表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

237/261

237話 うわさ

 招かざる客の来訪に会場は騒ついていた。


 既にこの頃になるとアルノー家と宰相家で行われるパーティーやお茶会にレティシアやソフィーが出席する場合は男性は招待されないというのは社交界でよく知られていた。



 レティシアは徐々に健康になってきていたもののまだ体力がなく、ダンスなどは負担になるからと男性のいない静かで穏やかな集まりにしか出席させないとアルノー家が公言していた。もちろんこれはシリルという婚約者がいるので新たに良い縁を探す必要がなかったこともあって愛娘レティシアの他の男性の相手は面倒だからしたくないという我儘が通ったせいなのだが。


 そしてソフィーの方はというと、父親から宰相の娘というのは人攫いなどに狙われやすく危険だからまだ小さな内は男性と知り合うような会に出席するのは控えておいた方が良いと言われていたからそれを真面目に守っていた。



 コロンブはそれを知っていたからこそアメリがアルノー家のホームパーティーに行くと聞いて自分も一緒に連れて行って欲しいと強請ねだったのだ。


 彼は兼ねてから玉の輿を狙っており、常により高位の令嬢に乗り換えるチャンスを狙ってあちこちの女性に粉をかけていたのだがコロンブが声を掛けられる相手など知れていた。

 その日、いよいよ大本命のレティシアとお近づきになるチャンスと考えた。


 と言っても兄がいるレティシアと結婚しても家督を継ぐことは出来ないのだが、なにせあのアルノー家の娘だ、縁続きになるだけでも凄いステータスになる。現王立騎士団団長を義父と呼び次期王立騎士団団長を義兄と呼ぶのだ、そうなったらもう怖いもの無しだ。

 宰相の娘も来るらしいが彼女はまだ子ども過ぎて相手にならない。だけど向こうがこちらを気に入ったというならそっちでも悪くない・・・などと算段し、アメリから乗り換える気は満々だった。


 普通なら大したモテ要素のないコロンブがこんなに自信満々なのは、他の男たちがしない必勝法を知っていてかなりの確率で女性をメロメロに出来たからだ。

 貴族は気に入った相手とお付き合いをしたいと言ったらそれは結婚前提であって、まずその人の家に婚約の申込みをするものだ。そうでなく遊びたいのならそういうお店に行く、そういうものだから大抵の令嬢は直接男性からアピールされることに弱く、少し強引にことを運べば直ぐに籠絡出来る。

 彼女たちはダメダメと言っていても押しに弱く、逆に強引にすればするほどこれほどまでに自分を好いてくれているのだと喜びを感じるものらしい。そして一度首を縦に振らせればこっちのもの、彼女達は何より危険な香りに酔いやすく、いけない事と思えば思うほど余計にのめり込んでくる。



 コロンブは多少痛い目をみながら数をこなす内にどんどん狡賢くなっていった。愛してるだの結婚しようなどとは口にしないが状況に応じてはワザとそれを匂わせた。



 まさにこの時がそうだ。

 アメリは当初 "招ばれてないあなたを連れては行けないわ、マナー違反になるもの"と渋っていた。しかしコロンブがアメリの手を取り "ちょっと顔を見せるだけ、君の恋人として皆に挨拶がしたいんだ" と言うと、アメリはこれをプロポーズと受け取って "それならば。皆もきっと会いたいと言うに決まってるもの"と応えた。




 二人は会場中央にいるレティシアのところに挨拶をしにやって来た。


 もともとアメリは恋人がいることを周囲に自慢したかったらしく皆に見せつけるように鼻高々で、コロンブのことを "恋人でいずれ結婚する相手なのだ" と紹介したが、その割にコロンブはアメリを無視してレティシアに色目を使っていた。優しく微笑んでジッと見つめ、手の甲に口づけしようと手を伸ばしてきたのだ。


 しかし周囲を取り巻いていた令嬢達を押し退けて、どういうことかとコロンブに詰め寄る女性が出て来てすんでのところで手が取れなかった。

 女性はレティシアの友人でソフィーもお茶会で交流したことがあるオデットだった。



 普段は控えめで上品なオデットの取り乱した姿に驚いてまだ初等部1年生で小さかったソフィーはレティシアの背に身を寄せて震えていた。


 怖かった。


 女性達が言い争う中、あの男は腕を組みニヤついていた。そして私たちの視線に気付くと微笑んで再度近づいて来ようとしたのだ。そこにアルノー家の護衛の人たちが来てくれて彼を摘み出してくれたから助かったのだけど・・・。


 ソフィーはその時のことを思い出してまたぶるっと身震いした。


(ああ、気持ち悪い)


 でも本当に問題だったのはそこではなく、コロンブが別の集まりでその時のことを面白おかしく吹聴して回ったことなのだ。


 アルノー家では令嬢たちを守るために緘口令を敷いたのだが、コロンブはこともあろうに彼女たちがいかに自分に夢中で醜く争ったのか、武勇伝として体の関係があることも含め実名入りで暴露して歩いたので彼女たちのことはあっという間に社交界に知れ渡ってしまった。


