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289話 フィリップの目

 ニコラの言葉を聞いてフィリップは「何が何だって?」と怪訝な顔で聞き返し、ヴィクトルは「ちょっと待ってくれ」とあたふたとした。



 何故か話が通じないことに首を捻りつつ、ニコラはもう一度同じ言葉を繰り返す。


「えっ、何って、リリアンの貰った祖父の形見の懐中時計のことをヤニックが『アンリの懐中時計』と言った話ですが」



「リリィの()()時計が?


 ・・・アンリの懐中時計だって?」



 おもいっきり疑問符を付けてまるで初めて聞いたかのように驚くフィリップに、今度はニコラが驚く番だ。



「ちょっと待って下さい。今までここでその話をしていたんじゃなかったんですか?

 ヤニックがいるし、てっきりその話をしていたんだと思っていたんだが、・・・違うのか」



「いいや。

 確かに私はアンリに関する話をすると聞いて来たのだが、ここに来て聞かされたのは王都に辺境の懐中時計の拠点となる修理工房を作りたい、という話だ」




「そうなんだ・・・」



 口には出さなかったものの、心の中でニコラは(え〜ウソだろ!?)と思っていた。


 そんなのはわざわざ王太子を呼び出して話さなくても、普通に嘆願書に書いて出せば済む話だ。


 願いがあれば直訴せず書面で。これは貴族の子供でも、いいや平民でも知ってるくらいの常識だ。



(百歩譲って直接その話を殿下にするにしても、重要な話を後回しにして自分の望みを先に口にするなんてもってのほかだ。

 そんな騙し討ちのようなことをせず真っ先にアンリの話をしていたら、きっと殿下は喜んで褒美に何か望みはないかと聞いてくれていただろうに・・・)



 いくらヴィクトルが領地を愛し、熱い思いを持っていたとしても、そんなの関係ない。他人の目から見るとヴィクトルのしたことは王太子をナメた無礼で不遜な行為でしかない。

 すぐにでも引っ立てられてもおかしくなかったが何も咎められていないのはヴィクトルがニコラの伯父だからお目溢しにあったのだろう。果たして本人はそれに気付いているのかいないのか。



(それに殿下は今日と明日、あとたった二日しか残ってない学園の冬季休みの貴重な時間を削ってここにいる。

 普段でも公務に研究に鍛錬、それにリリアンとの交流の時間も必要で、休みといえど毎日多忙だ。特にここ数日はお祖母様の出自を皆に披露する準備もあったし昨夜も徹夜をしていらっしゃる。それくらいのことは伯父も知っていたはずなのに。

 いくらショートスリーパーといえど連日睡眠時間を削ってお疲れだったところに、今日聞かなくてもよい話に長々と付き合わされるなんて、本当に殿下がお気の毒だ)



 ニコラはフィリップに対してとても申し訳なく思い、今すぐにでも伯父に代わって土下座したい気持ちになったが、ここで代わりに謝罪をしたり叔父に対してそれはいけないことですよなどと咎めるのは得策ではない。それは同じ一族の長である伯父を王太子の面前で貶めるのは一般的に考えてそれはそれで良くないこととされているし、また敢えてヴィクトルの非礼を見逃してくれているフィリップの温情に背くことにもなる。



(むぅ、我慢だ。あとでこっそり殿下に詫びよう)



 フィリップは黙ってニコラの様子を見ていた。


 ニコラが何を考えているかは長い付き合いで手に取るようによく分かる。しかしフィリップも無自覚にヴィクトルを好き放題にさせていた訳ではない。


 今まで王都に呼んでも必要最低限の期間、必要最低限のことしかせず、王家から逃げ回ってほとんど接点を持とうとしなかったヴィクトルだ。その人となり、そして忠誠心を見るために自由に泳がせていたという側面もある。次期辺境伯としての適正を見るために。




 フィリップは王太子という立場から考えるとかなり柔軟で、付き合いやすい部類の人間だが、自分が国の将来を左右する存在であることを重々承知している。


 もっとも子供の頃は、もし自分に何かあったら平民になった父の弟オーギュスタンやその子、つまり従兄弟のリュカが次の国王になるのだと思っていたが、それを聞いた父リュシアンは否と言った。

 一度平民になった王族に国民の誰がついて行くのだと。フィリップに何かあればその時最も強い者が王になる。国は乱れ再び荒れた時代がやってくる可能性も大いにあると教えられた。


 国を保ち、未来に繋げていくことは王太子であるフィリップの負う役目で存在意義だ。責任は重大だ。だから真に信頼出来る人間しか側に置かないし、重用しないと決めている。





 フィリップはヴィクトルの方を見たが、その目はさっきまでと違って冷えていた。


 ヴィクトルは「いや、段取りがあって」とか「これからするところだった」とモゴモゴと言い訳をしていてそれも不信感を増幅させた。


 フィリップはいつアンリの話が出てくるのだろうと思って聞いていたのだが、最後までアンリのアの字も出てこなかった。

 一通り話が済んで、お茶を飲んで、いよいよ話すことがなくなっても。そして今でさえ話し出す素振りがないではないか。


(もう分かった。これ以上泳がせる必要はない)



 フィリップはヴィクトルから視線を外すとニコラに向かって言った。



「ニコラ、その話をもっと詳しく聞かせてくれないか」


 この話は信頼できるニコラから聞く、という意思表示だ。



(あ〜あ、だから伯父さんは。言わんこっちゃない)とニコラは内心思った。


 実を言うと昨夜、アンリの懐中時計と聞いてレーニエが "このことは宮殿に帰ってすぐに国王陛下と王太子殿下に報告する" と言ってくれたのでお願いしたのだが、いざ出ようとすると伯父が "私が報告する" と言ってきた。

 確かに懐中時計は元々伯父の父親の持ち物だし、懐中時計といえば伯父の領地ジラール領だ。ならば伯父が報告したいと言うのも無理はない思い我々は伯父にその役を譲ることにした。


 しかしその時に一応 "これは王家にとって大切な話だからなるべく早く知らせて下さいよ" と言っておいたのだが、それだけではその重要性が伝わらなかったようだ。


 これはニコラ達の落ち度なのか?


 だけど "これは行方不明のままだった先先代の王弟のその後の足跡の重要な手掛かりであり、王太子妃になるリリアンの祖母の父がアンリ殿下であるという、より有力な証拠になる可能性があり、尚且つ王家の歴史は殿下の研究テーマで、その中でもアンリ殿下は特に興味をお持ちになっている人物だから・・・" って、これから辺境伯を名乗ろうかという相手にそこまでくどくどと言う必要があるとは普通思わないだろう?



 まあ、今更言っても仕方がない。殿下は俺に説明せよと仰っておられるのだ、だったらするまでだ。



 ニコラは「分かりました」と頷いた。

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