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230話 妹じゃない

 心地よい風が吹き抜けるような優雅さでふわっとリリアンをすくい上げたフィリップは部屋を突っ切って外に出た。


 そしてそのまま立ち止まることなく半円形に広がる階段を下りていき、サロンから比較的近い場所にあるパトリシア王妃お気に入りの白いガゼボに繋がる石畳の小道に入っていった。



 この石畳の小道はちょっとした散策路になっていて、少し行くとまばらな木々の間にスノードロップが群生し雪の雫のような白い可憐な花がちょうど咲き始めた頃だ。

 リリアンが宮殿で暮らすようになってからもうかなりになるが庭園に連れて下りたのは初めてだ。本当ならここで立ち止まって見せてやりたいところだが、とてもじゃないが花を愛でている場合ではない。


 今、二人はこれからの人生を左右する大事な岐路にいるのだ。




 リリアンは脇目も振らず真っ直ぐ前を見据えて歩くフィリップの凛々しくも麗しい横顔を見上げながら、いよいよ決別の宣告をされる時が来たと内心腹をくくっていた。


 思い込みとは恐ろしいものでリリアンは未だに自分は幼なすぎてフィリップから恋愛対象として見られていないと思っている。

 だからさっきフィリップが入ってくるなり口にした ”ごめん、言葉が足りなかった” という言葉も ”一緒に寝ないと言っただけでは説明が足りなかったね、偽兄妹ごっこはもうお終いだ。リリィはもう自由だよとハッキリ言ってあげるべきだったね” と足りない部分を補完していた。


 フィリップは誠実で思いやりのある人だから、リリアンがこれからどうすれば良いのか身の振り方が分かるように伝えなかったことを申し訳なく思ったのだろうと解釈したのだ。



 そうなるとこれまでのリリアンなら絶望的な気持ちになっていたに違いない。だけど今のリリアンは少しの希望を持っていた。



 新生リリアンはフィリップの望むまま偽妹という立場との決別を受け入れた上で、”もう私は妹ではないのですからどうぞこれからは私を本当の婚約者としてフィル様のお傍において下さいませ” と懇願しようと心に決めていた。



 今まで失うのが怖くて相手の気持ちを確かめることはおろか自分の気持ちを匂わすことさえ出来なかったリリアンにしてみれば逆プロポーズをしようというのだからもの凄く大胆なことを言おうとしていた。

 だけどさっきフィリップが部屋に入って来た時の様子を見て、もう一刻の猶予もないと思ったのだ。そうなると不思議なもので火事場の馬鹿力なのか何なのか、次の瞬間には何かしなきゃという気になって同時にメラメラと力が湧いてきた。


 フィリップがその気になったら結婚相手など直ぐに決まってしまうに決まってる。その前に想いを打ち明けないと間に合わない!もうウジウジと悩んでる暇などなかった。



(フィル様が私を妹のように思って恋愛対象として見ていらっしゃらないとしても、ここで私が立候補したらどうかしら?

 そうかそういう手もあるかと気がついて、案外良い案だとのってきて下さる可能性も全くない訳ではないのではないかもしれなくて、フィル様にまだ想い人がいないなら、私でも良いと言って下さることもあるかもしれなくて・・・。

 私はフィル様のお相手としてはちょっと()()かもしれないけど、周りからは正式な王太子婚約者候補と思われているくらいだし、王妃教育だって受けている。だから私が本当のフィル様の婚約者になるのも有り得ないことではないのではないかしら?

 もし、フィル様にもそう思って頂けたなら、その時は・・・)


 そんな事を考えながらフィリップを見つめていたリリアンの視界にも白いガゼボが入ってきた。

 視線をフィリップからガゼボに移し、そこが向かう先なのだと気が付いたリリアンは無意識にフィリップのシャツをギュッと握った。



(いよいよだわ、すっごく緊張してドキドキしてきた・・・上手くいくかな?もう心臓が口から出そう!!)




 あともう何歩かでガゼボという所でフィリップはリリアンに話しかけた。


 おそらくはギュッと握られたことがきっかけになったのだろう、前を見たままだったけどゆっくりとした穏やかな声だった。



「リリィ、いつもこんなに近くにいて、何でもお互いのことを話そうって約束してたのに、僕にはリリィに言ってなかったことがあるんだ。

 多分、初めて会った時に僕はリリィに一目惚れしてた。


 正直、衝撃的で矢が刺さったような気がしたよ。

 でもあの頃は女性は苦手だと思いこんでいたから自分でそれを恋だと気付けなくて、仲良く話すニコラが羨ましくて妹が欲しいのだと勘違いしていたんだ。


 だけど、花祭りの頃にはもう僕の気持ちは定まっていたように思う」



 フィリップはゆっくりと丁寧にリリアンを降ろした。


 そして手を取って一緒にガゼボの中に入り、向き合って両手を繋ぎリリアンの前に跪いた。




「リリィ、どうか僕と結婚して欲しい」




 真正面から真摯な瞳で見つめられ、リリアンはフィリップの瞳に吸い込まれそうな錯覚に陥った。夢を見ているのかと疑いたくなるほどの急展開についていけず、ぐらんぐらんと足元が揺れてる感じがしてしっかり掴まっていないと立っていられないし、息の根も止まりそうだ。


