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282話 庶民の男

 昼食を終えたフィリップは "アンリ殿下に関する重要な報告がある" というヴィクトルからの伝言を受け、その話を聞く為に自分の応接室に一人で向っていた。


 いったいどんな話が飛び出すのかと興味津々でフィリップはルンルンだ。



(・・・まあ、ルンルンなのは先ほど遂にリリィと "婚約" したから、っていうのもあるけどね!)



 自分で自分の気分をルンルンと言ってしまうあたりよっぽどだが、でもヴィクトルの話が楽しみというのも本当だ。わざわざ重要で今日会いたいと日付を指定してまで王太子を呼び付けるのだから、その話が詰まらないはずがない。

 しかしアンリについてはもう何年も長い間研究されていて流石にもうこれ以上はないのでは?とも思う。期待しすぎはガッカリの素、浮かれ過ぎないようにドアの前でいったん気持ちを引き締めた。




 フィリップが黒のサロンに入ると既にエミールとヴィクトル、それにもう一人男がいて、三人は横一列に並んでフィリップを迎えた。



「王太子殿下、本日はお忙しい中このような場を設けて下さり、どうもありがとうございます」


「ああ、アンリに関してトンデモナク重要な情報があるんだって?」


 ヴィクトルがさっそく挨拶をしてくるとさっきの戒めはどこへやら、フィリップは顔を綻ばせた。しかしヴィクトルの隣に見慣れない男がいるのに目を留めると一瞬で笑顔を消し真顔になった。


「ヴィクトル、お前の隣にいるのは誰だ」



 初対面の男が紹介もなしに至近距離にいる、なんてことは王太子であるフィリップにはまず起こらないイベントだ。


 ここは王宮内のフィリップ専用の応接室で、他の誰も近寄らない密室だ。相手の男はヴィクトルほどではないが背が高く、敏捷そうな体つきをしている。

 王太子である自分の身に何かあれば国が揺らぐ。フィリップは細心の注意を払って生活せねばならないのに、会談相手はヴィクトルと聞いていたから安全は担保されていると思って護衛を連れて来ていなかった。


(ヴィクトルはとても強いがそもそもこの男はヴィクトルが連れて来たのだろうし、いざという時にヴィクトルは頼りになるのか?)そんな疑いが頭をよぎったせいだろう、フィリップが男に向けた視線は至極冷たいものだった。


 咎められ引っ立てられる恐れもあった。しかし男は王太子にそんな目を向けられてもオロオロする事もなく目線を下げたまま落ち着いて立っていた。




 逆に横にいるヴィクトルが慌てて頭を下げた。


「はい、殿下。これは宮殿の時計工房で時計のお世話係をしておりますヤニックという者で、怪しい者ではありません。これからする話には彼が不可欠なので私が連れて参りました。

 紹介が遅れましたこと、誠に申し訳ございませんでした」


 ヴィクトルの横でエミールがコクコクと必死に頷いている。


 その様子でこの男は危険ではないとエミールが判断し、入室を許可したのだと分かった。

 確かに宮殿で働いているのなら一応身元は確かなのだろう、本来であればフィリップが部屋に入って来た時にエミールが二人を紹介するはずが、ヴィクトルが先走って挨拶をしてしまったせいでこんなおかしな事になったのだ。



(私の杞憂だったのは分かった。それでも入室させる前に一言欲しかったけど)と思ったが、エミールに小言を言うのは後にした。



「・・・分かった、では座れ」


 フィリップは渋い顔のまま皆に席に着くよう促した。





「では重要な話をする前に、まずざっとここまでの経緯と彼について説明させてもらいます」とヴィクトルが言うのでフィリップは頷いた。


「私は昨日あれからニコラを連れて時計工房に行きました。

 ここの時計師が父の形見の懐中時計をどうするのか気になったからなのですが、行くとちょうどこの彼と筆頭時計師が誰がこれを直すかで揉めているところでして、私はそこで彼が『元・辺境の時計師』だということを知りました」


「辺境の時計師がうちにいた?

 そのような者がいるとは聞いたことがないが、本当か」


「はい、本当です。

 現に彼は私の父や父の懐中時計について私の知らない事を多く知っておりましたし、その内容も信憑性の高いものでした。

 実を申しますと懐中時計を自領で作り、なおかつ自分でも何十年と使っていながら私は今日(こんにち)までその製造に関してほとんど何も知っていませんでした。父マルセルは領内に隠れ里を作ってそこに懐中時計の工房を置き、誰も寄せ付けず、話さず、出来たものを持ち帰るだけ、製造場所や製造法を長い間ずっと秘密にしていたのです。それこそ領地経営と騎士団の運営は義母と私に任せっきりだったのに、時計工房については全て一人で行っていました。

 結局、最後までそうでした。

 私は一度だけ場所を教えらましたが、それだけでした。

 しかし、父は彼には・・・隠れ里で生まれ育った彼には幼い頃から時計の作り方から材料の手配、隠れ里を守る為の防衛術まで、あらゆる事を教えていたそうなのです」


「ふうん」とそこでフィリップが何か考える素振りを見せたので、ヴィクトルは少しはこの話に興味を持ってくれているようだと期待しながら続きを話した。


「それで昨夜の話に戻りますが、その彼らの言い合う話を聞いていたニコラが、出掛けたまま戻って来てない時計師が時計塔に取り残され命の危険にさらされているのではないかと気付き、特権を発動して救出に向かうことにしました。それで大勢の騎士達と一緒に私たちも行ったのですが、」


 そこでヴィクトルの話をフィリップが遮り、エミールに言った。



「あ〜、ちょっと待て。ニコラはどうした?私はその特権発動の報告をまだ受けていないのだが?」


「はい、ニコラはソフィー嬢とその母君が帰るのを見送りに行きました。その後その特権がらみでちょっと騎士団に寄ってくると言ってました。

 ですがリリアン様の侍女に戻って来たらこちらに来るように伝えてくれと言っておきましたからもうそろそろ来る頃かと思われます」



 エミールは澄ましてそう答えたが、そろそろ来るもなにもニコラはカジミール副総長とコロンブを捕らえて本部に引き渡し、ようやくこれから騎士食堂でちょっと遅い昼食にしようかと言ってるところだ。

 しかしそんなことになってるとは知らないフィリップはエミールの言葉を信じて満足げに頷いた。



「よし。ではヴィクトル続けて」



「はい。セントラル広場の時計塔に行くと時計師が歯車の上で動けない状態で意識を失っていました。我々は救出に乗り出したのですが、その時一番活躍したのがここにおりますヤニックです」


 フィリップがそこで「へえ」と感心したようにヤニックを見ると、ヤニックは恐縮したように小さくなっていえいえ私なんぞという風に首を横に振った。フィリップはその奥ゆかしい様子に好感を持ち、口元に僅かな笑みを浮かべた。



(チャンス!)


 ヴィクトルは場の空気が緩んだ瞬間を見逃さなかった。王太子殿下の機嫌が良くヤニックに対する警戒心が解けたこのタイミングで今日一番の重要案件をぶつけることにした。


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