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211話 寄り道したい

「国王陛下、それでは私たちはこれで」とクレマンたち辺境組も退去しようと席を立った。



「うむ、後はゆっくり過ごせ。

 ああ、ところでヴィクトルよ、注文した時計はいつ私の手に入るのだ」


「はい、明日にでもお渡し出来ます。それは予備として持ってきている物ではありますが、勿論傷一つない新品ですのでどうぞご安心下さい」



「そうか、明日か!!ではパメラのと二つ頼む」とリュシアンは余程楽しみだったようでとても嬉しそうだ。


「はい、では明日必ず」



「いいですなあ〜」とそれを聞いたアンブロワーズも自分のことのように嬉しそうだ。


 嫁贔屓の彼のことだからパメラの分があると聞いて喜んでいるのだろう、そして抜け目ない彼はパメラの為に更なるサービスをヴィクトルに要求したのだ。



「で、それに "パメラ・アルノー" とか "大手柄の褒賞品として" などと文字を入れて貰えたらもっと良いのだがね」



 職人がいないから出来ないと先に言ってあるのにも関わらずコレだ。

 このアンブロワーズという男は駆け引きが得意でよくこうやって無理を承知しながら笑顔でサラっと要求を捩じ込んでくるのだ。だがいつでも思い通りになるとは限らないぞ。


「残念ながらそのご要望にはお応え出来ません。

 先ほども申し上げたようにウチには金属に文字が彫れる職人がいませんし、それにもし居たとしても一度領地に戻って入れて来ると単価が上がりますし、納期もいつになるやら分かったものではありません。どちらにしても王都注文分に文字入れをするつもりはないのですよ」


「なに、それならここの職人にやらせたらいいだろう。時計を作れと言ってるんじゃないのだし、文字を打つくらい剣装具や宝飾品を作る技術があれば出来そうなものじゃないか。ついでに宝石で周りを飾って貰ったらどうだ、豪華になる」



「・・・なるほど、それは一考の価値があるかもしれませんね」



 ヴィクトルはアンブロワーズお得意のダメ元で無茶振りしてくるいつものやつだと思って適当にあしらうつもりでいたが話を聞いて確かに彼の言う通りだと思った。


 宝石うんぬんはともかく金属を扱うことに長けている宮殿の職人ならあの固い材質の金属にも名を打つことが出来るだろう。懐中時計にどんな材料を使っているのか他に漏れるのは余り好ましくないが、そもそも他領の人間に懐中時計を売ろうとしているのだから隠しても同じことだ。

  それよりも名が入れられる方がもっと有益だ。組み立て前のフタを渡して加工させれば時計の機構が明るみになる事もない、まあそれはフタを開けられればの話だが・・・。



「実はさっき皆さんが手に取ってご覧になられた懐中時計は勝利の女神が彫られていましたがそれは父の為に作られた最初の物だったからです。その後一昨年装飾職人が腕を壊し引退するまで全て持ち主の名と固有の騎士番号を入れていたのです。

 これは山で遭難したり、事故に遭った時などに身元を知る手掛かりとして必要でして・・・ですから我々も文字を入れたいと思っていたのです。

 アルノー騎士団総長のアドバイスは大変参考になりました、早速工房へ赴いてみることに致します」



 それを聞いてアンブロワーズは「いいね、結果を期待してるよ」と満足気に頷いた。


 リュシアンも「ふむ、ヴィクトルそういうことなら私の時計も明日でなくても構わんぞ。どういうことになるかまた分かったら報告してくれ」と便乗してきた。


 懐中時計を手にするのに少々時間が掛かっても、文字が刻めるならそっちの方が良いということだ。


 有難い、国王陛下のお望みとあらば宮殿の職人達相手に話も通しやすいというものだ。とりあえずフタは外さずこのままで文字入れが出来るかどうか予備を一つ渡して試させよう。



