24話 花祭の夜、マルタンの決意
例年以上に盛り上がった花祭が終わり、まだ熱気冷めやらぬ会場を出てからどれほど時間がかかったことでしょう。私は激混みの中を抜けてようやく帰って来れたのだけど、邸に戻るとすでにお父様とお母様が居間で寛がれていました。
お父様達は我々はちょうど上手いタイミングで帰って来られたのだよとおっしゃいますが離宮から邸、さらにはお城までの道が立ち入り禁止になっていたから他の道が余計に混んで私はこんなに遅くなったのですけどね。
「ソフィー、今帰ったの?おかえり」
お兄様なんて、もうお風呂まで入っていらっしゃる。
くつろいだ服に着替えて部屋に戻って来られました。
「はい、ちっとも人の波が途絶えなくて、もみくちゃになりながら帰ってまいりました」とニッコリ笑って応えましたわ。多少の恨み節です。
「はは、大変だったね。実は一緒に帰ろうと私はソフィーを庭園に迎えに行ったんだよ?でも、見つけられなくてね。先に言っておけば良かったね」
今日は家族の中で私だけお友達と花離宮の庭園での観覧でした。お兄様達はバルコニーに招待されていたので別行動だったから仕方がありません。
「そうだったのですか、残念です。でも、気にしてくださりありがとうございますお兄様」
それからバルコニーの様子を3人が少し話して下さいました。
王太子様の婚約者候補様がお披露目されて盛り上がっておりましたが、庭園では誰もその方の存在もお顔も存じている方がいらっしゃらなくて、どんな方かと大騒ぎでしたの。私もお二人のお姿をどれほど近くで拝見したかったことか。
婚約者候補のご令嬢は、それはそれは可愛らしい方で、殿下もすごく幸せそうだったとか。
私が目を輝かせて聞いていたらお父様がポツリとおっしゃった。
「それにしても、ニコラ・ベルニエは大した男だな」
えっ?
「ええ、ニコラはこの国を救ったも同然です、大したものですよ。なのに本人はちっともそんな風に思ってないのでしょう、涼しい顔でしたね」
「惜しいな、なぜフィリップ様の側近にならないというのか。まあ、あれの母親と同類なのだろうな、どうせ領地を継ぐ方が大事とか言っているのだろう」
「ええ、彼は嫡男ですし、婿を取ろうにもリリアン様が殿下の所にいらっしゃるのですから、それももう出来ません。ニコラが爵位と領地を継ぐと言っているのに養子をとるわけもありませんしね」
「え?ニコラ様とそのリリアン様って・・・もしかして婚約者候補様は」
「ああ、ニコラの妹だ」
「まあ!そうなのですね。そういえば銀の髪をしてらっしゃいましたね」
ニコラ様は銀色よりの金髪でいらっしゃいますもの。これは辺境伯の血筋の方の特徴と聞いたことがありますわ。あの鋭い氷の刃のような、銀色に青の入ったニコラ様の瞳の色は思い出すだけでゾクゾクっときますわ。本当に格好良くて素敵なんですもの。
マルタンがニヤリとして言った。
「なんだ、ソフィーはニコラを知っているのか」
ええ、もちろん。
だって、ニコラ様ですのよ?
殿下といつも一緒にいらっしゃるから有名なのはもちろんだけど・・・。
私がニコラ様を存じ上げたのは、学園で急に男女の校舎が分かれてしばらく経った頃でございました。
当時、初等部生徒会役員をしていらしたシリル様から生徒会室に来るようにと呼ばれ、男性しかいないA棟に恐る恐る足を踏み入れました。もちろん1人で行くのは怖かったので、お友達も連れて行ったのですけど門のところで用の有る者以外は通せぬと言われて彼女達は帰らされてしまったのです。
生徒会室に向かう道すがら、ワイワイと盛り上がる男子生徒の声。もう完全にここは男子校ですわね。女子部と全く雰囲気が違いますわ。こわい。
ある教室の前に差し掛かった時に急に歓声が上がって、ふと中を見ると・・・
逞しい男性が
上半身はだかで
筋肉を
筋肉を見せつけるように
ああ、なんてはしたない。
けれど、
(なんてすごい、ステキな筋肉をお持ちの方なんでしょう!!)
そして、私の視線に気づいたのかその素敵な筋肉の方は、こちらに振り向かれましたの。
少し目を眇めて私を射抜くその眼差しの怜悧なこと!ああもう、惚れてまうやないか。
私、まだ彼に目を奪われて教室の開かれたドアの前に突っ立っていたのです。
彼は「誰かに用か?」とおっしゃられて
私が「いいえ、あの生徒会室に・・・」と言うと
指で指し示しながら「階段の向こう、突き当たりだ」と教えて下さいましたの。そしてそして追い討ちをかけるように「気をつけて行くように」と!
そのお声の響きの優しく、また素敵なこと!
お礼もそこそこに頭を下げて生徒会室に逃げるように向かいました。もう心臓がドキドキしてそれ以上お顔を見ることができませんでしたわ。
その時、他の方々はまだ筋肉比べをしていたようで後ろで盛り上がってらっしゃいました。そして去り際に聞こえたのです。「ニコラには誰も敵わないだろ」と。王太子殿下のお声のようでした。殿下は暫定ニコラ様の向こうにいらっしゃって、私は多分あのお方のお名前がニコラ様でございましょうと胸に深く刻みました。
ああ、ニコラ様!またいつかお会い出来る日が訪れるかしら?
