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231話 待ってたよ

 ほわほわと幸せそうな顔をして二人が石畳の道を戻ってくるのが見えた。



「あっ、あなた!ほら見て、あの子達が帰って来るわ」



 リリアン達が戻ってくるのを今か今かと待ち侘びて、ずっと外を眺めていたジョゼフィーヌが気忙しく手招きをしてクレマンを呼んだ。

 そして早く、早くと急き立てられてしぶしぶ見に来たクレマンの背中をバンバンと叩きながら早口で捲し立てた。



「はあ〜、眼福!素敵だわ〜!

 ほら見てあなた。二人が陽光を受けて歩く姿はキラキラと輝いて、それだけで別世界かと思うような美しさよ、あの王太子殿下と並んでお似合いなんて我が子ながらあっぱれだわ!あ〜これを絵にして残しておけたらどんなに良かったか!

 それにほら、お互いに顔を見合わせて微笑み合う様子はどこか今までとは違う空気を醸しているわ!どうやらプロポーズは成功したみたい、良かったわ。まあ、上手くいかないとはこれっぽっちも思ってなかったけど!ねえ、あなた?

 あっ、ほら見て!こっちに気がついて手を振ってるわよ!おーい、リリアーン!!あなたもほら、手を振ってあげて!」



 いつもながら、いやそれ以上に盛り上がってるジョゼフィーヌとは対照的にクレマンは可哀想なくらいしょぼくれている。



「は〜あ、とうとう可愛い娘を盗られてしまったか・・・」



 いやいやながらそっと見た二人の姿は妻が言うようにキラキラと輝いて、本当に嬉しそうだ。明るい日差しの下にいる彼らと部屋の中の自分、視覚的な距離が今後の父娘の距離を暗示する。



(ああ、リリアンよ。今までは傍にいればすぐ抱き上げられたのに、次期王妃ともなるともうそんなことも出来なくなるのか・・・。



 昨日、王太子殿下に早く婚約者にしろとけしかけた。


 でも本当はずっとずーっと手元において、ずっとずーっと蝶よ花よと可愛いがっていたかった、可愛い可愛い私の娘。


 しかしあのままズルズルと候補のままでいてはリリアンが世間から軽んじられる恐れがあった、王太子妃を狙う他の令嬢からの嫌がらせに氷の乙女を取り込みたい奴らから横槍、身の危険さえ。

 それにジョゼからリリアンが王妃を目指して頑張っているとか、母上から片想いで悩んでいるのだと聞いて不憫に思ったのもあって・・・。

 せめて離れて暮らす娘に父親らしいことをしてやりたいと、魔が差してしまったんだよなぁ。


 まあ、釣り書きを送ってくる奴らとの攻防戦が婚約者になったら終わるだろうという思いが胸を掠めたってのもあるにはあるが、やっぱりちょっと早まった)



「しかしまあ、あんなに嬉しそうにしてるんだから、喜んでやらなきゃな・・・」



 クレマンは早くも自分の行いに後悔しそうになっていたが、それでもリリアンの嬉しそうな様を見るとギギギっと無理矢理ぎこちない笑顔を作った。



 そんなクレマンの横にモルガンが来て、労わるようにポンと肩を叩いた。二人は一度は目を合わせたものの言葉も交わさず、ただ並んで外を見た。


 娘を持つ父親同士、なにか通じるものがあったのだろう・・・。





 暗い顔をした夫はモルガンに任せて再び自分の世界に入ろうとしていたジョゼフィーヌにエミールが声を掛けた。エミールはついさっきこの部屋に入って来たばかりだ。


「ジョゼフィーヌ夫人、いま絵に残したかったと仰いませんでしたか?」


「えっ、ええ、言いましたわ」


「ふふふ、残せるんです!実はですね、きのう殿下とリリアン様を描く専門の画家にプロポーズの瞬間を描くよう言っておいたのですよ」


「まあ!さすがエミール様!ではウチのは120号以上のサイズにして下さい、大広間に飾りたいので」


「はい、ではそのように」


「うふふっ、た・の・し・み〜」



 実際にはまだそういった絵が描けるかどうか分からないのにこんな不確かな事を安請け合いしてしまうあたり、エミールもジョゼフィーヌに負けず劣らず相当浮かれているようだ。


