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215話 時計塔

 ニコラはユーグを担いで外に周り宮殿の庭を走った。


 先に部屋を出たランベルトとフロランタンは廊下を通ったらしく姿が見えない、だが彼らも西エントランスに向かったはずだ。そこは騎士団の通用門に一番近くいつでも出せるように馬や馬車が待機させてあるしセントラル広場に行く最速ルートでもあるから他を使うとは思えない行けば向こうで落ち合えるだろう。


 一方、ジェルマンはニコラに付いて出たが一生懸命走っているにも関わらずどんどんと遅れをとった。

(騎士の自分が全く付いていけないとは情けない、だけど下げた剣が邪魔で走りにくいんから仕方がない)とジェルマンは心の中で言い訳をしていたが装備の仕方が間違っていなければ帯剣していても走りにくくはないはずだ。それよりも遥かに走りにくいはずのニコラはあのビア樽のような体型のユーグを担ぎグングンと進んでく。


 いったいどれだけの体力があったらあんな風に走れるのか、遠く後ろから見るユーグは巻いて紐を掛けた羽毛布団のようにホワンホワンに見えた。




 西エントランス付近まで来ると騎士団本部や関連施設が近いだけあって騎士達が多く行き交っていた。

 彼らはニコラを認めると何事だと聞いてきて、特権発動中と知ると我も我もと協力者が集まりあっという間に大所帯になった。


 こんな風に特権持ちのニコラが直接動くとそれだけで大事件扱いになってしまい他の誰か2〜3人を現地に行かせた場合とは大違いだ。だからニコラは最初、ランベルトとフロランタンを確認に行かせて何か問題があった時の為に一応増援を騎士団に依頼しておこうと考えていたのだが、二人に指示を出した直後のユーグの狼狽えっぷりを見て気が変わった。




 ニコラのユーグの第一印象は横暴でカッとなりやすく、すぐ暴力を振るう危険人物というものだった。合わせてヤニックの腹を蹴ろうとしていたのを目撃したことや時計塔から戻ってない時計師がいると聞いた事で『時計塔の呪い』と言われる時計師ばかりが同じ場所で何人も亡くなっている不可解な事件とユーグがニコラの中で結びついた。



 その事件のことをニコラが知ったのは随分前、フィリップが本格的に公務を始めたばかりの頃のことだ。ある日二人は騎士団の訓練に飛び入りで参加して、休憩がてら座って他の人たちがやり合うのをいいぞ、いいぞと声援を送りながら見学していた。そんな時フィリップが言った。


「今度ね王太子として王都で起こった事件事故の最終判断の決裁を任されることになったんだ。

 大体どれも納得できる内容なんだけど、一つだけ事故として処理されようとしてるけど(殺人)事件じゃないかなと思うのがあるんだ。

 でも過去にあったよく似た事故を父上は事故として処理しているし、騎士団だって十分調べた上で出した判断だ、それを僕がもう一度調べろと差し戻すのはちょっとやり過ぎかな」


 今では公務の内容について外部の人間に話すことはないフィリップだが当時は重要な判断を求められるような仕事にまだ慣れておらず迷うことばかりだった。それで「ニコラはどう思う?」と聞いてきた。


「私は殿下の御心のまま差し戻せば良いと思います。もし騎士団が殿下のサインだけ求め不満を言ってくるようならそれは間違いです。不正を見逃さない為にも是非」とニコラは答えた。


「うん、そうだよね。でもちょっとそれについて話すからお前の印象を聞かせてくれないか」と言ってフィリップは事故のあらましを聞かせてくれた。すでにその時点で4件目、最初の事故の後にちゃんと安全対策が講じられたにも関わらず相変わらず事故は続いている。

 その話が終わる頃に対戦訓練を終えたレーニエが来て横に座り、二人が時計塔の事件の話をしていると知ると騎士団ではそれのことを『時計塔の呪い』と呼んでいると教えてくれたのだ。


 その頃のレーニエは諸先輩方から聞かされた呪いの話を素直に信じ「たぶん呪いだろう」と言っていたが、フィリップとニコラは「殺人事件じゃないのか」と言っていた。


 フィリップは「事故とは考えにくい再調査を求む」と差し戻したので再捜査となったが結局新しい事実は見つけられず今も未解決事件として捜査対象リストに残ったままだ。


 しかしこのことでフィリップはより自分のする仕事の重要性を認識し、より真摯に取り組むようになった。現地に視察に行ったり話を聞いたりと実に熱心で活き活きとしているとニコラは感心していたが、その直後にあの痛ましい事件があって一時は公務が全く出来ない状態にまでなったのだ。そういう事があったが為にこの事件は余計印象付いてニコラの記憶に残っていた。




