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212話 自称マエストロ

 宮殿はやたらと広い、その広い宮殿の一番端っこにいくつかの工房が集められていて国王お抱えの職人達が数多く働いている。


 例えばその一階にはデザインや縫製など服飾関係の工房が並んでいるし、画家のマイヤ・カバネルのアトリエは三階にある。

 そして、ニコラ達が向かっている時計工房は二階の貴金属工房宝飾部の奥隣だ。


 他にも重くて大きな物や強い火力が必要な工房などはここには収められず、それぞれ勝手の良い場所に独立した専用棟がある。馬具や武器を作る工房、大工や建具職人達の工房、庭師の温室や作業場などがそうだ。

 また革工房と名の付く工房がやたらとあちこちにあって紛らわしいがそれはやむを得ない。一口に革製品と言っても馬具、騎士達の装備品、騎士用以外のお洒落な靴、鞄や装飾品など用途によって材料や工程が全く違うのだから。このような場合は細分化され、それぞれの勝手の良い場所に工房を置くことになる。貴金属工房も同じであちこちにいくつもある。


 このように宮殿には本当に数えきれないほどの工房があり、高い技術を持った職人達が集められ国王によって保護され支援されている。プリュヴォ国の文化はこうして連綿と発展してきたのだ。



 そしてごく少数の外国から招かれて来た親方クラスの職人や、貴族が多い演奏家など教養や趣味に端を発した芸術系の職は例外として、ここで働いているのはほぼ全員が平民だ。


 彼らは手に職をつける為に子供の内から親方に弟子入りして修行し、やがて高い技術を身につけて市中で評判になるなどした上で国王や王妃、王太子にお墨付きを貰い宮殿に招かれるのだ。

 宮殿の職人というのはそれだけでも物凄いステータスだがこれには更に上がある。特に素晴らしい功績を立てれば親方となり自分の名を冠した工房が持てたり、一代貴族の爵位を得たりすることもある。

 皆それを夢見て日々精進するのだ。




 ヴィクトルとニコラは王宮の特別客室のあるフロアから一度一階まで下りて渡り廊下を渡って宮殿側に入り、長い廊下を歩いて端まで来た。

 そして階段を上りかけたところでニコラの耳に言い争う声とガタガタといくつかのテーブルがぶつかる音が届いた。



「よくもこの野郎!返せっ!それを今すぐ離すんだ!返せ!返せ」


「いいえ、返せません」


「くそっ、ならこうしてくれるっ!」


「やめて下さい、これは大切な物です」


「そうだ、だからこっちへ寄越せと言ってるんだ!時計係の分際で生意気だぞ!これでどうだ!大人しく渡せ!この畜生めっ!」



 ニコラは方向と内容から音の出所が他ならぬ形見の懐中時計を預けた先の時計工房だと確信した。すぐに伯父にそのことを伝え先を急ぐことにした。


 ニコラからそう言われた時点ではヴィクトルにはまだ聞こえていなかったが、ニコラの言うことを信じて通路で人の出入りを見張っている騎士に何かトラブルのようだから時計工房へ人を寄越すようにと声を掛けておいた。


 自分も他の人と比べるとかなり、いや飛び抜けて気配を感じ取る能力が高いと言われているがニコラは特別だ。時に超人かと思うことがある。

 こんな時、彼が間違うことはないのだ。



 階段を上りきって二階の廊下に出たらヴィクトルにもはっきり分かった。


 他の工房はもうドアが閉まり人けが無いが、奥の方にある時計工房のドアは開け放たれたままでそこから怒鳴り声が聞こえてくる。そしてその前の廊下には黒いフードマントを着た年寄り二人がオロオロとした様子で中を伺っている。あの衣装は鐘守のものだ。


「鐘守よ、どうした。中で何をしている」とヴィクトルが向かいながら声を掛けると男達はこちらに気が付き、助けを求めるようにヨロヨロと寄って来た。



「ベルニエ様!・・・と、辺境伯のご子息様?」と首を傾げる男と「マエストロ様が・・・」と言ったっきりの男。



 騎士ならば報告は簡潔明瞭にしなければならず当たり前に身に付けているスキルなのだが、鐘守には必要ないのかどちらも不安げに近づいてきて縋ってこようとするばかりで言葉が続かず要領を得ない。



 うん、どうもこの二人の話を聞いている暇は無さそうだ。


「分かった」と取り敢えず答えて中に入った。





  目に飛び込んできたのは床にうずくまってる男の髪と服を掴んで激しく揺さぶって恫喝している太った男の姿だ。

 

 

「おい、何をしているんだ!やめろ!」


 しかしまだ男を痛めつけるのに夢中になっている太った男はこちらの声に気が付かないのかやめようとしない、それどころか起き上がれないように上から押さえつけて足で腹を蹴り上げようとしたのだ。


 間一髪でニコラがその男を引き剥がし羽交い締めにして動きを封じ、ヴィクトルは床で丸まって固まっている男を庇って前に立った。


「おあっ!なんっ?なんでお前がここに!?」


 ヴィクトルを見た太った男は嫌な物を見たと言わんばかりに顔を歪めた。



「ほう、お前にお前呼ばわりされるとはお前も偉くなったものだな」とヴィクトルが言うと太った男は「ングッ」と呻き、まださっきまでの興奮が冷めぬままの真っ赤な顔を横に逸らした。





