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281話 笑うニコラ

 もうお腹がペコペコだ。


 とりあえず腹を満たしてから図書室に行こうと思い、ニコラは建物の中を通って食堂に向かった。


 このルートは騎士団本部の奥の方に繋がっている近道で、総長、副総長、それから団長クラスなど偉い人の部屋がズラリと並ぶ前を通るからか皆んなはわざわざ外に出て大回りして行くのだが、禁止されているとは聞いてない。


(多分通っても怒られることはないと思うがさすがに誰もらん。シーンとしてやがる)


 防音が効いているのかあまりにも静かで何だか悪戯心が疼いてきた。ニコラは辺りを見渡して、ここで派手に宙返りでもしてやろうかなどとアホな事を思っていると、ガチャリと横のドアが開いて王立騎士団副総長のカジミール・アルノーが出て来た。



「あっ、副総長」


「おう、ニコラ!これから昼か?」


「はい」


「俺もだ」


 怒られるどころか「一緒に行こう」と気安く声を掛けられて、並んで歩き出した。



「あっそうだ。副総長、昨夜特権を使ったんで後で本部に届けを出しに行きますので!そのことについてはもうレーニエから聞いてますか?」


「おお、聞いた。お前も忙しいなぁ!

 ま、今日はずっとそこに居る予定だから直接持って来てくれてもいいぞ」とカジミールはさっき出て来た部屋を親指で指した。


 早く届けを確認したいのかな、と思って「はい、じゃあそうします」と答えておいた。




「そういえば今朝お前が連れて来たという従兄弟の弟の方、あいつ面白いな」


「えっ、エドモンのことですか」


「ヴィクトルの息子の、サシャじゃない方な。

 さっき屋外練習場でしごかれてる所を見たんだが、なんか生きてきたなかで最大の悲しみの中にいるとかで本人泣いててボロボロで、構えも碌にとれてないんだが、その割に打ち込まれても上手く受けたり躱したりしてて一向に一本取られないんだ、あれはなかなかの見ものだった。

 まともな時はどんなに腕が立つのか早く見てみたい」



「ああ、それは本当に構えがとれなかったのか疑問ですよ。

 エドモンは反応速度がケタ違いに早いから逆に隙があると見せかけるのが上手いんです。初めて対戦する相手には正攻法よりそういう戦い方をした方が有利だと思ったのかもしれませんよ」


「そうか〜?とてもワザとには見えなかったがな〜」とカジミールは顎に手を当て首を捻った。


 それはそうだろう、エドモンはリリアンに大失恋をして何を言い出すか、何をしでかすか分からないと心配したサシャに無理矢理部屋を連れ出され、散々諦めろと言い聞かされて、屋外練習場近くのベンチでドロドロになって号泣していたところを訓練中の騎士達に見つかって「いい年して泣くな、しっかりしろ、俺たちが鍛え直してやる!」とグラウンドに引き摺って行かれ無理矢理対戦をさせられていたのだ。

 そんなだからやる気は全くなかったのだが、痛いのは嫌なので逃げていたというのが実態だ。


 ニコラはエドモンがそんなに傷ついていたとは思いもしなかったので誤解したのだろう。



「アイツは甘ちゃんで騎士道がどういうものか全く分かってないんです。だから殿下の御前でも挨拶もせずいなくなったりするし。ここでみっちり騎士道精神から叩き込んで鍛え直して頂けると助かります」


「じゃあそうしよう」


「はい、よろしくお願いします!

 ・・・でもまあ、今でも競技大会にでも出たら負けにくくて、当たると厄介な相手になるんでしょうけどね」


「へ〜、それはお前でもか?」


「まさか、他の人にはですよ。俺は一瞬です。

 しかしどこに消えたのかと思っていたら屋外練習場にいたとはね!

 サシャも一緒でしたか?」


「ああ、一緒だった。

 でももう終わって第三騎士団の連中と仲良く食堂で飯でも食ってる頃だろうよ」


「そうですね。アイツらはもう、こっちの気も知らないで呑気なことだ!」とニコラは笑った。


 ニコラは騎士団と一緒にいるなら問題ない、もう二人のことは放っておこうと思い話題を変えた。




「ところで副総長、昨夜時計塔で倒れていた時計師の容態はご存知ですか?もし障らないようなら後で見舞いに行こうと考えているのですが」


「そうだな、さっき受けた報告では体温は回復してきたものの意識はまだ戻ってないということだった。

 しかし同僚の時計師が事情聴取の後で様子を見に来たと言ってたから見舞いは出来るだろう。でもまあ念の為に救護班長に一声掛けてから行ってくれ」


「はい、分かりました」


「それとお前が持って来た案件だから一応言っておこうと思うが、その加害者の方の態度が悪くてな、聴取が難航しそうだったんだがレーニエがヤツはこの件に関して完全にクロで余罪もある可能性が高いからヴェリタスを使いたいと言っててな、被害者の方もそんな感じで喋れないしで使うタイミングとしてはちょっと早いがそれを使うことになりそうだ」


「ヴェリタス?」


「あ〜、自白剤だ。

 昔は『恩恵』とか言われてた前宰相ルナールの持ち込んだ特殊な作用のあるハーブでこれを使うと何でもベラベラと喋り出すという代物だ。その用途で使う時、我々はこれを『ヴェリタス(真実)』と呼ぶことにしたんだよ。

 数年前から御用薬学者を筆頭に研究されていたんだが最近余罪のありそうな重罪人に限って使えることになったんだ。外国でしか採取できずかなり希少なものらしいし命や精神を蝕むこともあるような危険な物でもあるそうで色々と制約が多くてそうそうは使用許可が下りんのだが、レーニエは今回は余裕で条件を満たすと言っていた。