 改めて考える。


 事故に遭うのは決まって時計師で同じ場所に頻繁に出入りする時計のお世話係に被害者はいない。また過去の被害者のうち三人の右の横腹に似たような酷い打撲痕があったという。

 さっきヤニックがユーグに蹴られそうになっていたとき、ユーグは右手で髪を掴んで頭を押さえつけ、右足で右腹を蹴ろうとしていた。


 もちろんそれだけで犯人と決めつける訳にはいかないが、あれだけ挙動不審になったら怪しいと疑わずにいられない。しかしたぶんニコラがランベルトに言った指示の中に心当たりのある言葉があってユーグは犯行がバレるのではないかと危機感を持ったのではないか。あれからやけに大人しいのも下手なことを言うと却って嫌疑がかかると思い口を噤んでいると考えるのが自然だ。


 しかし太々しい態度の割に小者こものだな、ユーグの額に玉の汗が浮かんでいる。きっと今現場を押さえられると困るのだ、だったら今行ってやる。




 しかしいざ馬の横に立つと縄を掛けたままユーグを馬に乗せて行くのはかなり無理があると解った。

  ユーグは足を縛っているから跨れないし荷物のように乗せて馬の腹を蹴られでもしたら危ないし、だからといって俺の前にお姫様座りさせて抱いて行くのは俺のハートが保たない。だからランベルトとジェルマンに付き添わせて馬車に乗せることにした。

 ようやく着いたフロランタンは走り過ぎて苦しそうにしていたが、なんとか馬には乗れるけど小型の馬をゆっくり歩かせたことしかなく騎士団の馬に乗るのは大き過ぎて難しいと言ってきた。だからフロランタンは俺が乗せて行くことにした。フロランタンなら鞍に跨がって座れるし俺のハートも傷つかないからOKだ。



 方針が決まりさっそく乗馬前点検をして鎧の高さを合わせていると、後ろからレーニエとパメラがやって来た。

 二人は仕事の日は三食とも職場で食べているので一緒に夕食をとってこれから自宅に帰るところだ。



「ニコラ、これ何の騒ぎ?」とポクポクと呑気に馬を寄せてレーニエが聞いてきた。


「おおレーニエ!いま特権発動中なんだ」


「特権?私も協力する。必要な情報をくれ」レーニエは特権と聞くやサッと表情を引き締めた。



「容疑者はあの馬車の中にいる時計師のユーグ、捕縛済みだ。

 我々はこれからセントラル広場の時計塔に向かい、そこに残されているだろう時計師を保護する。現地の状況は分からんが担架とか救援はヴィクトル伯父さんが騎士団に要請に行ってる。あと詳しいことは時間が勿体無いから移動しながら話そう」

 

 ニコラの話を聞いてレーニエは目を細めた。時計塔と時計師と聞いてピンときたのかもしれない。


「分かった。時計塔の中に入るの?」


「うん入る」


「もう日暮れだし中は真っ暗だぞ、灯りの用意は?」


「まだだ」


「じゃあお前はとりあえずそこにあるカンテラを持って行け、あとはこっちで用意させる」


「頼んだ」と言いながらフロランタンを先に乗せ、ニコラも馬に乗った。




「師匠、師匠!私もお供します」と今度はパメラが横に馬をつけてきた。


「パメラか。ん〜もう人手は足りてるからお前はんでいい」


「ええ〜そんな〜、師匠ぉ〜!

