227話 一瞬焦った
(誰かしら、今チラッと見えて引っ込んだのは銀髪っぽく見えたけど)
今日は何故だか勝手に訪れる訪問者ばかりでリリアンはまた謎解きに挑戦することとなった。
この王宮の中にあるリリアン専用応接室にフィリップかリリアンの許可なく近づける者は限られる。よほど身元がしっかりしている者か親族か、そうでなければ侵入者ということになるのだが。
(う〜ん、外に護衛が立ってるから怪しい人ではないはずよ。だけど私の家族もいつものメンバーも大体ここに揃っているのよね)
(それと銀髪といえばヴィクトル伯父さんだけど、伯父さんは入ってくる前に覗き見するようなキャラではないし、もっと背が高いわ)
そうするとおのずと答えが見えてくる。リリアンと同じ色の銀髪を持つことが知られているのはあとはヴィクトルの息子達くらいだ、そして今王都にいるのが分かっているのは・・・。
「サシャ、そこにいるのはサシャじゃない?」
リリアンに名を呼ばれ「久しぶり」とテレた様子で出てきたのは思った通りサシャだった。リリアンの顔が喜びで輝く。
「ほらやっぱりそうだった!本当に久しぶりね」
会うのは昨年の春以来1年振りだ、サシャの手を握りブンブンと上下に振って再会を喜んだ。
サシャはヴィクトルの四男で学年はニコラの一つ下になる。トマトマと同様に学園の長期休みには辺境に帰省し、行きと帰りにベルニエの本邸に泊まってリリアンと遊んでくれるのだ。同じ遊び相手でもトマ達は面倒をみてくれる保護者的な存在で、サシャは一緒になって遊ぶ友達のような感覚だ。
「今日はひとりで来たの?」
「いいやニコ兄に連れて来て貰ったんだ。ここまで一緒に来たんだけどニコ兄が婚約者をお祖母様に紹介するというのに一緒に入ってくるのもなんだからさ、場が落ち着いてからにしようと待ってたんだ。それでそろそろかなってタイミングを見ようと覗いたらリリに見つかったっていうワケさ」
「なるほどそういうことだったのね、でもタイミングとしてはちょうど良かったんじゃないかしら。お茶を用意させるからどうぞ中に入って、一緒にお話ししましょう」
「ああ、ありがとう。素敵な部屋だね」と入っていこうとしたところ、もう一人銀髪がヒョコッと顰めっ面を出し、押し殺した声で訴えた。
「兄上、兄上〜っ!!私のことをお忘れではないですか!?」
「ああ、忘れてた。本当に忘れてた。
リリ、弟のエドモンだ」
「まあ!初めまして」
忘れてたと言われ、一瞬なんとも言えない情けない表情になったエドモンだったが、表情を改めてサッとリリアンの前に立ち辺境式の立ったまま肘を張って固く結んだ右の拳を胸の前に持ってくる騎士の礼をとった、そして大きな声でこう言った。
「お初にお目にかかりますリリアン様!わたくしはエドモン・ジラール!ヴィクトル・ジラールの五男で今年12歳になります。リリアン様と同じ王立貴族学園に同じ学年に入学致しますのでどうぞお見知りおきを!!」
その音量と勢いにリリアンは面食らったが一応最後まで聞いてからドウドウと馬を宥めるような手振りをした。
「こんなに近くにいるのだからそんなに大きな声でなくても聞こえるわ。
それと私たちは従兄弟だもの、呼び方はリリでいいわ。私もあなたのことをエドモンって呼ぶけどそれでいい?」
「ハイ!勿論です。私のことはエドモンと御呼び下さい!
