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297話 ライバルにはなりえない

(調子に乗ってるルイーズをやりこめたいばっかりに、ついルネのミルフィーユを引き合いに出してしまった。けど、ルネを貶めるつもりはなかったんだ、決して・・・!!)


 ルネに悪いことをしたと良心の呵責に苛まれて、マチアスはますます小さくなった。



 ルネはよく家に遊びにくる、マチアスが兄のように慕っている人物だ。彼は明るくてさっぱりとした性格だから、もしマチアスが言ったことが耳に入っても怒ったりせず笑って許してくれるだろう。でもだからといって何を言ってもいいわけじゃない。ルネもあのミルフィーユにも罪はない。



(ただ僕は・・・目の前にいる、見たこともないような超絶可愛い女の子に早く自分を認知してもらいたくて、でも喋る機会がいつまで待ってもこなくて・・・。

 こちらにちっとも話をまわそうとせず自分だけいい気になって喋ってるルイーズにイライラして無理やり口を突っ込んだあげく言わなくてもよいことを言ってしまった)


(人の手土産にケチをつける嫌味な男だと思われたかも。

 それになんでボロボロとかグチャグチャとか汚い言葉を使ってしまったかな、きっと高位貴族の癖に口が悪いと思われた。ああ、引かれて冷たい目で見られていたらどうしよう・・・怖くて顔が上げられない)




 マチアスはさっき、ドアのところで初めて対面したリリアンにハートを撃ち抜かれた。


 噂以上だった。


 眩しくてドキドキした。目の前が突然パアーっと明るくなって、目が覚めたような気さえした。

 微笑んで挨拶する女の子は妹のように騒がしくなく、お淑やかで可愛くて、姉のようにポンコツでなく賢そうで品がある。

 こんな完璧な女の子がこの世にいたのか、と思った。


 すぐにこの子とお近づきになって親しく会話できるような仲になりたいと思った。もちろん王太子殿下の婚約者であるということは理解している。自分には高嶺の花だということも。



(でも!!)


(あの笑顔が僕に向けられることがあったなら、それはどんなに嬉しいだろう!)



 実は親戚だったことが分かったばかりだし、妹の友人だ。立場的に親しくなるのは夢じゃない。



(こんな可愛い子にマチアスお兄様なんて呼ばれたら・・・?)


 考えただけでニヤニヤしそうだ。


 知的な会話をしてみせて "格好いい賢い頼れるお兄さんだわ" などと思って慕ってもらえたら・・・マチアスお兄様なんて呼ばれたら・・・。そんなの望外だ!考えただけで鼻がツンとした。鼻血が出そうだった。



 などと会った瞬間に湧き起こったそんな浮かれた考えも今はガラガラと崩れて瓦礫と化した。



(醜態をさらしてしまった。

 ルイーズのヤツがいつまでも喋っていたせいだ!!

 帰ったら泣かしてやる!)



 そう思って膝の上でギュッと拳を握ったら、隣に座っていた母が優しく手を重ねてきてハッとした。



(そうだな、そんなガキみたいなことを言ってるからダメなんだ。

 こんな僕とのお見合いは、無くなって良かったんだ)



 マチアスは知っていたのだ。

 タイミング次第でリリアンが自分と婚約する可能性があったことを。


 まあそれを知ったのは今朝のことなのだが・・・。




 女中達は急に王宮に行くことが決まったマチアス達の着る服を準備していた。

 よく宮殿に出入りしている大人の分はいつも通りで良いものの、子供達にも格式の高い服を着せなければならないので5人分の衣装を揃えるのにてんやわんやだった。なので、後ろにもうマチアスが来ていることに気が付いていなかった。



「ねえ先輩!これからご主人様たちが会いに行くのって、去年来られたあの時のご令嬢の所ですよね?」

「そうよ、あの時のご令嬢よ。今は王宮にお住まいなのよ」

「あの時にはもう王太子殿下に見初められていたんでしょう?そんな御伽話みたいなこと、本当にあるんですねぇ!」

「ええ。それも納得のお可愛らしい方だったわよ。ルイーズお嬢様とお人形遊びしていたんだけど、言うことやすることがいちいち可愛くて、もう何度可愛い〜って抱きしめたくなったことか!」

「・・・マチアス様は残念でしたね。お見合いすることになっていたのに無くなって。あとちょっと早かったらココにお嫁に来ることになってたかもですよね?」

「あら、少々早いくらいじゃダメよ。お相手は王太子殿下よ?」

「そうよ!!二人は運命で結ばれているんだから!

