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226話 招待状

 誰かなーって考えながらふとお父様の方を見ると、お父様ったらクールを装ってても目はあさっての方を見ているし口元が笑いを堪えきれずにヒクヒクしていたの。

 うふふ、お父様はポーカーフェイスが苦手なのよ、だから私はピンときたわ。



「分かったわ!お母様ね?お母様ならどうぞ入って下さいな」



 仲直り(?)のチャンスだ、リリアンは身を乗り出して扉の向こうの母に聞こえるように大きな声で答えた。


 すると扉がガバーッと大きく左右に開き、パンパカパーンとの声も高らかにジョゼフィーヌがツカツカと歩いてきて中央で一度止まった。そして満面の笑みで両手を高く挙げて一度ポーズを決めたあと、体の向きを少し変えて手を腰に当ててまたポーズを取った。

 舞台に立つ踊り子ばりの登場の仕方だ。


 ちなみにこのパンパカパーンもジャーンも自前の効果音で全てジョゼフィーヌが口で言っている。




「ほらやっぱりお母様だった!お母様!!」とリリアンは走ってジョゼフィーヌに飛びついた。


「リリアン!」


 ジョゼフィーヌは身を屈めてリリアンを受け止めた。


 迎えてくれる懐かしい香り、リリアンはそれを胸いっぱい吸い込んで甘えるように少し上体を反らせ小首を傾げて尋ねた。



「ねえお母様、私の為に馬と乗馬服を用意して下さったと聞いています」



「ええそうなの。でもせっかく内緒にして進めてたのに昨日うっかりニコラがバラしてしまったんですって?サプライズだと言っておいたのに仕方がない子ね」とジョゼフィーヌは眉を下げ困った顔で笑った。



 お母様とは感じ方が違うだけ。


 リリアンもニコラも最初から嬉しいことがあると知った上でワクワクして待つのが好きなのだが、ジョゼフィーヌは先にわざとガッカリさせておいてからビックリさせて喜ばすのが好きで、その方が先に知っているよりもっと喜びが深くなると信じているのだ。最初に悲しい気持ちにさせられるのでそのやり方はリリアンの反感をかうこともしばしばだったのだが、ジョゼフィーヌにしたらそれもサプライズ成功に必要な過程なので文句を言ってもこちらの言い分がちっとも伝わらなかった。


 でも、心を開いてみたらリリアンにも分かったのだ。ちっとも音沙汰がなかったのも、内緒の隠し事も無関心でも意地悪でもなく純粋に驚かせて喜ばせようと計画的にやっていたということだ。いい歳をしてリリアンの部屋の守衛兼護衛を巻き込んでの小っ恥ずかしい登場の仕方だって、ただリリアンを喜ばせたくてやったことなのだと。


 母は母のやり方で愛情をくれていた。

 それに気がついたら今まで許せなかったことも許せる気がした。



 たぶんリリアンは反抗期だったのだろう、それならこれは成長段階における必要な過程とも言える。

 親元を離れて王族と暮らすことになったことで早くに自我の確立を余儀なくされたその結果、一般的な反抗期の年齢より早くにそれが訪れたのだ。

 大体銀の民は寿命が短かった頃の名残りで今も心身共に下界の者より成長が早い傾向にあるのだが、リリアンのプチ反抗期も早々に解消されたと言っていい。リリアンはリリアンが思うほど小さな子供ではないようだ。




「うふふ、いいんです!先に知っていてもじゅうぶん嬉しいです。お母様、リリの為にどうもありがとう。たくさん馬を集めるのは大変だったのでしょう?」


「ええ、とても大変だったわ、今回は性質の良い若馬を集めていたから選別がね!私は乗馬をしないからその辺のことは詳しくないでしょう?」


「それでお母様も乗馬を始めることになさったのですか」


「まあ!それもニコラがバラしてしまったの?急に現れてビックリさせようと思ってたのに、もお!」


「ええまあ・・・でもリリはそれを聞いて嬉しいと思いましたし、お母様のことを尊敬しますよ」


「でもそれよりもね、学園に馬を預けるのが思ったより難航してね〜、でも皆に協力して貰って今朝になってようやく全頭片付いたのよ。

 それと乗馬服の方はポーターが支度部屋に届けると言ってたから後で侍女に確認させておいてね。この前会った時のサイズではもう着れないだろうと思ってちょっと大きめに作ったんだけど今回はあんまり変わってなさそうね。着る前にお直しするか背が伸びるまで待たなきゃいけないかもね」


