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62話 バセット兄妹とエマ

 エミールはその足でパメラの部屋に向かった。宵っ張りの妹はまだ起きているだろう。


「パメラ、起きてるか」とノックして声をかけた。


「兄上、私はこっちです」


 隣の部屋からパメラが顔を出した。

 真っ赤に染めた短い髪、目が鋭く見えて我が妹のイメチェンが激し過ぎる。


「あれ、じゃあこっちは誰の部屋だ?」


「もちろん私ですよ。今、エマの部屋に来て喋ってたんです。何かご用ですか」


「ああ、では明日の休憩時間にでも時間を作って来てくれ。この1週間のリリアン様について聞こうと思って来たんだ」


 もう時間外だ。配属されたばかりの2人が仲良く交流しているなら日を改めようと思った。


「だったらちょうどいい、私たちもそのことについて情報交換をしていたところです。兄上も入ってください」と誘ってくるが、今そこはエマの部屋と言っていたじゃないか。


「お前はよくてもそこはエマ嬢の部屋だろう、中に入るわけにいかない。談話室に行こう」


「談話室は今どこも他の諸先輩方が使ってました」



 談話室は使用人の為に設けられている休憩室だ。仮眠室ではないので喋ったり、飲食もOKだ。


 特に騎士の多い王宮では交代制の非番になった者達が酒を持ち込んで盛り上がってることもよくある。外に飲みに行って問題を起こすよりここで飲めという感じでそれを咎める者はいない。

 ちなみに飲み過ぎて失敗すると皆に知れ渡り後々まで恥ずかしい思いをするので飲み過ぎ防止にも一役かっていると彼らは口を揃えて言うが、真実は酔い潰れても誰かが部屋に運んでくれるので酒量に拍車をかけているといったところだろう。

 しかし、部署の違う者たちの出会いと交流の場にもなる貴重な場所なのだ。今は男ばかりだが。



 エマも顔を覗けた。

「エミール様ちょうど良いところへいらっしゃいました。リリアン様のことで相談したいことがあります。パメラ様の部屋に行きましょうか」


 パメラが嫌な顔をした。


「私は一昨日配属になったばかりでまだ荷も解いてない。座る椅子もない。それにコレを移動させるのは大変だ。兄上は文句を言わずにサッサと入って下さい」と出て来て腕をむんずと捕まれ部屋に連行された。


 ギョッとするほどテーブルの上にはパメラの言うコレ、つまりお菓子の山、山、山。


「エマ嬢、これは・・・すごい量ですね」


「まさか!もちろん私が談話室から持って来たに決まっているじゃないか」とパメラ。


「パメラ、これ何フロア分のだ?ここだけではこんなにないだろ」


「さすが兄上、するどいですね。2カ所x3フロア分です」


「お前は〜」


「カゴを持って行ったら皆さんがどんどん入れてくれたんですよ」


 持ち手付きのカゴを両手に持ち上げて見せる。


「そんな大きいカゴをいくつも持っていくからだよ」


「一カ所でいいだろ、いや2、3個でいいだろ」「場所によって置いてあるものが違うと教えて貰ったんだ」などとまだ兄妹でやりあっているとエマが紅茶をいれて持ってきた。


 パメラもエマも2人ともまだ仕事着から着替えてもいなかった。



 エマが昨日のオコタン救出劇から始まって、この1週間はマナー教育という名の厳しい指導が朝から夜まで休みなしで一日中続いていることやお妃教育が前倒しで連日入っていること、そばで見ていてかなりやり過ぎに感じることなどを話した。


 エミールは『ぬいぐるみを捨てると言われた』という事しか知らずに来たので、予想以上の状態だったことに驚いた。


「昨日、今日と土日のお休みの日でさえも朝から夜まで同じ調子で心休まる日がありません。

 以前聞いた話では国王様はゆっくり学べば良いとおっしゃっていました。夫人方はテストをして進学の学力はすでに足りているとおっしゃっていたのにギュウギュウです。

 ここまでリリアン様が辛抱しなければならないわけではないですよね?」とエマが眉を寄せて訴えた。


「なるほど、バレリー夫人とロクサンヌ夫人が独断でやり過ぎているようですね。王妃殿下に彼女たちなら完璧だと指名されたので実績を出したいと焦ったのでしょう。ブランクが長かったので内容も少し時代に合わない部分がありそうですし。

 しかし、もっともいけないのは我々が最初の大事な時期に全員宮殿を開けたことです。私の不手際でリリアン様にいらぬ辛い思いをさせてしまいました。早急に陛下に進言し対処します」


 そして少し考えて改善案を提示する。


「まずすぐに両夫人を排除すると王妃殿下の面目を潰すことになりますので少なくともリリアン様進学までは教育係として平日1、2時間ずつみていただくことになると思います。

 ですが両夫人には先に教えるべきマナーと教養のマニュアルを作成させます。内容をこちらで過不足ないかチェックしてから始めさせましょう。

 もちろん侍女からは外し新規に募集します。殿下が最近まで女嫌いで通していたのでここは女性の人材が圧倒的に不足していまして、侍女にすぐ使える者がいなんです。

 エマ嬢には両婦人が付いてる間に王妃付き侍女の所に研修について貰いこの宮殿での侍女の仕事と侍女頭の仕事を覚えてもらおうと思っていたのですが、当面は1人でリリアン様をみていただき新人が来たらその教育もして貰わねばなりません。

 エマ嬢に多大な負担をかけることになって申し訳ありません」



 実はもう2日は早く帰れてるはずだったのに、リュシアン陛下が新しく入手した陣幕を立てられる場所が近くにあるのに気がついて急遽そこに寝泊まりすることになったのだ。


 さては陛下が途中で戻ったのはその陣幕を取りに戻るついで・・・?


