46話 それは反則
最初の宿に着いた。そこでリリアンはフィリップと一緒の部屋の、一緒のベッドで寝ることになった。
フィリップが災いをもたらす者からリリアンが危険な目に合うかもしれないのに、別々だと守れない。心配だと言い出したからだ。
未知の相手だ。そう言われると誰も「大丈夫です」とは、なかなか言えない。
お陰でエマは元々ニコラの為にとってあった部屋で超快適に1人で泊まれることになった。衣類や装飾品でギュウギュウ寿司詰め状態の馬車から解放され伸び伸び出来る。
馬車で一緒だった男は一言も喋らず名前もいまだ分からない。その緊張状態からも解放された。
エマの部屋でネグリジェに着替え、髪をといてもらっている。
足首まで長さのあるゆったりしたワンピース型のネグリジェは普段から着て寝ているものだ。そしてオコタンを抱いているのもいつも通り。
なのにエマはしきりに「大丈夫でしょうか」と心配そうだ。
「リリアン様、何かあったら子守唄を歌ってください。急所狙いも有効です」とか言っている。
もし悪漢が来ても護衛達が部屋の外に一晩中いて見張ってくれているし、フィル兄様はお強いのだからリリアンが戦う事はまず無いと思う。
何をそんなに心配して、何に有効なのかよく分からないがでもエマがそれで安心するならとリリアン拳の構えを見せて「ええ、分かったわ」と返事をした。
エマはそれに真面目な顔で頷いた。
フィリップが部屋に迎えに来た。
エマにおやすみを言って手を振る。
快適な広いベッドに一緒に入っておやすみを言うと2人とも旅の疲れかほどなく深い眠りについた。
エマの心配は余所に、なんとも微笑ましい2人だった。
翌朝、エマはリリアンの朝の支度をしながらホッとしていた。リリアン様はぐっすりよく眠られたようだ。
2日目からはエマはお目付役として馬車に同乗を許された。リリアンはフィリップの隣に座り、オコタンは今はリリアンに抱かれている。
クレマンの馬車は1区画だけ使って引き返すことになっている。狭いからという理由で昨日はエマを違う馬車に乗せたのだから王族の馬車に乗り換えてしまっては同じ言い訳が立たなかった。
ベルニエ領を抜けるとしばらくは外の景観も面白味が無くなる。さっきから窓の外に見えるのは左右ずっと森だ。
「リリィ、ちょっとこの辺りでレゼルブランシュに乗ってみないか?」
「わぁ、素敵!フィル兄様是非乗せて下さいませ」
フィリップは御者に声をかけ、馬に乗り換えると言った。
今日も自由人な主人に護衛達の間に緊張が走る。しかし行きにも通った道だ大丈夫なはず。
リリアンは馬車の中で乗馬用の服に着替えて出て来た。フィリップはすでにレゼルブランシュと待っていてくれた。
先にリリアンを乗せるとフィリップが乗るときにバランスが崩れて危ないといけない。
フィリップが乗って、護衛にリリアンを下から持ち上げてもらい前に座らせた。他の者にリリィを触れさせるのはものすごーく嫌だったけれど。
せっかくなので一団の一番前に出て、護衛は後ろに下がらせてゆっくりレゼルブランシュを歩かせる。
空が青く白い雲が浮かんでいる。鳥たちのさえずり、風を感じる。
実に気持ちがいい。
しばらく行くとフィリップが手を上げて後ろに止まれの合図を送り馬を止めた。そして上体をかがめてリリアンの耳元に口を近づけてひそひそ声で言った。
「リリィ、あそこを見て。リス、キタリスがいるよ」
「え?どこ?」
指す方を見ると、赤茶色のチョロチョロ、コソコソ動くものが。
か、か、かわゆい〜!
「あそこにも」
ほんとだ!地面を少し走っては止まって周囲の様子を見てる。もう一匹は何か食べている。あの尻尾!
もう今まで見たことのある動物の中で一番可愛い!あ、ラポムの次に可愛い!
