279話 コレットを守れ
ブリジットがホッとした顔をしていた横で、ソフィーは驚いたような顔でニコラを見上げていた。
ソフィーはあれからもコロンブが誰かと付き合っては乗り換えているという噂を何度か耳にしており、その度に心を痛めなんとかならないかとやきもきしていた。
しかし令嬢達に彼は危険だと教えてもあまり役に立たたず、散々言い聞かせたはずの友人の妹がコロッと引っ掛かっていたりする。被害を食い止めたかったら彼自身に行動を修正してもらうしかないのではと感じていた。
けれどそれを父に頼みたくても兄のことがあって母からは父の耳に入れないようにと言われているし、自ら出向くにも、そのことを話したレティシアに宰相令嬢が敵方に乗り込むなんて危ないことはやめてちょうだいと涙ながらに懇願されたので諦めた。
それに第三者が行っても難しい。オデットを勘当したのもアメリを老人に嫁がせたのも直接的には彼女達の家の者がした事だからコロンブを責めても変な言い掛かりをつけたようになるだけだ。
ならば二股の不実を責めればと思って調べてみても、未婚の貴族同士は誰と付き合おうが恋愛すること自体は自由で二股三股それこそ浮気相手が何人いても道徳的にどうかというだけで罪にはならないというのだ。そんな馬鹿なことがあろうか、コロンブは明らかに悪い人なのに何の罪にもならないなんて!口惜しい、いっそお金を騙し取るとかしてくれてたら良かったのに!・・・そう思うほど問題解決の糸口はなかなか見つからなかった。
(なのに、ニコラ様には策があるらしい・・・)
(いったいどうやって?)
是非とも教えて貰いたい。
「ニコラ様、私たちも何とかならないかと色々と考えていたのですが彼に罪を問うのはとても難しくて叶いませんでした。どうすればそのようなことが出来るとお考えですか?」
「まあそうだね、次々と女性を弄ぶことは許せない事だが罪には問えない。でもさっき聞いた話の時なら被害を小さくする方法はあったと思う」
「そうなのですか」
「ああ。ヤツは他人に話すべきではない話をし、そのせいで令嬢達は不利益を被ったんだ。だったら令嬢達の親は娘に罰を与えるよりも娘の名誉を傷つけたとして名誉毀損でヤツを訴えなければならなかった。
早い段階で身柄を勾留し罪を確定させて謝罪と前言撤回をさせておけば噂が大きく広がる前に食い止められただろうし、すでに流れた噂もコロンブの言葉の信ぴょう性を疑われてある程度は彼女達の名誉を回復することが出来ただろう。
そうなったら老人の所へ嫁入りさせたり勘当したりは逆にコロンブの流した噂が正しいと裏付けることになるから出来ない。結果として彼女達はそんなに辛い思いをせずに済んだのではないかと思う」
「な、なるほど、確かにそうです。お見事です!」
「いや、これは今となっては手遅れだから褒めないで!
ヤツに罪を問いたければ新たな罪を探さなくてはならない、そこで俺は見張りを付けて現場を押さえたらどうかと思うんだ。なに、あの様子ならすぐに尻尾が掴めるよ。
ここは宮殿だからさっき程度の行為で充分なんだ。最初の罪はあのくらいの大した物でなくていい、そこから余罪を追求していけば自然と素行の悪さが露呈していくだろう。そうやって陛下や殿下からの心象が悪くなればなるほど刑は重くなるという寸法だ。陛下方お二人の普段の裁定から推測するにコロンブは無罪放免とはいかないと思う」
ソフィーは大きく頷いて「なるほど!さすがです」と目を輝かせた。
ニコラは王太子専属護衛としていつも様々な問題に対応しているが、ソフィーがそれを目の当たりにするのは初めてだ。有能そうな人だとは思っていたが、今まで散々頭を悩ませていた問題の解決法をいとも簡単に見つけたのには驚いた。
(一瞬でこのようなことを思い付かれるニコラ様って凄すぎだわ。ああ、私のニコラ様!なんて素敵な殿方なのでしょう!カッコイイ・・・)とソフィーがポーッとなってしまったのは言うまでもない。
実際には、ニコラがコロンブを宮殿から追い出すのは至極簡単なことだ。
絶大な信頼を誇るニコラなら殿下や陛下のお耳にちょっと入れるだけでいけるのだ。
王族ならばその場の気分で人を裁けるわけで、普段は手順を踏んで事を進めるお二人もこういう時は王族の特権を躊躇せず行使なさるのだ。
今の話しをお聞かせしたら宮殿に置いておくには良識と品性が足らないとすぐに追放してくださるだろう。
しかし二人の辛い目にあっている令嬢のことや弄ばれて人知れず悲しい思いをしている人たちのことを思うと宮殿から追放するだけでは生ぬるいと思うのだ。
幸いここは宮殿なので罪に問いやすい環境だ。
例えばさっきの大廊下でのキスくらいでも猥褻な行為で高貴な王族の住まいを汚したと罪に問えるし、その相手が王妃殿下がお預かりになってる侍女見習いならば尚のこと、王妃殿下のお立場を軽んじて顔に泥を塗ったと不敬罪に問うてもいい。刑罰は王妃殿下のお怒り度合いにもよるが見習いに来ている令嬢達の親も黙ってはいないはずだ。
コロンブが誰の息がかかって宮殿に潜り込んでいるのか知らないが、王家が威信を汚されて何もなく終わるはずがない。この二つだけでもかなり重い罪になりそうだ。
その為にもぜひとも侍女見習いと一緒のところを取り押えたい。囮に使うの侍女見習いには申し訳ないがこれを利用しない手はないのだ。
(まあ自業自得だし、深みに嵌る前に助けたと思って貰おう)
(そして過去の事件も余罪として追求してもらえばもっと・・・)
