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41話 あの吹雪の日の記憶

 ニコラは『氷の女王』と『氷の宮殿』というキーワードですっぽりと忘れていた記憶が徐々に蘇ってきた。


 ヴィーリヤミ は吹雪の日に会ったおじさんの名だ。


 8歳の時に参加した、地獄の合宿と言われる冬の辺境伯領騎士団訓練で俺は遭難したんだ。でも生きて帰れたことが嬉しくて戻って来た時の事しか頭に残っていなかった、今の今まで彼の事をきれいさっぱりと忘れていたんだ。


(あれは、どんな・・・)


 記憶を辿っていく。



 ジラール辺境伯騎士団では実力によってクラスがある。


 SSクラスはマルセル・ジラール辺境伯、つまりお祖父様だけだ。

 Sクラスはヴィクトルおじさん、父上ら数人

 あとは

 AクラスからEクラスでEが一番下だ。


 夏と冬の合宿を両方クリアして、更に実力があると監督教官が推薦し辺境伯に認められたら1つ上のクラスに上がれる。


 指導教官はA、BクラスのOBがあたり、Sクラス以上はこの合宿のあとで更に強化合宿があるから下のクラスのサポートにまわる。


 王立騎士団はこのEクラスで夏合宿は最後まで残る者がいるが、冬合宿は全員リタイアするくらいのレベルだ。

 標高の高い山の上で連日戦闘訓練をするのだが。冬は更に現地に行くまでも過酷で雪山の寒さと厳しさも克服しなければならない。レベルによって標高と日数、訓練の強度が違ってくる。



 8歳の夏合宿をEクラスでクリアして挑んだEクラス冬合宿だった。夏をクリアできない者に冬はない。事前に麓で予備訓練と雪山についてのレクチャーがあり山に入った。夏は同じくらいの歳の奴等がいたが、冬は俺だけで最年少だったが遅れず付いて行けていた。



 雪山登山訓練中に5人のパーティの一番後ろについて尾根を登っていた。父上はAクラスのサポートをしているから、もうずっと先の方だ。


 まだ暗い内から出発してこの山を越え、明日はもっと高い山を登る。だんだん標高を上げていく予定だ。腰にロープをつけて繋がっていた。誰かが滑ったときに落下を防ぐために。


 しかし、俺の前の4人が次々と流れるように滑落すると体重の軽い俺は巻き込まれるしかなかった。そもそも1対4ではピッケルをさしても、踏ん張っても、勝ち目はない。


 引きずられ激しく跳ねながら滑り落ちる。死ぬかもしれない、骨が折れたら生き残れない。首の骨が折れたら即死だ・・・。1人なら途中で止まっていたかもしれないがロープで繋がっているせいで余計酷いことになっていた。


 永遠に感じたが早々に意識が無くなっていた。



 目が覚めた。少し傾斜が緩くなりこんもりと溜まった雪と他の4人をクッションにして俺は命が助かったらしい。彼らは無残な姿ですでに冷たくなっていた。

 時間が分からない。雲に遮られ周囲は暗いがまだ日は落ちていない。夜まではまだ時間がありそうだ。


 身につけていたザックは背中にあったが中身はほとんど無かった。同じく身につけていたナイフは自分のも彼らのも無くなっていた。留め具が外れて失くしているのはまだしも固定ベルトがちぎれるほどの・・・ゾッとした。


 他の者のザックで1つだけ口が閉じたまま中身が残っているものがあったから荷物を探り小さい予備ナイフを見つけてロープを切った。それから皆の荷物を漁って食料、衣類などもザックごと貰う。すまないが生き残ったからには生きなければ・・・。


 到底元のところへ戻って先を目指すのは無理だ。下山しようにもどちらを目指せばいいのか分からない。直ぐ夜になるだろう。一晩ここで凌ぐしかない。


 他のパーティは俺たちの落下を見たはずだ。だが、救助に来られるだろうか?ここまで。

救助うんぬんの事まではよく理解していなかった。


 今の内に雪の腹に穴を開け、そこで一晩しのぎ、明日太陽が昇ってから下山すると方針を決めた。ビバークについてはレクチャーを受けたばかりだ。



 雪が深くて雪洞は掘れたが暖をとるものがなかった。枯れ枝なんて落ちてない。


 だんだん薄暗くなり湿った衣服が体を猛烈に冷やし凍えそうだった。雪山で体温を下げるのは厳禁だが裸で外にいるのが良策とは思えない。着替えの服は1組しかない。

 体を動かそう。雪が降り出し、風も吹き出した。風上に雪で壁を作り風除けにする。そうやって雪洞の前が少しでも雪に埋もれるのを防ぐ。


 中に入って衣服を脱いだらその方が寒さはマシで逆に温かく感じるくらいだった。彼ら持っていた衣類は明日用に濡れないようにザックに入れたままだ。出して着ようか。

 だけどこんなんで明日まで生き残れるのか?携帯食を食べながら不安になってきた。


 雪で換気口が塞がれたら生き埋めにならないか?

