224話 カレとの攻防
コレットはグレースの部屋の外にいる護衛達に「リリアン様は朝までこちらで過ごし、着替えてから部屋にお戻りになります」と告げると自分の部屋へ向かった。
角を曲がるまでは背筋をピンと伸ばして王宮で働く侍女らしくシャンとして歩いていたのだが、人目が無くなると首を垂れて、大きな息をついた。
(はぁ〜)
(夫人があれをリリアン様の教材にすることになさったから手配しないといけないけど、その為にはどうしても彼と顔を合わさないとダメよね)
そう、あの手の本は私が借りた後すぐに誰でも閲覧出来る一般貸出図書エリアから一掃されて今は申請図書として書庫に移されているのだ。借りたければ司書に申請しなければならないが、借りようとすればもれなくあの本の内容を知ってると思われて、更にそれを読みたがってると思われる。
これはうら若き私たちには二重の難関だ。いくら私の気が進まなくてもこの役目をアニエスやクラリスに押し付ける訳にはいかない。
(それにたぶん辺境伯夫人は私の恋を応援するおつもりで私に本を借りに行くようにと仰ったのよね)
夫人が『カレ』と言った時に浮かべた笑顔には、間違いなくそういう含みがあった。
そして数日前の私なら、会う口実が出来たと喜び勇んで彼の元へ走ったはずだ。
でも今は、なんだか彼に会いたくない。
(はぁ、困ったな・・・)
なぜか好きな人に会うのを渋っているコレット。
それはコレットが彼の気持ちを量りかねているからだ。
彼との出会いは先々週、私達はまだ出会って日が浅い。
リリアン様が王太子殿下から馬術を習われるのに先立って予習したいと仰って、図書室に行くことになり私もお伴した。しかし私には全然分からない分野だし荷物持ち要員だったので私はお声が掛かるまで控えておくことにして一歩下がってお待ちしようと後ろを見ると美しい背表紙の本があった。
それはツヤツヤとした革に金で箔入れしてあり重厚で美しい、他と一線を画してとても目立っており手に取ってみると表紙は更に豪華で浮き彫りのように凹凸で複雑な模様が入れてある。これは多分元は王妃殿下に献上された物だろうと思った。そう思わせる逸品だった。
私はそれをタイトルから恋愛小説だと思い込み、中を検めもせず借りたのだ。
夜になって自分の部屋に戻って開いたら、それは恋愛小説の体裁をとった閨指南本で、カラー挿絵もふんだんに入り巻末にはご丁寧な解説まで入ったちょっと私たち未婚の令嬢には目にするのも手にするのも恥ずかしいような、そんな本だった。
こんなのを借りた事が人にバレたら大変だ、なんと思われることか恐ろしい!私は通常は10日間借りれる本を早々に返却してしまうことにした。
もちろん、せっかくだから返す前に全部読んだけど。
翌々日の退勤後、もう利用者も司書も皆んな帰ったであろう遅い時間を見計らってこっそりと返却に行った。
しかし暗がりの中で慣れない返却手続きをしていたら不意に後ろに現れた司書に手元を覗かれて見つかってしまった。それで「へえ〜、こんな本を読むんだ〜」と興味を持たれた、というのが辺境伯夫人に話した私たちの知り合った『キッカケ』だ。
そしてその後私達はたびたび会うようになった、と夫人には話した。
だから夫人は私たちの事を、まだ知り合ったばかりの少し仲が良くなってドキドキしている微笑ましい間柄だと思っていると思う、微笑ましさなど全くないのに。
でもそんな風に思うのも無理はない、だって敢えて都合の悪い部分を削ぎ落として微笑ましく聞こえるように話したのだから・・・。
そりゃあ私だって嘘みたいなことは言いたくなかったけど、まさかその日その場でコトに及ばれたとか、夜な夜な彼が私の部屋を訪れるようになったなんて、とてもじゃないが言えないでしょう?だってこれぞまさにさっき私がリリアン様に言った『外聞の悪いこと』の総大将なんだから!!
