 それについてもっと具体的な情報が欲しいところだ、全体像と地図がいる。ベルニエ夫人を呼んで我々に直接説明してもらった方が良さそうだな」


「もし上流か中流の河川工事が関係しているならなるべく早く話を聞いて対策を進めたいですね。また災害が起きたら小麦が不足してしまう」


「ああ、すぐに召し寄せる」



「フィル兄様、それで思い出しましたけど、帰りに寄った街で河の中に噴水があるって私が案内したのに河の水が高くてやってなかった所がありましたね、行きには中洲が広く見えていて水の高さも少しかなかったんです。だから河の中に小さい子供達が入って噴水の水で遊んだり中洲に歩いて行っていました。

 あれが今までと違う河の状態だったのなら、問題はあの辺りにあるのかもしれませんね」


「そうだ。確かに噴水を見にいった時、河がまるで池か湖みたいだと話したね。

 今改めて思い出すとあそこは道と大して変わらないくらいまで水を満々とたたえていて流れがなかったように見えた。普段を知らないから景色が良いと思ったけれど、あの広い河幅であの水嵩は普通じゃなかったね。すぐ現地に調査に行こう」



「ああ、災害の原因究明に1歩近づけた気がしますよ。リリアン様はすごいですね、色々なことに気づかれて」とホッとした様子でシリルが感心する。



「いいえ、母の受け売りです。たまたま近くで遊んでいて聞いていただけなんです」


(パメラ様と同じで全て受け売りです。一緒ですね!パメラ様)とキラキラした目を向けて心の中でパメラに話しかけた。


 が、パメラは首を横に振って言った。


「私の受け売りとは訳が違う、それがこれから多くの人の命や食料、住まいなどを救うのですから大手柄ですリリアン様」


「そうだリリィ、大手柄だよ」


「本当です。これはどれほどの功績となることか、大手柄ですよ」


 と皆が褒めてくれるから嬉しいけれど・・・。


 受け売りを披露してそこまで褒められると逆になんだかズルいことをしたような気がしてきて申し訳なくなってきた。小さく縮こまったリリアンだった。




 それから少しして、やっぱりあの街で水を堰き止めていたのを放流したタイミングで雨が降ったのが原因だと分かった。


 下流で河幅を一部広げる工事をするために堰き止めていたらしい。あれより水位が上がると自分の街が浸水すると下流への影響を考慮せず工事が終わったら一気に流したとか。河幅の狭い所に勢いよく流れこんだら溢れるのは当然だ。


 言わば人災だった。


 水を流す量を調整できるように工事方法を改善する対策が取られた。



 災害対策で忙殺されていたフィリップだったが、これでリリアンと過ごす時間がもっと持てる。リリアンはそれが嬉しかった。

被災地にリリアンの銅像立ちそう

_φ( ̄▽ ̄ )



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