 この太った男は名をユーグといい姓はない。


 二十年ほど前に時計職人として時計の維持管理を続けるようにと宮殿に新設された時計工房に召ばれて来た。一緒に来た三十人余りの子供達はいずれも時計塔を作ったこの国の言葉も分からない外国人時計師達が雑用に使っていた小僧だ。

 それがここに来た途端に時計師と呼ばれいっぱしの職人扱いだ。彼らは力を合わせ見様見真似で覚えた知識と技術を駆使し一生懸命働いて何とか仕事を軌道に乗せた。しかしそれも束の間だった、それ以降彼ら時計師はどんどん減っていきもう当時のメンバーは誰も居ない、残ったのはユーグ一人だけだ。

 それもそのはず、なにを隠そう他にいた時計師と呼ばれる者達を排除してやったのはこのユーグなのだから。


 まあそんなのはどうでもいい、今現在この時計工房の時計師の中で一番長い職歴を持つのは間違いない、・・・つまりユーグはここで一番偉い時計師なのだ。


 そして宮殿の時計工房で一番偉いということはこの国で一番偉いということだ。


 だからユーグは常々皆に自分の事をマエストロ様と呼べと言っている。

 これはこの時計という物の発祥の地であり、この技術をもたらした国であるフォリオットの言葉で時計師の大家たいか、巨匠という意味だ。

 まあ外国語は馴染みにくいのか親方という言い方が余程馴染み深いのか今だに親方と呼んでくる奴も多いが、まあそれはそれで良い、親方にしてもマエストロにしても、どちらにしてもユーグは最高に偉い泣く子も黙るこの時計工房の頂点に君臨している。


 しかしそんな彼も一応相手は見るのだ。

 止めに入ったのが同じ平民ならこのヤニックと同じに痛い目に合わせてやるところだが貴族相手に手をだすのは分が悪い。しかもこの銀の目と髪のお貴族様には嫌な思い出しかない、その昔散々なじられしつこく絡まれた嫌〜な思い出があるのだ。こいつは相手にしない方が良い。




 ヴィクトルは、男と向き合ってこの締まりのない太った男が昔散々文句をつけた詰まらない男の成れの果てだと気が付いた。

 昔はここまで太ってなかったが太々(ふてぶて)しい態度は今も昔も変わらない。偉そうな態度で他を無理矢理黙らせるような実力も心根も最底の男だ。


 この男がメンテナンスをすると、する前より時計の調子が悪くなるがそれを指摘されると他の人に罪をなすりつけ、文句を言われそうになると逆ギレして黙らせる。 

 ちょうどその時も通りがかりに酷い罵倒を受けている者がいて見て見ぬふりをすることは出来ず、庇いついでに嫌がらせを言ったのが始まりでその後は度々騎士団向け時計塔の示す時刻がひどく狂っていると言っては調整させ、その度に直せないのかと嫌味を言ってやった。まあ実際直ってないのだから本当は嫌味でもないのだが。

 そしたらコイツは元が悪いのだと言いやがった。そんな訳あるか。


 そんなヤツが唯一他人のせいに出来ないのが、あの国王陛下から依頼を受けて作ったというグラン・フォワイエのコントワーズ(大型の振子式置時計)だ、あれはケッサクだった。もちろん素晴らしいという意味の傑作ではないよ、絢爛豪華なグラン・フォワイエの威厳を台無しにする馬鹿馬鹿しいまでにダメな方のケッサクだ。

 なにしろアレには秒針がついていたのだが、これが等間隔に動かず時々止まったり戻ったりするのだ。だから私は言ってやった、お前は時を巻き戻せる魔法使いかと。そうしたら次に見た時は秒針が無くなっていた。だから次に男を見かけた時にお前は針を消すことも出来るのかすごい魔法使いだなと言ってやった。奴は元々そんなものは無い私の見間違いだと言いやがった。そんな訳あるか。


 後日見ていたら分針も時針もやっぱりカクカクして時々針が止まったり戻ったりしているのに気が付いた。

 いったいどんな作り方をしたら時計の針が後ろ向きに進むのか、なぜそうならないよう理屈と技術を追求しようとしないのか、まったく理解に苦しむ。

 そして今もグラン・フォワイエのコントワーズは同じ動きをしているのだから驚く、コイツには職人としてのプライドが欠片もないのか。


 こんな技術も人間性も低い男は自領の時計師ならとっくに工房から追い出している。



 しかし、こんなに詰まらない平民の男であってもこの男は国王陛下の御名の下で宮殿の工房に籍を置く職人なのだ、例えヴィクトルが辺境伯であってもこの工房から勝手に追い出す訳にいかない。これこそが工房の職人が『国王陛下に保護され支援されている』ということであり『国王陛下のお抱え』である意味だ。



 諦めてヴィクトルは王立騎士団の騎士に後の処理を譲ることにした。



 すぐに騎士達が来た。


 ニコラは羽合い締めしていた腕を解き、いつの間にかこちらに体重を預けてぶら下がってきていた太った男をちゃんと立たせてやった。


 そしてもう一方のまだ床に丸まってる男はヴィクトルが支えながら立たせると、礼を言おうと顔を上げた男はヴィクトルの顔を見て何故か驚いた。


お前は魔法使いかって!?

ヴィクトルの渾身の嫌味はぜんぜん嫌味になってない


いい歳して言うことが可愛過ぎる・・・



あと、次回ニコラ活躍します(予定)

_φ( ̄▽ ̄; )




ここまで読んでくださいまして、どうもありがとうございます


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