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53話 温泉宿アルマス

 辺境伯領内の標高1000mにある谷あいの村。氷の山の第2登山口が見える所に助けてくれたおじさんの家があった。間に川が流れ、橋がかかった正面だったはず。


 白い壁に赤茶色のドアと屋根の3階建ての大きな家。

 改めて見ると看板には『温泉宿アルマス』とある。



 こんなに大きな家だったっけ?普通の民家のように記憶していたけど・・・。


 あの吹雪の時に訓練中にたくさんの人が亡くなったため、その後3年はその日に合わせて追悼式を行い訓練合宿自体が無かった。そして4年後からはもっと手前にある第7登山口を使うようになり、あの尾根を登るルートは使わなくなっていた。ここに来たのはあれ以来初めてだ。


 建物が自分の中に残る印象と違うが場所は自分の記憶でも、父に聞いてきた場所の説明でも確かにここのはずだ。自分が子供だったから記憶が曖昧なんだろう。


 まあ、もしここがあの家と違っていても尋ねれば何か分かるかもしれないと思いドアを開けた。


 カウベルのような呼び鈴がガランガランと音を立て、明るい女性の声で「いらっしゃいませ、ようこそお越し下さいました」と応答があった。


「いや、宿泊に来たのではありません。私はニコラ・ベルニエ と申します。8年前に遭難した私を助けてくださったのはこちらのお宅の方だと思ってお礼に来たのですが、お名前を存じ上げなくて」

 と言うと、相手はすぐに何の話か分かってくれたようだった。


「ああ、騎士団訓練中に尾根を落ちて助かった坊やね?まあ、大きく立派になられましたね。すぐに主人を呼んで来ますから、そちらに座ってお待ち下さい」と言って中に引っ込んでいった。


 坊や・・・って。


 すぐに奥から山男みたいなヒゲをたくわえた逞しい男が出て来た。


 うーん、この人も記憶と印象が違うぞ。もっとスッキリした感じだったんだけど。



「おお、坊主!こりゃまたえらくデカくなったなあ!!お前がふらふら山から降りて来て、そこで倒れたのを見た時は本当にビックリしたぜ。あの雪の中生き延びて帰ってくるなんて尋常じゃないと今でも思い出しては感心していたくらいにね。一晩寝たら独りで歩けるくらいに回復したのも驚いたが。ああ。確かに面影があるな!」


 どうやらこの人で合ってるみたいだ。


「あの時は雪焼けで顔は真っ赤に腫れ上がって唇はめくれ上がってるし、ふらふらヨロヨロして服はサイズが合ってないし、朦朧として、とにかくすごい有様だったっけ」


 そんな姿の面影があると言われても・・・。


「名前はなんて言うんだ?俺はこの温泉宿アルマスの主人オリヴェル、こいつは妻のアンニカだ」


 この宿の主人はとても快活な人だった。確かにあの時もこんな感じだったな。


 そこでニコラは自己紹介と今日はお礼に来たのだと伝えた。そして手土産に持ってきたベルニエの産品を渡した。と言ってもここまでの道は遠く夏場で大したものは持って来られなかったのだが。


 塩漬け燻製肉やハードチーズ、薬草のリキュールだった。


「長い間お礼にも来ず、手土産もこのくらいしか持って来られなくて・・・。」と申し訳なさそうに言うとオリヴェルは愉快そうに笑って言った。


「なんの、なんの。有難くいただくよ実に旨そうだ。ありがとう!だいたいそんなに気にすることはないさ、既にたっぷり貰っているからね。

 お前の祖父さんと父親が十分すぎるほどしてくれているんだ。その金でこの宿を建てたくらいにね!」


「ええ!?」

 宿が立つ謝礼ってすげーな!そんなの聞いてなかった。礼を言っておかねば。



「しかも工事を始めようとして試しに掘ってみたら温泉が湧き出して温泉付き!」


「ええ!?」

 すげえ偶然!


