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214話 華麗なるニコラ

 堂々と特権発動を宣言したニコラに対し、ヴィクトルはすぐさまバチッと踵を合わせ承諾を表す敬礼を返した。同時に治安警備隊員の二人も「ハハ〜」と胸に手を当て立位での服従の姿勢をとる。


 ヤニックは昔マルセルのお供をしていた時に王族や高位貴族の前に出た時の振る舞いを多少教えてもらっていたが、流石に特権の発動時の作法など聞いたことがなく、この場でどうするのが一番適切かは判断しかねた。でも黙って突っ立ったままでいるのは憚られたので両膝をつきお腹の前で両手を重ねて首を垂れてみた。これが上の者に敬意を表すと共に自分には反意がなく服従しますという意思を示す礼だと教わった覚えがあったからだ。

 他の者達もボヤッとしていられないとヤニックに倣った。



「・・・」周りを見渡したニコラは目が点になった。


(なんなんだ、その体勢はイカンやろ!)



 そもそも特権は王太子のいる場で使われることが多くこのような所で披露されたことはなかったし、発動時に宣言するかどうかもニコラ次第だから初めての体験に皆が混乱してしまったのも無理はないのだがヴィクトルのみが正解で、あとの皆んな間違いだ。彼らのそれは王族、特に国王に対して使われる最上級の礼で一貴族であるニコラに対して使ってはいけないものなのだ。


 だが小言を言ってる暇はない、話は先を急ぐので見なかったことにしておこう。


 それより早くユーグの処遇を決めて身柄を確保しなくては!




「まず、ユーグ。

 お前は王太子殿下とリリアンからの依頼と知っていながら最善を尽くす努力を怠った。お前の口の聞き方も含めとても敬意を払っていたとは言えないな、王族に対する不敬罪で12日間の地下牢行きを命ず。

 ジェルマンはこの者を連れて行け!その際説明に私も同行する」


「はい!」とジェルマン。



「えええ?ちょっと待って下さい、私はこの工房のマエストロですよ?なんで私がっ」とユーグはいかにも信じられないといった様子で文句を言ってきた。

 その王族に対する不敬罪だと言っているのに、なんで工房のマスエストロス(?)なら見逃して貰えるとこの男は思っているのだ。



「この国で一番偉いのは王族だ」


 ニコラは一言の元にバッサリぶった切っておいた。





 ニコラの決めた刑を聞いてヴィクトルは思った。


 ニコラが時計師ユーグに言い渡した12日間地下牢収監は不敬罪での一番軽い刑だ、これはユーグが犯した罪に対して軽過ぎる。


 実際のところ宮殿の工房職人は誰しも国王陛下の御前で "国王と王族に対して誠心誠意敬意を払い忠誠を誓います" と宣誓してここいるのだからそれを違えた刑罰がこの程度で済むはずがない。

 しかもニコラは王族を軽んじたことだけを追求し他のことは言及しなかったが、ユーグは王太子殿下からこの懐中時計を "傷をつけるな" と言われたことを知りながら故意に傷をつけ、しかもそれが王太子婚約者候補リリアンの私物であり祖父の形見という大切な物だということを知っていながらの所行なのだ。私に決めさせて貰えるのならばむしろそっちの罪を強く問うがな。

 それにしてもユーグの奴、懐中時計を壊そうとするとは我々辺境一族を随分とナメてくれたものだ。



 この時のヴィクトルの苦虫を噛み潰したような顔は、本当はユーグにコケにされたことを不快に思っていたのだがニコラにはヴィクトルが納得出来ないと言っているように見えた。




(でもそれワザとだから!)とニコラは思った。今は言えないがこの裁定は考えがあってのこと、その程度のものかと甘くみて貰っては困る。


 不敬罪の一番軽い罪にすることで "それほど重い罪を犯しているとは思われてないようだ" と思わせていったんユーグを油断させ、これ以上刑が重くならないように従順で協力的な態度をとるよう誘導したつもりだ。だんまりが一番困る、この自己中心的で傲慢な男からはこうした方が早く必要なこと聞き出せるのではないかという計算だ。




 だから仕上げにニコラは冴え渡る銀青の瞳をユーグに定め、言い放った。



「まだお前の態度と状況によって色々と上乗せして行くつもりだから楽しみに待っとけ」



「あうぅっ」



ユーグは信じられない気持ちだった。


(冗談だろ、刑がこんなところで即決まるなんてことあるものか!)


(でも余裕綽々な態度でこの場を制している銀青の目をした大男は、ここにいる者の中で一番若そうなのに辺境伯の跡取りと言われる銀の騎士や周りの治安警備らの様子から察するに相当な地位を持つ人のようだ)



 周りを見ると決してふざけたりしないようなメンバーが真面目な顔で従っているのだ、さすがのユーグも演技や脅しでは無く本気の話だと信じざるを得なかった。

 そしてその男に心証を悪くするとどんどん罪が重くなっていくシステムだと匂わされたのだ。


 ユーグでも王太子婚約者候補として王太子の寵愛を受け王宮に留まるような人の時計を故意に傷つけたとなると極刑も有り得る程の重い罪になると知っている、だからこそクソ生意気なヤニックを嵌めて破滅させてやろうと思ったのだ。これ以上のとばっちりを受けたら大変だ。