 でも昨日の夕方、カバネル画伯を呼んでリリアン様がご親族と一緒の絵をご所望なので描くようにと依頼した時、今日明日中に殿下がリリアン様にプロポーズをなさる予定だから特に殿下の動向に気をつけておくようにと言っておいたのだ。そしてここに来る前にカバネル画伯のアトリエに行ってみたら彼女はもういなかった。


 なんでもカバネル画伯は王太子殿下にプロポーズをする時はいつどこでするのかひと声掛けて貰いたいと伝える為に今朝早いうちに執務室を訪ねたらしいのだが、あいにく不在で対応に出た従者見習いに言付けを頼んでアトリエに戻り、弟子達とこれからの仕事に備えてキャンバスを大量に作っていたのだそうだ。

 それでちょっと一休みと窓の外を見たら、ちょうど王太子殿下がリリアン様を抱えて外を歩くのが見えたので弟子達に「見失わないように上から見ておいて」と言いつけてスケッチブックと木炭を持って部屋を飛び出したのだと弟子達が言ったのだ。


 あのカバネル画伯のことだ、確実にモノにするに違いない・・・。




 ああいかん、もう王太子殿下とリリアン様が部屋に戻って来られる。



「さあさあ、皆さん!並んでお二人をお迎え致しましょう!」


 エミールはまだ奥にいるニコラとソフィー、グレース、ブリジットに声を掛けた。






「え?なに、なに?何があったの、どうしたの?」


 入るなり盛大な拍手と笑顔で迎えられ、リリアンは目を丸くして驚いた。



「たぶんだけど、僕たちのことを祝福してくれてるんじゃない?」とフィリップが言うと、リリアンはもう一度驚いた。



「えええ?なんでもう皆んな知ってるの!?」



「うふふ、やーねぇ、リリアンったら!それだけ幸せそうな顔をして戻って来たら誰だってピンとくるわよ」とグレースが笑うと皆もうんうんと頷いて同意した。


「みんな凄く鋭いのね、びっくりしたわ」




 リリアンはグレースの言葉を間に受けてひどく感心していたが、実は二人が出て行った直後にクレマンがバラしてしまったから皆んな先に知っていたのだ。


「あら、あの二人どこまで行ったのかしら」とジョゼフィーヌ。


「さあね、だけど王太子殿下はリリアンに求婚なさるおつもりだ。戻って来る時にはリリアンは王太子の婚約者になっているだろうよ」


「あらそうなの?」


「ああ、昨日そう聞いた」


 聞いたもなにも、そもそもクレマンがフィリップに早くリリアンを婚約者にしろと焚き付けた張本人だ。


 だがそんな裏話までリリアンにバラさなくてもいいだろう。




「リリィ」とフィリップに呼ばれて振り向くと、大事そうに肩を引き寄せられた。


 そしてここにいる皆に言ったのだ。



「もう皆も気が付いているようだが先ほど私はリリアンに求婚し、承諾を得た。これによりリリアンは私の婚約者となった。

 公への発表は明後日の入学式を皮切りとするが、宮殿内では今この時から私の婚約者として対応をするように」



「畏まりました」とモルガンとエミール、そして侍女たちは胸に手を当てて承った。



 改めて婚約者だと紹介されてなんとなく面映い、でもその反面ジワジワと実感がわいてきた。私はフィル様の婚約者なんだと。



 それからリリアンは皆に囲まれて「おめでとう」やら「この日を待っていた」などの祝福の声に応えていたが、フィリップはテーブルの上の招待客リストと招待状の文案の書かれた紙を手に取って目を通していた。


 さっき白いガゼボから帰ってくる時にお互いに午前中は何をしていたかという話になって、リストと文章は書けて後はフィリップに確認してもらったらコレットに持って行ってもらうつもりと話していた。