 まあ最終的には会議を開いて決めるから分からんがね」



「へ〜、もうそんな話になってるんですね。

 でもあの恩恵が自白剤に・・・それでついでに昔の時計塔の事件も真相が判ればいいですけど。

 そういえば時計塔と言えば、もう一つ。昨夜の特権の協力者の届出に時計師モーリスと時計のお世話係のヤニックの名前があったかご存知ではないですか」


「ああ、あった。騎士以外の名前があるのは珍しいから記憶にある」


「ありがとうございます、届け方が分かったかどうか気になっていたんで」



 流石だ、なんとニコラの騎士団へ行く用事はカジミール副総長と話すことでほとんどが解決してしまった。副総長という役職柄、騎士団内の情報はほぼ全てカジミールを通ると言っても過言では無く、ある意味カジミールは騎士団の生き字引。時として総長より役に立つ。



 調子に乗ったニコラはコロンブの件もカジミールに相談してみようかと思い、立ち止まって声を落とした。もう食堂が目の前だったのだ。



「副総長、実は先ほどちょっと気になるものを目にしまして・・・」



「うん、急に改まってどうした?」



「宮殿図書室の司書にコロンブ・ビュイソンという男がいるのですが、聞いた話では女遊びが酷く未婚の若い令嬢方と関係を持ってはポイと捨て、後で関係した事を周りに言いふらすという最低なヤツだそうでして」


「うん?」


「先ほどソイツが宮殿一階の大廊下の突き当たりで、こともあろうに王妃殿下の侍女見習いにキスをしていたんです」


「何!?」とカジミールは突然険しい顔で声を荒げた。


「それでどうした?」



「はい、二人は図書室のある方へ消えて行きました。

 ある筋から聞いた話では、コロンブは普段から昼食を食べず、その時間帯によく図書室の一般が立ち入らない奥の書庫に令嬢を連れ込んで事に及ぶのだとか・・・」


 この情報は去り際にコレットがこっそり教えてくれたのだ。

 本当は人目につかない奥の部屋に連れて行くと言ったのであって、事に及ぶとまでは言わなかったのだが大方そんなところだろうと思ってちょっと捏造した。

 そこまで言えばすぐにでも見張りを付けてくれるだろうと思ったのだ。真実は見張ってれば分かるから捏造した部分が事実と違っていても俺の聞き間違いでしたで済む話だ。


 しかし、カジミールはニコラが思った以上の反応を見せた。



「ちょー待て!!そりゃヤバい、ニコラ今すぐに行こう、一緒に来い!」とニコラの話を途中で止めて、身を翻して走り出した。



「はいっ!」


 図書室方面に向かってニコラも走り出した。

 走りながらカジミールが叫ぶ。



「で、その侍女見習いの名は?」


「分かりません!」


「今、俺の嫁さんの妹が侍女見習いに入ってんだ!

 それがリディだったら最悪だ!」


「義妹さん?」


「そう、しかもリディには婚約者がいる!次期司法相と目されているオラースだ。結婚の日取りも決まってる、来春だ!」


「そりゃ大変だ!」


「急ぐぞ!」


「はい!」




 副総長は図書室のドアをガラガラピシャーンと派手に開け「リディ!リディ!無事か?どこにいる?いないのか?リディ!!」と大声で呼ばわりながら入っていった。ニコラも後に続いて入る。



 すると奥の方でガタン!バサバサーッと沢山の本が落ちる音がして何か言い合うような声がした。それから「助けて下さい!」とハッキリとした女性の声がしてガチャガチャと激しくドアノブを回す音がした。しかし鍵がかかっているらしくドアは開かなかった。



「あそこか!」


 カジミールは「危ないから後ろに下がって!」と叫ぶと音がしていたドアに突進し体当たりした。

 ニコラも一緒になって交互に体当たりだ。


 中で男が叫んでいる。開けるから待てとか止めろとか言っているようだがこちらは体当たりに忙しくて何を言ってるかよく分からないしゆっくり話を聞いてる暇もない。逃げられたり証拠を隠蔽されたら困るしとにかく急ぐ!


 ドアは開かなかったがやがて壁ごと倒れ、中にいた二人が姿を現した。壁は一見しっかりしたものだったが間仕切りのような後から取り付けたもので留め具はそれほどしっかりしていなかったらしい。ドアが破れる前に天井の留め具が外れて倒れ掛かり、その重みで床の留め具もひん曲がった。




 二人は壁が倒れても当たらない位には奥に入っていたが、背中の紐が解かれて肩が露わになった令嬢はコロンブに片腕を掴まれ、もう片方の手で胸がはだけないように前を押さえて抗いながら泣いていた。カジミールが「大丈夫ですか」と駆け寄って、自らの上着を脱いで令嬢を包んでやった。



 ニコラはコロンブ確保に向かったが、一方で笑いが止まらなかった。


 一日でも早く捕まえられたら良いな、とは思っていたが、今日の今日捕まえられるとは望外だ!しかも、よりによって副総長のいる前での現行犯!これではどう足掻いたって言い逃れは出来ない。


 ニコラは軽く背負い投げをしてコロンブを床に落とし、うつ伏せにして腕を背中に捻り上げて動きを封じた。



「確保ー!」


「よし!ニコラよくやった!」



 ニコラは拳を握って満面の笑みで頷いた。


 やったぜ!この話を聞いたらソフィーはきっと大喜びするに違いない。そう思ったら今日のこの活躍は特に誇らしく思えた。


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