「はい、畏まりました」と微笑んでヴィクトルはその場を辞した。




 辺境組とコレットが部屋を出るとジローが待機していた。


「まあジローさん!来てくれていたのね、ありがとう。訓練はもう終わったの?」とグレースは嬉しそうにそばに寄って行った。


「はい、終わりました。

 ジラール辺境伯夫人、この後はどちらへ参られるのですか」


「そうねぇ、私たちはお部屋に戻ろうと思ってるんだけど、その前にニコラは部屋に帰ったかまだリリアンの所にいるのか、あなた知ってる?」


「はい、こちらに来る前にリリアン様の応接室に行ったのですが皆食事に行かれた後でした。ニコラ様もお部屋にお戻りになられたと聞いています」


「そう」



「じゃあ母上、直接部屋へ行くとしましょうか。

 では君、今夜からはニコラに変わって私が母上に付き添うことになったからよろしく頼むよ」



「はい、ベルニエ伯爵。私は辺境伯夫人がご滞在の間の護衛を仰せつかっておりますリリアン様専属護衛隊のジロー・ユルリッシュと申します。こちらこそよろしくお願いします。では、参りましょうか」と言って揃って歩き出した。

 もちろんヴィクトルとコレットも一緒だ。




「ところで兄さん、さっきリュシアン様に早速工房へ行くって言ってたけど今から行っても皆んな帰ってしまってますよ」


「ああ、時計師や他の工房の者はそうだろうが時計工房には鐘守かねもりがまだいるだろう?

 私は父上の時計が預けっぱなしになってるのがどうも気になっていてね、今行っても返して貰えるとは思わないが現状どうなっているのか確認したいんだ。

 あの時計はいったん預かって向こうで直して来ようと思っている、どうせこっちでは誰も直せないからね、さっきリリアンが持って行く前にそう言うべきだったのに失敗したよ」



「そうですね、あれを壊されたり盗まれたりした日にはたまったものではありませんからね、下手なことになる前に早いこと回収した方が得策です。

 しかしあれをリリアンが貰うことになるとは思っていませんでしたよ、それも直して使いたいと言い出すとはね。まあリリアンが持つのは父上も喜んでくれるでしょうがね、私はてっきり母上が持っておくだろうと思っていたんですよ、父上の一番の形見ですからね〜、なのに母上ときたら誰にでも見境なくあげるあげると言って回るんですから本当に薄情なものです。父上が可哀想ですよ」



「まあ、そんなこと・・・」



 だって・・・。


 だってね、あの止まった針を見たらなんかね、なんか嫌だったんだからしょうがないじゃない。


 懐中時計の止まった針は、マルセルの死の象徴のようで見るのも持つのも嫌だったのよ。

 手元に置いておきたくないけど大切にしてくれる子に貰って欲しかった。あの時計を見ると気持ちがザワザワして落ち着かなかったからリリアンが受け取ってくれて助かったわ。

 それに私の肖像画を入れて持ち歩いていたなんて知った今となっては余計あげて良かったと思ってる。


 グレースはそう思ったけど言わずに胸にしまった。とてもまだ口に出して自分の気持ちを言う気にはなれなかったのだ。


 本当は、周りが思うよりずっと辛い気持ちでいるのに・・・。




 しょぼんとしてしまった母の背に元気付けるように手をやってヴィクトルが言った。


「まあいいじゃないか、クレマン。母上の物を母上がどうしようと。

 母上には母上の考えがある、それにこれからはリリアンが大事にしてくれるよ」


「はあ、まあそうですけどね」



  前妻の子ヴィクトルもジローさんもこんなに優しくしてくれるのに、お腹を痛めて産んだ子はこんなものだ。まあ銀の民の子だから私のお腹はちっとも痛みはしなかったのだけど。



 そんな話をしている内に部屋に着いた。




 ニコラはグレースと共同で使っている方の客室で筋トレに励みながらグレースの帰りを待っていた。


「お前、汗だくじゃないか」とクレマン。


「はい、ちょっと暇だったもので」とニコラ。



 クラリスが食事の支度をしに来るというのをコレットがグレースと一緒にいるから来なくて良いと休憩に行かせたから食べるものもないしそれくらいしかやることが無かったのだが、それにしても身ひとつで出来る自重筋トレは一度に時間潰しとトレーニングの両方が出来てこのような時にちょうど良い。

