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221話 リリアン、衝撃的事実を知る!?

 もう21時、コレットはひとり静まりかえった王宮の階段を水差しを手に上がっていた。


 誰もいないはずの上階から人の声がする。

 耳を澄ますと聞き馴染みのない男の声で、猫撫で声で何か言っている。まさかリリアン様の私室近くに誰か紛れ込んでいるのかと異常事態にギクリとした。



(上の皆にはリリアン様と王太子殿下の私室があるだけ。部屋の前と階段下には護衛がいるしこんな所にまで人が入り込むなんて有り得ないのになんで!?)


(どうしよう、この水をぶっかけてやろうか・・・いや、もしもの時の為に人を呼んだ方がいいかな)


 不審に思ったコレットは一番近くにいる階下の騎士を呼ぶために踵を返したが、その後に聞こえてきたのは先程より近い位置からの笑いを含んだリリアンの声だった。



「だけど前を向いて降りて下さらないと、あなたが落ちたりしないか心配だわ」


「いえっ、私は落ちても大丈夫ですからっ!」


(へ?)



 どんな会話だとこっそり覗いてみると、可笑しな連中がいた。


 腰を落とし両手を大きく広げて後ろ向きにそろりそろりと降りてくる騎士と、同じく腰をかがめてしきりにキョロキョロ周囲を警戒しながら降りてくる騎士だ。そして手前の男で隠れているがどうやらその二人の間にリリアン様がいらっしゃるようだ。

 リリアン様はご自分の足で歩いていらっしゃるので誘拐ではなさそうだし、男達は王太子殿下の護衛服を着ている。


 コレットはいつものリリアン様専属護衛隊の面々が明日の朝の通学を想定した移動訓練に備えて全員が既に終業になってる事を知っている。殿下の護衛達が代わりに深夜番をしていることも・・・だからとても怪しく見えるが怪しい奴ではないのだろう。


(にしたってこんな時間にリリアン様を出歩かせるなんて非常識だ)


 いくら殿下の護衛を担っている騎士であっても付き合いのない彼らのことをコレットは信用していなかったので、常識のない彼らの行動に憤慨して階段下に飛び出した。


「ちょっとあなた方!」


「んっ?」「わわっ!」


 突然の詰問調の声に驚いて振り向こうとした男が体勢を崩した。コレットも落ちてくるかと身構えたがなんとか持ち堪えたようだ。


(この男、警戒していたのは格好だけでリリアン様の方にばかり意識が向き過ぎていたな?このハリボテめ!なんと返答しようがこの事は後で必ず殿下にチクってやる!)と睨み据えた。コレットは心優しい反面、厳しいところもあった。そして行動パターンが元ご主人であるパメラにちょっと似ていた。



 でもオコタンを抱いたリリアンが顔を覗かせると、コレットは途端に笑顔になった。こういうところも昔主人だったパメラに似ている所だ。


「コレット?」


「リリアン様!」


「まあ、コレット。こんな遅くに何をしているの?」


 それはこっちの聞きたい事だ。



「はい、私はグレース夫人にお水を頼まれてお持ちしているところでございます。リリアン様は?」


「私は、ちょっと下に用事があって・・・」とリリアンは視線を落とした。



 リリアンの様子がいつもと違う。コレットは階段を上がって両手で持っていた水差しを片手に持つと空いた方の手でエスコートするようにリリアンの手をすくい取った。


「ご用事ですか、どちらまで?」


 コレットにお姫様のように手を取られて階段を降りる。


「ちょっとニコ兄様とお話ししたくて・・・」


「そうですか、でもニコラ様はもうお屋敷にお帰りになられてます。今夜からベルニエ伯爵がお泊まりになっておられますからそちらへ参られますか?」


「お兄様はいらっしゃらないの・・・?」リリアンは表情を曇らせて立ち止まってしまった。


 どうやら父親のベルニエ伯爵では役不足ということのようだ。



 コレットは伯爵が聞いたら寂しがるだろうな〜と思いながらも、このままリリアンを私室に帰してしまうのは良くないと思った。


 もちろん普通に考えれば夜に部屋から出るのは良くないことだが今夜は何か特別な理由があったに違いない。


 ・・・そこでコレットはこう提案した。


「もしリリアン様がお部屋にお戻りになるより誰かとお話をなさりたいと思われるのであれば、辺境伯夫人のお部屋にいらっしゃったらいかがでしょう」


「お祖母様の部屋に?でもご迷惑じゃないかしら」


「私はちょうどこの水差しを持って辺境伯夫人の部屋に戻るところです。それに夫人は寝るのは遅い方だと仰っていらしたのでまだしばらくは起きていらっしゃると思いますよ。リリアン様がお訪ねになったらきっとお喜びになります」


