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290話 繋がった!

 フィリップに説明を求められたニコラは、頭の中を整理しつつゆっくりと話し始めた。



「私が『アンリの懐中時計』という言葉を聞いたのは昨夜のことで、発したのはここにいるヤニックです。

 彼はこの宮殿の時計工房に所属している『時計のお世話係』で、私たちは昨日の夕方、時計工房で知り合いました。

 そこで私は特権を行使することになったのですが、彼はそれに協力してくれて、時計塔に取り残された被害者を救出する際に大いに貢献してくれました。

 ・・・それで、その救出が終わった後、ヤニックは私に懐中時計を見せて欲しいと言ってきたのです。

 実を言いますと、時計工房に預けている間に親方と呼ばれる男に壊されて、蓋が閉まらなくなっていたのです。彼はそれがどうなっているか心配して声を掛けてくれたのです」



「蓋が壊されたって、肖像画は無事なのか」とフィリップ。


「はい、肖像画は無事です」



「それでそれを壊した者はどうした」


「別の嫌疑、私が特権を行使した事件ですが、その容疑者として拘束し騎士団に引き渡しています。また事件の捜査はレーニエが指揮をとって進めることになっているので余罪として蓋の件も報告してあります」


「分かった。それについては後で聞こう」


「はい。

 それで懐中時計を見せたところ、ヤニックは蓋も、動かなくなっているのも直せると言いました。

 奇遇なことにヤニックは王都に来るまで辺境の隠れ里にある時計工房で時計師をしていて、王都に来てからもその修理を祖父に任されていたという、あの懐中時計のエキスパートだったのです。

 彼と知り合えたことは幸運でした。おかげでリリアンは祖父の形見を置物にしなくて良くなるのですから」



「ああ、リリィがあれを懐中時計として使えるならそれが一番良いしな。リリィの喜ぶ顔が目に浮かぶ。

 それはそうと、その懐中時計は今どこにある?」



「はい、ヴィクトル次期辺境伯に渡しました。

 本日、殿下に修理を任せてもらっても良いかお伺いを立ててからヤニックに渡すという手筈でした。

 それというのもこれを修理するには材料や道具の揃った自宅に持ち帰らねば出来ないとヤニックが言ったので、宮殿外に持ち出すなら事前に殿下に相談する必要があると考えてそうすることにいたしました。これは私の判断です」とニコラは言った。



 まあそれはそれで嘘ではなかったが、実際は伯父が独断でヤニックに修理を依頼し、それをヤニックに持たせて帰らせようとしたのでニコラが止めたというくだりがあるのだが、それは言わなかった。それに見せてくれと言われてニコラの手を離れた懐中時計はニコラの手に戻されず、伯父に取り上げられてしまったことも。

 ヴィクトルが懐中時計を持っているのはそのせいなのだが、流石にそれをそのまま伝えると伯父の印象が最悪になってしまうので、伯父を庇ってニコラの意思で渡したことにしたのだった。



「そうか、それは良い判断だ」とフィリップは言った。



 ここでフィリップがヴィクトルに出してみろと言わなかったのは幸いだった。


 実を言うとヴィクトルはニコラに言われたことを守っておらず、ニコラと別れたらすぐに修理を始めてくれと言ってヤニックに懐中時計を渡してしまっていた。今現在、懐中時計は物置のような小屋に置き去りになっていた。それも外から見えるところに分解された状態で・・・。


 不用心過ぎた。


 あれがバレたらどんなことになるか・・・ヤニックは恐ろしくて気絶しそうだ。



 そんなことになっているとは知らないフィリップはそのまま続けた。


「もちろんヤニックに修理をさせるにしても、ニコラが危惧するように修理する場所がそこではいささか心許ないように感じる。先にその場所を視察し安全が確保できるか確認してからにしたい。なんならそこに騎士を派遣させても良いし、宮殿内に場所を用意しても良い」


 宮殿内にと聞いて驚いたヴィクトルは、そこでフィリップが喋るのを遮って声を上げた。


「殿下っ!それは約束が違います!懐中時計の修理工房は私どもに任せてくださる約束です!!」



 これは、辺境伯になろうかという者がやってよいことではない。

 あまりものことにニコラが「伯父上!」と立ち上がって叱責し、エミールは「ひえっ」と身震いした。それはそれほどとんでもない事で、今ここで切り捨てられても文句は言えないほどの不敬だった。


 だがフィリップはニコラに何もしなくて良いと手で合図を送った。見逃して良いということだ。ただ、呆れた声で大きな溜息はついていたが・・・。



「はあ。

 そんなことは分かっている。リリィの懐中時計を修理する為だけだ。

 ではエミール、これが終わったらヤニックと打ち合わせをし、準備を進めるようにしてくれ」


「分かりました」



「ではニコラ、元のアンリの話を続けてくれ」


「はい。えーっと、それで・・・この祖父が使っていた懐中時計についてなのですが、現在辺境の騎士達が使っている物と材質が違っていて軟らかい金属で出来ているそうで、元々凹みやすく壊れやすいのだそうです。

 しかし祖父は新しい物ではなく、その古い時計をずっと修理しながらも愛用していた。

 何故か?

 その理由を、ヤニックは祖父から聞いていました」


「何と?」


「昔、友人夫婦を助けた礼に友人から贈られた品だから、なんだそうです」



「昔、贈られたもの、か・・・。

 そんな昔にあのような懐中時計があったということも驚きだが、いったい誰が」



「はい、そこなのです。

 昨夜、ヤニックは祖父の懐中時計を手にしてそれを『アンリの懐中時計』と呼びました。これがそのヒントではないでしょうか。

 つまりアンリ殿下に貰った懐中時計、若しくはアンリ殿下が作った懐中時計、それかその両方か」



 フィリップが目を見開いてニコラの腕を掴んだ。


「その()()がアンリ殿下自身だったってことか!」



「はい、たぶん。しかも、その祖父に懐中時計を贈った()()こそ、ジラール領で懐中時計を生産出来るように尽力した人物だ、とヤニックは祖父に聞いているそうです」



「!」


 フィリップは息を呑んだ。



「懐中時計はアンリ殿下が作ったものだったのか。職人でもないのにそんなものまで作れるだろうか?いや、・・・でも確かにそうだ」



 もちろんアンリという名を持つ者は沢山いるだろう。


 しかし、マルセル・ジラールの友人アンリは懐中時計をくれただけでなく、それをこの地で作れるよう尽力できるような人物だ。


 今より以前にあんなに小さく、精密で、正確な時を刻む時計を作れる人物がいたとは知られていない。実際に辺境の懐中時計は時代を超越していると言えるほど先進的だ。

 時計としての機能に優れ、携帯して屋外使用に耐えることも出来て、更に芸術的にも優れた完成度の高過ぎる時計。

 そもそもこれを見せられるまで我々には時計を持ち運んで使うという発想すら無かった、それくらいの物だ。



 そんなものを作り出せる人間が天才アンリ・プリュヴォをおいて他に誰がいる?


 この懐中時計こそが、アンリが辺境にいた証ではないか。



 そう結論に至った二人は、しばし見つめ合ったまま無言になった。内心はもうトキメキまくりだ。




 やがてフィリップは口を開いた。


「凄いな、とうとう繋がった」


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