「はい、では一度着てどちらにするか決めますね。どんなのだろう?それを着てラポムに乗るのが楽しみです」


「そう?」とジョゼフィーヌは嬉しそうに笑った。



 リリアンは「ゆっくりして下さいね」とジョゼフィーヌの手を引いて父の横に座るよういざなった。


 クレマンが片手を差し出してジョゼフィーヌを迎えるとジョゼフィーヌはその手に自分の手を乗せて隣に座りお互い顔を見合わせて微笑み合った。両親のこういったごく自然な仲睦まじい様子を見るは喜ばしいことだ。

 久しぶりの親子の団欒だし、こうみえてジョゼフィーヌの子供っぽい遊び心には抜群の癒し効果があり悲しい気持ちを癒すにはもってこいなのだ呆れて笑っているうちに気が紛れリリアンの気分も自然と上がってきた。



(うふふ、お母様との再会大成功!お母様との間に(わだかま)りを残さず済んで本当に良かった。

 あのままの気持ちで会ってたらきっと私はお母様にトゲトゲした態度をとって嫌な子になって今ごろ後悔していたに違いないわ。こうして笑顔で話が出来たのは間に入ってくれた兄のお陰ね、お兄様にももう一度お礼を言いたいわ)と思い、兄がまだ来ていないことに気がついた。


(あら、おかしいわね。お祖母様は今日お兄様の婚約者を紹介してもらうことになっていると仰っていたのにどうしたのかしら?お母様に聞いてみましょう)



「ところでお母様、お兄様は一緒に来られなかったのですか」


「ええ一緒に来たわ。だけど騎士団に用があって先に寄って来るって言うから下で別れたわ。ソフィーとあと・・・まあ皆んな後でこっちに来るって言ってたわ」


「そうなのですね」


 誰か他にも連れがいるような口ぶりだが濁されたので何かこっちもサプライズを狙っているのだろう。リリアンは小首を傾げたが母の狙いに付き合うことにしてそのままスルーしておいた。



 そして二人の会話を聞いていたグレースは「ようやくニコラのお嫁さんと会えるのね」と喜んでいた。




 それからリリアンは皆んなに見守れながら招待状の続きで時候の挨拶やご機嫌伺いをなんて書こうかとあーでもないこーでもないと考えていたが、ジョゼフィーヌに「結局のところ呼ぶのは身内だし要件が分かればいいんだから難しいことを書かなくていいんじゃない」と言われ、更にクレマンに「叙爵式はリリアンが主催するものではないからそちらの招待状は国王陛下かジラール家に任せたらいいよ」と言われたので、そのアドバイスに従いごく簡単に書いてみた。



『フェットのお誘い


 わたくしリリアンとエドモンの王立貴族学園入学とヴィクトルおじ様の辺境伯譲位、グレースお祖母様の侯爵叙位を祝うお食事会を宮殿にて開きますのでどうぞお越し下さい。

 楽しい時を一緒に過ごしましょう。


 リリアン・ベルニエ』



 ちなみにエドモンとは会ったことはないけど私と同時に学園に入学する従兄弟がいるから一緒に入れてあげてねとお祖母様に教えて貰って入れておいた。

「これでどうでしょう」と紙を渡して皆に見せたら「いい、いい、こんなもんだ」と言われた。


 段取りとしては次は書記に清書に回せばの良いのだろうが、昨夜フィリップが今回のお茶会の準備は練習がてら手順通りにしようと言っていた。だから清書する前に手順がちゃんと合っているか文面はこれで良いかを確認して貰った方が良いだろうとリリアンは思った。



「ではこれで招待状のことはいったん置いておいて、お昼にでもフィル様に見て頂いて良かったら清書にまわすことにするわ。その時は誰か書記に持って行って頂戴ね」とリリアンが侍女達の方を向いて言うと、コレットが一歩前に進み出て「私が行って参ります、他に用事もありますので」と申し出た。



 書記は宮殿から出す書状作成、優良な本や教科書それに法令をまとめたものに歴史的資料などの書写・製本、会議の内容の書き起こしなど書に関する仕事をしている人たちだ。

 それもただ美しい文字を書くだけではなく挿絵まで原書そっくりに写しとるというまごう事なき職人集団で彼らはとにかくいつも忙しくしている。だが通常は図書室の奥の作業場に詰めているので行けば会えるのだ。

