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235話 ピーチクヒバリが見たもの

 ニコラは心配してコレットをずっと見ていたのだが、当のご本人は眉を上げたり下げたり口をへの字に曲げているかと思えば尖らせたりと忙しそうで、どんな具合か聞いても返事をしない。


 他の者相手ならニコラもちゃんと返事をしろと言ってやるのだが、まあコレットの百面相はいつものことなので言葉を呑んだ。彼女は普段からこうしてよく自分の考えに沈んでしまい()()()になってしまうのだ。

 



 コレットは今はリリアンの侍女をしているが、元はパメラの侍女だった。


 以前、彼女が王宮に来てまだそんなに経っていない頃にパメラに聞いた話だが、子供の頃のコレットは思ったことがすぐ口に出るし喋り出すと止まらなくなる性分でバセット家の家令から『ピーチク雲雀ひばりのコレットちゃん』と呼ばれていたそうだ。


 俺はお喋りな侍女など有りえんと思っている方だが、バセット家ではコレットに限り許されていて咎めたことは一度も無かったそうだ。なんでもコレットにはバセット家の窮状を救うために母親に寄越されて、しなくてもよい苦労を幼くして背負わされたという可哀相な事情があったからだそうで、ローズ夫人は家令やメイド長にコレットのことはのびのびと暮らせるように計らって何でも大目にみるようにと言いつけていたのだそうだ。

 しかし学園を卒業してようやくお役御免で実家に帰れるという頃になるとコレットがバセット家に侍女として残りたいと言い出して、ローズ夫人はそれならばとようやく本格的な侍女教育を始めることにしたらしい。


 お遊び程度に習っていたとはいえ既に侍女のする仕事は何でも出来るようになっていたコレットだったが、最初に出された「思ったことを口に出さない」という課題は随分難しいことだったようで、苦労の末になんとか克服したが同時に習得したのがこの百面相だったのだとか。


 あんだけ考えてることが顔に出ちゃあ声に出そうが出すまいが関係ないような気もするが、バセット家の皆さんはコレットが頑張っていると百面相には一切言及せず逆に温かい目で見ていたそうだ。



 その後王宮で侍女をすることになっても主人のリリアンが「私はムリに直さなくてもいいと思うの、コレットの顔芸は見てて面白いもの。逆にずっとそのままでいて欲しいわ」と言うし、殿下も「リリィがいいならそれでいい」と放置する方針だ。

 お祖母様に至っては「コレットさんは表情に表裏がないから一緒にいて気持ちがいいのよね」と逆に支持する姿勢だしで、何故かコレットの百面相は周囲に好意的に受け入れられている。


 いくらペチャクチャ喋らなくたって王太子の婚約者の侍女が後ろで百面相をしているのはおかしいだろと俺が思っていたとしても、この件に関して俺は口出ししない方が良さそうだ。下手に何か言うとリリアンに恨まれひいては殿下から怒られることになるのは目に見えている。





 その頃、コレットはグルグルと頭の中で考えていた。


(ナルシスに皮の剥けた鼻を見られるのは絶対にイヤ。

 ホールのところで皆んなと別れて一度自分の部屋に戻ってどんな具合か見よう。それでお化粧でなんとかカバーして図書室に行くのはそれからにしよう。うん、そうしよう!)


 こんな風に仕事より自分の都合を優先するなんてコレットにしては珍しいことだ。


 本当なら直ぐに行くべきだ。

 出直していたら午前中に間に合わないし、せっかくクラリスとアニエスが早くやっておいた方が良いわと気を利かせて辺境伯夫人のお食事のお世話を代わってくれたのだから。


 でも背に腹は変えられない、罪悪感にフタをして後で行くと決めた。



 それから更に良いことを思いついた。


(そうだ、そうだ。クラリスに鼻の頭が剥けちゃったことを話したら、お化粧で隠してあげるって言ってくれるかも!今朝のリリアン様の目の腫れも上手く誤魔化せていたし、ルイーズの子猫ちゃんメイクみたく私も可愛くして貰ったら、その方がいいじゃん!)


 そうしたら元より可愛くなってナルシスをビックリさせられるんじゃない?惚れ直したって言われるかも!って思ったら、嬉しくなっちゃって、にんまりと笑みがこぼれた。




 ニヤニヤが止まらないコレットを見てニコラは身体の方は大丈夫そうだと判断した。



「じゃあそろそろ行こうか」


「はい、そうしましょう」


 4人は再び歩き出したが今度はニコラ、ソフィー、ブリジット夫人の順に3人が横に並び、コレットはまたぶつからないようにとブリジット夫人の横を一歩下がって歩いた。



「ところでソフィー、さっきはなんで急に立ち止まったんだ?」


「あ・・・、はい、その、・・・意外な人を見かけたので。それでです」


 ニコラは軽い気持ちで聞いたのだが、ソフィーはらしくなく言いにくそうに口ごもった。



「そう、宮殿にそぐわない方がいらっしゃったから私たち驚いてしまったのよね?」



 ソフィーは控えめな言い方だったが、ブリジット夫人は相手を良く思っていないような少々棘がある言い方だ。




 夫人は持っていた扇をパッと開いて口元を隠すと前の方に視線をスイっと走らせた。


「ほらあそこ、噂の方がちょうど戻って来たようよ」



 促されてそちらを見ると廊下の先の先に一人の男が横を向いて立っていて、誰かを待っているような様子だ。


 見ているうちに若い女性が駆け寄ってきて、男の腕に自分の腕を絡めるようにして抱きついた。

 男は少し屈んでごく当たり前のように女に口づけをした・・・ように見えた。


 それから仲睦まじげに階段のある方に消えていく・・・。



 その様子を4人は見ていた。もちろんコレットも。





「ナルシス・・・」


 コレットは声にならない声で呟いた。



 あの結びもせず下ろしたままの長い髪、尖った襟を立てて着るキザっぽさ。

 遠目だが、間違いなく彼だった。


 彼らが向かった方には、図書室がある。



 コレットは急に視界が狭まって目の前が暗くなってきた。立っているのがようやっとだ。



「おいおい、宮殿の廊下で何をやってるんだ」というニコラの呆れた声が、コレットにはひどく遠くからするようだった。


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