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30話 男の休日

 リュシアンは颯爽と現れて驚かせたくてドアの外でタイミングを計っていたのだが、ドアの向こうがカオスでしばらく待たされていた。


 ちょうど王太子と聞こえたので、これ幸いに乗り込んでやったぞ。

 ジョゼフィーヌとクレマンはリアルに腰を抜かしてアワアワしている。期待通りの展開で大いに満足だ。来た甲斐があった。


「リュシアン様、ど、どどどうし、どうされ、どうなって」


「ジョゼフィーヌよ、まあ落ち着け。それより先にソレを片付けよう」とマルクに目を遣る。


 マルクは突然現れた男の威厳に一瞬怯んだが、生来の負けん気というか無鉄砲さで尚も食い下がる。


「お前誰だ!リリアンはオレの嫁にするんだ、急に出てきたヤツなんか関係ねえ、ソイツはオレがぶっ殺してやる」


「馬鹿、マルク!国王様に向かってなんて口を!」

「マルク!王太子様になんて事を!」


「!」


「ほう、これは王太子殺人予告だな。お前は即刻処刑だ。リアムは港湾警備から外し投獄だ。お前の親兄弟はただでは済まぬ。外で首を洗って待っておけ」


「!!」


 さすがのマルクも事の重大さに気づいたようだ。真っ青な顔でガタガタ震えだした。


 ジョゼフィーヌとクレマンがリリアンを見た。どうやらリリアンに嘆願してやって欲しいらしい。


 リリアンは突然の展開に口もきけないほど驚いていた。

 それに、いくら従兄弟の為でも、さっきのセリフは庇いだてできるようなものだろうか。彼は王様に不敬を働き、王太子である他でもないフィル兄様をぶっ殺すと言ったのだけど。


 リュシアンもリリアンを見た。その表情からリュシアンからも嘆願しても良いという意図を見てとったリリアンは深々とお辞儀をして言った。


「国王陛下様、私リリアン・ベルニエが謝罪いたします。私の愚かな従兄弟マルクが許しを得ず話しかけたこと、そしてその内容が聞くに堪えないものであったこと、王太子フィリップ様へのあるまじき言動について、深くお詫び申し上げます。

 マルクの家族は彼をこのように育ててしまいましたが、どうかその罪を問うのは・・・」


 クレマンがヒソヒソ声で言った。

「リリアン、マルクも入れてやれ」


「え?でもマルクはフィル兄様にとんでもないことを言ったのよ?」


 お辞儀をしたまま、それからしばらくクレマンと無言で目と目の会話をしていたリリアンは仕方なく言った。


「彼らの罪を少しでも軽くしていただけたなら幸いです」


 従兄弟のマルクよりフィリップを心配したリリアンに満足したリュシアンは言った。


「よろしい、他ならぬリリアンからの願いだ。マルクの家族への嘆願を聞き入れた。だが、マルク。お前を無罪放免という訳にはいかぬ。空いた部屋へ入れておけ、お前にはお灸が必要だ」


 マルクは恐怖でガチガチだ。お灸ってなんだ?


「国王陛下、我が家に今空いた部屋はございません。王太子殿下がお見えになるのに合わせてリフォーム中でございます」


「そうか、なら木にでもくくりつけておくか、それとも我が陣幕に入れて教育してやるか!」


 ここでちょっとためて


「お前達、私が寝る場所も心配するな、自前でいけるぞ」と言ってリュシアンがニヤリと笑う。


「あのー、陣幕とは?」

 クレマンから、期待通りの合いの手が入る。


「ああ、出入りの行者から巨大陣幕を手に入れたのよ。聞くところによるとこれが高性能らしくてな、それを今回の宿営に使おうと思っていたがここまでなかなか建てられる場所がなくて、空き地を教えろと言うのに、やれ屋敷に泊まれだ宿に泊まれだと煩いばかりで。挙句にあれ見ろこれ見ろと連れ回されるし。

 結局ベルニエに来るまでに一回も使えなかったのだ。

 ここに来たらお前達に聞かなくてもそこにちょうど良い空き地があったからさっそく建てたのだ。6張余裕で建てられたぞ!」


 嬉しそうに手招きするので外に付いて行ってみると、牧草を刈り取ったばかりのまさにキャンプ場のフリーサイトのようになった広大な敷地に1張で30人は寝られそうな超巨大テント群が建っていた。


 円を描くように悠々と配置され、まだ見えない奥にも建っているらしい。これほど手入れをされた広いテントサイトは他領ではなかなか郊外でも無理だろう。


 この荷物を本当に王都からここまで持って来たのか。重たいし嵩張るしで大変だっただろう。そして建てるのも撤収も大変なはずだ。リュシアンが手伝うはずもなく皆の苦労を考えただけでジョゼフィーヌは気が遠くなりそうだった。


