52話 湧き出る泉トゥリアイネン
泉までの道のりは未知だ。だが途中までは8歳から父と騎士団訓練に参加する為に往復しているよく知った道だ。
ニコラは急がず普段通りにまずは辺境伯領方面に向かった。
途中で話し相手になるかと思ってラポムに聞いてみた。
「ラポムと呼ぶべきか、トゥリアイネンの精霊さんと呼ぶべきか。よく分からないけど、お前は俺と会話が出来るのか?そういえば今まで一言もその声を聞いたことないよな?」
ラポムはこちらを向いて、さあねとでもいうように首を捻った。
絶対、人語を理解しているだろう。
「喋れるんだろ?暇だから何か話をしようぜ」
<ラポムはうまだから、むり!>
「えー、そんなこと言わずに」
<にこらはひとりごとをいってわらう、へんなひと>
「他に誰もいないし大丈夫だろ」
<だーめ、はなしはきいてあげるから>
どうやらラポムはお喋りをしてくれる気はないらしい。
「ちぇっ、それじゃ本当に独り言じゃないか。まあいいか。お前に何を話してやろうかな・・・」
今結構、会話をしているんだがニコラは気づいていないのか。面白いやつ。
「ではリリアンの赤ちゃんの頃の話をしてやるよ。今も可愛いけどその頃はまたすっごく可愛くてだな、いつも俺が抱いてやってたんだ。ああ見えてミルクを飲むのがめっちゃ早くて・・・」
くすくす。ニコラはちっとも変わってない。相変わらず真っ直ぐで、正義感が強くて、優しくて、面白いやつだ。ラポムは楽しくて仕方がなかった。
泉は標高800m付近と思ったよりずっと低い所にあって、人里からは少し離れた所にあるけれどそこに至るまでの道は大して大変ではなかった。
ラポム情報に拠ると時々人が迷ってくるけれど、人が多く住むところにも水は十分あるからわざわざ来る人はいないらしい。こんなに素敵な所なのに。
岩と緑で縁取られた泉は木漏れ日があたって美しい。幻想的な雰囲気だ。
持ってきたボトルを出して湧き出す水を汲む。念のためにもう1本。
「よく来たわね、ニコラ」
さっそくエルミールが現れた。
「エルミール!久しぶりですね。元気にって神様は元気に決まってるか」
「そうね、元気だったわ。あなたはすっかり大きくなったわね」
「ああ、もう16ですよ。俺はあと4年で死ぬところだったんでしょう?ソフィーと結婚して早々に死ぬところだった。ホント、銀の民の呪いを解いてくれて感謝するよ」
「・・・呪いじゃなくてそれがホペアネンの寿命なんだけど」
「で、今日は妹に飲ませる水を汲みに来たんだ。この水を飲ませればいいんだね?」
「そう、その水よ。
ねえニコラ、この泉はフーゴの為に作ったのよ。再び役に立つ日が来てうれしいわ」
「そうなんだ」
「ええ、彼はこの近くの村に住んでいたのよ。だから彼にプレゼントしたの」
「ふうん、そうなんだ」
そこへヴィーリヤミとススィも現れた。
「とんだプレゼントをね」
「え?なんで?水場は生活に欠かせないから有難いだろう」
「エルミール様がただの水をフーゴにプレゼントするわけがないだろう。それは元気になる水さ、そして若々しさを保つ加護がついてるのだよ」
エルミールは溜息をついて言った。
「フーゴったら一口飲んだだけで勘づいて、その後絶対に口をつけてくれなかったんだから本当に困った人だわ。
短い命の癖にしばらく怒って私を寄せ付けようとしないし」
「あんな騙し討ちをするからですよ」
「だって、フーゴが」
「元気で若々しい加護なんて、そんなに嫌がる事ではないだろうにフーゴって人は余程潔癖な方だったんですね」
「うーん、潔癖ではないな。吟遊詩人だったかもしれないがフーゴは根っからのジゴロだよ。あの頼りない情けなさそうなところが母性本能を刺激するらしい。我が儘なところもね。
未だにエルミール様は骨抜きだ。笑える」
「・・・エルミール」
ニコラが憐憫の情でエルミールを見る。
「ニコラ、そんな表情で私を見ないでほしいわ。とにかくせっかく来てくれたんだもの、そのボトルにも湧き出る泉の加護を与えるわ」
「ていうことは、これから水が湧き出るのか?」
手に持った2本のボトルを見る。
「ええ、いつでもボトルは新鮮な湧水で満たされるでしょう」
