35話 ベルニエで再会
それからのベルニエまでの日程の後半はあっという間だった。色々話した。あの殿下と恋愛談義に花が咲くなど思ってもみなかった。
驚いたのは花祭の後、宰相から試験とベルニエ行きがあるので、それから戻ったら女性に関する事、つまり閨教育を始めますと言われて、気になったから先に自習したらしい。相変わらず勤勉な方だとは思う。
自習と言っても王室図書館で本を読んだだけらしいが。
更にその手の恋愛小説のような物を読み耽っていたらしい、試験前に。何をやっているんだか、それで恋愛の機微までもマスターしたとか自慢げに言ってるから笑う。
そのお陰で(?)あの赤い薔薇の意味も解明したらしい。ベッドに赤いばらを置くのは歴代の王が王妃の元へ「今夜はお前を特別喜ばせる」という意図で誕生日や結婚記念日に置かせていたお約束の慣習で、その意味をよく分かっていない掃除夫がフィリップを喜ばそうとフィリップのベッドの上に回復のお祝いの気持ちで置いたのだと。
その薔薇があると、母上がよほど嬉しそうにしていたのだろうな、と笑った。
あの悪夢のような日々をこんな風に笑って話せるようになったのだ。内容は内容だがこんなのジンとくるではないか。
フィリップの表情は明るい、ニコラも両陛下に不敬かもと思いつつ一緒に笑った。その様子を想像してちょっと笑い過ぎたかもだけどな。
王都を出て6日目の午後、ベルニエ領に入った。
あれだけのお膳立てをしていれば、ニコラ1人なら4日で来られただろうが、いくら事前に準備をしていても王太子の移動となると食事や宿泊施設、人馬の交代など安全上の理由からこれが精一杯だった。
最終移動日はいよいよフィリップの真っ白な愛馬レゼルブランシュの登場だ。伯爵家には先行して到着予定を知らせておいた。
ここは随分広々としている。
穏やかな丘陵地帯が広がり視界が広い。
見渡す限りどこまでも、緑だ。
ニコラが言った。
「あの木の下でリリアンが待ってますよ。まだこちらに気がついてない」
指差す方を見るがフィリップにもまだ分からない。
ニコラは指笛を鳴らした。
ピーーーーーッ
その音は澄んでいてまっすぐ遠くまで届きそうだ。
ピィーイヨッ、ピィーーイヨッ
少し間を置いて向こうからも応答があった。
「リリアンの指笛ですね、母上に聞いていた通りだ。音も小さいし、途中ちょっと下がって最後また上がるんですよね。まだ直ってないんだなあの最後のところをしゃくるの」と言ってクックと笑っている。
「まだリリィまでかなり距離がありそうだが、それはどのくらい先まで届くんだ?」
「この辺りでなら静かだし遮るものもないので3〜4km先までいけるでしょう」
「私もやりたいな」
フィリップは指で輪を作り口に当てて吹いてみた。フー、フー、笛のような音はしなかった。
「ええ、教えましょう。これは簡単そうに見えて結構難しいんですよ。一朝一夕では無理でしょうから、帰るまでに音が出るようになったら凄い方だと思いますよ。でも、やりすぎて倒れないようにして下さいよ。
我が領は広いですからこれで通常は離れたところに居る馬を呼んだり、人に連絡用途で使います。色々バリエーションがあって、さっきのは相手を呼ぶ音です。
ではそろそろ、駆け足に切り替えてリリィのところへ行きましょうか」
レゼルブランシュの腹を軽く蹴り、駆け足をするように指示をする。
走り始めるとリリィがどこにいるのかすぐに分かった。
丘に沿って緩くカーブしたところに背の高い木がある。
侍女に日傘を差しかけられているのに、傘の下から出て手を大きく振っている。
フィリップが先行し、ニコラはやや抑えた速度で着いて行った。
「リリィ!」
愛馬レゼルブランシュから降りて両手を広げたら、そこにリリアンがばふっと飛び込んできた。
可愛い〜ッ!