 そしてそこは司書、つまりコレットが会いたいカレの仕事場でもあった。



 リリアンは一仕事終えたのでお茶を飲むことにして侍女達に用意させているとジョゼフィーヌがリリアンに言った。


「でもさあ16人招待するって言っても同じ家にいる夫婦や家族は一通にまとめればいいんだし人に頼まず自分で書いてもしれてるじゃない?もうリリアンが自分で書いちゃえば?その方が面白い物が作れるわよ」



 ジョゼフィーヌは凝り性なので、カードや手紙には額縁みたいな装飾を自作スタンプで入れてみたり変わった折り方をしたり香りをつけたりするのが好きだ。

 もちろん面識のない相手に送って貴族としての常識を疑われてはいけないので送る相手は親しい間柄に限るが、だいたいいつだって基本的に変わったことをして相手が驚いて楽しんでくれたらいいなと思ってる。


 それで親戚に送るのならリリアンに『ポップアップカード』という面白い物を教えてあげようと思ったのだ。前世で文具売り場などでよく売っていたグリーティングカードに二つに折り畳んであって開くと立体的に飛び出す仕掛けのものがよくあった。こっちの世界ではまだああいった物はないから貰った側はビックリ仰天するに決まってる。その様子を想像するだけでニヤニヤしてしまうしワクワクする、送る側も楽しめるのだ。


 だけどそんなジョゼフィーヌもたまに失敗することもある。

 昔、パトリシアに送った手紙は前世の『折り紙』の技術を使って正方形の紙にメッセージを書き、鶴の形に折って羽を広げた状態で青と赤の色違いを対にして箱に入れて送った。ことづてに手紙だと言ったのに、箱を開けたパトリシアは初めて見るそれを紙細工の工芸品と思ったそうだ。

 ちょうどリュシアンと結婚して王太子妃になったばかりの頃だったから、早く王子が生まれますようにとお祝いに赤ちゃんを運ぶと言われているシュバシコウの置物を贈ってくれたのだと勘違いしたのだ。喜んでくれたらしいが開きもせずこの19年ずっと棚の上に飾っていたという。


 ジョゼフィーヌは返事がこないとは思いつつも王太子妃になったばかりで余程忙しいのだろうと聞かずにいてそのままになっていたが、前回会った時にパトリシアが思い出話として「あの時の夫婦めおとシュバシコウは今も大事に飾ってあるわ」と言って初めて手紙と思われていなかったことが判明したのだ。


 このように趣向を凝らし過ぎると意図が伝わらないこともある、定番には定番の良さがあるということだ。でもそんな失敗の一度や二度で自分の好むやり方をやめるような人間ではない、ジョゼフィーヌは凝り性だけど凝りない性格なのだ。



「でもお母様、今回はフィル様とリュシー父様から清書は書記に任せるように言われているので自分では書けません」



 今朝、リュシー父様とパトリシア母様も招待状についていくつか教えて下さったのだけど、なんでも宮殿から出す文書には全て発布する人と用途によって決まった様式があるのだそうだ。

 今回は文面こそ格式ばったものでなくて良いが、婚約者候補という立場から紙や文字は王族専用の物を使うように言われている。


 どのような文面にするのかと送る相手を伝えたら、書記が綺麗なカードにお洒落な特有の飾り文字で書いてくれて一度戻してくるからそれを確認してリリアンのサインを入れ、また書記に返して送って貰うという段取りになるらしい。



 そうリリアンが説明するとジョゼフィーヌはしぶしぶだが納得してくれた。


「なら仕方がないか〜、確かにリュシアン様とパトリシアの手紙はいつも同じ書式で書かれているわ」


「はい、それぞれのインクの色まで決まっているそうですよ」


「ふ〜ん、それにしても書記の人たちって確か毎日すごい量の書き物をしているのよね、腱鞘炎とか腕が使えなくなったりしないのかしらね?