帰りは恥ずかしくてとても教室を覗いたり出来ずただ前だけを見て早足で通り過ぎてしまいましたので、お姿を拝見することはできませんでしたがあの時の衝撃は今も忘れることができません。
ああ、しばらく4年前のあの一目惚れをしてしまったあの時にトリップしてしまいました。
気を取り直してお兄様に返事をします。
「ええ、存じ上げております。とても目立つお方ですから」
「ヘー、ソウナンダ」
お兄様どうなさいました?すごい棒読みですわね。
「今日、帰りはニコラと一緒だったんだよ。お前たちが知り合いなら先に馬車に行かせずニコラに探してもらえばすぐ見つかっただろうに。あいつは背が高いし目がいいから」
「は?ニコラ様と?」
私は眩暈がしてそこに倒れてしまいそうになりました。
ソファの背に手をかけ、なんとか持ち堪えます。
なんて、なんてチャンスを!ううっ泣ける!一生に一度のチャンスを不意にした!
「い、いいえ、でも、私は一方的に存じ上げてるだけなのです。ニコラ様は私の事など全く」
「ああ、ソフィーの片想いか」
「グフッ」重いパンチがお腹に入ったかのような質問来た。
瀕死の私を前にお兄様はなぜか満足そうでした。
「なるほどね、うんいいね」
ソフィーにはさっきああ言ったが反応が見たくてカマをかけただけだ。実際はニコラは同じ馬車に同乗してない。
モルガンとマルタン親子は祭の帰り道、ニコラの話をしていた。
モルガンがニコラを将来側近として取り込めないのならば、どうにかして自分の手札に欲しいと言い、マルタンがニコラとオジェ家の縁を深める方法が一つあるでしょうと提案したのだ。
ソフィーがいるじゃないですかと。
マルタンは思った。父上の思惑はともかく、もしソフィーとニコラが縁を繋いだなら、自分はニコラの義兄だ。
殿下とリリアン様が結婚したなら、ニコラは殿下の義兄だ。なら、殿下とマルタンとニコラの3人は晴れて義兄弟になるではないか!
(義)三兄弟、なんて素敵な響きなんだろう?私が一番お兄さんになるな!
ニコラは強いし3歳下とは思えない落ち着きっぷりで、4年前のあの時もそうだが頼りになるいいやつだ。
しかも、ニコラは辺境伯の血筋。健康そのもの、子沢山の家系だ。子孫繁栄結構、結構、最高じゃないか!
私は宰相補佐。次代の宰相に最も近い男。
必ずやニコラと兄弟になってみせる!これを成せずして宰相になりたいなどと、ちゃんちゃら可笑しいわ。
見てろよ!宰相補佐マルタンの名にかけて『ニコラ&ソフィーの出会いの巻、ラブラブ作戦』決行だ。すごい舞台をお膳立てしてやる!!
メラメラと闘志を燃やすマルタンだった。
あの日、ニコラは皆が筋肉を見せてくれと言ってきて最初は面倒だからいいと言っていたが、フィリップまで見せてみろというので仕方なく上半身裸になり、腹筋、胸筋、背筋と見せていく内にふざけて最後はとうとうポーズまでとってやったのだ。するとみんなは「おー!」と歓声を上げ「すっげ」「いーなー」「ちょっと触らせろ」とちょっとした騒ぎになった。
背中に視線を感じて振り向くと、ドアの所に顔を真っ赤にして硬直している令嬢がいた。
変なところを見られたか。
だがそれどころではない。
殿下が女性に気がつくとマズい。彼女に早くどこかへ行ってもらわないと。
誰かに用かと問うと生徒会室に行きたいという、どうやら彼女は迷って場所を聞きたかったようだ。ここは男ばかりの校舎だ、案内してやりたいが殿下の側から離れるわけにいかないし、他のやつに頼むのは彼女にとって逆に危険だ。
指を差し突き当たりにあると教えてやると、それで分かったらしくペコリと勢いよく頭を下げて去っていった。
殿下と一緒にいると女性と絡むことはまず無いせいなのかどうか、その出来事はなぜか印象深くて記憶に残っていた。
つい先ほどの事だ。花祭のバルコニーからフィナーレの噴水を眺めていたニコラは眼下の庭園にあの時の可憐な令嬢を見とめた。
友達同士だろう数人でかたまり、噴水を見ている。笑顔で何か言っている。きっと、きれいね、などと言っているのだろう。
「ふっ、かわいいな」
ライムの入ったフラッペの氷はすっかり溶けてしまった。
ニコラはあおる様にして全部飲みきって、帰途につくため奥へ入った。
多分だが、マルタンの出る幕は無さそうだ。
やっぱりマルタンは宰相には
向いてないのでは・・・?
なんとなくそう思うよ _φ( ̄▽ ̄; )
登場人物紹介
ソフィー・オジェ 宰相家の令嬢 16歳
父はモルガン、兄はマルタン、母はブリジットです
可憐な才女です
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