37話 ベルニエの宴
ベルニエ伯爵家の本邸が見えてきた。正面の広大な草原に巨大なテントが立っている。そして四角く切り出した石を組んで作った本格的な炭火台で炭を起こす面々が。
「あそこで何やってんだ?」
とニコラが聞いた。まあ、大体見たら分かるけど。
「あれはバーベキュー台よ。お父様が常設にするって釜に合った石を取り寄せて作らせたの。今は火起こし隊が火をおこしているのよ」
「火起こし隊?・・・なるほど」
見れば等間隔に6基ずつ3列、つまり18基もの炭火台とやはり石で作った作業台が設置されており、その間にはカラフルなテーブルクロスの裾が風にはためく長テーブルとイスが並べられている。
「それから、あれは国王陛下様が下さったジンマックという大テントよ。あれは立てるのがとっても大変でね、何度もペシャンコになって、中に埋もれた人を救出したりして毎回大騒ぎになるの」
リュシアンは立て方を教えると言ったが『まず幕を広げておく、次にポールの位置を決め立てる。ロープで引っ張り固定する』とメモに書いてくれただけだった。
誰でも分かることが書いてあるが、誰も解らない内容だ。
という事で設営訓練と称してクレマン達はしょっちゅう立ててはテント遊びをしていたのだった。
それを知らないフィリップはその苦労を労う。
「それは大変だったね」
「ええ、中はとっても広くて涼しいのよ!使わないかもしれないけど、とりあえず立てておこうってお父様はおっしゃってたわ」
リリアンは久しぶりにフィリップに会えて嬉しいのだろう、繋いだその手を両手で引くようにして一生懸命説明する。
「せっかく立てたのに今日は使わないのかい?」
実はリュシアンの時は陣幕の中で食べ始めたのだが、外で焼いて中で食べてだと人の出入りが多く面倒で、すぐに皆が外に出て焼いて食べるスタイルになったのだった。炎を見ながらの方が楽しさも倍増だったし。今日は最初からそれに習う。
「ええ。でも皆んなはそれも楽しいんですって!あった方が盛り上がる、テントはロマンだって。
国王陛下様がいらして以来、皆んな空の下でする炭火焼きや焚き火にはまっているんです。
だから、フィル兄様を囲んでの今日の宴は炭火バーベキューですって!お肉は取り合いになるので、自分で焼くのがベルニエの新ルールですよ!とうもろこしは1人1本までです。
それが終わったら焚き火を囲んでゆっくりお喋りしましょうとお母様がおっしゃっていました」
「炭火焼き・・・自分で焼いたことないな。これも初体験か、リリィとても面白そうだね」
「はい!楽しみです」
挨拶をしたり、愛馬の様子を厩に見に行ったり、着替えて少しくつろいだ頃にそろそろ宴を始めますので会場へお越しくださいと声がかかった。
フィリップはクレマンと並んで歩きながら言った。
「父上は余程あれが気に入ったんだろうね。戻って来て直ぐに商人が立て易くリニューアルしたとまた来たとかで、早速7張り予約注文したって言ってたよ。またそれを持ってくるかもしれないぞ」
「立て易くなっているなら歓迎しますよ、ほんと1張立てるのに最初は朝から初めて夜までかかりましたから。では、こちらにどうぞ」
テーブルにはワインやアペタイザーが並べてある。赤ワインはデキャンディングしてあり、白のスパークリングワインと甘口のロゼワインはよく冷やしてあるようだ。
今日ここに揃えてあるのは自領産のワインらしい。
アペタイザーはチーズや生ハムなどだ。こちらも自領産の物らしい。
まずはスパークリングワインで乾杯だ。
王宮内の庭園でもないこんな何も隔てるもののない屋外で、しかも使用人達も含めての食事は始めてだ。
毒味役は同行しているし、護衛達も周りに立っているのだが開放的な雰囲気を満喫しようとフィリップは言った。
「しばらく世話になる。今日は無礼講でいこうじゃないか。乾杯!」と。
フィリップの左右にはクレマンとニコラが立ち、リリィはジョゼフィーヌと違うバーベキュー台の方に行ってしまった。
そちらでは侍女たちもいて女性専用焚き火台らしい。料理長のジェフが付きっ切りで世話を焼くようだ。
リリィは胸に黄色いインコの刺繍が入っているエプロンをしていたから、あれが侍女のサラとやらからの誕生日プレゼントなのだろう。
バーベキュー台には網や鉄板を置いてある所もあるが、フィリップの前にある台には網などがない。こっちの串に刺した肉や野菜を焼くという。
肉と野菜が交互に刺してある串を炭火台の串支えに横たえるように置いて、焼けるまでいったんテーブルに付きアペタイザーをつまみながら待つことにした。緩やかにそよぐ風が心地よい。
この炭火台は横が開いているから炭の継ぎ足しがラクで、とか同素材の風防をセットすると多少風があっても安定して使えるとか、上に平らな石を置いて簡易石窯にもなります。などとクレマンの説明を受ける。