「おお、それは凄いな」
「けれど誰でも彼でもに飲ませてはいけませんよ。そんな物は人間界には存在しないのだから」
「ああ、分かった。旅に水の補給と携帯は欠かせないからとても助かるよ。有難う」
「あなたって本当にいい子ね」とエルミールはにっこりと笑った。
その様子を見てヴィーリヤミは苦笑いしていたが、真面目な顔になって言った。
「ニコラ、お前の祖父はクレバスに落ちたよ」
「え・・・、そう、なのか」
もしかしたらと思ってはいたが、それが現実だと思うとずしりと重い。なんだかんだ言って目をかけてくれた。誰より強くてずっと目標にしていたお祖父様が。
ニコラがまだ行ったことのない氷の山の深部にとても危険なクレバスの多発地帯があると聞いていた。
雪や氷の深い裂け目は落ちたら出られない奈落の底の入り口だ。小さな割れ目でも見つけたらその先には絶対に進もうとするなと言われている。いくら雪山の経験を積んだお祖父様であっても落ちてしまったら・・・。
目を落とすニコラにヴィーリヤミは静かに言った。
「雪が被っていたからクレバスがあることが分からなかったんだよ。ススィは喰ってない」
「そう」
「彼は何年も氷の宮殿を探し求めていたわ。そんな物は存在しないのに。
だから、最後に良い夢を見せた。
氷の宮殿に辿り着いた夢を。
彼は幸せだったはずよ。あなたもそう信じてあげてね彼の為に」
エルミールはそう言ってススィに目をやった。
クレバスの精霊の白い狼、ススィが何かを咥えてニコラの前に来たのでニコラは膝まづき、それを受け取った。
マルセル・ジラールの名が刻まれた短剣ダガーとそれを身に付ける為のベルトだった。
「ありがとう、エルミール。ありがとう、ヴィーリヤミ、ススィ、そしてここに連れて来てくれたラポムも。これは形見として辺境伯邸に届けよう」
「ええ、そうしてあげるといいわ」
「水を飲ませたらこれですっかりリリアンに降りかかる災いというのは、払えたと考えていいのか」
「氷の乙女としての災いわね。無駄に彼らを惹きつけることは無くなるはずよ。
それに寿命が20歳で尽きることもないわ。産む子も人間と同じになるのよ。今後はもうホペアネンに先祖返りしないようにね。
それ位よ、あなたも妹も今までと同じように暮らせばいいの。その他の特性は変えてないから急に何かが出来なくなって困るというようなことはないでしょう」
「ふう、良かった。リリアンにも早死にしない加護をつけてくれたんだね」
「もちろんよ。
リリアンというのね、今代の氷の乙女が百合の名を持つ娘なんて、まるで私とフーゴの物語が人間界でまだ続いているみたい・・・私たちは永遠だもの続いているわ・・・」
エルミールは指を組み、瞼を閉じた。
フーゴに想いを馳せる彼女は以前見た時と変わりなく美しかった。
「じゃあそろそろ行くよ」
「ええ、気をつけて行きなさい」
「ああ、お前も達者でな。幸せにおなり」
ススィもこちらを見て頷いた。
「はい。皆さんもお元気で。
ではラポム、我々は帰ろうか。
だがその前に辺境伯邸とあの時助けてくれたおじさんの所へ寄るから遠回りだけど付き合ってくれ」
<もちろんだよ!>
うれしい、ニコラはわたしにここに残るかと聞かなかった。当然のように一緒に帰る仲間だと思っていてくれた。ニコラと一緒にリリアンとフィリップの所へ帰る!
ニコラが騎乗したエクレールと肩を並べ、ラポムは弾むように歩いて帰って行った。
ラポムはこの泉の精霊なんだけどね、長い永遠の中にいるラポムにはニコラと過ごすこの束の間の時間は一瞬にも満たない。だから少しくらいここを離れていたってかまわない。
まだまだ一緒に楽しみたいんだ!
「エルミール様、ニコラはあの水の本当の効能にいつ気がつくでしょうね?大変なことにならなきゃいいが」
「さすがにフーゴが一口飲んだだけで気がつく位なんてやり過ぎだったことは分かったもの。かなり抑えめにしたから大丈夫よ」
ススィは「ホントかよ」と言わんばかりに肩をすくめた。
本当の効能ってなに?
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