 もうお昼が近くそろそろダイニングルームに向かっても良いような時間だが午前中にこの二つをチェックしておくと後の段取りが良いのだ。



「なるほど、このリストの書き方は個性的だけどルールが分かれば分かりやすいね」


「そうでしょう?きっとフィル様ならこの良さを分かって下さると思ってましたよ」


 フィリップが感想を述べるとリリアンはこちらに来ながら言った、そしてこのリストにケチをつけた兄に向かって「ほらね」と何とも言えない自慢気な顔をしてみせた。


 フィリップは気のおけない兄妹のやりとりだと思って微笑ましく見ていたのだがニコラが「殿下はリリアンに甘過ぎる」とボヤいて何故かフィリップに飛び火した。


 だが、みくびって貰っては困るのだ、フィリップだってただ恋人に甘いだけの軟弱な男ではないのだから。



「だけど書記官に渡すには決まった書式があるんだよ。これは自分用の控えとして持っておいたらいい。招待客リストは、まずここに主催者の名を書いて次に・・・」


 さっそくのフィリップの指導を真剣な面持ちで聞きながら新しい紙に書き直していくリリアン。さっきまでふざけていたのに、その切り替えが見事だ。



「フィル様、招待状の文面の方はいかがですか」


「そうだね、招待状にも決まった様式があるがそういう格式ばった文面にするとお茶会自体も格式の高いものと思われて服装や手土産に影響するし、リリィの新しい肩書きから皆が固くなってしまうかもしれない。この度招待するのはリリィの親類縁者ばかりだし、楽しい会にしようと思うならこれでいいと思うよ」


「はい、ではこのままでいきます」


「それがいい。

 ではコレット、これを持って行ってくれ。図書にいる書記はいつもより少ないだろうが何人かいるはずだ、何よりこれを優先させて今日中に届けさせるように。

 あー、でも宮殿にいる者にはこちらで封筒に入れて渡せばいいから送らなければならないのはアングラードくらいか」


「フィル様、アングラード侯は今日の午後ご家族揃ってこちらにみえると今朝連絡がありましたよ」とリリアン。


「なんだ、それなら宛名書きはいいからカードが書けたらすぐこの部屋に持って来るように言ってくれ」


「はい、かしこまりました」とコレットは恭しくリストと招待状の下書きを受け取った。




 その後はそれぞれ昼食をとる為に別れた。

 リリアンはいつものように王家と食卓を共にする。その席に座る前に国王陛下夫妻に婚約者となったことを報告した。



「父上と母上に報告があります。

 私は先ほどリリアンに求婚し諾と返事を貰いました。リリアンは今日から私の婚約者になりました」


「そうか、ようやくか!」


「おめでとう、いつそう言ってくれるかと心待ちにしていたのよ」


「ありがとうございます」と礼を言い席に着いたが、ちっとも驚かれなかったのでリリアンの方が逆に驚いた。



「リュシー父様もパトリシア母様もちっとも驚かれないのですね」



「驚くものか、私たちは最初からリリアンを嫁に迎えるつもりでいたのだから。だから王妃教育も受けさせたし学園も早期入学させるようにしたのだぞ」


「まあ!そうだったのですか」



「そうとも。最初に聞いた時にはわざわざ婚約者候補などと遠回りをしなくても最初から婚約者にすれば良いのにとも思ったのだが、まあ分けたら分けたで二度祝えるし何倍もめでたくなるからそうすることにしたんだ」


「えっ、妹としてではなかったのですか」


「ああ、確かにフィリップに聞いた時はそんなことを言っていたな、婚約者候補ということにしたいと言ったのはベルニエの方だ。だがどちらにしても私はそれで終わるとは思っていなかったのだ。

 それよりリリアンよ、お前とグレース夫人の立場を明らかにし、足元を盤石にしておきたいから婚約したことはすぐに発表するつもりだ。

 今日の午後一番にこの宮殿で、三時に花離宮で、明後日は学園入学式、翌日に始業式で。

 その後改めて婚約のお披露目パーティーを盛大にする。この日取りが良いという希望があれば言っておけ。同じく結婚式の日取りもだ」



「ふぇぇ・・・」


 リリアンは開いた口が塞がらないほど驚いて、返事の代わりに変な声が漏れてしまった。

 まさか知らない内にここまで計画を練られていたとは思いもしなかったし、それどころかそもそもこんなに待たれていたとは思いもしなかったのだから。


 そんなリリアンを見てパトリシアがころころと笑った。


「ふふふふ、まあそうよね、誰も教えてくれないんだもの分からないわよね。

 それでフィリップ、どこでどんな風にプロポーズしたのか教えてよ」



「場所は宮殿から一番近い白のガゼボです。

 どんな風にって・・・それは二人だけの秘密にさせて下さい」


「そう?まあでも仕方がないわね、私も『本当のプロポーズの話』はジョゼにしかしてないし。でもあのガゼボだったら途中にスノードロップがたくさん咲いていたでしょう、ねえリリちゃん」


