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23話 君に誓う

 フィリップとリリアンが2杯目のフラッペを取りに行って、戻った所にマルタンがやって来た。


「フィリップ様、リリアン様この度はご婚約者候補の発表が広く成された事をお喜び申し上げます。私は宰相補佐のマルタン・オジェです。マルタンと気安くお呼び下さい。リリアン様これからどうぞよろしくお願い申し上げます」


「ありがとう、そう畏まるな、いつも通りでいいぞリリアンが困るだろう」


「マルタン様、私こそどうぞよろしくお願い申し上げます」


「リリィ、上手に挨拶したね。彼らにはよろしくだけで十分だよ」


「こちらに来る前にお母様が、自己紹介されたらそれに様を付けて、どうぞうんぬん返しておきなさい、と申していましたので」ちょっとリリアンは恥ずかしそうに言った。


「さすがはベルニエ夫人。発表するのはこちらに来てお知りになったはずなのに、聞きしに勝る手際の良さですね。しかしリリアン様は殿下のご婚約者候補ですから我々にとっては殿下と同じように敬うべきお方です。『マルタン、ありがとう』で十分ですよ。丁寧にありがとうございます」


 などと話しているとマルタンの後ろにさっそく列が出来てきた。皆、2人に挨拶がしたいのだ。


「これはゆっくりお話は出来ないな。リリアン様、お疲れになる前にフィリップ様に休憩したいと言うんですよ、この列を最後まで相手する頃にはヘトヘトになりますからね、では失礼します」


「ああ、私も気をつけておくよ」


 乾杯するようにグラスをあげてマルタンは去って行った。




 次から次へとお祝いを述べられ、一言二言返す。


 ここに居るのは国の重要ポストについている面々と、その配偶者だ。

くだけた雰囲気の中、特に順番が決められているわけではなさそうで、列が出来ているのに目を留めて我も我もと並びに来ている。


「殿下、リリアン様この度はご婚約発表おめでとうございます。リリアン様、私は財務補佐をしておりますファビアン・カルメでございます。以後お見知り置きを」


「カルメ様、どうぞよろしくお願いいたします」


「ファビアン、婚約発表ではない、今日は婚約者候補のお披露目だ。婚約発表の時はもっと盛大にするからな」



「殿下、リリアン様この度はおめでとうございます。リリアン様、私は外務相ミシェル・バタイユでございます。以後お見知り置きを。それにしても殿下、どちらでこんな美しい女性と知り合われたのですか」


「リリアンはニコラの妹だ。ニコラの家で知り合ったのだ」


「なるほど、ニコラの妹君でございましたか、そういえば今日はニコラもこちらに来ていましたね。殿下とニコラは兄弟のように仲が良いから、リリアン様も妹のようなものなのでしょうな」


「バタイユ、リリアンは私の婚約者候補だ」


 フィリップがちょっと不機嫌に言った。バタイユはずっと自分の娘をフィリップに嫁がせたいのだ。


 リリアンはバタイユに年齢的に釣り合わないと暗に牽制されているとは思いもせず(この方は私をフィル兄様とは『兄と妹の関係』であると見破ったわ。それはそうよね、誰が見たって婚約者候補には見えないわね、だって私は妹なのだから)と思って目を伏せた。


 バタイユはリリアンが自信を失ったと見てとって機嫌良さげに引き上げた。



 フィリップはリリアンの表情に少し影が差したように感じて心配気に顔を覗き込む。

「リリィ、疲れたのではないか?少し休もうか?」


「いいえ、まだ疲れていません。大丈夫です」リリアンは微笑んで返した。


 今すぐここを離れても良いが列は延々後ろの方まで続いている。フィリップは仕方なく疲れたらギュッと握って合図をしておくれ、いつでも気にせずすぐに休憩するからねとリリィと手を繋いで言った。



 そこへリリアンが見慣れた顔が現れた。


「殿下、リリアン、おめでとうございます。まったく知らずに来たからさっき兄さんに聞いて驚いたよ。ウチの坊主どもガッカリするだろうなぁ!」

 クレマンの弟でジラール辺境伯の四男リアムだ。彼は港湾警護を担当している。父親と長男が国境の山岳地帯の警護なら、彼は海と港の警護だ。


「おじさま!ありがとうございます」


「この間までオコタン抱いて遊んでたのにな、もう婚約者候補とか信じられねぇ」


 オコタンはリアムからの1歳の時の誕生日プレゼントだった。あまりにもボロボロになったのでジョゼフィーヌに捨てられてしまい、大泣きして4歳の誕生日に同じものをもう一度貰った筋金入りのリリアンのお気に入りだ。もちろん、今も抱いて寝ているし遊んでますけどね。


「坊主ども?」


「引っかかるのはそこですか。ウチの子は男ばかり5人いてね、リリアンが大好きなのさ。リリアンは皆んなの女王様だからね。大丈夫だよ、ちゃんと言っとくから。殿下に勝てるわけないって」


 フィリップの機嫌はちょっと直った。



 いつもは男性だけしか並ばないフィリップの前にぽつぽつと女性も顔を見せ出した。


「リリアン様はとても美しく可愛らしい方ですね、殿下と並ぶととてもお似合いでいらっしゃいますわ」


「そうなんだ、リリィはとても可愛らしいだろう」

 フィリップは笑顔全開になった。



「リリアン様の存在を今日まで全く存じ上げませんでしたので驚きました」


「まだ知り合って20日ほどしか経っていないのだから知らなくて当然だ」


「まあ、それでもう婚約者候補の発表とは電撃的ですのね、よほど相性が良いのでしょう」


「そうだね、私もよほどのことだと思う。リリィは特別な存在だからね」



「リリアンさまは殿下の運命のお相手でいらっしゃいますね」


 女性は皆、フィリップを上機嫌にすることを言うのでニコニコだ。



 そこへ宰相モルガンの妻、ブリジット・オジェ夫人の番がきた。

 顔はよく知っているが今まで話したことはなかった。公式の場で同席することがあっても、フィリップのことを慮っていつも心配そうに遠くから見守っているだけで側に来たことのない女性だった。