もうずっとここに留まって見ていたい。
リリアンが夢中でキタリスを目で追うのを見ていたフィリップ。
キタリスに釘付けのリリィ可愛い。もう可愛すぎて後ろからギュッと抱きしめたい。そんな気持ちと葛藤しつつ「そろそろ行くよ」と声をかけて後ろにも進めの合図を送った。
「フィル兄様、キタリスとっても可愛かったです!あの動く姿、ずっと見ていたくなりますね!ああ、また見られたらいいなあ!」
と、どんなにそれが素敵な出来事だったかリリアンの興奮はまだ覚めやらない。さっきからしきりに木々に目を走らせている。
またしばらく行くと少し奥まった所に鹿がいた。
「ノロジカだ」
赤褐色でさっきのキタリスとちょっと色が近い。この辺りではあの色が保護色になるのだろう。彼らは日中はあまり活動しない。
ノロジカは仲間に危険を知らせる為か犬のような鳴き声を出して、森の奥へ消えていった。リリアンにはチラッとしか見えなかったがノロジカがいるのは分かった。
「フィル兄様、馬に乗ると背が高いし、色んなものがたくさん見えますね」
「そうだね。それも乗馬の良いところだね。でもそろそろ疲れただろう?馬車に戻ろうかリリィ」
今日は少しの時間だったけど、乗馬で森を堪能した。
馬車に戻ってもその時の話が尽きない。
「フィルお兄様、ノロジカの鳴き声びっくりしました。鹿はピャッとかケンケンっていうのかと思ったらヴァウヴァウって」
「か弱い鳴き声だと却って弱いと思われて襲われるから、大型犬の吠える声でも真似たのかな?リリィも可愛いから練習しておいた方がいいね。ガオーって」
「では私は指笛で撃退しますわ。大きな音だからびっくりして狼でも熊でも逃げて行くでしょう?」
「指笛にそんな効果があるの?」
「それは知らないです。ニコ兄様に聞いてみなければ」
「僕もニコラに指笛を習う約束をしていたけど、結局教わらずに帰って来たな。王宮で練習すると何事かと言われそうだ」
「だったら、ここなら森の中ですから誰もいないでしょう?私がお教え致しましょう」
それからフィリップは格闘中だ。
フーッフーッフィー
「あまり続けてするとフラフラになりますから気をつけて下さい」
「フィル兄様、指のあて方もちょっと角度を変えながらやってみたらでどうでしょう」とリリアンは最初は横に座っていたのだが、熱が入ったのかついに立ってフィリップに向かい合って真剣な顔でフィリップの口元を見ている。
馬車は走っているので危なくないようにフィリップは足でリリィを挟み、リリィは片手をフィリップの肩に置いてるような状態だ。
「フィル兄様、舌はこうです」
リリィが身を前に少し倒してフィリップの目の前、よく見えるように至近距離に顔を近づけてゆっくり舌を出し、顎を上げてその舌先を折りたたんで見せる。
そしてそれをそのままゆっくり引っ込めて指で輪をつくり唇に当てる。
そしてどうですか分かりましたか?と言わんばかりに微笑んで小首を傾げて見せた。
ボーッとリリィの舌とくちびるを見つめて引き寄せられそうになってハッとする。
ちょっ、ちょっ、ちょっと!タンマ!
ちょーっと待ってリリィ!!
そんなの、そんな顔を見せたらダメだって!
その小さな可愛いくちびるから、小さくて赤い舌をのぞかせるなんて、なんとも言えない気持ちになる。
お願いだから僕を誘わないで?
その頭と腰に手をやって引き寄せてしまいたくなる。君の唇を僕のものにしたくてたまらないよ。
薄々気づいてたけど、断固として認めてなかった10歳、いや9歳違いの君へのホントの気持ち。
あ〜、ニコラの話を最後まで聞くんじゃなかった。
今夜からどうしたらいいんだ。
天を仰ぎ、大きく息をつく。
それは僕の天使が僕の小悪魔になった瞬間だった。
こんなお兄様はカッコ悪いって思われたくない。
だから僕はリリィの両方の頬を指で潰して変な顔をさせて、さも余裕があるように微笑んだ。
「指笛の練習は今日はもうオシマイ。
ね、リリィ?」
リリィちゃんうっかり
寝た子を起こしてしまった?
_φ( ̄▽ ̄ )
ストックが尽きて書くのがいよいよ追いつかなくなってきました。
突然不定期更新になるかもしれません。
なるべく頑張ります。
いつも読んでくださいまして、どうもありがとうございます!
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