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44話 約束を果たしに

 ニコラはヴィーリヤミのこと、そしてエルミール達と氷の宮殿のことを鮮明に思い出した。やけに鮮明に。

 そしてこれはすっかり忘れてしまっていたのでは無く、記憶に鍵をかけられていたのだと理解した。


 先ほどポケットに仕舞ったヴィーリヤミからの紙切れを取り出しもう一度読んだ。


(リリアンに泉の水を飲ませろということだ。きっと泉の精霊であるラポムが案内してくれるだろう)


 大きさは違うけどエルミールが乗っていた馬にラポムはそっくりだった。あんな毛色の馬は多分、他にはいない。



 すると手にあった紙切れは氷の破片になり、溶けて無くなった。

 もう用件が済んだということだろう。



 氷の宮殿を探し歩いているという祖父はもう帰って来ないような気がした。彼は泉の精霊に遭遇している。彼らの手の内にいる。


 そして、あの冬の合宿訓練で一緒に滑落した4人と、野営地で亡くなった多くの辺境領の騎士達を思う。あれは足を滑らせたとか、天候が悪化したとか、たまたまそうなったのではなかったのかもしれない。


 人間には関知しない、一掃しないと言っていたがああやってしょっちゅう間引いていたのではないだろうか。

 でないと健康で子沢山、寿命も延びたのはずの銀の民の末裔がこんなに少ないはずがない。


 神や精霊と呼ばれる者たちにとって、我々の命はその程度のもの・・・。


 ニコラの胸を薄ら寒い風が通った気がした。




「ニコラ、どうしたんだ?」


 黙って自分の手を見ているニコラにフィリップが声をかけて来た。


「いいや、食事に行こうか。お腹も空いたし、これからの話をしなくてはならないからね」


 そう言ってリリアンにお祖父様のカードを返した。




 ちょうど天気が悪くなって助かった。ここにはフィリップと家族、それから家令や護衛といつもの最低限の者達しかいない。


 食事が始まり、まずニコラが口を開いた。


「殿下、先に私に話をさせて下さい。先ほどの私宛の手紙の件ですが、どうしてもやらなくてはならない私に課せられた課題を思い出したのです」


 皆、ニコラがフィリップを差し置いて急に何を言い出すのかと怪訝な顔で手を止めて聞いている。


「その詳細については『障り』があるといけませんので詳しくは言えませんが、氷の山モングラースに行って泉の水をリリアンに飲ませなければなりません。それはとても重要なことなのです」



 しかし、その道は遠く、リリアンにとっては厳しい。


 実際の距離は王都からベルニエまでより少しあるくらいだが、アップダウンが多く道が悪い山道だしどんどん標高が上がって空気が薄くなるのでその何倍も大変なのだ。泉は中腹だと言っていたがどこだか分からないし。



「リリアンを連れて行ければ最善ですが、それは難しいでしょう。ラポムを連れて私が一人で汲みに行きます。この夏の訓練合宿はキャンセルして」



 そもそも国境の警護をしている騎士団員は全員が訓練に参加するわけにはいかない。1年おきに夏か冬を交互に参加しているのだが、ニコラはクレマンが毎年参加することもあり、8歳からずっと欠かさず夏冬行っていたのだ。


 もういいような気がした。あのあと3年は冬合宿は無かったがそれ以降は順調にレベルを上げてこの夏合宿からAクラスになる予定だった。

 クラスが上がるのが楽しみで合宿に行くのは当たり前に思っていたが、そんなに固執することはない。

 監督教官からはAクラスどころか、そろそろSSのジラール辺境伯を超えるのではないかとさえ言われている。



 それより、一手遅れて後悔をすることがないようにトゥリアイネンの湧き出る泉の水を飲ませるのが先決だ。



 ヴィーリヤミは『今、時が来た』と書いていたのだから。





 クレマンはそれを聞きながら思い出していた。ニコラが初めて冬合宿に参加した時のことを。


 あの時、ニコラは13日間も一人で雪山しかも猛吹雪の中を生き延びて自力で下山して帰って来た。

 麓の民家で2日程面倒を見て貰ったそうだが、いくら寒さに強いと言っても食料もそんなに保つほど持たせてなかった。体温を維持することも難しかったはずだ。生還は現実では考えられないような奇跡的なことだった。


 ニコラはただ雪洞を作って凌いだだけだと言っていて一晩しか経っていないと思っていたという。もし仮にずっとそこで寝ていたのが本当だとしても、それにしてはニコラは大して弱ってなかった。



