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25話 帰領までのひととき

 花祭が終わると王立貴族学園生ならばテストの勉強もしなければならないだろう。


 初等部では「貴族のあり方」だとか「貴族のための法律」とか「社交術・遊戯」、男性だけに「騎士・基本演習」女性だと「淑女マナー」とか「刺繍」とかだ。


 それらはどれも内容が易しかったが、高等部になると途端に難しくなってくる。


 ニコラは必須科目の「法学」や「数学」「哲学」などに加え、選択科目の「領地経営学」とか「経済学」「畜産学」「資源・資源活用学」など領地経営に必要な学科と、領地騎士団を指揮する為にとった騎士系科目「騎士・実技」とか「騎士・防衛学」とか「騎士・医療学」などがある。騎士課程はともかくもう悲鳴を上げそうだ。


 試験は16日ある試験期中に午前と午後に1つずつ予定されている。必要な科目の試験を受ければ良いので選択科目によって1日で2つある時もあれば、1つだけの日もある。大体午前は必須科目になっているようだ。


 今まで成績は中程をキープしていたからと安心していたが、だんだん専門性が上がってきているのだ。ニコラはちょっと欲張りすぎたかぎっしりだ。スケジュールが発表されて焦りを感じている。


 流石に朝のジョギングは1日おき、昼は殿下に護身術の指南は続けるが、鍛錬や筋トレは気分転換くらいにして極力削り、後は試験勉強に費やすことにした。


 早いタイミングの試験から結果が発表されて本来テスト明けは休みのはずなのに、そこに再試験が入ることになるのだ。もし再試験になんてなったら殿下になんて言われて、どんなに恨まれることか。

 ニコラが王都に居残りになると、領地行き自体が流れてしまう。


 あと3週間余りしかないのは同じはずだが、成績優秀な殿下は余裕なのだろうさっそく花祭の次の週末にはベルニエ家に遊びに来ている。



 そうではない。


 フィリップは明日にはリリアン親子が領地に帰るから、それに間に合うように来たのだ。



 今回は前もって来訪が伝えられていたが、対応は今までと大して変わらなかった。


 最初に鍛錬場で手合わせだ。


 1週間の付け焼き刃ながらさすがフィリップは筋が良い。だけど、ニコラ相手と違って小さいリリアンでは勝手が違っているし、万が一にも痛い思いをさせたくない。加えてリリアンの方がリリアン拳歴が長い分、技の種類が豊富で手数も多い。



「はあ、はあ、まいった。リリィに押されてとうとう壁際まで来てしまったよ」


「さすがフィル兄様、たった1週間でこんなに使いこなすなんて凄いです。私も途中からは手加減なしで技を繰り出していたのに全て防がれてしまいましたね」


「もうこちらから技を出すことを諦めて、受けることに集中していたんだ。スピードが早いし衝撃力もあって本当にもう降参だよ。それから急所を狙わずにいてくれたから助かった」


「ええ、従兄弟と対戦した時にお祖父様が『勝てないと思った時に使え』と教えてくださった『急所狙い』を繰り出したら、大変な騒ぎになって以来、暴漢相手以外には使わないと約束しましたの」


「うわぁあ、受けた者がいるのか、恐ろしい」


「大丈夫です!フィル兄様には絶対、絶対使いませんから」


 リリアンは両手をぶんぶん横に振って一生懸命否定した。


「だったら安心だ。僕からも技が出せるようこれからもニコラに習うよ。また対戦しよう」


「はい!」



 これが王太子と6歳令嬢の、若しくは婚約者候補同士の会話だろうか。

 王子が少女相手に対戦するのも、令嬢が体術の使い手なのもどちらも間違ってる気がするが楽しそうなのでまあいい。


 ニコラは今日もお目付役として2人に付き合っていた。しかしあんなにイチャイチャしていた割にせっかく会ったら護身術の対戦とか色気のないことだ。


 あ、6歳相手に色気のあることをされたら犯罪か、それにあの殿下だしな。


 時々2人に目をやりながら、また暗記用に書き出したメモに目を落としブツブツと声に出して繰り返し頭に叩き込む。


 そもそもニコラがフィリップに教えたのは辺境伯領の体術から抜粋したものなので厳密に言うとリリアン拳とは違うものだ。リリアンが繰り出した技の説明やコツを聞いて「こうしたら?」「こう」「これでいい?」「そう」などとやり合ってしばらく楽しそうに盛り上がっていた。



 そしていつもの客間。今日は午前中から来ることになっていたのでお昼を一緒に食べようとリリアンはフィリップが到着するまでの朝の時間にカスクートサンドを作るのを手伝っていた。


 やっぱりリリアンが厨房に入れる日はフィル兄様に会えるジンクスは逆のパターンでも効きめがあるらしい。フィル兄様が来られる日は厨房に入れると。


 料理長はと言うと、王太子様にいったいどんな食事を提供したらご満足頂けるのかと頭を抱えて悩んでいたところでのリリアンからのお願いで喜んで手伝わせてくれた。


 リリアンが手作りしたものならば王太子様は大喜び間違いなしで、もう何を作っても失敗しようがないからである。



 カスクートサンドは、フィセルというバゲット型のパンを使うのだがこれは片手で持って食べられるような細くて短いものだ。これに切れ目を入れて色々な具を挟んだら出来上がりだ。


 ハムにブリーチーズとレタス、エビとアボカド、スモークサーモンにクリームチーズ、酢漬けキャベツにグリルソーセージとマスタード、大胆に板チョコを挟んだものも!