「リュシアン様、パトリシアには何て?」


「パトリシアには今回、氷街道を通すに当たって視察に行ってくると言ってある。嘘偽りなくそのまんまだろ。だから氷街道に関する何かあとで見せておいてくれ」


「それについては嘘はないかもしれませんが、本心はせっかく手に入れた陣幕を妻に内緒で試し張りしたかったのでございましょうね?」


「ジョゼフィーヌ、これは試し張りではない、ぶっつけ本番の本格運用だぞ。あっ、1張余ったからクレマンにくれてやる。これよりちょっと濃い茶色の幕だ」


 そう言われて見るとどれも色が微妙に違った。色を決める時、迷いもせず全部とか言ったのだろう。大人買いどころではない、王様買いだわ。


「は、ありがたき幸せ」


「ちょっとあなた?」


「ジョゼフィーヌ、王太子殿下がお見えになった時に共の者の宿泊とか遠征とか何かにつけ使えそうじゃないか。あって損はないだろう?それにテントは男のロマンだよ」


「だろう?クレマンは話が分かる。男のロマン、これぞ男の休日だ」


「はいはい、分かりました。男の休日、つまりたまには羽根を伸ばしたかったということですね。まあ、私もこのような物は嫌いじゃありません。建て方と明日はその使用感なども教えて下さいませ」


「おお、さすがジョゼフィーヌも話が分かる。そうだ!使用感は入ってみれば分かる。今夜はこの陣幕の中で酒盛りはどうだ?酒もつまみも持って来てあるぞ。途中持たされた珍味もな、楽しみだな!リリアンもお腹を空かせて待っておれ」


 なんだか楽しそうな事になってきた。

 なぜか自領の本邸前の草原でグルキャンだ。肉の準備を急げ、火を起こせ!


 皆がウキウキと準備を始めた。


 マルクは結局、ベルニエ領騎士に連れられ強制送還させられた。じゃんけんに負けたベルニエ領騎士2人は美味しそうなBBQの匂いに後ろ髪を引かれながら出発した。


 大丈夫、またするから。

 フィリップ殿下の来訪までに帰ってくるんだよ。とジョゼフィーヌは彼らを見送った。




 いやーそれから3日3晩、焚き火を囲んで飲んで食って喋って飲んで。羽根を伸ばし放題伸ばして男の休日を満喫したリュシアン一行は帰って行った。


 テントはとても広く快適で、王様用の天蓋付きベッドまであったのには驚いた。


 そうとは言わなかったがリュシアンも長年の憂いが無くなり、気分が晴れてはっちゃけたくなったのだろう、きっとそう。


 陣営を引き上げた後の草原はやけに閑散として見える。

 そしてリリアンは連日食べ過ぎたから体を動かしてくると護衛を連れて鍛錬場へ行った。


「おい、きっと陛下は味をしめたぞ。また来るだろうな」


「そうね、リュシアン様は相当楽しんでいらしたわ。でもさすがにパトリシアも気づくわよ、遊びに来ただけだって。しかも氷街道のこの字も言わず帰ったわ。あれはまた聞きにくるという口実を残して帰ったわね無意識に。あのお土産にするって持って帰った牛革の小物入れで許してもらえるかしらね?」


「無理だろ。ああ。まあいい、20年ぶりに再会してからこっち、私もやっぱり楽しいよ。昔馴染みはいい。貴族同士の腹の探り合いとは違って腹を割って話ができる」


「その腹を割る相手が国王様だなんて、ちょっと特殊だけどね?」


 突然の来襲は2人にとっても楽しい大人の休日になったようだった。

次回予告!


ニコラ出ます



(前回分の)登場人物紹介


ピエール リアム家の執事

 老齢です

 マルク様が馬で出ているのを見つけ、ひたすら走って追いかけました

 たまたまマルク様がいつもの癖で港方向に出て行き、すぐ反対方向だと気づいて引き返したのでギリ行き先を聞くことが出来ましたマルク様が方向音痴で良かったです


ジャン・ジラール マルクの兄 13歳

 リアムの長男

 リリアン親衛隊隊員

 王立貴族学園の初等部2年です

 インテリ風見栄っ張り屁理屈男


アラン・ジラール マルクの兄 12歳

 リアムの次男

 リリアン親衛隊隊員

 王立貴族学園の初等部1年です

 優柔不断悲観的粘着泣き虫男


オーギュスタン様 国王リュシアンの実弟

 パン屋のリュカの父親

 バゲットを焼くのが得意

 パン屋の娘と恋に落ち、王弟という身分を捨て庶民となって結婚しパン屋フールニエを継いだ


前回うっかりしておりました 

_φ( ̄ー ̄ )




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