「フィル兄様!いらっしゃいませ!」
「リリィ!久しぶりだね、よく顔を見せて」
「はい!」
久しぶりのリリアンは、逢えなかったのはわずか2ヶ月弱の間だというのに少し成長したように感じる。よほどにリリィ欠乏症に罹っていたらしい。
「久しぶりすぎて、なんだかリリィが大きくなったように感じるよ」
「ええ、背が伸びたんです。10cmほど」
「え?」
1mに満たなかった身長は今、それを超えているらしい。
こんなに短期間で7歳の女の子ってこんなに成長するもの?僕も12〜13歳の時に急に身長が伸びたけれど、僕たちが試験を受けている間に7歳の女の子が10cmも・・・。
後ろに追いついてきたニコラが言った。
「驚かれましたか?私も毎年誕生日の1月18日前後に急に身長が伸びますよ。どうやら私たち辺境伯の血筋を持つ者の特徴のようです。最近はその特徴を持つものは少なくなっていると父が言っていましたが」
「へえ!初めて聞いたよ。お前はいつもぐんぐん背が伸びてる印象だったけど、そうだったかな。その頃は領地に帰っている時期だから分からなかったのか。しかし、辺境伯の血っていうのは我々と違うのか?他にも辺境伯の血を引く者はって色々噂があるよな」
「はい、そうですね、他には・・・」
と言って、一旦ニコラはリリアンに目をやり声をかけた。
「リリアン、私の馬の背に乗って行くか?」
「いいえ、サラもいるから歩いて戻るわ」
そこにはリリアン専属の護衛達もいた。彼らは馬に乗るものと歩きの者と両方いる。
「では我々も共に歩こう」
そう言ってニコラも馬を降り、後ろに付き従っていた者たちに預け、先に厩に連れて行き水と馬草をやるように指示をして歩き出した。
フィリップとリリィは手を繋ぎ、それを元気に振りながら一緒に歩いた。背は高くなっても中身はリリィのままだ。
ニコラは先程の話の続きを始めた。
「そう、辺境伯の血を持つ者、それを祖父は『銀の民』の末裔と言っていましたが辺境辺りに元々住んでいた民族のようですね。
我々は銀の髪と銀の目を持ち、体は逞しく強靭で、身体能力が高く、病気にかからない。身長は誕生日の頃に急に伸びる。13歳くらいで身長は成人の平均並みになるそうです。私はその頃には平均より高かったですけどね。
あとは・・・子沢山になりやすい、男性ばかりで女が生まれにくい、以前は寿命が短いと言われていたらしいですがだんだん長くなって今はそう言わないらしいです。あとは寒さに強い・・・こんなところでしょうか」
「確かに辺境の騎士団は王立騎士団が足元に及ばないほど強いと聞くし、当たり前に聞いていたが改めて聞くと、まるで別の種族のようだ」
ツイッと手が後ろに引かれた感じがした。
見るとリリィが歩を緩め、小首を傾げて心配そうにこちらを見ている。
「リリィ、どれも素晴らしい特徴ばかりだ。ダメだと言っているんじゃない、銀の民の血はリリィも誇りに思うべきものだよ」
「はい」
なぜだろう、心配気でいつもの笑顔が消えてしまった。
「それに僕とリリィの関係にはなんら影響しない。安心しておくれ」
「はい!」
笑顔が戻ってきた。ぴょんぴょんするリリィ、可愛やリリィ。
可愛いので繋いだ反対の手で頭をナデナデしておいた。
そう言えばついこの間までリリィを余裕で片腕に抱いて歩いていたのに、今は片腕に抱くより両手で抱っこしたほうが良さそうだ。この10cmの差は大きそうだ。
「リリィ、誕生日はどう過ごしていたんだい?」
「はい、誕生日には本邸の皆んなが祝ってくれました。ジェフは大きなケーキを作ってくれて、サラはエプロンに刺繍をしてくれて、エマは髪飾りをくれて、ナディアは可愛い花束をくれて、お父様とお母様はワンピースや靴をたくさん作ってくれました。これは背が伸びたからですけど。あとはー」
「あっ、おじいさまが馬を贈って下さるってカードが届きました。これに乗れたらお前もそろそろ私の所に来られるだろうって!まだ馬はこちらに着いていないんですけど、ニコ兄様、私に乗馬を教えて下さいませ」
ニコラはそれを聞いて「もちろん」と言いながら、何故か胸が騒ついた。
祖父は高齢になっても精力的で強く、心から尊敬すべき人だし我が家との関係も良好だ。母上は彼に気に入られている。
だけど、昔からリリアンの事となると何か強くこだわっていて口を出す。そこにいつの頃からか違和感を覚えていた。
何か裏があるかのように、何かを企みがあるかのように感じて。
辺境伯領は遠く山の中で母上でも訪れたことはない。
ただの社交辞令で遊びに来いと言っているだけだろうか?そう思案していると、フィリップもそうなのか眉を寄せてこちらを見ていた。
竹の子リリアン
そして
ニコラの誕生日が明らかになった!
_φ( ̄▽ ̄; )
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