 それとは別にクラッカーのカナッペも用意した。


 カマンベールチーズと蜂蜜、生ハムとグリーンオリーブ、パテ、ブルーチーズ。



「すごい!こんなに色んな種類があると迷ってしまうね。リリィのオススメはどれかな?」


「そうですね、フィルお兄様はどのくらい召し上がりますか?ジェフが出してくれた具材がたくさんあって色々組み合わせて作ってみたけれど、実は私が食べたことないのもあって悩んでしまいます。いくつまでオススメできるのかしら?」


「そうだね、僕はカスクートサンドを2本とクラッカーは全種類食べられそうだね。リリィは?」


「私はカスクートサンド1本も食べたらお腹がいっぱいになりそうです」


「殿下、リリアン、私はカスクートサンドを全種類食べたい。だから半分にカットして皆でシェアしないか?」


「お兄様、さすがです。私、フィルお兄様がどの味が一番お好きか知りたかったから。そうしたらたくさんの種類が食べていただけますね!ではさっそくジェフに切ってもらいます!」



 料理長のジェフは王太子様に過不足なくサービスを提供できるように、壁際に控えていたが、コック見習いにカットボードとナイフを持って来させて、ワゴンの横の『魅せパフォーマンス台』で思い切りよくザクっ、ザクっと半分にカットしてくれた。

 リリアン用に更に小さくカットして崩れないように、可愛い飾りの付いたピンまで刺してくれた。


 そこまですると、もう別の料理のようだが。


 今日、カスクートに使ったフィセルは王都セントラル広場近くの人気のパン屋フールニエの物だ。クラストが薄くカリッと香ばしく焼かれ、クラムは軽く、歯切れが良いので具を挟んでも食べやすくて最高だ。


 この店は春夏は息子がホットドックを露天販売し、秋冬限定で奥さんが焼くブリオッシュもシーズンが心待ちな逸品らしい。だが一番人気は定番のバゲットだ。

 旦那さんが焼くバゲットは香りの良い小麦を使っていて王都イチではないだろうか、いくらでも食べられる。

 やはりこれが目当てで窯出しの時間にはいつも行列ができる人気のこだわりのパン屋だ。王太子様にカスクートサンドを提供すると決まって、今朝そこに焼き立てを買いに行かせたのだ。



 それからサラが紅茶をいれてくれた。

 ちなみに情報だが、ジェフとサラは夫婦だ。そういうとフィリップが驚いていた。35歳と19歳で2人はけっこうな年の差婚、しかもジェフからの熱烈な求婚の末のアツアツ新婚さんなのだ。



 今日も今日とてフィリップはリリアンを膝に乗せて美味しいだの、(リリィが)可愛いだの言いながら食べさせあいこをしているのだが、なんだかいつもと違って見える。


 リリアンの右手がフィリップの肩と胸の間の辺りに置かれているせいだろうか、それともフィリップの左手がリリアンの腰をまわってお腹を抱いているせいだろうか、今までより親密に見える。

 この間まではチビ妹をちょこんと膝に乗せて世話を焼く優しいお兄さんって感じで、保護者感しかなかったのに・・・。


 何かいけないものを見てしまった気になるから、やめてくれ。と心の中でだけ言ってニコラはカナッペを一口でパクついた。


「あー、ここにこの間のフラッペがあればなあ。もう一度飲みたいよ」


 ニコラが言うとフィリップがリリィの口についたパンくずを優しく指でとってやりながら、すかさず突っ込む。


「お前、この間手に持っていたの、お酒が入った方だったろ。ロンググラスのはサクランボが入ってなくて、アルコールが入ってた。しかも3杯目は女給に酒が入ってるって指摘されてサクランボを他のグラスから取ってのせて持って行っただろ、女給が困った顔をしていたぞ」


「な、それ今言う?」

 そこに執事もいるのだ、親にバレる。


「あれは量が多かったから私も飲もうと思ったが、酒入りだったから諦めたやつだ。お前が持って歩いてるのを見て声をかけようと思ったらマルタンが来たから言えなくて、気づいてないのかと思って気にしていたんだ。そしたらお代わりしてるし、3杯目でハッキリ分かってやってたなって思ったね」


 この国では食事中にワインを飲むのは特に年齢制限はないが、その他のリキュールとかブランデーなどのアルコールはアルコール中毒を考慮して成人の18歳になってからだ。


 フィリップはニヤッと笑って言った。

「マルタンが言ってたぞ。ニコラが酔っ払って宰相に絡んだって」


「うわー、何それマルタンのやつ!いや、まだあの時はそんなに飲んでない時で酔ってはなかったはずだ。シラフで絡んだんだって!しかし、それはそれで良くないな。気がつかずに飲んで酔ってたことにしてた方がいいか」


 宰相の前で酒、いやそれより宰相相手に喧嘩を売ったような形だったけれど、あちらが相手にせず丸く治めてくれたので大ごとにならずに済んだのだろう、もしあれが前宰相のルナールが相手だったら今頃は命を狙われてたな。まあ、返り討ちにしてやるけど。


 今更ながら、ちょっとヒヤリとしたニコラだった。

ジェフとサラは、フィリップとリリアンもぶっ飛びの年の差カップルでした

 _φ( ̄▽ ̄ )


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