「そうかしら、でも・・・」と迷うそぶりを見せるリリアンに「そうですよ」と太鼓判を押してそのまま部屋へ連れて行った。


 殿下の護衛達は二人が話しているのを邪魔してはいけないと思ったのか大人しく付いて来ていたが、そのまま部屋の前で待機していると言うのでそうさせておいた。




 コレットが「リリアン様をお連れしました」と戻るとグレースは「あらまあ」と驚いた顔をしたが、すぐに「リリアン、いらっしゃい」と手を広げて歓迎してくれた。


 リリアンはグレースに抱き付きにいったものの「お邪魔じゃないですか」と遠慮がちにしていたがグレースは「ちっとも!来てくれて嬉しいわ」とギュッと抱きしめ返してくれた。


(お祖母様のホワホワの胸に抱かれていると、心がちょっと温かくなる)


 そう思ったら逆に先ほどのフィリップの仕打ちが思い出され再び悲しい気持ちになった。


 クスン。


(フィル様・・・)



「まあリリアン元気がないのね?何があったのかしら、お祖母様に話してくれる?」グレースは顔を覗き込んでリリアンの頬に手を当てた。


 お祖母様の綺麗な青い瞳とじんわりと温かい手に促されリリアンはポツリと漏らした。



「フィル様が・・・もう私と一緒に寝ないって・・・」


 侍女は自分から主人達の会話に入ってはいけないのでコレットは我関せずといった風情でお茶をいれながら二人の話に聞き耳を立てていたのだが、リリアンの言葉に(なぬっ!?それはどういう意味?)と驚いてブホッゲホゲホ、ゲホッと咽せてしまった。結構な衝撃だ。


 コレットはリリアンの私室に入れる侍女だし間の部屋の掃除をすることもあったので、二人があの部屋を使っているのは知っていたが朝の支度に行く頃にはリリアンは自分のベッドに戻っているので夜寝るまでの間お喋りをするのに使っているのだと思っていた。

 だっていくら婚約者候補と言ったってリリアンは七歳の純真無垢な少女だし、嫁入り前だし、貴族の令嬢だし、王太子にとって親友と言ってもいいニコラの妹だし、とにかく色々な意味で一緒に寝てはダメだろう。


 でもグレース夫人はさすが年の功で一切動じなかった。この部屋には椅子が一つしかなかったのでリリアンを促してベッドに一緒に座る。


「まあそうなの、それで王太子殿下はその理由をどうしてか仰らなかったの?」



「えっ?えーっとぉ、理由は・・・聞いてません。

 フィル様は学園が始まったら寮に戻るって仰られたけど、それは今までもそうだったから理由じゃないし。

 でもこちらに帰って来られても、もうドアに鍵をかけて会わないって。


 お祖母様、私は何の為にここにいるのでしょう?

 フィル様は私が大きくなってしまったからもう用がなくなったんだわ。


 早く大きくなりたかったけど、もう大きくなりたくない。どうしてこんなに早く背が伸びてしまったのかしら?もうルイーズと背が変わらない。


 お勉強もあんなに頑張ったのに、そのせいで・・・」



 澄んだ水色がかった銀の瞳を涙で潤ませていたリリアンは、あんなに頑張っのにと言って涙を落とした。グレースに話しているようで、自分に言い聞かせているようでもある。



 グレースはリリアンの涙を拭い、頭を撫でてやった。


「リリアン、そんなに思い詰めることはないわよ。王太子殿下はあなたを大切にしているもの、きっとそれもあなたを思ってのことじゃない?」


「ええ、確かにフィル様はいつだって大切にしてくださいました。

 でも違うんです、お祖母様。

 これは秘密なんですけど、実は私、フィル様の婚約者候補というのは嘘なんです・・・。

 フィル様は妹が欲しかっただけで、血の繋がっていない小さな子を側に置くのに都合がいいとかで私は婚約者候補ってことになったんです。

 私は本当はフィル様の婚約者候補じゃなくて、ただのリリアンなんです」


「あらまあ、困ったわね」


「はい。そうなんです・・・」


 グレースはそういう意味で困ったと言ったんじゃないのだけれど、リリアンは自分の言ってることをお祖母様が理解してくれたのだと思ってコクリと頷いた。




 あらまあ、本当に困ったこと!!