 ガラスの器に入ったロウソクとロウで防水処理をされたマッチは一晩分なら十分ある。それ以上先のことは考えられない。


 不安な心に蓋をして、ロウソクを置く場所を雪の壁に穴をあけて作り、まだ外が少し明るい内から場所を違えて3本灯す。真っ暗にならないように。ロウソクがあるだけで暖かく感じる。



 外はどんどん吹雪が激しくなっている。なのに音はなく、先程作った風除けが利いているのだろうか静寂そのものに感じた。




 いつの間にか寝ていた。ロウソクが残り少なくなっていたので今の内に新しいものを出そうと身を起こすと身体に温かい毛皮がのっていた。


 ほわー!真っ白なオコジョだ。つぶらな瞳で俺を見ている。なんて可愛いんだ。


 入り口は雪で壁を作ってあったが、きっと換気と外の様子を見るために開けていた小さな換気口から入ってきたのだろう。



「お前、俺を温めてくれていたのか?ありがとう」


 その背を撫でてやるとオコジョはくすぐったげに身をすくめ、顔を近づけてきて俺の頬や口をなめてきた。


 こんな状況の中なのに、楽しくなってくる。


 尚もオコジョは俺の手首や足をなめる。そこで俺は気がついた。あちこち打撲や捻挫でアザができ腫れ上がっていたことに。緊張していて痛みがあることが分からなかった。


 そしてオコジョがなめるにしたがって痛みや腫れが消えていくことに。



「エルミール様、ではそろそろ・・・」と外から声がかかった。


 この大吹雪の中、誰かいるのか?


 雪洞の入り口の壁が外から広く崩され、ニコラの側を離れオコジョがスルリと外に出た。



 そこにはぼんやり光った男がランタンを手に1人立っており、吹雪と風は止んでいたがまだ真っ暗な夜だった。オコジョの姿は既にそこになかった。


 男はそう若くもないおじさんだった。この辺に家があって落ちるところを見て来てくれたのだろうか。ここに人がいること自体が不思議だったがどうやら助けてもらえそうだとホッとした。



 男に手を引かれ少し山を下ったと思う。ランタンの灯りがチラチラと影を揺らす。

 夢の中にいるような不思議な気がした。


 霧なのか目の前が白く霞んで見えなくなった。ランタンの灯りは分かるけど・・・。


 スーッと霧が晴れ、いきなり目の前に氷で出来た美しい宮殿が現れた。うすぼんやりと青白く光り神々しいほどだ。



 ドアの近くに大きな大きな白い狼が寝そべっていたがこちらに反応もしない。本物みたいな置物だろうか?尻尾が左右に振られた。ちょっとビビる。



 誰もいないのに勝手にドアが開く。


 男に促され中に入った。



 中は燭台もないのに薄明るい。氷はそれ自身が青く発光し美しく幻想的だ。

 そして暖かい。


 大きな布というだけの服を着せてくれた。プリーツを作って体を覆いヒモを腰に巻いて結ぶような見たことのないタイプだった。靴はフカフカの毛のついた軽い革製のブーツだ。



 着替えて別の部屋に連れて行かれると、食事が用意してあった。


 向かい合って座り、ずっと無言だった男はようやく口を開いた。



「ここは氷の宮殿。私の名はヴィーリヤミ とでも言っておこうか」


「私はニコラ・ベルニエです。 助けてくださってありがとうございます」


「我々はそもそも人間に関知しない。だがエルミール様がお前を助けると言ったのだ」


「えっと、エルミール様にもお礼を」


「礼には及ばない。エルミール様は人間の前に姿を現すことはないからだ」


(え?さっきのオコジョがそのエルミール様なのかと思ったけど違うのか、それはそうかオコジョは喋らない)


「そうだ、エルミール様がオコジョの姿をとっていた。先ほどはな」


(声を出していないのに返事があった?)



「ニコラよ、お前にひとつ話をしてやろう。御伽噺だと思って食べながら聞くがいい」


 男はそう言って話を始めた。

ニコラの雪山サバイバル

彼は頑張りました!

_φ( ̄▽ ̄ )




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