45話 リリアンとフィリップの道行き
リリアンの馬、ラポムはニコラが連れて行ったし、そもそもまだ乗馬を始めたとも言えないくらいのキャリアだ。
フィリップは王都までの道は全行程馬車に変更した。
とは言っても長い道のりだ。色んな楽しみがあった方がいいじゃないか。レゼルブランシュは一緒に戻ることになるのだ。
フィリップはこの間の馬具店に二人乗り用の鞍を持って来させ、レゼルブランシュの背につけた。安全で景色の良いところがあれば、一緒に馬に乗って移動すればいいと思って。
リリアンの侍女にはエマが付いてくることになった。
今までは主にジョゼフィーヌ付きだったがリリアンの侍女サラはジェフと新婚さんなので代わりに自分が行きたいと申し出たのだ。
もともとジョゼフィーヌの侍女だった母親から引き継いだ仕事で侍女歴4年、18歳で未婚。サラより1歳年下だ。
エマにとっては王宮に付いて行けるというのは犠牲ではもちろん無くて、なんとも夢のような魅力的な話だった。
フィリップとリリアンは同じ馬車に乗り、侍女も当然お目付役として乗るものかと思われたが王族が乗る馬車と比べると最初の区間に使うベルニエ伯の旅用馬車は若干幅が狭く窮屈だと言って追い払われた格好だ。
それでお目付役はオコタンに任せ、エマは別の馬車にやはりフィリップの身の回りの世話をするための者と同乗することになった。
こちらは2人の衣類などの荷物が満載で、仕事中ということで男女にも関わらず2人っきりだ。
一応エマもピンキリのキリの方の貴族なのだが・・・。
オコタンを正面の座席の真ん中に座らせてフィリップとリリアンは隣り合って座っている。今日は40km先の宿場町までの移動でそこはベルニエ領外だが、道のりのほとんどはまだベルニエ領内だ。
さすが氷街道の一部を担うだけあって道が良い。広く快適な走り心地なのでここで距離をかせぎたいが宿と次の馬車が用意してある関係でそれ以上は進めない。
道沿いに食べ物屋や宿屋、馬車の為の休憩施設も4〜5kmごとにあり、便利だし何があるかみているだけでも結構楽しい。
乗馬の話や外の景色について話していると、道沿いの店に鳥専門のペットショップがあり、門前の両脇にある止まり木に黄色いインコがいたように見えた。
2人は顔を見合わせて「降りてみる?」と言って御者に声をかけた。
すぐさま周りを護衛が固め、2人は手を繋いで戻ってみた。ずっと座っていたから外の空気を吸って歩くのは気分転換にもなってちょうど良い感じだ。
「わあ、ちょうどオコタンと同じ色の大きなインコだわ。黄色と白で可愛い」
「うん、そうだね。頭のトサカが寝癖みたいなところまでそっくりじゃないか」
「寝癖って!」
と笑っていたらお店から女性が出て来て声をかけてきた。護衛の数はすごいがまさか王太子様だとは思わなかったようでとても気安く。
「それはトサカではなく冠羽。インコじゃなくてオウムです。キバタンオウムっていいますよ。お喋りする可愛い鳥なんですよー」
「えっ!キバタン?まさかのオコタンによく似た名前!」
「すごいな、知ってて付けたみたいに似てるね」
などと驚いていたらキバタンがものすごい音量の声で喋り出した。
「ギャーッ
キーバタンッ
キーバタンッ
ギャーッ」
「うわっ」「きゃっ」
雄叫びが凄い。耳がっ!