でもね、なんかスッキリしないんだ。
真面目一辺倒だった私の人生に急に湧いた浮いた話だ、私はすぐに彼に夢中になってすっかり恋人のつもりだったのだ。だけど彼はちょっとクールなところがあって、会えば会うほど不安になる。こんなにひんぱんに会い肌を重ねているにも拘らず、彼は将来の約束はおろか一度も好きだとも愛しているとも言ってくれたことがないと気づいたのだ。
だってお互いの名を知ったが三回目に会った時だよ、深夜の図書室で会って帰る時に「ここに住んでるんだよね?もうそろそろ部屋を教えてくれてもいいんじゃない」と言われてだ。
後から遅過ぎない?って思ったけど、その時は私にもっと逢いたがってくれてるんだと思って、心を弾ませ「王宮使用人寮の王太子婚約者候補リリアン様付き使用人エリア、手前から三つ目の部屋です、表札にコレット・ヴァンサンとあります。くれぐれも手前から二つ目のドアを叩かないように、間違えると剣で刺されるかもしれませんからね」と答えた。
手前の部屋はパメラお嬢様の部屋だから間違えられると色んな意味で困るというのもあったけど、なんでと問われてこの国初の女性騎士の部屋ですからと答えたかったのもあった。子供の頃から仕えていたお嬢様が騎士になったのは私にとっても誇らしいことで、自慢したかったのだ。
でも彼はそこには気づかず私の名前、いや姓に驚いていた。
「へえ、ヴァンサン!随分いいところのお嬢さんだ。もしかしてあの美人で有名なイネス・ヴァンサン嬢の妹?でも全然似てないね」と。
姉のファミリーネームは今はヴァンサンではないのだけれど、それを教える気にもならなかった。私の名を初めて聞いて言うことがソレかと悲しくて。
でもその不満にはフタをして「私の名前を教えたのだから、あなたの名前も教えて」とお願いした。
彼は「私のことはナルシスと呼べばいい」と言った。
フルネームは教えてくれなかったから家名は分からなかったがそれは些細な事だ、私は名を呼ぶ許可を得て嬉しかった。そして私が「ナルシス、有名な物語に出てくる主人公の名前と同じ名ですね」と感想を述べたら彼はフフンと笑い「そう、あの有名な物語の美少年の名前と同じなんだ。ピッタリだろ?」と言った。
私は彼のことを美少年とまでは思わなかったが「ええ、あなたにとてもよくお似合いです」と持ち上げておいた。
まあ彼の見た目はやや軽薄そうに見えるものの十人並みで悪くないし、彼から好ましく思われたかったのもある。
大体、私の周りにいらっしゃる方々は王太子殿下を始めとしてニコラ様やレーニエ様といったあらゆる意味でこの国のトップ中のトップにおられる方だから比べても仕方がないし。
部屋を教えてからは前触れも時間を定めることもなく、ふらっと部屋に訪ねて来るようになった。
日記によると二日と空けずやって来ていたので図書室での逢瀬も含め短い間にもう九回も会っていた。なのにやっぱり私の名を呼んでくれることはなく呼びかける時はチョットとかネエと言い、もちろん愛の言葉もない。
いくらクールな彼とはいえそんな状態に焦れてきた私はたった一言それらしい言葉を引き出したくて、忙しくなるからしばらく会えそうにないと彼の来訪を断った。ちょうど辺境伯夫人のお世話を任された日の事だ。
彼は「ふ〜ん、そう」と言っただけだった。
やけにあっさりしていた。
私の方が辛くなって前言を撤回したくなったが、自分から言った手前引っ込みがつかなくてそのままになった。
あれから一切音沙汰はない。部屋に訪ねてくることも、メッセージが差し込まれることもない。彼は一緒にいてもいなくても私を振り回すのだ。
嫌われたのではと気が気でない。少しくらいは残念そうにしてくれたり、いつになったら会えるかと聞いてくれてたならそれで良かったのに、そんなそぶりもなくてとても辛い。
それとも本当は凄く会いたいけど仕事だと思って我慢してくれてるのだろうか、ああ見えて案外中身は大人だったり?
それとも、
もうどうでもいいと思ってるのか?
彼も意地を張って拗らせてて、私から言うのを待っている?
それとも
もう終わりでいいと思ってる?
あれから私の事をどう思っているのか気になって気になり過ぎて、考え過ぎて、私の心はグチャグチャだ。
部屋に戻って一人膝を抱え、来ないと分かっていながら彼を待つのが辛くて、仕事が終わった後も夫人の部屋に居座ってお喋りをする毎日だ。
夫人は楽しそうに相手をして下さるが、毎晩ともなればもういい加減に嫌になっておられるだろう。
まったく、私は人様に迷惑をかけてまで何をやっているのか。
リリアン様は一緒に頑張ろうと仰った。
グレース辺境伯夫人は気持ちを伝え相手にも聞いてみたらいいと仰った。
希望を持ってもいいのだろうか。
彼もマルセル辺境伯のように私に気持ちが伝えられないだけと。
私も意地を張ってる自覚はある。私の方が素直になって彼に自分の気持ちを伝え、そして彼の気持ち聞いたなら、私たちは上手くいくのだろうか?
あした、本を借りに行って私の方から会いたいと言ってみようか、そして好きだから恋人になりたいと伝えてみようか・・・勇気を出して。
次回はリリちゃん回でお茶会の準備をします(する予定です)。
入学式まであと2日です!
_φ( ̄▽ ̄* )
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