 皆が首をひねる中、クレマンの母グレースがクレマンにこっそり言った。


「山の神様はね、邪な心を持たない子供が好きなの」



 グレースは貴族出身ではなく辺境領の外れの、氷の山の麓にある村の出身で山の言い伝えに詳しかったのだ。



「山の神様に出遇った子供は、その記憶をとどめていない。


 山の神は子供に一つ課題を与えるの。

 それを了承した子供は家に帰れる。

 そしてお礼に一つ加護を貰えるの。


 でも、了承しなかった子供は戻って来ない。

 それを『神隠し』というのよ」



 おそらくだが、ニコラはその『課題』をこなすと言っているのだ。



 グレースはこうも言った。


「了承したのに課題を達成しようとしなかったら前代未聞の大災害が起こると言われているわ。


 山の神様は約束を破る事を許さない。必ず重いしっぺ返しを受ける。


 それを『障り』が起こるというの。


 病気が蔓延したり、

 大地が揺れて割れ、山が火を噴くことがあると言われている。

 とても恐ろしいことよ」



 そんな事は全く知らなかったが、説明の為に奇しくもニコラは『障り』という言葉を使っていた。



 クレマンは間違いなく、山の神との約束を果たしに行くのだと思った。


「よろしく頼む」

 神妙な顔でニコラに頭を下げて言った。



 ニコラとクレマンの真面目な様子を見て、何か深い理由があると察した皆も同じように「よろしくお願いします」とそう言って了承した。




 それから議長はフィリップに移った。


 フィリップは皆を見回して確固たる意志を持って言った。


「私はリリアンが心配だ。ニコラに宛てた手紙では災いを運ぶという者はどこにいて何をするのか分からない。それが皆が思うように災いを運ぶ者は辺境伯である、という可能性はとても高いように思う。

 ここでは辺境伯がいつ来るか、何をしでかすか、誘拐でもされないかと憂いが多い。血族の長である彼を誰も止められないだろう。

 リリアンを王宮に連れて戻る。私が守る。それでいいか」


 確かにここには誰もジラール辺境伯が何かをしようとするならば、それを止められる者はいない。


 クレマンとジョゼフィーヌは頷いた。


「殿下、リリアンをどうぞよろしくお願い致します」



 ニコラはもちろんそれが良いと思った。


 自分は氷の山に行くのだから、リリアンのそばにはいられない。そもそも災いを避けるために水を汲みに行く。


 ジラール辺境伯はあの氷の宮殿で白い狼ススィの餌食になっているのではないかと思ったが、でもそんな気がするというだけで確証はないのだ。領地を離れ王宮で守られている方が安全だろう。



「リリィ?君もそれでいいかい」


「はい、フィル兄様。私のためにご迷惑をおかけします。どうぞよろしくお願い致します」


「リリィ。君のためにすることに迷惑なんてものは無いんだ。何も気にせず私を頼ってくれ」



 斯くして、ニコラは氷の山、湧き出る泉トゥリアイネンへ。


 リリアンは王都、それもタウンハウスではなく王宮に一緒に帰ることになった。


 クレマンとジョゼフィーヌは領地での仕事を長くエリックに任せていたので溜まりに溜まった仕事がある。すぐに王都に行くことは難しいということで領地に残る。

 次に王都にいけるのは夏の終わりかはたまた冬の社交シーズンか、今はまだ決められなかった。




 フィリップはリリアンを王宮に連れて帰る為にすぐに分かり得る全ての詳細をしたため、国王リュシアンに急行書簡を送った。

 安全を確保するために考慮しなければならないことがあるだろう。特に外部からの侵入者に対して注意が必要だ。


 それから各地点に待機している乗り換え要員に馬や馬車の配置換え、日程変更の指示も。


 これらはフィリップの帰還用に待機する各宿場の伝書係がタスキリレーで届けるのだが、それをマッハで行けと。


 ニコラもソフィーに宛てた書簡を預けた。それもついでにマッハで届くはずだ。


 さらにそれに便乗するようにジョゼフィーヌがモルガン宛てにニコラへの婚約の申し込みを受諾する旨の書簡を間に合わせてくれた。とにかく全部マッハで!




 リリアンの持って行くものの準備が少々かかるということで、翌日ニコラは一足先に出ることにした。

 あの、助けてくれた麓のおじさんの家にも礼に寄りたい。


 愛馬エクレールに跨り、ラポムを連れて旅立った。





 人目につかぬところまで来ると、歩きながらラポムの体毛の色が目立たぬ燻んだ灰色になり、同時に大人の馬の大きさになった。



「やっぱり、お前だったか。山に入ったら道案内をよろしく頼むよ、トゥリアイネンの湧き出る泉の精霊さま?」



 こんな旅も悪くない。逆に愉快じゃないか精霊との道行きなんて!


 ラポムはチラリと目をくれて、楽しげに弾むように歩いていた。

ラポムは、精霊さんだった!

_φ( ̄▽ ̄ )




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