 ちなみにシリルとフィリップの班は保管倉庫などの対策の為にまた現場に戻っていたのでそれどころではなかったのだが、エミールはリュシアンの今回の視察お疲れさん会という名の酒盛りに付き合わされていた。


 それらを思い出し、エミールはもう一度頭を下げた。無理にでも帰ってくるべきだった。


「私が調整役を任されていたのに、本当に申し訳ありませんエマ嬢」



「いえ、私は今までもベルニエ邸に住み込みで仕えていたから1人でも大丈夫です。それに新しく若い方が来られたら話相手にもなってリリアン様もお喜びになられます。

 それより、リリアン様が厳しい指導に耐えられなかったなどと誤解されて評価を下げることにはなりませんでしょうか・・・」


「大丈夫ですよ。陛下も妃殿下もリリアン様を可愛がっておいでです。それに私が誤解なきよう説明しますから」とエミールが請け負ってくれたのでエマはホッとした。



「エマ嬢、国王陛下の美点は即断即決のリーダーシップだとよく皆に言われているのですが、一度決めたことに固執することなくより良くする為に間違いを正すことを厭わないし私たちのような者の言うことにも耳を傾けてくださるんですよ。

 私は改善も即断即決なところが陛下の最大の美徳だと思っています。ですから両夫人方に関しても明日中に対応出来ると思いますよ」


 それを聞いてエマは笑って言った。

「確かに陛下は即断即決でいらっしゃいますね。それに王太子殿下とエミール様もそのような印象を受けました」


「あー、多分そうですね。長く居るから少しは影響を受けているでしょうね我々は」


 話がひと段落着いたと判断したのだろう、エミールは少し砕けた感じで紅茶に手を伸ばした。話しているうちにすっかり冷めてしまったが。


「ほう、これは美味しいな」


「ベルニエで飲まれていた物をこちらに来るときにジョゼフィーヌ夫人に分けていただいたんです。この葉で随分紅茶の淹れ方を練習しましたからお誉めいただいて嬉しいです」


「そうなんだ、香りがとてもいいしこの渋みとコクが私好みです」


 エマはエミールの為に温かいのを淹れ直したかったが2杯も紅茶を飲んで夜眠れなくなってしまったら悪いと思い、気がつかないフリをした。


「そうですか、良かったです。リリアン様はこれをミルクティーにして飲むのがお気に入りなんですよ」


「ああ、確かにミルクにも合いそうですね」


 などと和やかに話していると口を挟んでこないパメラが人の悪そうな顔でニヤニヤしていた。


 それに気づいたエミールはどうせ碌な事を言わないだろうと気づかないフリをして敢えて指摘しなかった。


「ではもう遅い時間なので私はこれで引き上げます。

 パメラ、お前も明日も朝から勤めがあるんだろう早く戻って寝とけ、何があるか分からないのだから常に万全でいろよ。

 しかしお前が着任早々リリアン様のお役に立てて良かったよ。早く親しくなりたいとおっしゃって下さったぞ、頑張れよ」と兄らしいエールを送り去っていった。


「私はいつも万全ですよ」と口答えしつつも「はい」と返事したパメラはお菓子を半分自分の持ち込んだカゴに回収し席を立った。残りはエマにくれるのだろう。こんなにあっても困るけど。



「兄上はとても優秀なんですよ、エマ。本当なら宰相とかしてもいいくらい。

 なのに私のせいで幼い頃から従者をさせられて嫁の来てもないんだ。

 自分の事で悔むことがあるとすれば、調子に乗ったあの日の自分ですよ。

 私がここで認められれば何か少しは変わるはずなんだ」


 去り際に沈痛な表情でそう言い、ではまた明日とパメラは出て行った。心なしか後ろ姿にいつもの自信が見られないような気がする。


 憎まれ口をたたいてもパメラは兄が大好きなんじゃないか。お互いを思いやる兄妹なんだな、兄妹っていいなとエマは2人を微笑ましくまた羨しく思った。


 壁の向こうで策士パメラが「なんちゃって」と舌を出してるとは思わずに。



 私もなかなかの演技派ではないか?

 嘘は言ってない。兄が優秀なのも本当だし全部本心だ。

 だけど悔やんでそれを人に吐露するなんてタマではない、それは自分の性格上有り得ない。


 エマにエミールがフリーで花嫁募集中ということを匂わせ、とてもお買い得だと印象付けたかったから捨て身の作戦に出た。兄上は4つ上だから20歳でエマは18歳だという。


 年齢が近いだけでなく性質的にも兄上とエマはお似合いに見える。

 何よりパメラはエマが気に入った。


「兄上、エマを逃したら一生後悔しますよ」機嫌良くそう呟いてお菓子を1つ口に入れた。

リリアンの環境改善会議で

エマールとエマの距離は

少し縮まったでしょうか?


どうかな〜 _φ( ̄▽ ̄ )



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