51話 リュシアン英断を下す
「父上、リリアンを連れて今戻りました」
「2人ともよく戻った。リリアンも疲れているだろうから手短に話そう。
リリアンの部屋は最上階左翼に作った。お前の部屋もそちらに移したから後で行って見ておけ。
家族が使う専用客室、その他の客との面会用サロン、勉強、ダンス練習用とそれぞれリリアン専用の部屋がある。詳しくは後で紹介する世話係が説明する。
それから王立貴族学園のシステムを来期から変える事にしたんだ」
え、手短に話すと言っておいて今、何で学園の話になるのだろう?
「現在12歳にで入学し、初等部4年、高等部3年の7年通って18歳で卒業だ。
遠方の者が寮生活をすることになるので、それに耐えられるようにと12歳からにしたのだが、もっと早くても良いのではないかと思っていたのだ。
あまり頻繁に変えるべきではないと時期を見ていたのだが、そろそろいい頃だろう。
このたび入学前に試験を受けて合格すれば何歳からでも通えることにしたのだ。まずは移行期間として希望者上限10人で受け入れる。そして各学年で決まっている必須履修科目の単位を全て取っていけば飛び級も出来る。
優秀な者は早く社会に出られるようになるし、結婚も早く出来るというわけだ。
もうこれは決定事項で各家に通達も出した」
聞きながらフィリップはこれはまさに自分の為にリリアンに早く学校に行かせ、早く自分と結婚できるように法律を改正したのだと思った。
フィリップにとっては嬉しい話だが、リリアンの負担は相当重くなるだろう。
「父上、それは・・・」
「リリアンよ、改正した法律の先陣を切ってくれないか。
来年2月1日からの新入学に間に合わせて欲しいのだ」
「はい、学校の勉強がどのようなものかまだ分かりませんが一生懸命やってみます」
「父上、リリアンはまだ7歳です。
4歳も歳上の者たちと一緒になるのでは辛すぎやしませんか」
「内容的にはお前は5歳からそのレベルの勉強をしていたではないか、王太子教育と合わせて。それにリリアンの学友になるようルイーズ・アングラードに声をかけている。一緒に勉強するといい。
宰相の娘ソフィーも何か力になれるなら協力したいと言っている」
「ルイーズ様とソフィーお姉様が!」2人の名を聞き、リリアンは嬉しそうだ。
「パメラ・バセットがリリアン専属騎士になるために今特訓中だ。来月位から側に付けるだろう。彼女も成績上位者だったから学校のことや勉強で分からないところがあれば聞けば良い」
「はい!」
何だか沢山の人に囲まれて王宮での生活は楽しくなりそうだとリリアンは期待で胸が膨らむ。
広い王宮でオコタンを抱いてただ独り座っているだけの毎日ではつまらない。
フィリップはその大変さを恐れるより、新しいことへの挑戦に心躍らせるリリアンを見て心配ながら了承した。
「後で王妃のところにも挨拶に行っておいてくれ、リリアンが来るのを心待ちにしていたから」
「はい」そう言って2人は辞去した。
王妃パトリシアはお茶会が終わって私室に戻ったところだった。
「リリアンちゃん、お帰りなさい。ここでは私が母も同然だし、もうお母さんって呼んでいいのよ」などと言っている。ちょっと気が早すぎてこっちが赤面しそうだ。
リリアンは「はい、え?お母さん?」とフィリップの顔を見上げて困っている。確かに王妃様をお母さんとはなかなか呼びにくいだろう。
「母上、さすがにお母さんは早す、いや、難しいでしょう。王妃様かパトリシア陛下か」
「そんな他人行儀なのは嫌よ、リリアンちゃんは家族と離れて心細いのだからパトリシア母様と呼べばいいわ」
なんとしてもゴリ押しする気だな。
「パトリシア母様、これからよろしくお願い致します」リリアンが折れた。
お土産があるので後から届けると言うと喜んだ。
「嬉しいわ、あなた達は覚えていてくれて!」
「あの人ったら忘れてないだけいいだろうって言うけど、忘れていたに決まってるわ。ジョゼに言われて思い出したんだと私は推理してるの」と話が長くなりそうだったので、疲れているのを理由に早々に辞去した。
2人は私室のある王宮最上階に来た。
左翼側は前王が使っていたエリアだ。
つまりフィリップ自身も現王リュシアンの右翼エリアから、次王となるフィリップの為の左翼エリアに移ることになったということだ。
次王の部屋らしく、以前より広く重厚でありながら明るくて居心地が良さそうだ。居間と書斎、寝室と3部屋に分かれバスルーム、レストルームも併設している。
リュシアンの部屋は採光が悪いのが気に入らないと言っていたのでフィリップの為により良く改善してくれたのだと思う。風通しと採光も考えられていてちょっとしたバルコニーがあるのも良い。
そしてリリアンの部屋は白を基調に広く明るく可愛らしい。