お前らのそのバーベキューに対する熱すぎる情熱は一体なんなんだ。ここに来てまだ炭火台の説明しか受けてないのだが。
向こうでは鳥の足やスペアリブ、ラムチョップなども焼かれているようだ。楽しそうな笑い声があちらこちらで上がっている。
「殿下、今回は従者をお連れではないと伺っておりますがウチから1人お付けして宜しいでしょうか」とクレマンが聞いてきた。
「嫌、いいんだ必要ない。
私も寮生活をしていて自分の事はいくらか出来るし、連れて来た他の者で事足りると思う。
従者のエミールは私より歳上だ。私が学園を卒業したらそれこそ常に付き従わなくてはならないのだから、今の内に結婚するか、婚約者を見つけたらどうかと今回は残ることを私が薦めたのだ」
「そういえば殿下は共学の要望書に署名されたり、最近は皆の相手探しを手助けされようとなさってますね」
「ああ、私の為に皆には我慢を強いたからな。せめてもの罪滅ぼしというところか。お前はさっさと見つけてしまったから世話が焼けなかったがな」
「おや、ニコラ。私はまだそんな人がいるとは聞いておらんぞ。お前にも花祭の後こちらにかなりの量の釣書が届いているんだが」
「父上、今回の帰省中にお話しするつもりでした。ソフィーと知り合ったのは出発の直前だったので。
ですが、私たちはもう心を決めましたので速やかに婚約をしたいと思っています」
「そうか、分かった。詳しいことは後で聞こう。ソフィーさんとおっしゃるのだな」
「ええ、ソフィー・オジェと」
「オジェって、おま、宰相んとこ?どうなってんだウチの子らは、相手が大物過ぎるだろ」クレマンはワインを零してしまうほど驚いている。
「あはは、クレマンが驚くのも無理はない。だが、それがお前のところの子供の価値だ。決して相手が大物だと言って困ることはないだろう。ニコラもリリィもそれだけの価値があるのだから当たり前だ。
ソフィー嬢は家格が良いだけでなく、見た目も性質も良さそうだからニコラに似合いだぞ」
サラリとリリィがフィリップの相手だとも自分で言っているのだが。現在リリィは(偽)妹で仮の婚約者候補という立場でしかないのだけど無自覚怖い。
良い匂いがするなと思っていたら、そろそろ肉が焼けてきましたと声がかかった。
肉は自分で焼くルールだと言っていたが、ずっと世話を焼いてくれていたらしい。さあ、我々も肉の世話を焼きに行こうじゃないか。
国王の宴にも参加していたリリアン様護衛隊の隊長アレクサンドルが、まだ焼いていない肉の刺さった串を持ってきた。
「殿下、これ美味しいですよ!」と恭しく差し出すのは、牛タンの薄切りに岩塩と挽きたての黒胡椒をふった物を折りたたんだヒダのように串に刺したものだ。
「私はもう、これにすっかりハマってしまいまして!どうぞどうぞ焼いてみて下さい!」この男、無礼講を満喫してるな。
それからも牛の塊肉を削いで食べると美味しい、トウモロコシが甘くていい、とりがジューシーで脂が焼けて香ばしい、焼いたリーキが最高、パプリカが、巨大マッシュルームが・・・皆んながそれぞれ自分のイチオシを持ってくるので早くもお腹がいっぱいになりそうだ。ちょっと待て、落ち着け皆んな!私も自分で焼きたい。
一腹おきて座ってワインを片手に周囲を眺めているとリリィと目があった。何か白いものを串に刺して焼いていたようだ。
リリィに手を差し出して呼んでみた。声が聞こえる距離ではないけれど。
「おいで、リリィ」
リリィは嬉しそうな笑顔をみせて、テーブルをぐるりと周り草原を軽い足取りでやってきた。
「フィル兄様、充分に召し上がりましたか?デザートはいかがでしょう」
「ああいいね、もらおうか」
「はい」
リリィが右手を差し出し、フィリップがその手を取るとリリィは静かにフィリップの膝に座った。
「どうぞ、焼きマシュマロをグラハムクラッカーで挟みました」
リリィの手から直接食べる。
甘ったるい香りに甘ったるい味だ。
「うん、美味しい」
「他にもシナモン香る焼きリンゴもありますよ。持ってまいりましょうか?」
「いや、それはいい。まだこうしていたいから」
「はい」
10cm背が高くなっていてもやっぱり小さくて可愛いリリィ。
リリィの髪を後ろに寄せてやる。その顔をよく見せてごらん。
不意にリリィが首に抱きついてギュッとしてきた・・・。
「フィル兄様、リリアンはお会いしとうございました」
「僕もだ」
輝く星空の下、広い草原で他の誰も居なくなったかのように感じた。
「逢いたかった」
そう囁いて
その細く小さな身体を抱きしめた。
キャンプにハマり過ぎな人々
_φ( ̄▽ ̄ )
いつも読んでくださいまして、どうもありがとうございます!
面白い!と少しでも思ってくださる方がいらっしゃいましたら
★★★★★やブックマークで応援していただけると嬉しいです!!
とてもとても励みになっております!




