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22話 ニコラvs宰相

 話は戻りニコラは花祭のバルコニーで、ロングタンブラーにくし切りのライムの入ったフラッペを手に、周りに誰も居ないバルコニーの角近くを陣取って1人の時間を楽しんでいた。


 今は護衛の役目はなく、ただの祭りの観覧者として過ごせるのだと気づいて祭りの様子を眺めていたのだ。後で皆の所へ合流すれば良い。子供の頃から良く知っている殿下の側近達はまだ挨拶などでバラバラに散っているから。


 これ、香りがいい、少し苦くて少し甘くてすごく美味い。



 何気なくグラスを見る。量が多いからとこのフラッペ を選んだがこれにはサクランボが入っていなかった。



 そこへ宰相モルガンが声をかけてきた。


「ニコラ・ベルニエ、いつも殿下の護衛ご苦労」



 ニコラが宰相モルガンと話をしたのは、学園に入る前に王子の護衛を任された席ぐらいだ。事務的なものだった。めったにないが王宮を訪れた時に顔を見ることはあっても、その息子マルタンが友人であっても普段言葉を交わすことはない。



 モルガンからすれば、フィリップの護衛をしているニコラの事は毎日の報告の中に名前が出てくるので、一方的に興味というか親近感がある。


 それにしてもガタイが良い。隣に立つと見上げるような大男だが、礼儀正しく物腰がやわらかいので威圧感は感じない。


 ニコラは時と場所を弁えられる男なのだ。



「学園で君が常に側に居て女性を寄せ付けることは無いと聞いている。今もさりげなく殿下を給仕女中から守ってくれたね。こちらで用意した護衛は気がついてなかった。よくよく言ってあったのに困ったものだ。

 だから殿下も君を側に置くと名指ししたんだと感心したよ。これからも学園では一生徒である君に頼ることになるがよろしく頼む」


「いいえ」



 ここで通常なら宰相からの労いの言葉に対して「勿体なきお言葉」とか何とか返ってくるはずだった。だがモルガンが期待して待っていた言葉と違うものが返ってきた。


「私は単に殿下と妹が正式に婚約者候補として告知されたことを祝いたくて乾杯をしに行っただけですよ」


「ん?」


 あれ、そうなの?



「もちろん、私は殿下の側にいる時はいかなる危険からもお守りする所存です。しかし女中はもちろん全ての女性はもう脅威ではない。殿下を見てまだお分かりになりませんか。その問題については既に克服していらっしゃる。あとはいつそれにご自身が気づかれるかという、そういうことです」


「え?」


 何言ってるの?いつもちゃんとやってるのかこいつは。フィリップ様は女性に恐怖を感じていらっしゃるのだ。それを守るのがお前の役目だろう。学園に派遣している護衛騎士達は報告書にコピペコピペで嘘書いて提出してるの?



「真実を知るということは必要です、ですが時には自分で気づくということの方が必要な時もあります。殿下は今そういう時なので私の方から進言するつもりはありません。

 過去の出来事が重すぎて、殿下自身が女性が苦手という先入観を未だ捨てられていないだけで、もう恐怖を感じてはいらっしゃらないのです」


 理解できず怪訝な顔をしているモルガンにニコラは殊更丁寧に言った。あなたも真実を知ることが必要な時ですと言外に真実を見ろと言いたかった。宰相の癖に観察力が欠けている。



 モルガンは視線をフィリップに向けた。

 フィリップはリリアンと楽しげに話しをしている。その表情は陰りが全くない。そんな表情は愛らしい笑顔の幼少期以来見たことがないかもしれない。



「まったく、リリアン・ベルニエは我が国の救世主だな」と感心して言った。



 単純にフィリップが嬉しそうなのが嬉しい。それとは別に急に宰相である自分に生意気なことを言い出したニコラにお前の妹を褒めてやってるんだぞという気持ちも少しあったかもしれない。



 ニコラはその呑気な言い草を聞いて冷淡に言った。


「何を馬鹿な事を。リリアンに初めて会った時、リリアンだけでなく侍女のサラにも、母のジョゼフィーヌにも、他にも居た女中達にも、殿下は怯えるどころか全く女性だということを気に留めてもいらっしゃいませんでしたよ」


 普段の穏やかで平和主義なニコラと違って宰相相手に好戦的な気持ちになっていることに自分で気付いてはいたが、敢えてそれを意識しながら言った。

 宰相を煽ったのだ。


 4年前の事件の後のフィリップへの対応について、思い出すとらしくもなくフツフツと怒りが沸いてきて、それと同時に言いたい事があったからだ。



 急に威圧感が増したニコラにしどろもどろになる。


「え、そんな馬鹿な。誰に対しても殿下はそんな。それはお前がいるから、お前の家の者だから安心していたのだろう」


「今日は私は殿下のお側にいませんでした。殿下はお一人で立ち回りリリアンの通るステージや花束の置く場所、進行の段取りに付いて指示されていましたね?控えの間にも顔を出していらっしゃいました。その間、多くの女性スタッフと打ち合わせをされていましたよ」


「あ」


 あんまり普通に動いていらしたから逆に気が付かなかった。護衛たちも殿下の変化に気付いていたから女給が近づいてもサポートしなかったのだろうか。宮殿で働く女達は殿下の脅威であったはずだ。