勿体なきお言葉にこのエドモン感謝感激でございマス!」
「ええ?だから声が大き過ぎるんだってば。
ちょっとサシャ〜、なんでエドモンはこんななの!?」
リリアンが困惑した顔をサシャに向けるとサシャはこちらに背を向けて笑っていたようだ。こちらに向き直った時には眦の涙を指で拭っていた。
「アハハ、ここに来る前にさ、エドモンに失礼のないようにしろと父上と散々言ってやったんだ。
何せエドモンはリアム叔父さんの所くらいしか行ったことがない世間知らずだから礼儀作法もよく分かってないだろ?だから王太子婚約者候補であるリリに不敬な態度を取ったら手首を切り落とされて二度と剣が握れなくなるぞって教えてやったらさ、コイツ本気にして恐れちゃってさ〜」などと言っているがこれではエドモンよりサシャの方がよっぽど失礼だ。
「まあ、そんなことするわけないでしょ。どうして私があなたの手首を切り落とすなんてこと信じるの?ほら見てごらんなさい、こんなにふざけたこと言ってもサシャは無事のままじゃない」
「あ」
リリアンに指摘されてサシャから笑いが消えた。
ここはいつものベルニエ本邸ではなく王族の住まう場所だ、なのにリリアンに久しぶりに会えたのが嬉しくて少々はしゃぎ過ぎてしまった。
宰相閣下がこちらを見ていた。
背中を汗がつたう。
「失礼した」とサシャは青い顔をして襟を正した。
「うふふ、いいのよ。ここは私の応接室だからいつも通りで構わないわ」
裏を返せば王族や宮殿に勤める人達に対しては礼儀を守らないといけないという意味にも取れるが、エドモンはいつも通りで良かったのかとすっかり安心した。
会う前にリリアンは王太子の婚約者候補で準王族だからそのつもりで御前に出るように、失礼な真似はするなよと本当にシツコイほど周りに言われていたからかなり緊張していたのだが、兄がバカ笑いしても咎められなかったしリリアンはずっと笑顔だ。
(みんなグルになって僕を騙したな、兄上はともかく父上やニコ兄までグルになるなんてヒドイなあ。全然普通でいいんだな)とエドモンはホッとした。
(それにしてもリリの可愛いこと!想像以上だったな。明るいし表情豊かですごく可愛い)と思いながらリリアンを見ていたら自然に頬が緩んでニコニコしていたらしい。
「まあエドモンったら笑うととても可愛いらしいのね、その笑顔を見たら皆んな笑顔になっちゃいそう」
急にリリアンに話し掛けられて「えっ、あ・・・そ、そうですか」とまごまごしていると、こちらの話が聞こえたのか向こうにいるニコラが口を挟んできた。
「なあリリアン。俺が言った通りだったろ?エドモンは可愛いやつだって」
「ええ本当ね」
自分のいないところでそんな会話があったのかと思うと嬉しくて「いえ、そんなことは」とはにかむと、それがまた可愛いとリリアンに褒められた。
「ところでリリアン、お前のお茶会に俺も便乗させて貰いたいんだが」とニコラ。急にこちらの話に入ってきたと思ったらリリアンに別の話があったようだ。
「いいですよ、何でしょう」
「ソフィーとその家族も招待してもらえるか、うちの他の親戚も紹介したいんだ」
「ええそれはもう是非にでも!どうぞいらして下さいませ」とリリアンが言うと、モルガンとブリジットは深く感謝した。
ニコラが「じゃあ招待するのはソフィーを入れて4人な、マルタンを忘れるなよ」と念を押したので「あぁ、はい。大丈夫ですよ」と答えると何故かリリアンがマルタンのことをすっかり忘れていたように聞こえたらしく皆が笑った。
その話が一息つくと今度はクレマンからのお願いだ。
「リリアン、私の方からもひとつお願いしたい」
「はい、なんでしょう」
「今日は午後からアングラード侯爵が挨拶に来られるそうだが宰相殿によるとその現侯爵の一代前が母上と従兄弟になるのだそうだ。もしかしたら直接何かアンリ殿下のお話を聞けるかもしれないと思ってね。
まあその方が来られるにせよ来られないにせよ我々とアングラード家が近い親戚であることが分かったのだからアングラード家の皆さんを招待したら良いのではと思うのだが、どうだろう?」
「まあ、お祖母様のお父様の話が聞けるなんてそれは凄いことですね、是非来ていただいてお話を聞かせて頂きましょうよ!でしたらさっそく今日侯爵がいらっしゃった時に来て下さるか聞いてみますね」
