26話 小さな指輪
そこへフレッシュジュースが供された。フラッペは無理だけど、搾りたてのオレンジジュースはこの場の話題を変えるにはうってつけだったようだ。ジェフ、ナイスフォロー!
皆さっそく手を伸ばす。
「そうだ、リリィ。来月の7月7日がお誕生日だってニコラから聞いたんだ」
「はい、そうなんです。私、7歳になるんですよ!」
ニコラがここでいらない口を挟む。
「ではもう、オコタンから卒業だな!」
「まあ、お兄様。フィル兄様の前でオコタンの話など、意地悪ですね」と軽く怒った真似をして見せた。
そんなリリィも可愛いが。
膨れたほっぺに噛みつきたい、いやいや、突っつきたい。
「オコタンってこの間も聞いたな、港湾警護のリアム隊長が言ってたか」
リリィが返事をする前に、ニコラが更に追撃をしてきた。
「そう、リリアンのお気に入りのインコの抱きぐるみですよ。寝る時以外でもお友達だって言っておままごとの相手をさせるし、何処にでも持って歩くし。
特に小さい頃のは大き過ぎて抱いてても引き摺るから汚れてボロボロ、母上が捨てた時は3日3晩大泣きして大変だったって聞きましたよ。それをリアムおじさんに言ったら次の年の誕生日に同じのが贈られてきて。
まあ、それも同じ運命を辿りそうですけどね」
「うう」
オコタンは邸の外に持って出るなら万が一人に見られても恥ずかしくないようにと洗ってくれたからそんなに汚れてないもの!たぶん。
リリアンは顔を真っ赤にして両手で隠し、さらに隠れようとしているのかフィリップの胸にぎゅーっと寄ってきた。
リリィ、そんなに抱きついてこられたら可愛くてドキドキするから困る。
しかし、そんなに気に入ってる物があるのか、誕生日プレゼントを何にしようか悩みに悩んだんだけれどコレっていうのが思いつかなくて・・・、指輪しか。
仮にぬいぐるみを選んでいたとしても、先輩にそんな強力なのがいたら太刀打ち出来ないしな。
でも、リアムの所の子供達、つまりリリィの従兄弟たちは皆んなリリィを狙ってるって話だった。諦めさせるって言っていたけどやはり牽制のために指輪にして正解だった。
「リリィ、誕生日のプレゼントを何にしようかって考えてたんだけど、他にいい物が思いつかなくて。しばらく離れ離れになるから僕のことを忘れずにいてもらえるように指輪を贈らせて?お揃いなんだ。後で受け取って欲しい」
「まあ、私がフィル兄様を忘れるはずはありません。でも嬉しいです。楽しみにしています」
リリアンが小首をかしげ嬉しそうに笑った。
可愛いが過ぎる。
「ところでニコ兄様、ずっと王都にいたのにどうしてオコタンのことをそんなに詳しいのですか?」
「母上が毎日のように領地で何があったかって手紙に書いて送ってくるからだよ。私がこっちに残ることになった5歳の時からずっと続いているな。
筆まめを通りこしてあれは母上の日記だよ。緊急性によってだけど週に1、2度まとめて送られてくるからすごい量になるんだ。
母上がこっちに来てからも邸で何があったかって寮に送ってくるからね。これは毎朝届くからベルニエ新聞って感じ?」
そう言ってる内に古い記憶が鮮明に蘇ってきた。
いや、違うな。
俺が10歳の時にリリアンが生まれて、可愛過ぎて王都に帰るのは嫌だとゴネて12歳の学園の入学まではやたらと領地に帰っていたな。逆に言うと本邸メインでたまにタウンハウスに来てたんだ。母上もそれまでは大して手紙は寄越してきていなかった。
リリアンと離れ離れの辛さを近況を毎日送って貰ってしのいでいたんだ。当時は領地の話はオマケ程度だったっけ。
本邸にいた頃は赤ちゃんだったリリアンを常に抱っこしていたな。
だが殿下に言ったら、お前だけズルいと言われそうなので黙っておこう・・・。
「マジか、すごいな。確かにお前は領地の事とか、邸でのことをよく知ってるな」
「ああ、小さい頃から親許を離れることになったから寂しくないようにとか、親の愛情を疑わないようにとか?まあ、領地をいずれ継ぐから何でも知っておけっていうのがメインかもな」
と涼しい顔で言っておく。
「へー、ベルニエ夫人はやはり聡明な人だな、尊敬に値するよ」
「ああ、あのマメさは尊敬に値するよ、我が母ながら」
「お前からも送るのか?」
「ああ、要返事のヤツがなければ月に1回だな」
「薄情だな」
「俺のルーティンを毎日書いてもさ、読んで面白くないだろ?ジョギング、鍛錬、筋トレの事しか書けないぞ」
「なんかあるだろ」
「ないな」
「確かに。それでそれらは全部とってあるのか」
「ないな」
「捨ててんのかよ、母の愛だろ?」
「どんだけあると思ってんだ、母の愛に埋もれて死ぬわ」
「うふふ、もうお兄様達ったら面白すぎるわ。真面目な顔で可笑しな事ばかり」
くすくす笑うリリィが可愛いからもう抱きしめてもいいかな?