 リリアン様が王太子殿下以外の人と結ばれるなんて絶対ないんだから!」

「あはは、あんた『リリアン様』大大大好きだもんね。ねえみんな知ってる?この子が毎週火曜に休みとってる理由、広場に『リリアン様物語』を聴きに行くためなんだよ」

「え〜、本当?」

「そうよ悪い?火曜は新作発表の日だから絶対に行かなきゃなのよ」

「いいな〜私も行きたい、今度休み代わって?」

「土日に行けばいいじゃない。人は多いけど」

「とにかく、先にマチアス様がお見合いしてても関係ないの、王太子殿下がリリアン様に会った瞬間に2人の恋が始まるのだから!それよりもし間違って婚約なんてしてたら不興を買って侯爵家お取り潰しになってたかもしれないんだから、無くなって良かったのよ」

「それは大変!働き口がなくなっちゃうとこでした」

「侯爵様の英断に感謝を!!」

「お見合いなくて良かった」

「うん。婚約もなくて良かった」

「良かった、良かった」



「・・・」



 安心したところでフッと気配を感じ何気なく振り向いた女中が見たものは・・・。


「ギャー!!」


「あっ、マチアス様!!」

「えっウソ!」



 背後で亡霊のように立ち尽くすマチアス。

 女中達は一斉に「ヒー」と叫ぶと蜘蛛の子を散らすように四方に逃げ出した。




「・・・失礼なヤツらだ。


 そんなに恐れなくたって、僕が王太子殿下と張り合うわけないことぐらい僕の部屋を見れば分かるだろう」




 マチアスの部屋にはフィリップを描いた絵が何枚も飾られている。


 そう、実を言うとフィリップ・プリュヴォ王太子殿下はマチアスの憧れの人、大大大ファンなのだ。もう崇拝してるといってもいい。


 きっかけは4年前。騎士団のイベントであった子供向けの乗馬体験教室に行った時のこと。マチアスは視察に来ていたフィリップに初めて会った。




 騎士団から一通り講習を受けたあと、僕たちは馬に跨った。もう馬を乗りこなせる子は別の体験教室の方に行っていたからこちらはほとんどが恐る恐るという感じの初心者向けで、中には怖がって馬に近づけない子までいた。

 王太子殿下はそんな僕たちを一人一人丁寧に見て回り一言ずつアドバイスをくださった。


「もっと足の力を抜いてリラックスしてごらん」

「怖がらなくていいよ、この馬たちはとても利口なんだ」

「下を向かずに前を見て」


 皆んな何かしら言われていたが、僕の時だけ違った。


「君は初めて?」


「はい」


「馬は好き?」


「はい」


「いいね、君はとてもセンスが良い。

 このまま練習していくと競技者にだってなれるかもしれない」


 そうお褒めいただいた。こんなに長く会話したのは僕だけだった。


 僕は嬉しくて嬉しくてそのまま羽根が生えて飛んでいきそうになった。帰ってすぐ父上にお願いして自分の馬を買ってもらった。あれ以来、僕は王太子殿下の大ファンだ。


 間近で見た王太子殿下は、男の僕でも溜息が出るほど麗しく格好良かった。今でもあの時のことを思い出しただけでドキドキしてくる。



 去年、王太子殿下が出場された馬術大会の観戦に行った。完璧に馬を乗りこなす王太子殿下の勇姿に惚れ惚れした。

 あの後僕はセントラル広場に王太子殿下の絵を描いて売っている神出鬼没の絵描きがいるという噂を耳にして、広場に通い詰めた。そしてとうとうその絵描きを見つけた。予想通りその時出ていたのは王太子殿下が華麗に馬に乗っている絵ばかりで、僕はそれを全部買いあげた。


 その時の絵はどれも額装し部屋に飾っている。本当に王太子殿下は絵の中でさえも溜息が出るくらい格好良い。



 そんな僕が王太子殿下の邪魔をしたいと思うわけがないじゃないか。


 王太子殿下にはリリアン様がふさわしい、リリアン様には王太子殿下がふさわしい!

 僕はただ、素晴らしいお二人を遠くから見守っていたいだけなのだ。


 いや違う、僕はお二人をお側で愛でていたいのだ。



 いやそれも違う。僕はお二人に気安くお声を掛けていただける、そんな存在になりたいんだ。・・・そう、ルイーズのように!


(くそ羨ましい。チンクシャのチビのクセに!)





 マチアスは年上のお兄さんに憧れ、いちいち妹にちょっかいを出して喧嘩するような、愛だの恋だのもまだ分からないお子様だ。それに例えそうではなかったにしても、想いを伝えあった二人の間に入る余地はない。


 まあどちらにせよ、王太子フィリップのライバルにはなりえないのだ。


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