「それがな、その頃この村に温泉はどこにも無かったが、伝説の中に温泉の話があって場所はここだと思われていたんだ。

 だから金は充分あったし掘ってみた。そうしたらすぐに湧き出したよ。真似して他の奴らもあっちこっち掘ったけど全然ダメだった。俺は余程運が良かったらしい。

 それで宿の裏に露天風呂も作って、タダで入っていいって村のやつらにも解放してるんだ。幸せのお裾分けってやつさ」


 アンニカもニコニコして言った。

「この人ったら、あなたのことを幸運をもたらす精霊だったんじゃないかってよく言ってたのよ」


「ええ!?」

 俺のことを?


「そりゃそうだろ?お前をおぶって辺境伯邸に連れて行っただけなのに帰って来たら村では英雄扱いだ。そうこうしてたら念願の宿は持てるわ嫁さん来るわ。あれで俺の人生変わったぜ!」


「うふふ、私、それまで何度も交際を申し込まれていたんだけど断っていたの、でもあなたをおぶって雪の中を行く必死の形相のこの人を見てなんて男気のある人だろうって、キューンとして逆プロポーズしたのよ」


「ええ!?」

 あの時に?マジか!


 ニコラはさっきから「ええ!?」しか言っていない。


「ああ、まだ16歳だったけど気が変わらない内にって速攻結婚したよ」


「え、俺を助けてくれた時ってまだ16歳とかその位だったんですか!?」


「ああ、あの頃はヒゲは無かったからそんなに老けては見えなかっただろ?

 もしかして8歳の少年には16歳はおじさんなのか?今だってまだ若いぜ」


 ヒゲ剃ろうかな・・・と言いながらオリヴェルはヒゲを撫でた。


 若くして宿の経営者になったので、足元を見られないように最初の頃は口ヒゲを伸ばしていたのがだんだん顎も頬も揉み上げもってなったらしい。

 お陰で侮られることもなくお客さんから良くして貰ってると言う。


「まあ、そんな訳で今日は泊まって行ってくれよ。団体さんが帰った後で今日は他の泊り客が少ないからちょうどいい。

 温泉に浸かってゆっくり旅の疲れを取ってくれ。幸運の精霊さんからお金を取るわけにはいかないだろ。そういう訳だからそこんところは気にするなよ」


「それは・・・」


「まずは温泉に入って来いよ、飯でも食べながらゆっくり話でもしようぜ」


 結局、お言葉に甘えることにした。



 露天風呂は泊り客が使っているようだったから遠慮して宿の中にある大浴場に来た。

 温泉に入ると身体が芯からくつろいだ。


 石で囲ってある所から温泉の湯が湧き出るように入ってくる。そこは形が何となくトゥリアイネンの湧き出る泉を彷彿とさせた。


 湯けむりの中、壁の高いところに石で出来たレリーフが嵌め込んであるのに気が付いた。

 円形で男女が首をお互いに向けて慈しむように傾け合い、刹那げな表情で寄り添っている姿だった。そして2人は1本の百合の花を一緒に持っていた。



「いいお湯でした。すっかり疲れが取れましたよ」


「そうだろう!温泉巡りが好きな客達もウチの湯は違うって言ってくれるんだ」


「それにしっとりとした雰囲気で心も落ち着きますね。あのレリーフが厳かな気分を盛り立ててくれて」


「ああ、フーゴとリヤのレリーフか」


「え?フーゴとリヤ?」


 その名をここで聞くとは思わなかった。


<登場人物紹介>

オリヴェル 温泉宿アルマスの主人 24歳

 ニコラが自力で下山してきたのを見つけ介抱してくれた

 髭面で分かりにくいがまだ若い


アンニカ オリヴェルの妻

 明るく元気

 オリヴェルとは幼馴染


人気の温泉宿です_φ( ̄▽ ̄ )




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