殿下の顔がとろけそうになっていて見るに耐えない。
「リリアン、お前もひとのことを笑ってないで殿下の婚約者候補って発表された手前、そろそろおままごとは卒業しろよ?」
「ええ、お母様も7歳になるんだからって言うし、そうしようと思ってるの。でもこの間まで皆んなオコタンとおままごとしてなさいって言ってたのに、裏切りだと思うわ」
「だって、お前のおままごとに付き合ってたら即寝落ちするからな。侍女は仕事が出来なくなるし。殿下、こいつのおままごとは凄いんですよ、もう退屈過ぎて秒で寝れますからね」
「え、ひどい」
「へえ、いいお母さんになりそうじゃないか」とフィリップは笑っている。
ニコラは(あーあ、もう結婚する気でいるだろ、裏を返せばいい奥さんになりそうってことか?)と思いつつ「では、そろそろ食事はお終いにしようか」と提案しといた。
その後も話をしながらフィリップが「リリィのお友達のオコタンに会ってみたい」とか言い出して紹介(?)したり、ついでに侍女というか庭師の娘のナディアも呼んで紹介したり。フィルお兄様を描いた絵を見せて、それをフィリップにプレゼントしたりして過ごした。
そろそろ帰ろうかという時間になり、フィリップはリリアンに渡すために誕生日のプレゼントを取り出した。
ケースに2つ並んで入ったリングの1つは、それはそれは小さい輪っかだ。
気が利く宮殿の宝飾職人達がリリアンが見学に行った時に、綺麗でしょう?などと大人用のピンキーリングを嵌めさせたりしてこっそりサイズをチェックしていたのだ。
フィリップはリリアンを喜ばそうと最初は大きな石の、台座のある女の子が好きそうな可愛らしいデザインにしたいと思ったけれど、いつも指に着けていて欲しかったのと、護身術の稽古をする時やお菓子を作る時に邪魔にならないように台座付きはやめた。喜んでくれるかな?それとも可愛くなくてガッカリするだろうか。
甲丸のシンプルなシルバーのリングには一粒のアウイナイトが埋め込まれていて、その左右にはダイヤモンドが埋め込まれている。内側にはF&Lの刻印が入っていた。
ニコラはそれを見て思った。(めっちゃマジなヤツ来た)
「ちょうどリリィの誕生日の7日までが学園のテスト期間なんだ。当日は会いに行けないけれど、君の誕生日を心から祝っているよ。テストが終わったらニコラと領地まで会いに行くからね」
リリアンはケースに入った指輪を見てフィリップの顔を見た。
その瞳はうるうると潤んでいる。
「ちょっと早いけれど、誕生日おめでとう。7歳のリリアンが幸せな1年を送れますように。・・・そしてこの一年を僕と多くの時を過ごせるよう、祈ってる」
フィリップはそっと手を取り右手の薬指に嵌めてやり、その細い指にキスをした。
フィリップが自分の指には自分で嵌めてリリアンの指輪の隣りに出して見せてくれた。
リリアンは並べられたフィリップの右手の薬指の指輪と自分の右手の薬指に嵌められた指輪を見た。
そして自分の左手を結んでギュッと胸に当てる。
見つめあったその時、リリアンの瞳の色が薄い水色から銀色になって薄桃色に染まったように見えた。ほんのわずかな間のことだった。
光の加減だったのだろうか、フィリップは驚いてその瞳をよく見ようと覗き込んだが、リリアンは瞼を閉じてポロリとダイヤモンドのような涙を一粒こぼすと顔を上げ、フィリップに笑顔をみせて言った。
「フィル兄様、素敵な指輪をありがとうございます。ずっとこの指に着けて大切にしますね。
ベルニエにはお気をつけていらして下さい、次に会える時を心待ちにしております。素敵な、素敵な、王子様」
次回予告!_φ( ̄ー ̄ )
そろそろ領地に帰ります
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