リリアンもとても気に入って「素敵です!」とあちこち見てはしきりにお姫様の部屋みたいと感激している。
2人の部屋の間にドアがある。今は開かないがもう1室お互いの部屋からの続き部屋がありそうだ。
世話係達が来て挨拶をしたり、これから生活エリアの案内するというのでフィリップは独り父王のところへと戻った。
「父上、短期間にリリアンを迎えるための準備等、いろいろ配慮をして下さいましてどうもありがとうございます。
しかし、さすがに7歳から学園に通うのは早すぎではないでしょうか」
「フィリップよ、お前は手紙に11歳で成人するとジラール辺境伯が考えているようだと書いていたではないか。
私もそれを聞いて心当たりがあったから、歴史文化相に古い記録を調べさせたのだ」
「心当たりですか」
「フィリップ、今の辺境領のある地域に住む少数民族であった銀の民が我が国民になったのはプリュヴォ国の建国時だ。
その時、銀の民には特例が認められていた。『男子13歳、女子は11歳で成人とする』というものだ。就学や結婚年齢など彼ら独自で決めていたのだ。
彼らは我々に比べ、成人するのが早く11や13歳で我々でいう20歳程度にまでなるし、短命だと強く主張するので認めざるを得なかったらしい」
「・・・そんな」
そんなバカな。11歳で20歳程度に成長?短命の傾向?
「30年前にこの特例は撤廃された。
銀の民の寿命は混血していくに連れて違いが無くなったらしく実際には既に大して変わりはなかったからだ。
しかし、稀にこれに当てはまる者が出るのも事実らしい。
ニコラの13歳の時を思い出してみるがいい、確かにあれはもう子供では無かった。背が高いだけではなく、精神的にも同じ年頃の子供たちと比べると大人のようだったと今になって思うのだ。
リリアンはニコラの妹だ、11歳で同じようになる可能性がある。
だとすれば、逆に心身ともに20歳程度の女性が12歳の子供と机を並べる方が辛いのではないか、どうだ?」
「・・・確かにニコラは我々の中では大人びていましたが」
「リリアンが来年学園に入学したら、普通に進級して初等部だけなら11歳で卒業、高等部まで行くなら7年後は14歳だ。
お前との結婚も現行制度に比べて早くできる。
本人がやる気をみせているのだから、どうなるかやってみればいいだろう」
やっぱり僕との結婚時期を早めるのがこの改正の本命だ。
「ちょうどその頃、我が国は建国100年を迎える。お前等の結婚か出産でも重なればどれ程皆が喜ぶであろうか。
1年でも早く卒業できるようにリリアンを支えてやれ」
「はい」
頭の中をもっと整理したい。しかし、リリアンの成長スピードが僕等と違うと言われてしまえば、早すぎるという理由では抗う正当性が生まれない。リリアンの進学を撤回してもらいたくて来たけれど、結局了承して帰ることになった。
フィリップが部屋を出て行くのを見届けて、リュシアンは1つ溜息をついた。気がかりがあったからだ。
古い記録には『元々の銀の民の寿命は皆揃って20歳である』と記されてあった。また『銀の民の女児は1000年に1度だけ銀の髪を持って1人だけ生まれる』とも。
確かにリュシアンは銀の民の血を引く銀の髪の女など過去に見た事も聞いた事もない。
息子が愛した女がその血の特性が強く出ているとしたら、その命はあまりに短いものになる可能性がある。これは深刻すぎて『可能性がある』という段階ではとてもフィリップに告げられなかった。
ニコラが20歳を過ぎても生きていれば、リリアンも生きる可能性が高くなる。それ位しか前もって確かめる術はない。
出来るだけ長く2人が幸せな時間を過ごせるよう卒業を早める、リュシアンにはこれしか方法がなかったのだ。
本音を言えばかわいい孫を早く抱きたい、その時を幸せな親子と一緒に過ごしたい。
家族の幸せ、私の望みはこれに尽きる。
リュシアンの決断の早さと実行能力の高さは今日もキラリと光っている。
だが、歴史文化相が言っていたあれはどういうことだろう?
「古い言い回しで書かれておりますので私の解読が間違いでなければ、どうも『一度に100人以上出産する』とあります」
ちょっと意味が分からないな・・・。
どうお腹に入ってどう産まれるのだ。銀の民は卵胎生か?
まあ、記録の書き間違いだろうな。
たった5日の間にやってのけた諸々の準備。それがひと段落して大きく伸びをして忙しくてしばらく放置していたパトリシアの部屋に顔を出すことにした。
そこでパトリシア母様と呼ばせることに成功したと自慢され、私もリュシー父様と呼ばせるぞと息巻くのだった。
次回予告!
ニコラ編になります
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