 先ほど王太子殿下ご本人の口から聞いた通り、リリアンは自分の事を仮の妹だと思い込んでいるんだわ。


 あれほどあからさまに愛されているのにどうしてリリアンにその自覚がないのか不思議なくらいだけど、人って自分の事ほど見えないものだし、最初に妹になってくれと頼まれて始まった関係ならそれも納得よ。いくら可愛がられていたってそれは "妹として" なんだって思って当然よね。


 リリアンは妹として連れて来られたと思いつつも王太子殿下に恋をしてしまった、そして心の中で何度も「私は妹だ」と反芻しては苦しんでいたというわけね。


 確かに若いうちに悩んだり苦しんだりすることは心の糧になることも多く必ずしも悪いことばかりではないけれど、私はこの子の祖母だから王太子殿下が自分の気持ちを自覚した時にちゃんと想いを伝えていてくれたならこの子はこんなに辛い思いをせずに済んだのにと思わずにはいられない。

 特に家族と離れて王宮で王族と暮らしているこの子には人には言えない苦労がある、王太子殿下の我儘で連れて来たのなら尚更余分な負担はかけて欲しくない。



「ねえリリアン、王太子殿下がもう一緒に寝ないっていうんだったら寝てあげなくていいじゃない。今晩から私と寝ましょ、そしていっぱいお話しましょう。

 私はあなたに話しておかなきゃいけない事がいっぱいあったの、だからちょうど良いわ!それは他の人に聞かせられない内緒の話だから他の人がいる昼間には話せないのよ」


「まあ、内緒の話ですか、一体どんなお話なんでしょう?」リリアンは目を見開いて嬉しそうな顔をした。



「うふふ、楽しみね」


「はいっ、楽しみです」



 お祖母様と一緒に過ごせると思うとリリアンは少し元気が出た。そんなリリアンを笑顔で見守っていたグレースがコレットに訊いた。



「ねえ、コレットは王太子殿下がもう一緒に寝ないと言ったのは何故だと思う?」


「え〜?そうですね・・・私が思うに、リリアン様の入学式が近いからではないでしょうか」


「リリアンに分かるようにもう少し詳しく話してやってくれる?」


「はい、私たち貴族は生まれて数ヶ月で自分の部屋を与えられて自分のベッドで一人寝するようになります。

 リリアン様は以前、お母様が怖い話ばかりするから一人で寝るようになったと仰られておられましたが、それはとても珍しいことです。

 特に貴族の令嬢は例え相手が親や兄弟姉妹でありましても嫁入り前に誰かと同じベッドで寝るというのは・・・その、はしたないというか、外聞が悪うございます。

 王太子殿下もリリアン様にそのような世間体の悪いことをさせていると反省なさって、これを機会として行動を正そうとなさったのではないでしょうか」


「まあ!」とリリアンは驚いた。



 リリアンは知らなかった。

 当たり前過ぎてマナー教育でも教えられていなかったし、ベルニエ家ではそうではなかったからだ。だからリリアンは自分の意思で母と寝ないと決めた五歳までは両親の部屋で一緒に寝ていた。

 リリアンは知らない事だが、母のジョゼフィーヌには前世異世界の記憶がある。その世界の日本という国では、子は四、五歳頃まで母親と一緒に寝るのが当たり前だったからジョゼフィーヌもそう考えていた。仕事を遅くまでしたいような日でも子供が寝る時間には出来るだけ添い寝をするように心を配っていた程だ。

 もちろん父クレマンの常識ではそうではなかったからニコラの時は早いうちに一人寝に変えさせたが、リリアンの時は十年振りに出来た子供だし大変可愛かったので一人で寝させなさいと敢えて言わずにいたからリリアンが知らなくても無理はない。


 一方、グレースは一人寝のお供にとオコタンを贈ったくらいだから貴族の常識として知っていたが、神殿暮らしをしていた頃にお産の手伝いなどで衝立もないような小さな家に暮らし家族全員が一緒に寝ているという庶民の暮らしを見ていたからそんなに恥ずかしいことだとは感じていなかった。リリアンと寝るのも平気だ。



「でもコレット、お父様やお母様でも一緒に寝てはいけないの?」


「はい、いけないと言っても罪になるという訳ではございませんが、ただただ外聞が悪いということでございます。大きくなってオネショしたら恥ずかしいというのと似ているような、似ていないようなそんな感じと申しますか・・・。

 でも私たちが確実にやってはいけないのは結婚前の男女がベッドを共にする事でありまして、特に令嬢にとっては醜聞になり、一度そのような噂が立てばそれだけで良い嫁入り先は無くなります。

 特に王族の方との結婚は絶対に叶わなくなります。

 なぜならそのような醜聞を持つ女性は処女性を疑われ、自分の血を後世に残す必要のある王家にとって相応しくないと思われるからです」



 ガーン!!!



「ちょっと待ってコレット。私、もうフィル様に相応しくないってことなの!?」



 リリアンはショックで目の前が真っ暗になった。

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