「あなた方の目は節穴か。真実を見るべきなのはあなたも同じですね」言いたいことを言ってスッキリしたニコラは威圧を解いた。


 宰相を筆頭にあの事件のあった時、殿下が何を恐れているのかよく観察して寄り添い、彼の立場になって考え、誤解を解いてやる。そういう努力を怠ったと感じていたからだ。



 だけど、本当はこの男がフィリップ様を何より大事に考え、どんなに深く慈しんできたかをマルタンを通じて知っている。これ以上私の気持ちを鎮めるためにいたぶるのは止そう。



「失礼しました。私は殿下を敬愛しすぎているものですからつい当時の事を思い出して言いすぎてしまいました。今日は祝いの席でもあるのに。皆が2人のところに挨拶に行っています」と視線で宰相を促す。


 ちょっと反撃に合わないように謝罪し、隙を与えないように牽制をしたのだ。だってニコラは平和主義なので。



 モルガンは表情を改め、背をスッと伸ばすと言った。


「そうだ。我々も祝いに行こう。殿下が今あるのはお前のお陰だ。ニコラ・ベルニエ、礼を言う。ありがとう」


 多分、現宰相からまだ爵位もない一貴族の学生に「ありがとう」と言わせしめたのは異例のことだっただろう。


 もう大丈夫。殿下の心があんなに憂える事はもうないはずだ。ニコラの心は宰相にきっと伝わった。





 バルコニーに王妃パトリシアとジョゼフィーヌが戻って来た。

 もうパトリシアの目は涙で濡れてはいない。



 先程、ジョゼフィーヌの寝かされていた控えの間でパトリシアは足るほど泣いた。


「長い間、殿下は苦しんでいらしたのね、そしてパトリシアあなたも」

 ジョゼフィーヌはパトリシアを優しく抱きしめて言った。


「後になって、やり方が間違っていたかもしれないなんて、仕方がない事よ。だって、私たちは未来を知らずに生きているんだもの。その時々を必死で殿下を思いやりながら考えてきたのでしょう?きっと殿下にも心は伝わっているし困難を克服する力になったはずよ。これからは何かあったら私たちもそばに居る、あなた達の力にさせてちょうだい」


「ええ、ええ、心強いわジョゼ、ありがとう。あなた達親子がいてくれたら百人力よ。リリアンちゃんのおかげでフィリップの心がほぐれたの、だからこれが女性恐怖症を治すキッカケになってくれればって思ってるのよ」


「え?パトリシア?女性恐怖症だったって過去の話でしょう?」


「いいえ、今もそうよ。フィリップは私たちとリリアンちゃん以外は全く受け付けないわ。近づいて鳥肌が出るくらいでおさまれば良いくらい酷いのよ」


「やだわ。殿下はもう女性恐怖症ではないわ。私の屋敷にいらした時も初めて会った私に普通に接して下さったし使用人達にも普通だったわよ。何より今日はずっと打ち合わせや準備で活発にたくさんの女性とお話されてらしたけど、距離感も表情も普通だったじゃない、そんな風に恐怖を感じていらっしゃる様子は感じられなかったわ。殿下はもうとっくに克服してらっしゃるでしょう」


「そうだったっけ?」


「そうよ。だいたいあの体つきで女性を怖がるなんてないわ。子供の頃は女の子の方が体格が良いから分かるけど、あんなに体つきがしっかりしてらっしゃるのに、女性がしがみついて来たとしてもご自分でいくらでも振り払えるじゃないの、易々と襲われたりしないわよ。やだわ。ふふふ」


「そう言われてみれば、さっき控えの間に来た時もリリアンちゃんの侍女たちを交えて楽しそうに話をしていたわね」


「でしょ?」


パトリシアは目を丸くする。


「えー、ホントにホントね。えー、いつから?ずっと女性はダメだと思い込んでた。私ったらダメな母親ね」


「きっと、女性恐怖症は克服したけど、その時に女嫌いは治らなかったからじゃない?気が付かなかったのは、それだけ女性を近づけないように周りが配慮してたってことよ。きっとその女嫌いさえももう治っているのかもだけどね?」



 パトリシアはジョゼフィーヌと共に新しいフラッペを2つ手に取り、リュシアンの元に向かう。

 彼はなんて言うだろうか、すごくすごく驚くかしら?それとももう分かってたって言うのかしら?


 このビッグニュースを伝えた時、出来ればすごく驚いてくれたら楽しいな。


 長い間、どんな時も心の底に澱のように溜まっていた憂いがきれいさっぱり消え失せて清々しい気分だ。彼が知ったらどんなに喜ぶだろう?心も足取りもいつになく軽く感じる。



 そしてリュシアンからは驚愕の表情からの

 いきなり立ち上がり「マジか!」と叫ぶという、王としてあるまじき反応が返ってきた。


 リュシアンの期待以上の驚きっぷりに王妃パトリシアも満面の笑みで ”やったね” を表すハンドサインを出すというあるまじき反応で返した。


 それを見て有り得ないとジョゼフィーヌがお腹を抱えて大笑いしている。


 リュシアンの隣でそれを見ていたクレマンは三人の有り得ない様子に困った顔をしながらもやっぱり笑っていた。

ニコラ、いったい何を飲んでいたんだ?


気になる _φ( ̄▽ ̄ )




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