(でもそっちは咎められてない)


(助かった!きっと私がわざと壊したとは思わなかったのだな。

 それはそうだアレはヤニックが生意気な事を言い出したせいだからそもそも私は悪くない)


(でもここは大人しくその12日間の不敬罪とやらを受けてやり過ごすのが得策かもしれん、それなら地下牢に入るだけで済むちょっと暗くてサービスの悪い宿に泊まったと思えばいい。

 あんまり抵抗してうっかり藪から蛇が出たらそっちの方がいけないからな、ちょっとは協力してやろう)



 ユーグはほくそ笑んだ。


 まんまとニコラの術中に嵌まったとも知らず。





 ジェルマンはニコラが特権を使い不敬罪に処すると言い渡したのだから刑はもう確定と受け止めて、罪人を連行する時のやり方でユーグに縄を掛けた。捕縛用の縄はこんな時の為に常に装備している。


 後手に縛った手を胴体に固定し、縄のもう一方の端を自分の胴に巻いて縛る。それから更にユーグの両足首を狭く繋いで歩幅を取れないようにする。これならもし隙をつかれたとしても走って逃げることは困難だ。


 これまでのユーグだったら大騒ぎをして抵抗しそうなものだが気持ち悪いくらい大人しく繋がれたのでジェルマンは意外に思った。

 だが常にお山の大将でいることを日頃から心掛けているユーグは、実のところ自分より強い相手にはめっぽう弱いのだ。もうまるで借りてきた太っちょ猫のように大人しい。



 ジェルマンがそうやってユーグを拘束している間にニコラはヤニックに視線を移した。


「ヤニック、お前に聞かせて貰いたいことがまだ沢山ある。

 今夜は私たちの馬車で家まで送る、そして我が家の騎士を何人か付けることにする」


 そう聞いてヤニックはビクッとした。やはり自分も疑われているのだと。


「なにそんな不安そうな顔はするな、恐ることはない私はお前を保護すると言っているんだ」とニコラはちょっと笑顔を見せた。


「あ、はい。

 あの、ありがとうございます」


 ヤニックの礼に頷くと次はランベルトに視線を移す。ランベルトはずっと直立不動の姿勢で自分に命令が下るのを待っていた。


「ランベルト」


「はい!」


「お前はそこの者を連れてセントラル広場の時計塔に向かえ、その帰って来てない者の安否を確認する為だ。

 まだ時計塔にいる、いや中で動けなくなってる可能性がある。

 サッと見るだけで終わらせるな、どこかに必ず居ると思ってフロアだけでなくあらゆるところを探すんだ。腹部を蹴られている可能性大、転落による骨折も。運ぶ際は気をつけろ。

 遺書みたいなメモや血痕が落ちてないかも重要だ周囲をよく見るんだ。

 医療班への連絡と応援部隊の要請はこちらでやっておく、とにかく現場へ急行して探せ。さあ行け、今すぐに!」



 ニコラから飛んだ指令はランベルトには思いもよらないものだった。


 とんでもなく大事件の予感がする、そして活躍のチャンスだ。こんな大仕事のご指名を直々に受けたのだから絶対に成果を上げなくては!!


「はいっ!」と返事にも力が入った。



 ランベルトはすぐさま時計師フロランタンを促して現場に急行しようとしたがフロランタンは「待って下さい、鍵が要ります!」と叫んで自分の席に取りに行った。

 時計塔は関係者以外入れないように鍵が掛かっているが、実はどこの時計塔も鍵穴が同じで一種類の鍵があればどこでも開くようになっている。そして時計工房に所属する者は全員合鍵を持っているのだ。


 そういうしている間にもヴィクトルがニコラに騎士団への連絡と要請は自分が行くと提案し、ヤニックが自分も時計師モーリスの救出に行きたいと訴えた。

 ニコラがヤニックはヴィクトルと行動を共にするようにと言ってる側をランベルト達が「では行って参ります!」と早足で通り出て行った。



 バタバタと周囲が慌ただしくなっていく中でジェルマンと縄で繋がれているユーグが意味不明な奇声を上げてガクッと膝を付いた。


 突然のことで皆は何事かと呆気にとられたが、上を向いたユーグの目は焦点が定まらずガチガチと震えて明らかに様子がおかしくなっている。



「おい、どうした」とニコラが肩を持って声を掛けるとユーグは一瞬身を固くしたが縋るような目でニコラを見上げて首を横に振りながらアワアワと口を動かした。


 何か言いたいようだが全然分からない。


 だけど、この態度の急変から導き出される答えは・・・。




「どうやら身に覚えがあるようだな、ユーグ」


 ニコラの言葉にユーグは凍りついた。



「よし、地下牢は後回しだ、現場に連れて行く!ユーグ、協力してくれるな?」


 返事は無かったが、ニコラは「ユーグは俺が運ぶ」と言ってジェルマンの腰に結えていたロープを外させて手に持つと、ユーグを肩に担いだ。




 ニコラの疑念は今や確信に変わった。


 ユーグは時計師()()だ。




 それと


 王立騎士団に伝わる怪談『時計塔の呪い』の正体もお前だろ!



 俺はそう睨んでいる。


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