42話 氷の女神
名はないが仮にエルミールと呼ぶ。その姿をとることが多いからだ。
エルミールは人間が言う精霊や妖精、または空間や気であるが、形を持たず姿を持つことがある。エルミールは永遠だ。
太古の昔、この地上にまだ人間は生まれておらず多くの、お前たちが『神』と呼ぶようなものたちが形を持って住まっていたとき、その中にエルミールもいた。
その時この氷の山に住まって他からは『氷の女神』というように呼ばれていた。
やがて人間が姿を現わすと神々らはその場所を彼らに譲り、元の万物に宿る精霊に戻ったが、エルミールだけは静かで美しい雪と氷の世界に唯一存在し続けた。ここには人間が来なかったから。
一方でエルミールは全ての雪と氷に宿っているから彼らの生活を見ることが出来た。
1人でいるより沢山いた方が楽しそうだ。
エルミールは人間を真似て自分を取り巻く仲間を作ろうとした。
銀色に輝く氷に人型を与え、その種を体内に入れて人型の子ホペアネンを産んだ。それを幾千年も繰り返した。やがて効率を重んじて毎日種を入れて一年に一度まとめて産んだ。一度に百人だったか千人だったかが生まれてくる、それをまた幾千年も繰り返した。
生まれてくるのは銀の髪と銀の目を持つ人型の赤ん坊で効率を重んじて成長を早め人間より早く13歳で成人させたが20歳で死んだ。それらは死ぬと氷が溶けるように水になりやがて蒸発して消えていく。
彼らは次の子を産むために皆、男として生まれエルミールと交わり子を育て世話をして死んでいく。そこに感情らしきものはなく、ただそういうものだった。
エルミールは愛とか恋とか知らなかったからそういうものだと思っていたから。
エルミールは義務のような生活に飽きたので自分の代わりになる『氷の乙女ホペアシア』を作った。氷の乙女には寿命があったので、エルミールはまた自分の作った義務に拘束された。これを1千年ごとに繰り返した。
氷の乙女がエルミールの代わりをしている間、解放されたエルミールはオコジョの形をとって雪山に親しんだ。
その時、1人の人間の若者に遭った。
エルミールはフーゴに愛するという感情を教えられ愛し合うという事を知った。
それからはエルミールはもうホペアネン達の相手をするのが嫌になった。触れたくも触れられたくもない。
ホペアネン達はいつの間にか感情を持ち、関係を持てと迫ってくる。うんざりだ。
もうエルミールが相手をするのは終わりだと告げた。ならば氷の乙女を寄越せと言う。
氷の乙女を差し出した。
しかし、1人を愛することを知ったエルミールの氷の乙女はやはりたった一人だけを愛し愛されたいと泣く。
そのうちホペアネン達は人間と交わるようになり、勝手に繁殖を始めた。寿命はだんだん人間並みになり死んだら骨が残るようになり、もはや氷でできた人型では無くなった。
彼らが銀の民になっていく。
ならばただ人として生きればいいのに。
彼らは昔を思い出しては氷の女神を、氷の乙女を請い続ける。
そのうちにはホペアネンをホペイネンと、氷の女神を氷の女王と、氷の乙女を氷の女王の子供時代だというように、もはやそれが何かも知らないくせに求めるのだ。たくさんの子を産む者を。長い年月の間に本能にそう刻まれてしまったのかもしれない。
しかし、エルミールは銀の民の相手はしない。氷の乙女も同様だ。
我らは人間に関知しない。
我らは一度始めた事をやすやすと止めることはない。世界の理が崩壊するからだ。
銀の民を一掃することは容易いがそれはしないのだ。
それからもエルミールの最初に作ったサイクルで1千年ごとに氷の乙女が現れる。銀の民は相変わらず執着する。
氷の乙女を守ることがエルミールの新しいすべきことになった。
「ニコラ、お前にはホペアネンの血が流れている」
そう言って、白づくめの美しい女性が現れた。
「ええ?俺は氷で出来ていたのか」
「まあ、そうね。だけど人間だって水から出来ているのだし大して変わらないと思うけどね。繁殖用に作った最初の方ではなく、特に純粋で硬く透明な氷から作った戦士の方よ」
「硬い氷の戦士がルーツか、まあそれならカッコイイからいいか」
それを聞いてクスクスと笑う女性にヴィーリヤミ が言った。
「エルミール様、人の前に姿を現さないおつもりだったのでは?」
「ええ、ニコラを見ていたらフーゴを思い出して。どこか面影が」