 まあ私たちも書類やらなにやら書き物をするのは大変だけどね、紙やインクもだけどペンが進化しないと不便でどうしようもないわね。

 それより印刷技術が出来たら本なんかもっといっぱい作れて安くなるんだけどね〜、もうそろそろ出てもいい頃じゃないかと思うけどまだ聞かないわね〜」



「そのインサツギジュツって何ですか、お母様」


「模写を一気にしちゃう方法よ。それが考えられたらいいわねって話。

 でもいつもの夢の話だから今言ったことは気にしないで忘れてちょうだい、ただの独り言よ」


 ジョゼフィーヌに異世界の記憶があることは本人以外誰も知らないのだが、ちょくちょくこの世に無い物の話をさも有るように話してしまうので『夢の中で見た』ことにして誤魔化すのが常だ。

 夫であるクレマンは奇想天外な話を聞いても深く追求せずにいてくれるのでジョゼフィーヌは家族相手だとあまり気にせず思いついたことを結構ベラベラと喋ってしまうのだ。でも基本的にジョゼフィーヌはリュシアン達が王族として君臨し続けるこのファンタジーのような世界がずっと永遠に続いて欲しいと思っていて、出来る限り手を加えたくないと思っている。


 リリアンも今までだったら母が「夢の話」と言えば「そう」と納得していたのだが、いずれ王妃となる意思を持つリリアンはもう誤魔化されない。



「お母様そう仰らず、何か模写を一気にする良い方法を思い付かれているのであれば教えて下さいませ。便利になったら国民皆が喜びます」


「あらでもそんなことしたら沢山いる書記の人のお仕事が無くなって無職になって放り出されちゃうわよ?世の中にはバランスっていうものがあって、便利になったらなったでそんな風にどこかに弊害ってものが出て困る人がいるのよ〜」


「そうでしょうか、書記の人たちはその分他のお仕事が出来るようになるのではありませんか?それにお母様は運河や氷街道といった便利になることを考えられて実際に現在建設を進めているではありませんか、便利になると良い事ばかりだと思いますが」


「ああ、あれは話の流れでついやってしまったというのもあるんだけど、道を良くして事故を無くしたいという気持ちがあって仕方がなかったというか。

 それでも長い目で見たらやらないほうが良かったってちょっと後悔する気持ちもあるのよ」



 実はジョゼフィーヌの両親は馬車の事故で亡くなっている。

 リリアンは母が痛ましい事故の話を聞くたびに「もう事故なんてこの世から無くなればいいのに」と悲しそうな顔をしていたことを思い出した。

 確かに意に沿わない気持ちと天秤に掛けても街道整備をしたいと思っただろう、その動機は納得できる。


「だけど、」


「ねえリリアン、豪族が治めていたここが百年前にプリュヴォ国に取って変わったように世の中は変わっていくものなのよ。一つ一つは小さな変化のように思えても後で振り返れば歴史に大きく影響するの。あまり早く文明が進んじゃうと王妃や王様の立場も安泰じゃなくなって最悪あなた達の代で()()が起こって終わるかもしれないのよ、世の流れってそういう順番でおこるものだからあなたも明日は我が身と思って何をするのも気をつけなきゃいけないわよ。

 ここはひとつ自然の流れに任せて気長に誰かが作るのを待ってましょ?」



「そんなこと言ってたら何も出来ないわ。もし模写が一気に出来たら教本もたくさん作れて皆が使えるかもしれないのに・・・」



 コン、コン


 リリアンはもう少し母とこの話を掘り下げてしたかったが、扉をノックする音がしてこちらがまだ何も返さない内に扉が開き初め「来たぞー」と聞き慣れた声がした。



 おお、ようやくニコラが来たらしい。



「お兄様!」


 リリアンは自分が悪者になりながらも母との間を取り持ってくれた兄にもう一度お礼を言おうと立ち上がったが、やって来たのは兄は一人ではなかった。



「さあ、入って」とニコラが招き入れたのはソフィーとその両親のモルガン宰相と妻のブリジットの三人だ。



「今日は私の婚約者とその両親をお祖母様に紹介する為に連れて参りました」とニコラが胸を張る。



「初めましてグレース・ジラール辺境伯夫人、私は・・」と挨拶が始まった。グレースはすぐさま立って彼らの元へ行き、ソフィーやブリジットの手を握って歓迎した。


 クレマンはこちらに来て座って貰ったらと言おうと思ったが、見ると椅子が足りない。そこで自分も親としてニコラの婚約者親子に挨拶をする必要があると立ち上がり、ジョゼフィーヌと共に彼らのところへ向かった。



 その様子をニコニコと座ったまま見守っていたリリアンは、ニコラが少し開けたままにしている扉の隙間から誰かが覗いているのに気がついた。

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