 こんな時、大きな傷を負うのは女性ばかりだ。

 貴族にとって血の繋がりは何よりも大切なものだから、子を産む女性は貞淑を求められる。婚前に体の関係があるなど婚約者同士でなければ許されない。

 そして一度貞操観念を疑われるとその後ずっとそういうレッテルを貼られ、信用がなくなってしまう。


 その噂話は面白がられて人の口をどんどん伝播していったが、その裏では息子や親族の嫁候補リストからアメリとオデットの名前が外されていた。



(本当に最悪な男よ!)とソフィーは憤る。


 あれからソフィー達はお茶会などでコロンブ・ビュイソン、またはナルシス、パピヨンと名乗る男に気を付けてと口伝えで注意を促していたのだけれど、社交界に顔を出さない家の子やグループが違う子、初等部に通うような若い子達には伝えきれてない。


 結果、今だにあの男に好き勝手を許してる。




 しかしコロンブのことを苦々しく思っていても、ソフィーはニコラやコレットのようにあの時の事を知らない人に詳しい経緯を喋るつもりはなかった。

 それが蒸し返される度に被害にあった女の子達は新たな傷を負うことになるからだ。


 いっそのこと全てが風化すれば良いのにとも思ってしまうけど、元凶の彼をどうにかしなければまた同じ事が繰り返されるだけだから風化させる訳にもいかなくて、中途半端にでもやっぱりコロンブの話をしなければならなくて・・・頭の痛い問題だ。



「それにしても・・・、人の人生を狂わせたくせに自分だけのうのうと、しかも宮殿でいい思いをして暮らしていただなんて、許せない」



「アイツはそんなに酷い男なのか?」


「ええ」と答えたあと、どう言っていいのかと迷って沈黙したソフィーの代わりにブリジットが答えた。



「ええ、手も早いけど彼はとにかく口が軽いの。

 普段は上流の社交の場には出て来ないのだけど一度だけアルノー家主催のパーティーに招ばれてもないのに来たことがあって、私たちが彼の事を知ったのもその時よ。

 そこで彼とお付き合いしているという娘さん達が一堂に介したものだからひどい騒ぎになったのだけど、彼が他のパーティーや若い人たちの集まりでその時の事を自慢気に言い触れまわったものだから大変なことになったのよ」


 ブリジット夫人はそこでいったん話を切ってソフィーを見た。ソフィーが頷いたので話を続けた。


「その時に彼を連れて来たお嬢さんは、醜聞がたってもう良い所へ嫁ぐことは出来ないし家に置いておく訳にもいかないからと自分の祖父よりも年上の人の所に嫁がされていったわ。まだ15でよ?

 しかも後妻としてということだったのに、その子の友人のところに来た手紙によると嫁というより家政婦のような扱いなのだそうよ。なんでも気難しくて使用人が居つかないし自分達も暇じゃないからとその老人の子らに介護を押し付けられたというのが実態で、財産の生前分与も済んでいて、もし老人が亡くなっても彼女に残されるのは未亡人という肩書きと今住んでいる古い家だけらしいわ。このままここで朽ち果てるしかないのかと泣いて暮らしていると書いてあったそうよ」


「それは可哀想だな」


「もう一人の方は王都の夜の街で見たとたびたび噂になっているの。

 私たちは彼女の家の者に傷心で領地に引き篭もっているから誰にも会わすことは出来ないのだと聞かされていたけど、本当はとっくに勘当されて貴族からも除籍されているようなの」


「うわぁ・・・それも可哀想だ」



 陸の孤島のような屋敷の中で体のいい介護要員となっているオデットと、平民の娼婦という望まない仕事に就かざるを得なかったアメリ。彼女達は噂が広がらなければ誰かと結婚して幸せな生活を送れていたはずなのに・・・こう言ってはなんだけど、実際のところバレなければセーフだ、そう全ては軽率で軽薄なコロンブの行動と軽口が招いた不幸なのだ。



「ええ、本当にそうなの」とブリジット夫人は悲しそうに長い睫毛を伏せた。


「実際にそんな風に同情的な感想を持つ人は多いわ、でもいざ自分のところに嫁として迎えるとなるとそれは難しい。

 ウチだってマルタンの嫁に迎えるという方法はあった。でも主人のことを思うと宰相家の看板を汚すことは出来なくて、どちらにも声を掛けられなかった。

 それでせめてもの償いにと私たちはお茶会などでコロンブ・ビュイソンの誘いに乗ってはいけないとか、家を通さない誘いには絶対に乗ってはダメと啓発しているんだけど、残念ながら被害は続いているようで・・・。

 全くどうしてあのようなのに簡単に引っ掛かってしまうのか不思議なんだけど、彼はそういった誘いに弱い子を見分けるのが上手いのよ。

 さっきの子も年頃からいって王妃殿下の侍女見習いだと思うけど、騙されるのはああいった年端の行かない子や真面目で初心な子が多いの。

 雰囲気に呑まれて後先を考えずに夢中になって、全てを失ってしまうのよ。

 本当にもう・・・なんとか出来ないかしら?」



  ブリジットはニコラになんとかして欲しいというよりも、思うようにならない事態をただボヤいただけだったが、ニコラは「そうだな」と顎に手を当てて何事かを考え始めた。



 一方、コレットはブリジット夫人の後ろで密かに震えていた。


(あわわわ、ど、どうしよう〜!)



 ナルシスと付き合ったことでとんでもない目に合った子たちの話を聞いて、コレットはすっかり怖くなった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