「はい、一面に咲いてました!とても可愛くて、幻想的でした」とリリアン。あの素晴らしさを語りきれない自分の語彙力のなさが残念だ。


「幻想的、確かにそうね。あそこだけ雰囲気が違うものね。

 リリちゃん知ってる?スノードロップって春一番に咲く春の訪れを告げる花なの、雪が積もっているような寒い年でもこの時期になったら雪を割って顔を出す強い花なのよ。

 だからか花言葉は『希望』っていうの、素敵でしょう?」


「希望、ですか。とても素敵で似合っています。

 それに宮殿の庭園、しかも建物からすぐの所にあのような場所があるとは思いもしなかったので余計に感動しました」


「うふふ。そうでしょう?あれはね、この人が私のために植えてくれたものなの。

 他の花もみんなそう。

 特にあのスノードロップは春の訪れを告げる特別な花だからどうしても植えたかったのですって。だけどなかなか上手くいかなくて、何年もかけてようやく今のようになったのよ」と言ってパトリシアは「ね」とリュシアンに微笑んだ。


 リュシアンは頷いて後を引き取った。

「ああ、私は国中の季節ごとに咲くあらゆる花をパトリシアがいつでも愛でられるようにしてやりたかったんだ。

 スノードロップの成功はその後の庭づくりに大きな影響を与えた。まず土を入れ替えて、林や小川を作って・・・あそこに群生させる為には元の生息地に似た環境を作ることが肝要だった。それがあの花のお陰で分かったんだ」


「それであのように別世界のようなのですね。この庭はリュシー父様のパトリシア母様への想いで出来ているのですね」



「そうなの。

 私の母国リナシスはほとんどの土地が何もない大地か草原かだし、多くの牛馬、ヤギ、羊を放牧しながら移動しているから草は彼らの餌という感覚で季節を知る目安にはなっていたけれどあまり花を愛でるという文化がなかったの、だからほとんどの草花には名が付いていないのよ。

 だけどこっちに来たら花は鑑賞するもので、大輪で色とりどりで鮮やかで・・・景色そのものが明るく華やかに感じられたわ。それで花を見るとしきりにきれい、きれいと言っていたものだからたくさん見せてやりたくなったのでしょうね。

 でも最初の頃は取り寄せてはすぐに植えていたから見た目がバラバラだしすぐに枯れちゃうしで庭師たちには不評だったらしいわ。これではオモチャ箱をひっくり返したようだ、せっかく品のある整然とした庭を作っていたのに台無しになったと陰で文句を言っていると聞いていたけれど、途中からは彼らも積極的に地方に出向いて花を採取したり生息環境を調べたりしてくれるようになって、だんだんと計画的に配置するようになって、長い年月をかけてようやく今のような美しい庭園になったのよ」


「とても素敵なお話です。私もまたお花を見せていただいてもいいですか」


「ええ勿論いいわよ、いつでも下りて見なさい。

 そうだわ今度まだスノードロップが咲いている内に一緒に散策をして、あのガゼボでお茶を飲みましょう」


「はい、ぜひ!楽しみにしています」


「私も楽しみにしているわ、将来のお嫁さんと一緒にお茶が飲めるのをね」





 なんだか不思議な感じだ。


 今までと同じようで違う会話が繰り広げられて、私はもうフィル様の婚約者なんだと実感する。


 自分はまだ小さいから好きとか結婚したいとか言っても相手にしてもらえないのではと思っていたのに、誰もが当然のように受け入れてくれた。そればかりか待っていた、ようやくかと口を揃えて言うので驚いた。


 しかもリュシー父様に至っては最初からそのおつもりで動いておられたというのだから・・・。


 私とフィル様だけ何も知らずにいたのね。



 皆が早くそう教えてくれていたらこんなに悩まなくても済んだのにと思わないでもないけれど、悩んでいたからこそ色んなことをいっぱい頑張れたのかもしれない。

 なんにせよ、今日からはフィル様の婚約者なんだわ!



 まさにスノードロップの花言葉のように冬が終わり春になる、未来は希望に満ちている。



 こうしてプロポーズと深い関係にあるスノードロップは二人にとって特別な花になった。そして近い将来には国民にとっても特別な花になるだろう。


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