「えっ、全然違いますよね?フーゴとは」
「でも、目が」
「色も形も全く似てませんよ」
「目が二つあるし・・・」
「はー、目は大抵二つでしょう。フーゴは大人しい物静かな方でした。吟遊詩人でいらっしゃいましたしほっそりひょろひょろだったではありませんか」
「ああ、フーゴ。あなたに2度と会えないなんて。
あんなに私を愛していると言っていたのに衰えることのない永遠の命を拒絶して逝ってしまった」
エルミールはヴィーリヤミ の言う事が聞こえなかったのかそう言ってハラハラと涙を落とした。
「そりゃあ天文学的な人数のお相手を毎晩していたあなたを一人で相手するのですから、もう一瞬で老人のように精気が抜かれていたじゃないですか。それが永遠に続くなんてとんだ地獄ですよ」
「まあ、ひどい。だから私は枯れることのない精気も与えると言ったのに。『人間として生まれた私は人間として死んでいく、私に永遠は耐えられない。そんなものを手に入れたら詩を詠えなくなる』と、いくら受け入れてくれとお願いしても拒絶するから」
この人たちの話、いつ終わるんだろう。ニコラはこの永遠に命のある人たちに付き合っていたら、その内年寄りになってしまうと気になり始めた。
「ニコラ、せっかくフーゴの思い出に浸っているのだから大人しく待っててちょうだい。時間は巻き戻しておくから大丈夫よ」
「そうなのか?でも時間が巻き戻せるならそのフーゴって人も生き返せるんじゃないの」
「ええ、もちろん。でも出来ても出来ないのよ。フーゴがそう望まなかったから。でもだからと言って私が愛されていなかったという事ではないの。彼は私にこんな詩を贈ってくれたのだから」
そしてまたフーゴの思い出のために、彼が彼女の為に作ったという詩を暗唱した。
純白の百合の
その大輪の美しさ
圧倒的な存在感
高貴なリヤよ
なのに小首を傾げる
可愛さよ
ああ、リヤよ
リヤよ
「エルミール様、ニコラがなんじゃそりゃって顔してますからこの辺で切り上げましょう。ニコラ、リヤというのは百合のことですよ。フーゴが最も好きな花の名を名のないエルミール様に捧げたのです。フーゴが居なくなってエルミール様はそう呼ばれることも名乗る事も止めたのです」
「ええ、私の名は唯一つリヤ。しかしそう呼んでいいのはフーゴだけ」
両手を組み俯いてそう言ったエルミールは顔を上げて言った。
「銀の民達はほぼ人間になった。お前に銀の血が強く出てしまったのはその血に異界の血が入ったから。次の氷の乙女もその腹から生まれるでしょう。でも、あなた方の子らはもうただの人間にします。せっかくここまで衰えたのに元の木阿弥になってしまう。その為にニコラ、お前を呼んだのです」
「え?」
「お前に選択権はない。先ほど食事の時に飲んだ水はそういうものだ」
「そうか・・・」
自分が他よりやたら強いのは恐らくその戦士の血を継いでるせいだったのだろう、これが子に受け継がれないのは残念な気がするが人間なのに人間じゃないなんてちょっとアレだから、それで良いと思った。
自分で努力して強くなり、本能に刻まれた思いで求めるより純粋に人を愛した方が幸せな気がする。
ヴィーリヤミ は言った。
「分かってくれると知っていた。お前の妹になるその娘にも同じ水を飲ませるのだ。この山の中腹にある湧き出る泉トゥリアイネンの水を。それでこの馬鹿げたサイクルは終止符を打つだろう。幸せにおなり、お前もその娘も」
「はい」
「手数をかけるその見返りにお前達の20歳で終わるだろう命は、その枷を外してやろう」
エルミールがなんかすごいことを言っている。俺、ホペアネンの宿命で20歳で死ぬ予定だったらしい。
「お前はここを出ると、元の雪洞の中だ。お前の記憶に鍵をかける。必要になるその時まで。では帰るがいい」
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٩( 'ω' )و
番外編を短編で本日9月10日の13時に投稿予定です。
「王子様は女嫌い番外編 ルネの猫」
https://ncode.syosetu.com/n3092hv/
本編と同じ時期の話です。
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