プリュヴォ国では悪事に時効はなく、一つ一つの罪が加算されて刑が重くなっていく。そして法で量刑の決まりはあってもその場の判断で重くなったり軽くなったりするようなドンブリなところも多分にあって、持って行き方次第というところがある。ちなみにこれをこの国の人は『柔軟な判断』と呼んでいる。
まあそれはそれ、どんどん罪を重くして禁錮刑から懲役刑くらいにもっていければ罪人と付き合いたいと思う貴族などいないから、ヤツは誰からも相手にされなくなって同じような事は二度と出来なくなるという寸法だ。
(しかしだな、)
(あんまり余罪を追求するといらんことまで掘り返してしまいそうで、ほどほどにしとかないとマズそうなんだよな〜)とニコラはチラリとコレットを見た。
どうもコレットがヤツの毒牙にかかってるっぽいのだ。
ニコラはコレットの恋愛事情について何も知らないが、祖母とコレットのコソコソとしたやりとりを見ていたし、ここ最近の妙にウキウキしているたかと思ったら上の空でボーッとする日があったり、鬱いで溜息ばかりついている日もある。これらの態度は以前には見られなかったもので、極めて怪しい。
大体、コレットは何でもが表情に出過ぎる。
極め付けはさっきの顔だ。
コロンブを庇う時の真剣な顔、ヤツがどんな奴か聞いた時のショックを受けた顔、ソフィーの知り合いの令嬢の話を聞いた時には真っ青になり歯の根が合わぬほどガチガチいって怯えてた。もう完全にクロだろ、逆に気付かずにいる方が無理なくらいだ。
恋愛は誰としようと自由だが、相手が悪い。
婚約もせず複数の女性と(しかも宮殿内で)関係を持つコロンブが断罪され、その相手の中にコレットも含まれていたと表沙汰になったら最後、外聞も悪いしコレット自身の品行が問われてリリアンの侍女を続けることも宮殿にいることも出来なくなってしまう。仮にリリアンが許したとしても・・・。
そういうこともあり今回はリリアンの専属護衛としての特権を使うのは止めておく。
俺が特権を使うのはリリアンの身に危険が及ぶかリリアンの立場が悪くなる恐れがある時かだから、特権を使うと周囲にリリアンかリリアン直下の侍女の誰かがコロンブと関係していたのではないかと疑われる懸念があるからだ。
(徹底的に余罪を追求するよりも、コレットをコロンブに近づけないようにして関係を明るみに出させない事の方が重要だ)
ニコラはこうして方針を固めた。
「じゃあ俺はこのあと騎士団に行って事情を説明し、コロンブに常時見張りをつけるよう依頼する。
そういうわけだから三人は今後何があってもヤツには近づかないようにして欲しい。もちろんこの件が片付くまででいいが図書室にも近づかないようにして欲しい」
三人に言ってる風を装いながらも特にコレットを見ながら言って、最後に「分かったな」と念を押した。しかしそこまで言ってもコレットは見逃してくれと言うのだ。
「ニコラ様、私はリリアン様と辺境伯夫人に図書室に行くように仰せつかっております。特に辺境伯夫人に頼まれた用事では彼と話をしないわけにはいきません。仕事の話をしに行くだけですし、それは仕方がないですよね?」
「ダメだ。それは俺が代わりに行ってやる」
「でも!
辺境伯夫人に借りてくるように頼まれた本はナル・・・じゃなくて、そのコロンブに出して貰わないといけない本ですし、リリアン様の用事も書記の人に色々話して打ち合わせをしなければなりませんし、私が行かないと無理です」
「大丈夫だ。俺にだってそれくらいのお使いは出来る。
もういいからお前は昼食を食べに行け」
「そんな!私の頼まれた仕事をニコラ様にさせる訳にはいきません!」
「いいから!何をするのかだけ教えてさっさと行け」
「いいえ、そんな訳にはいきません!自分の仕事は責任を持って自分でしないと!」
「いやだから、お前を含め誰も近づけたくないんだってば!!
コレット、専属護衛の俺の命令は殿下の命令でもあるしリリアンの命令でもあると思えと聞いてるよな?だったら何も言わず俺の命令に従え!お前に選択権はない。
ヤツにも図書室にも近づくな!いいな、絶対にだ!」
こんな風に無理矢理こちらの要求を通すやり方は決してニコラの本意ではないのだが、ついキツい言い方になってしまった。あんまりコレットが強情を張るものだからコロンブにこちらの思惑をバラそうとしているんじゃないかという疑いが一瞬胸を掠め、絶対に行かせてなるものかと頑なになってしまった。
でも多分、コレットのことだから仕事に真面目なだけなのだろう。
「これはお前の為でもあるし、リリアンの為でもあるんだぞ!」
「リリアン様の?
うっ、うう、・・・分かりました。・・・従います」
厳しい言葉を浴びせた甲斐あってようやくコレットを頷かせることが出来たがコレットは涙目だ。
こう見えてニコラは涙に弱いのだ、内心では盛大に狼狽えた。
「泣くなコレット」
「うえっ、は、はい〜」
それに対し、クスンクスンと鼻を鳴らすコレット。返事もままならない。
しかしコレットだって馬鹿ではない。
ニコラのいつにない剣幕と真剣な表情からコロンブとの仲を悟られた上で心配し、黙って守ってくれようとしているのだと肌で感じていた。これは自分のこれまでの軽率な行動を恥じての涙だ。
このあとコレットから仕事を引き継ぐためにニコラは説明を受けたのだが、これが思わぬ功を奏しブリジットから有用な情報がもたらされることとなった。
その話はまた次回。