「この度はご婚約者候補の発表おめでとうございます。心からお祝い申し上げます。お二人の仲睦まじい姿を拝見して本当に嬉しく存じます」


「ああ、ありがとう」


 いつも遠巻きにしていたオジェ夫人と言葉を交わしたことで、ここまでにすでに何人もの女性と話をしていたことに気がついた。


 それだけではない、


 何の抵抗もなく、自然な気持ちで女性に笑顔で対応していたことにも。

 リリィの様子を気にしていて相手が女性ということに気がつかなかったのだろうか、そもそも初めから嫌悪感を感じていなかった。鳥肌も、吐き気も、何もない。



「あ・・・」


 フィリップは弾かれたように、先程ニコラが立っていた方を見た。


 ニコラはずっとこちらの様子を見ていたようで、笑顔でグラスを上げて頷いた。

 その横でモルガンとマルタンもウンウンと頷いている。


 みんな気がついていたのだ、フィリップより早く。


 もう、女性恐怖症でも、いつの間にか女嫌いでも無くなっていたことを。


「ああ、そうか。そうだったのか。私はもう怖いものなどないのだ。リリィ、君のおかげだ。そしてニコラの」



 皆がフィリップの様子が変化したのを見て遠巻きにする中、ニコラ達が側に来た。

「殿下、おめでとうございます。新しい門出を皆で祝いましょう」


「ああ、そうしよう」


 フィリップはリリアンを隣に立たせ皆に宣言した。


「私は今、新たな一歩を踏み出した。恐るものはもうなくなった。これから立派な王太子としてこの国を支えられるよう精進することを誓う。皆とリリアン・ベルニエの前で」


 皆が拍手し、ハンカチで涙を拭う者、笑顔で祝福するもの達に囲まれフィリップはリリアンの前に跪きその手をとった。


「私は長い間何も見えていなかった。甘えて怖いもの苦手なものから逃げまわっていたんだ。リリィ、君に誓う。これからは困難から逃げずに立ち向かい、君に恥ずかしくない立派で素敵な王子様になると」そういって手の甲にキスをした。


 バルコニーにいる人々だけでなく、花祭の観客達が拍手し、手を振り、歓声を上げて喜んだ。



 花離宮の前の噴水が高く吹き上がり、まるでフィリップとリリアンを祝福しているかのようだ。これから噴水のショーが始まる合図だ。今日のクライマックスだ。


 最高のフィナーレだった。





 今日は花祭なので特別にセントラル広場のベンチ近くのとっておきの場所にホットドック屋台を出していたリュカはそのバルコニーの様子を目にしてホッとしていた。


 リュカに姓はない。パン屋のリュカだ。


 父親は王弟という地位も貴族の身分も捨てて母と結婚し庶民となった。第一位だった王位継承権を持ち続けることより、母とパン屋を継ぐ方を選んだのだ。


 だから父にもリュカにも王位継承権は無いが、他にちょうど良い年回りの者がいないので、フィリップに何かあった時は担ぎ出されるのではないかと恐れていた。それが自分でなくても自分の子供とか。


 王都の一等地にパン屋を開かせてもらっているのもその為だと思えたし、宮殿に定期的にパンを納入するように言われている。

 パン屋の近くにはなぜか屈強な男が立っている。父やリュカが誰かに絡まれそうになってもどこからともなくわらわらと屈強な男達が現れてそいつを連れ去っていくのだ。


 実際に庶民のパン屋なのにフィリップと顔を合わせる機会を持たされたこともある。あの時、俺はやっぱりパン屋を継ぎたい、パン屋がいいと言ったんだ。


 バルコニーは遠いけれど、フィリップが笑っているのは分かる。婚約者候補と紹介されていたリリアンと並び幸せそうなフィリップを見て、これなら心配することはないと感じた。


「まったく、いらない心配させるなって!女嫌いは返上だな!良かったな、いとこ殿」


 注文を受けたホットドックにマスタードを大盛りサービスして客に渡したらビックリした顔をされたが上機嫌でウインクしておいた。



「王都名物フールニエのホットドックだよ、うまいよ、安いよ、最高だよ!」


 これが全部売れて店じまいしたら幼馴染のミラベルのところに行こう。


 リュカはお決まりの宣伝文句で広場に集う人たちに呼び掛けた。


<登場人物紹介>


ファビアン・カルメ フィリップの側近候補 財務補佐


ミシェル・バタイユ リュシアンの側近 外務相


リアム・ジラール リリアンの叔父

 クレマンの弟です

 子供が5人いますが全員男です

 港湾警護隊長 仕事は有能です

 リリアンにオコタンをくれました

 ざっくばらんな性格です


ブリジット・オジェ 宰相モルガンの夫人

 細やかな配慮の出来る女性です


リュカ フィリップの従兄弟

 リュシアンの弟の息子

 庶民です

 パン屋をしています

 じつは21話にもちょっと出てます。気がつきましたか?



ここまで読んでくださいまして、どうもありがとうございます!


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