 それでもまだフィリップは容赦してくれず、リリアンの両手を自分の両手で包んで懇願するように尚も言い募った。



「僕と結婚するということは王太子妃となり、いずれは王妃になるということで、いつも注目されて他の人のような自由はないし、国の安寧の為に重い責任を背負わなければならない。

 リリィには大きな負担をかけることになるだろう、我慢しないといけないことも多くある。それでも僕はリリィがいい、リリィじゃなきゃダメなんだ。

 生涯変わらぬ愛を誓う。生涯リリィだけを愛すと約束する。

 どうかリリィも僕を一人の男として愛すと、僕の妻になると、言って欲しい」



「・・・」


 応えようと口を開いたけれど、はくはくとするばかりで・・・リリアンは感動のあまり声が出ない。


 呼吸はどんどん早くなり、心音がフィリップまで届きそうだ。



 早く返事をと、なんとか近づいていき、フィリップの首に抱きついた。



 そして耳元で「フィル様だけを、愛します」と吐息のような、かぼそい声をようやく返した。


 聞き取れないくらいの声だったけど、フィリップは分かってくれたようだ。



「それは僕の結婚の申し込みを承諾してくれたものと受け取るよ?」



 リリアンは首に回した腕をほどいて身体を放し、フィリップの目を見て大きく頷いた。



 その時のフィリップの顔にパアーッと広がった喜びは、フィリップがリリアンにとって特別な存在であるのと同じように自分もフィリップにとって特別な存在だとはっきり自覚するに足るもので、こんなに幸せなことがあろうかとリリアンは心からうれしく思った。



「ありがとう、今この瞬間からリリィは僕の婚約者だ。

 近く正式に婚約者候補から婚約者になったと発表する、皆にも祝って貰おうね。

 だけどそうなったらいよいよ一緒の部屋では寝られないことになる。子供同士ならともかく婚前の男女が一緒に寝るのは好ましくないんだ、特に王族にとってはね・・・。

 でも、昨日のあのままでは余りにも後味が悪い。今夜まで、今夜だけは今まで通り一緒にあの部屋で寝よう」


 それからフィリップが人差し指を唇に当て「誰にも内緒だよ?」と今更のように声をひそめて言ったので、周りに誰もいないのにとリリアンはクスリと笑った。

 でもそれからリリアンも肩をすくめ両手で口元を隠して頷いたので、これで内緒話の共犯になった。



 まだしばらくここで二人っきりでいたかったけど、日差しが余り届かないこのガゼボは肌寒く長居は無用だ。それに皆が二人はどこに行ってしまったのかと気を揉みながら帰りを待っていることだろう。


 二人は元のサロンに戻ることにして来た道を戻ったが、手を繋いで歩くのはいつものことなのにリリアンは緊張してガチガチになり何度もつんのめりそうになった。


「だいじょうぶ?」と聞かれて「はい」と頷いた。



  フィリップはそこで足を止めてリリアンの背の高さに合わせて腰を落とし、指をさした。



「ほら、見てリリィ」


「?」


 すぐには何か分からなかった。



 フィリップが笑ってリリアンの顔から地面に視線を移した。



「スノードロップ、ここに群生しているんだ」



 突然、目に入ってきたのは木々の隙間から入る太陽の光を受けて咲く一面の小さな白い花たち。



「わ、あ・・・すごい・・・」



 なんと可憐な花だろう!


 なんと幻想的な光景だろう!



 まるで夢の中にいるみたい。




 白いガゼボで告白されて、偽の兄妹から恋人になった。静寂な林を抜けてサロンに戻るその道すがらにあったスノードロップの群生よ!想いを通じ合わせて初めて一緒に見る景色のなんと美しいことよ!



 リリアンがしばしその景色に見惚れていると、フィリップが体勢を変えて後ろから包みこむようにしてリリアンの両手を握った。


 あたたかい、まるで初代アルトゥーラス国王が最愛の妻ティエサ王妃を後ろから抱きしめていたあの絵のようだ・・・。そうリリアンが思っていると、フィリップが耳元で囁いた。



「一生、大事にする」と。




 ああ!この二人で見た夢のように幻想的な光景を、この幸せで満ち足りた気持ちを、私は一生忘れない。


 これからの私の人生は、いつもあなたと共にある。



 一生、あなたを愛し、添い遂げると約束する!

 このスノードロップの前で!




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