 汗だくにならなければもっと良い。



「今夜からでも私が代わりに泊まれるが、どうする」とクレマンが聞くとニコラは


「ではお願いします!」と若干食い気味に答えた。



 元々は屋敷に人が多くて寝る場所がないからこっちに泊まることになったのだからベッドを貸していた従兄弟のサシャとエドモンが学園の寮に入った時点でもういつ帰っても良いのだが、いつの間にかグレースの付き添い係みたいになっていたので帰りにくくなっていた。


 これでソフィーに会いに行ける。

 ソフィーの方も父で宰相のモルガンにグレースが来たらまずリリアンと交流を図ると聞いていて、ここ数日来るのを控えていたから会えなかったのだ。だけどソフィーはニコラの婚約者なのだから身内も同然なのだからもうそろそろ連れて来ても良い頃だ。


「お祖母様、次に来る時は私の婚約者を連れて来ますので是非会って下さいね!」


「ええ、もちろんよソフィーさんね!楽しみにしてるわ」とグレースに明るい笑顔が戻った。



 ヴィクトルがニコラと一緒に帰るつもりだがその前に時計工房に寄りたい、ニコラが汗を流し荷物をまとめている間に行ってくると言うと、ニコラは時計工房に興味があるから一緒に行きたいと言った。

 まあ時計係は20時の鐘をつくのが最終だからまだ時間はあるかと思って待っているとカラスの行水より早い水浴びに、荷物もいつでも動けるように常に片付けていたそうですぐ荷物を持って出て来た。



「ソフィーと婚約指輪を作るのに貴金属工房宝飾部に行ったんですよ、その奥が時計工房とあったからどんな物をあるか行ってみたいと思っていたんです」とニコラ。


 国王陛下から王都ならどこにでも顔が効くと言われていたが、そんなニコラでも知らない場所があったらしい。


「そうか、でも私たちが持ってるような時計があると思って行ったらガッカリすると思うよ、最近新しく腕のいい職人が入っていれば別だけどそんな話も聞いてないし」


「そうなんですか」


「ああ、知ってるかい?王都とその周辺にある時計は三世の時代にフォリオットという国から職人を招き街の一角に住まわせて作らせたのが最初だ、あちこちにある時計塔は全てその時代に彼らが作ったものだ。

 だけど二十年前に我が国とリナシスとの諍いに危機感を抱いた彼らは一人残らず母国へ帰ってしまった。一応そこで下働きをしていた小僧たちに一通りのことは教えてあるということだったらしいが、職人の技をそんな短期間に習得することなんて出来る訳ないよね、彼らの腕はお察しだ。

 そんなのがこの国で一番の時計師だと自称してここの時計工房で大きな顔をしている限り王都の時計に発展も維持も望めないよ」


「そうなんですか、伯父上がそんな厳しい事を仰るのはなんか意外なんですけど」


「まあ行けば分かるさ、私が王都にいたのは十年も前のことだが奴に何度も言ってやった。まともな物を作れと、口答えばかりするからよく口論になった。技術がない癖に気位ばかり高くて努力をしない本当につまらない男だったよ。

 それに鐘守達を時計の世話係と呼んで自分達より格下に扱うところも気に入らないんだ。彼らは同じ時計工房に籍を置いてはいるが時計師の子分じゃない、大昔から時の鐘をつき人々に時間を知らせる大切な役割を担ってきた人たちだ。手が足りないからと時計師の仕事まで手伝わせておいて感謝するどころか馬鹿にしているんだ」


「へえ、うちの領地で定時に鐘を鳴らしてくれているのも鐘守です、時計の世話係って鐘守の人達の事だったんですね別かと思ってました。でも国王陛下や殿下はそういった事をご存じないんでしょうか」