 私にも手伝わせて下さいよ、なんでもします」


「じゃあお前には一番重要な仕事を頼む」


「はい!」


「ソフィーの家に行って、俺は今夜から家に戻る、明日はフリーだから空いてたら明日の朝にでも使いをくれと伝えておいてくれ」


「ええ、そんな事?」


 パメラは一瞬不満に思ったけど、確かに師匠にとって重要な仕事で自分が一番適役なのかと思い直した。それになんでもすると言った手前どんな仕事でも引き受けるのが筋だ。


「分かりました。お任せ下さいでは行って参ります」と言うとそのままパメラは走り去った。




 この間にも騎士団備品保管庫から必要になりそうな物が出されていた。松明を掲げ、ロープをたすき掛けにした騎士が騎馬して並び、荷馬車にはカンテラや担架、シーツなどがぞくぞくと乗せられていく。


 ニコラは整列した騎士達の前に馬を付け、彼らに向かって言った。


「よし、セントラル広場時計塔に向かって出発するぞ!」


「「お〜っ!!」」


 こうして大部隊となった救出隊はニコラを先頭に時計塔へと向かった。



 ニコラ達が現地に近づく頃にはもう外は暗くなってきていた。なにせ街中はどんなに急いでいても馬を走らせるわけにはいかない速歩はやあしまでだ。


 馬を下りて他の騎士に馬を預けフロランタンを降ろしてやる。

 松明を持った騎士が来て鍵穴を照らす。


 扉の鍵は閉まっていた。ということは中の人はもう出て帰ったということかとフロランタンは少しホッとして鍵穴に鍵を挿した。



 鍵を開けていざ入ろうとすると後ろからユーグの声がした。


「待て!時計塔の中は松明の持ち込みは禁止だ」



 ユーグの横にはレーニエが付いている。レーニエはニコラから尋問もせず現場に向かっているのだと聞いてすぐに監視の為にユーグの乗っている馬車に乗り換えていたのだ。


 ユーグは自分の声に松明を持ち込もうとしていた騎士が足を止めたのを見て更に腹を突き出すように仰け反って言った。


「時計塔の中では私の言う事を聞いて貰う、私は宮殿で一番偉い時計師で大親方のユーグだ!

 この時計塔の装置はこの国で最も古く、作られた当時は全て木で出来ていた。今は軸や軸受けなどいくつかの部品は金属製に交換しているが重要な歯車本体は大きくて重量があるので今も木製のままだ。だから火事にならないようカンテラ以外の火器は使えないことになっている。私はこの貴重な時計の・・・(中略)、これは私にしか出来ない仕事で摩耗したところを・・・(略)」



 出掛けには一言も喋らなくなっていたユーグはここに来てまたいつもの調子が戻ったようでよく喋るようになっていた。


 馬車で運ばれている間に罪を逃れる為の一計を案じ、上手く欺ける方法を見つけたらしい。後で聞いた話ではユーグは位の高い胸章を付けているレーニエに対し、しきりに自分は無実だと仄めかしこんなことを言っていたそうだ。


「弟子であるモーリスにもうそろそろ大きな仕事を任せてやろうと思い、ここの点検を一人でやってみろと課題を出して先に帰ったが一人になった後で足でも滑らせたんじゃないでしょうかねえ。足元には気をつけろと何度も注意していたのに。怪我などしていなければ良いが心配です。

 しかしあの時計塔には昔から『時計塔の呪い』というのがあると言われてましてね、これを作った時計師達がフォリオットに引き上げた時にこちらで病気になって帰れなかった時計師がいたんですよ、その霊が時々私たちの足を引っ張るのです。もしかするとモーリスもその被害者になったのかもしれません・・・。

 私も何度引っ張られそうになったことか!でも私はいつもちゃんと命綱を付けておりますし、この体重では重過ぎて霊の奴も引っ張りきれなかったのでしょうね、ハハハハハ!太ってた方が良いことってのもあるもんだ。

 あいつは私より軽いから引っ張られてフラッといってしまったのでしょうよ!」


 最初は神妙な顔を作っていたが話すうちにうっかり興にのってしまい最後の方は愉快そうに笑い声さえ立てていたという。




 ユーグの話が長いので早々にニコラ達は中に入った。容疑者の言うことであっても松明を持って入ってはいけないというのは理解出来る、松明を持っていた者達は外で待機しカンテラを持った騎士がニコラ達の足元を照らし視界を確保した。


 ゆらゆらと揺れるカンテラの灯りは狭い範囲しか届かないし上の方は照らさない、加えて塔の中にある複雑な構造物のせいでやたらと影が出来て見にくいが仕方がない。でももっと沢山のカンテラを持って入ればいずれ全体が明るくなるはずだ。



 ニコラの後に続き中に足を踏み入れたフロランタンは「あぁ」と小さく落胆の声を漏らさずにはいられなかった。なぜなら、モーリスの物と思われるフードマントが扉の横にあるフックに掛かったままだったのだ。


 彼はまだこの中に居る。

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