「ギャーッ
ギャーッ
アーソボッ
ギャーッ」
店中の鳥も鳴きだした。
「ギャーッ
ピピピピ
ギャーッ
ピョッ、チチチチチ
ギャーッ」
もう、すごい騒ぎだ。
2人は耳を押さえて店から離れた。
「す、すごかった」
「ああ、リリィが王宮で寂しくないようにペットにどうかなって思ったんだけど、ちょっと難しそうだね」
「お部屋にキバタンは無理です。オコタンが無口で良かったです」
リリアンはずっと本邸で暮らしていたから、大きい音は騎士団の訓練の掛け声が遠くでするくらいしかない環境だった。他にあるとすれば雷だ。
キバタンのあまりの騒がしさにちょっと涙目だ。
お店の人が何か持って来た。
「先ほどはご無礼を申し訳ありません。王太子様だとは知らず。どうかお詫びにお受け取りください」
誰かがフィリップが王太子だと教えたらしい。見るとハードカバーの厚い本が2冊。
お付きの者が受け取って見ると鳥図鑑とオウム写真集だった。
「ああ、私が先触れもなく寄ったのだから良い」とフィリップは言った。
お店の人はリリィの方を見て「あの、ご来店の記念にどうぞ。そしてもしよろしければ壁にサインなどいただければ・・・」と言いだした。
一応王太子にではなく連れのリリアンに言って来たが、王都では、お貴族様に対して買い物をして気に入ったとでも言わなければ、こんな事を言い出すのは許されないだろう。ましてや王太子相手には。
しかし、リリアンはフィリップに聞いた。
「サインを書いて差し上げてよろしいですか」
「そうだね、ここに2人の名を残すのはなかなか面白い案だ。私も書こう」とフィリップが同意してくれた。
鳥専門ペットショップの白い壁に、店員が緑と茶色、黄色の3色のペンキと筆を持ってきた。ここにちょうど店名を入れようと準備していたという。
茶色で木の枝をサッと描き、緑色でフィリップが名を書いた。
フィリップに支えられながら踏み台の上に立ち、フィリップの名の下にリリアンも緑色で名を入れる。
そしてその枝に留まるように、お絵かきで描き慣れているリリアンお得意のオコタンの絵を黄色で描いた。そして今日の日付も。
木の枝に2人の名前が葉が繁るように入ってアクセントに鳥がいる。
初めての共同作業はなかなかお洒落に仕上がった。
店員は大感激して何度もお辞儀をしていた。
これからは2羽のキバタンが守護神となって2人のサインを守ってくれるだろう。
この店は後に2人が立ち寄った場所として名所となる他、行った先々でサインを残すことを頼まれる『お約束』の発端となった。
そして店の第2号店も王都に出店されることになる。
ただし、あの雄叫びのせいで王都に住む人々の安眠が妨げられ、リュシアン国王が即刻改善命令を発令、インコ専門店になるのだが。
このように始まった2人の道行きは、楽しい旅行だったが周囲は大変だった。
伝達係は何度も行ったり来たりを繰り返し、それだけでは足らず他の者まで駆り出された。
護衛は常に何かないかと緊張し、御者は仕事がやりにくい。
御者は馬車が大きく揺れそうな時や目的地までどのくらいか、見処があればその情報をフィリップに声をかけるのだがニコラがいれば、御者と背中合わせの位置に座るニコラに気安く言えるのにリリアンと仲睦まじく喋ってるフィリップに声を掛けるのは相当気を使うのだ。
他の世話係やその他の共の者達も予定と変わった道程に何をすれば良いのかと右往左往している。
毒見役もしかり。
例のペットショップから馬車に戻っていた時に、2件先にあった店。
「とりコロッケはいらんかね〜、揚げたてホクホクで美味いよ〜」とこちらをチラチラと意識しながら声をあげている。
フィリップが「クロケット屋か?」とリリィを連れてスタスタ向かってしまった。
「うちのはちょっと変わり種ですよ、とりのミンチに味をつけて茹でたジャガイモと混ぜているんですよ。味見してみますか!」とフィリップとリリアンに揚げたてを持って来させて食べさせようとしている。
毒味係はペットショップに行ったと思って寛いでいたから、さあ大変。
倒けつ転びつ走って来て、揚げたてアッツアツのまん丸コロッケを口に入れたから
「ギャーーーーッ!アッツーァッ!!」
口の中をベロベロに焼いてしまった。
そうしたら向こうのペットショップでその声を聞いたキバタン達が反応し
「ギャーッ
キーバタンッ
キーバタンッ
ギャーッ
ピスピスピス、アオウ、アオウ
ギャー
ピピピピ、キーバタンッ
ギャーッ
ピョッ、チチチチチ
ギャーッ」
「おまえ・・・大丈夫か?」フィリップも心配して店の者に彼の為の水を所望するほどだ。
リリアンはキバタン達の雄叫びと鳴き声に目と耳を塞いでいる。
そうやって寄り道が多いと到着時間もずれずれになるに違いない。馬車はそうそうスピードアップは出来ないのだ。その調整はどうする?
皆んな早くもニコラがどれほど有難い存在かを痛感した。それらは本来は自分達の当然の仕事なのは承知しているのだが。
旅程の計画を組んで一行を指揮し、護衛と話し相手を兼任し、フィリップが脱線するのを軌道修正し、行きはどんなに平穏だったことか。
フィリップとリリアン、2人の道行きは出発からまだ半日も経っていない。
キバタン
本当にいるんですよ〜
_φ( ̄▽ ̄; )
↓先日告知した時に番外編のタイトルとURLを書いてなかったので遅ればせながらお知らせします
「王子様は女嫌い番外編 ルネの猫」
https://ncode.syosetu.com/n3092hv/
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