「さあね、でもああいう奴らは外面を取り繕うことだけは上手いのさ」


「しかし伯父上にもそんな血気盛んな頃があったのですね、いつも穏やかでいらっしゃるからそんな風に怒ったり口論なさったりすることがあったとは想像がつきませんけど」


「そうかい、まあそうだろうね、私はいつも務めて静かにしてるからね」


「本性は違うんですか」とニコラは笑った。


「もう父上はいないし、私自身が辺境伯となるのにもう大人しくする必要は無くなったというところかな、これからは普通に言いたいことは言うつもりだよ逆に言わないといけない立場になるからね」


「お祖父様に遠慮されていたんですか」


「いいや、そうじゃない。でも子供の頃から実務のほとんどを私がしていたとしても父が辺境伯なのだから父を立てるのは当然のことだ。直接の要因は子供の頃に後の宰相殿から私を養子に欲しいと言われたことだよ。父と二人で王立騎士団の訓練に参加しに来ていた時に隣に来て前妻の子より愛する新妻との間に出来た子を跡取りにしたいだろう、長男は私の養子にしてやる、と言ってきてね。

 父はもっと他に言いようが無かったのかと思うが、残念ながらコイツは武芸がちょっと得意なだけでグズでノロマで馬鹿だから養子にしたら後悔なさいますよ止めときなさいと言って断ったんだ」


「え、酷い」


「しかも隣に立っている私にそうだろ?と聞くんだ。そんなのハイもイイエも答えられないし急に話を振られてリアクションに困ったよ。その時はとりあえず首を傾げといたけどね。

 そのせいでしばらく外に出る時はそのグズでノロマなフリをしなくてはならなくなってね、最初の頃はみんなにどうしたのかと心配されたけど、そのうち大人しく下を向いて気の利かないフリをしていたら面倒な役も回って来ないと気付いてね、案外都合が良かったからそのまま続けてたんだ」


「ハハハ、なんですか、それは!」


「そう言うがしばらくは諦めてない様子で王都に来るたびに声を掛けられていたからね、屋敷に呼ばれたりもしたんだよ。

 そうでなくてもこっちは父の仕事を押し付けられてるのに辺境伯の嫡男というと外でも色々押し付けられるんだ。しかもやればやるほど仕事が増える、もうその頃は手一杯を超えてた。

 辺境領は他と違って自分の領地だけでなく国境や海岸線、その他の要所も守っているし災害とか何かあるごとに出なければならないんだ、あの辺鄙なところから国中の辺鄙な所を掌握するのは大変だよ。

 あの頃から母上は領内の仕事や騎士団の仕事の一部をしてくれて本当に助かっていたんだけど弟たちはまだ小さかったし、簡単な事から教えようと思っても蜘蛛の子を散らすように逃げて声の届かないところで遊ぶから役に立たなくてね、自衛手段として必要だったのさ」


「しかしその頃に後に宰相になる人といったらあの悪名高きグレゴリー・ルナールのことじゃないですか、そんな大物に目を付けられるとは流石ですよ。もしそうなっていたら今頃宰相になっていたかもしれませんね」


「よく言うよ、大物は大物でも悪党の大物だそんなのに気に入られたくないよ。もし宰相の跡取りになると喜んで養子に入ってたら何年か前の事件に巻き込まれて死罪になって今ここに居ないよ」


 ルナールはあのフィリップが私室で襲われた事件の首謀者として処刑され、家もお取り潰しになっているのだ。


「うわ怖っ!前言は撤回します」とニコラが言うと「だろ?」と返ってきて笑っていたら、何やら揉めている声が聞こえてきた。




「伯父上、人が争う声がしていますね。ちょうど時計工房の辺りのようです」


「そうか、なら急ごう」


「はい」



 階段を上っていた二人はお喋りを止めて先を急いだ。


ヴィクトル伯父さんは苦労人?


それからパメラの名前はパメラ・バセットですよ、

パメラ・アルノーって・・・アンブロワーズ総長らしいですけどね。敢えて誰もツッコミませんでした。

_φ( ̄▽ ̄; )



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