リリアンが喜んで目をキラキラさせているとモルガンが恭しく進言した。
「リリアン様、それまでにこちらでもアングラード家の家系図を確認しリストを作成してお持ち致します。どうぞご参考になさって下さい」
アングラード侯爵を疑う訳ではないが、宮殿で行われる王太子婚約者候補主催のお茶会にまったく無関係の者が混ぎれ込んで入って来たり、来るべき人に声を掛けそびれていたりするといけないので事前に確認するのは当然のことだ。リリアンもモルガンの言わんとすることが分かったらしい。
「そうね、ではお願いします」と頷いた。
「畏まりました。では午後一番にお持ちするように致します。
ちなみに招待するのは侯爵と夫人に子のカトリーヌ、マチアス、ルイーズ、それから領地にいらっしゃるジョルダン前侯爵の6名になるかと思います。招待状は二通必要になるかと。
前侯爵夫人はいらっしゃいません」
「分かったわ、ありがとう。
後で確認するけど一応今教えて頂いたのを忘れないようにリストに書いておこう」とリストを出して書き足した。
リリアンがヨシ出来たと顔を上げるとニコラが「どれどれ?見せてみ」とわざわざやって来た。
上のブロックが元々書いていたリストで、下のブロックが今書き足したもののようだが・・・。
『リュシー父様、パトリシア母様
私
お父様、お母様、お兄様
ソフィー
お祖母様、ヴィクトル伯父様、ブランディーヌ伯母様、セリーヌ叔母さま、トマ、トマス、サシャ、エドモン
ジャン、アラン・・・16で5件
宰相様、夫人、マルタン
アングラード侯爵、夫人、お姉さん、お兄さん、ルイーズ
前侯爵・・・25名で6通』
ニコラは顎に手を当てて目を通していたが、さっそくイチャモンをつけてきた。
「なんだこれ、分っかりにく〜!!
お前なー、ちゃんと名前を箇条書きにしろよ。これじゃ誰が入ってて誰が入ってないのか確認しずらいだろ」
「そうですか?でもお兄様よく見て下さい。これなら同じ家に住んでいるかどうかまで一目瞭然で分かるのですよ、画期的でしょう?それにこれは私用ですからね、私が分かればいいんです!
うふふ、それにしても25人も私の初めてのフェットに来られるんですよ、凄いですよね、うふふふふ」
「おい、楽しそうで結構だが数も間違ってるぞ。最初のところ16じゃなくて17だ」
「ああ、それは私は招待状がいらないから数に入れてないんです。1足したら17だからピッタリ合うでしょう?」
「訳分からん。
あと、殿下が入ってないのも何か理由があってのことか?」
「えっ!入ってない?」
ああ〜、忘れてた!!
というか、忘れてないんだけどリストに入れるの忘れてた!
フィル様のこと考えないようにしなきゃって、そればっかり思ってて。
どうしよう?
流石のフィル様もフィル様だけ名前がないと知ったら、それはもう悲しまれるに決まってる。例えもう一緒に寝ないと宣言されたと言っても今までどれほど世話を焼いて下さったか考えるとなんと薄情なことかと思うはず。
この私がフィル様のことを蔑ろにしてはダメでしょ、そうじゃなくてもそう見えちゃ絶対ダメでしょ。
しかしリリアンは閃いた。
「そうだ!こうしたらどう?」とリストの一番上の余白に他より大きめに堂々と『フィル様』と書き足した。これなら逆にフィル様が一番大事って感じに見えなくもない。
『フィル様
リュシー父様、パトリシア母様
私
お父様、お母様、お兄様
ソフィー
お祖母様、ヴィクトル伯父様、ブランディーヌ伯母様、セリーヌ叔母さま、トマ、トマス、サシャ、エドモン
ジャン、アラン・・・16で5件分
宰相様、夫人、マルタン
アングラード侯爵、夫人、お姉さん、お兄さん、ルイーズ
前侯爵・・・25名で6件分』
完璧だ。
これなら忘れていた、いや、忘れてないのだけど・・・、フィル様の名前がなかったことはバレないだろう。(滝汗)
お兄様、気がついてくれてどうもありがとう!
やっぱり少しもガッカリさせたくない。
フィル様は私の大切なひとだから。
今日はまだフィル様のお顔を一度も見ていない。
はやく、あいたい。
フィリップがいない時で良かったね、
忘れられてたって知ったら泣いちゃうよ
( ̄^ ̄゜)
ここまで読んでくださいましてありがとうございます!
<ポイント>や<いいね><ブックマーク>などで応援していただけるとすごく励みになります。




